あのにますトライバル

旧さよならドルバッキー。

性教育増田についての覚書

元増田が「ネタ仕込んだのに」と言うので言及。

 

anond.hatelabo.jp


この増田はこの前バズった性教育増田のアンサーとして書かれている。

 

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ブコメでもネタとして見てくれたのか、アンサーの方は「ネタやろ」という方が優勢で、文章から漂う一昔前感は「ネタです」という前フリだろう。でもネタとして落とすなら最後に「パンティー」と書いておけば良かったと思う。あと「よく知らない人、気持ち悪い」は2015年のネタなので、最近のはてなーは知らなくて仕方がない。増田でバズりたかったら内側に思いっきり寄せる(パンティー)か内側感は一切排除するほうがよいのかな、と思う。あと「忖度」もネタっぽいと思った。


元ネタ

topisyu.hatenablog.com


この増田について言いたいことは大体おしまいなんだけど、追記で「実際に性教育で嫌な目にあった」とあるのが気になった。そこで「父母の詳細なセックスについて父親から話された」というのはこの増田の実体験であることが浮き上がってくる。これは嫌だなぁ……。あと娘に増田に書いてバズったバズった喜ぶのも、性教育とは別に何か嫌なことがあったのだろうと考える。この点については後述する。


ちなみにこのブログ書いてる人は少し前、実家の掃除をしていて普段使ってない棚を開けたらゴムが結構な数入っていて、アラカンの父母が定期的にわっしょいしてるのを知ってしまい、ほのかに温かい気持ちになったというエピソードがあるけど誰にも話せないのでここに置いておく。その後母親が「その棚使ってないから掃除しなくていい」と来たけど、遅かったねぇ。

 

中絶禁止について

結構激しい言葉で「中絶禁止」に関して非難する人たくさんいるけど、これは別に普通のことだと思うけどな。逆に考えると「万が一、仮にもし妊娠してもバックアップがある」というのは素晴らしいことじゃないのかなぁ。


「中絶するな」は「もし妊娠したらいろいろ大変だぞ、責任が取れないうちは安易なセックスはするな」という話でもあり、性教育としては立派だと思う。もちろん何らかの疾患とか様々な事情で母体に負担がかかるとか、そういう事情で中絶はやむを得ないという状態ならこの元増田は「絶対」は取り消すと思うんだ。


もちろん当人がよく考えて、やむを得ない事情があるなら中絶を選択するということもあるだろう。しかし世の中は男も女も「中絶すればいいや」と軽く考えている人が思いのほかたくさんいる。特に未成年の場合、目先のことしか考えていないということもかなり多い。だから元増田のように「中絶という選択は基本的に有り得ないと思った方がいい」と釘を刺すのはおかしなことではない。


最近「八日目の蝉」を読んで、ヤるだけヤっといて男から「中絶してほしい」と頼む身勝手さを見たので「妊娠したなら覚悟を持って育てるから生んでほしい」という表明がどれだけ心強いことかと思うのです。

 

前提と見ている世界の乖離

このふたつの増田を見て興味深いと思ったのは、賛否分かれるうち「気持ち悪い」と感じる側には「父が娘に話すなんて」という異性間で性教育をする嫌悪感を感じたということ。それは誰でも素朴に持つ感情だと思うし、なんか嫌だなと思うくらいは全然アリだと思う。でもそこを乗り越えて「この父親は娘を支配しようとしている!」まで行くと飛躍しすぎてるなと思う。


大前提として、この元増田は「親が子に」話して聞かせているわけで、子供を持つ親が「いざとなったら中絶しちゃえばいいんだよ」なんて言うかって話。その前提を飛ばして「娘の身体を私物化してる」というのはどうかと思うんだよね。まあ元増田の家庭はかなり意識が高くてtopisyu家やしんざき家みたいな感じなんだろうと想定して読んだのでそんなに違和感はなかった。


なんていうか、心情的なサリーとアン問題に似た雰囲気を感じるんよ。サリーとアンについて簡単に書くと、サリーがボールを箱にしまって遊びに行って、その間にアンがボールを箱からカゴに移した。さて帰ってきたサリーはボールをどこから探すでしょうという問題で、サリーの立場を自己に投影できる人は箱と回答するけど他人の置かれた状態を想像するのが難しい人はカゴと答えてしまう、というもの。


おそらく「中絶禁止」に反応した人は、アンサー増田を書いた増田と同じく性教育というものやそもそも娘として父親に嫌悪感を抱いている可能性が高い*1。その自身の体験や心情が引き金になって嫌悪感を持っているのだろうと思う。


だからこの話を「親が子に教える」の図ではなく「男が女に教える」としてしまう。そうすると元増田の言いたいことが随分と変わって見えてくる。もちろん「私は嫌だと思ったけど娘と向き合ってよいお父さんね」という意見もある。この話のポイントはあくまでも「娘と性について真剣に向き合う」であって、「娘に中絶を押し付ける男親」ではない。でもそこをクローズアップするしかない体験をしている人がたくさんいる。


これはこういう事例に限った話ではなく「人は自分の読めるようにしか話を理解できない」ということでもあると思う。貧困家庭で育ったので裕福な家庭の人の言うことが想像出来ない、偏食なので好き嫌いない人のことが理解できないなどスケールを小さくすればそういうことはたくさんある。それを「偏見」というのだけど、自分の環境にどっぷりで偏見を偏見と思わない人も多く、それがネットで衝突しているような気もする*2


この問題は容易に解決出来ないし、解決するとするならばパレスチナに平和が訪れるより後になると思ってる。ただみんな胸の内に「自分の外の環境ではそんなことは常識ではないかも」みたいな感覚はどこかで覚えておいて欲しいなとか思うくらいです、はい。

*1:反出生主義の考えを持つ人も散見されたが、今回の話と絡めるとよくわかんないことになるので考えないものとする

*2:こう書くと「お前もそうやって偏見がある人を差別している差別主義者だ」と過去に何度も言われているけど、そういうコメントしている時点で同じ穴の狢です