あのにますトライバル

ぶっちゃけ増田とかのことしかもう書いていない。

ニュー・シネマ・パラダイスと故郷

なんか記事書こうかなと思っていたところにちょうどいい話が来たから書くよ。なお、あくまでも何か関連性ありそうくらいの与太話なので真面目に読まないでください。

 

togetter.com

 

ニュー・シネマ―パラダイスとトイ・ストーリー3

「好きな映画は?」と言われるとベタだろうけど「ニュー・シネマ・パラダイス」は挙げたいくらいにはニュー・シネマ・パラダイスが大好きで、他に挙げるのが「ビッグ・フィッシュ」と「LEGO(R)ムービー」なので、そういう映画大好き枠です。個人的にここまで美しいエンドはないよというくらいラストのシーンが大好き過ぎて、あの音楽と相まってもう「おとうちゃーん!」となるわけで。


野暮を承知で「ニュー・シネマ・パラダイス」のラストの話をすると、父親のように慕っていた男性が亡くなったので久しぶりに故郷に帰ってきた男に、男性の家族から一本のフィルムが渡される。それは「大人になったら見せてやるよ」というものだったんだけど、それが台詞でほとんど説明されないで「少年の成長を見守っていたひとりの男」の生き様が濃縮されてるみたいなものでそういうのに弱い私は死んでしまう情けない生き物なわけで。


でも「ニュー・シネマ・パラダイス」の魅力ってそこだけじゃなくて、少年が大人になって久しぶりに地元に帰ってきたときのエモさが本当にすっごいのよ。子供時代の「天国」だった映画館の寂れっぷりと「あれ、ここってこんなに色がなかったかな?」という感覚が本当にすっごい。武田鉄矢の「少年期」を聞いて泣く人は間違いなく泣けると思う。色鮮やかな少年時代と、様々なものが見えたけどその分現在の景色にはあの頃にはなかった色彩も見えてしまう、みたいな。心のどこかで大切な何かにもう二度と触れられないとわかった瞬間の寂しさ。それを大人はみんな持っている。本当にそんな映画。さっきから「本当に」しか言ってねえな。


そんな「子供時代の喪失」と言えば言わずと知れた「トイ・ストーリー3」なんだけどさ。1から見てると3のエモさ大爆発でスタッフがドヤ顔してるのが見えるくらい本当に見事に落としやがった。個人的にロッツオの闇堕ちシーンがめちゃくちゃ好きなんだけど、それは個人的な好みなので置いておいて。「トイ・ストーリー3」と言えば「子供時代に遊んだおもちゃ、大人になってからどうする?」というシンプルなテーマ。途中にギャグありロッツオありで楽しいのだけど、シンプルなテーマなので帰結も本当にシンプル。そのシンプルさがグッとくる。


ここも早い話、大学に進学することになったので思い出のいっぱい詰まったおもちゃを近所の小さい子にあげるというだけのことなんだけど、多分このシーンはどの時代でもどこの国でも共感を得られるという点でかなり強いと思う。あと100年はしっかり持つと思う。「ニュー・シネマ・パラダイス」の感動もまだまだ現役だし。ちなみにピクサーはその後このテーマを「インサイド・ヘッド」で変態的にこねくり回してるのでそっちも好き。


郷愁という喪失体験

さて、「人生は生まれや環境がすべて」の話になるんだけど、別にこれはTwitterに限った話でもなくて人類的に昔から大人気のテーマだと思うんだよね。


例えば国語の教科書で読んだ人も多いと思われる魯迅の「故郷」なんてまんまその話だったりするじゃん。まあまあいいところの坊ちゃんが久しぶりに幼なじみに会ってみたら貧困と苦労が可愛らしかった少年を卑屈な中年男性にしてしまったとか、近所の超可愛かったはずのお姉さんが意地悪ババアになってたりと、子供時代を懐かしめば懐かしむほどそのギャップが苦しくなる。


現代日本で例えると大学進学して久しぶりに地元に帰ってきたら幼なじみがパチンコとソシャゲとデリヘルの話しかしない男になっていて、可愛かったはずの初恋のあの子がプリン茶髪で子供3人くらいとマックの袋抱えてるみたいな話じゃないだろうか。中学受験を控えている小学生の息子と初恋の子の子供を遊ばせて、「また会おうね」と約束されても、それは希望と言えるのだろうか。


つまり、別にTwitterだからとか年齢層がとかではなく、こういう話って古今東西大人気だと思うのが個人的な見解。この手のテーマはいつでもどこでも誰でも、ある程度の共通体験として刺さるってだけで、そこに世代とか場所とかそんなにいんじゃないかなあ。


誰だって幼かった頃があるわけで、その幼い頃の記憶っていうのが心のどこかに残っている。最近「おばあちゃんちのグッズ」みたいなツイートが流行っていたけど、それはそれでひとつの「郷愁」というジャンルなんだと思う。昭和レトロとかいうけど、今更本気で昭和の家に住みたいという人もそんなにいないだろう。


最近あった個人的な郷愁をひとつ書くと、小さい時に日中親戚の家に預けられていたことがあった。そこの家のばあちゃんには本当の孫のように可愛がってもらって、よく夕飯までご馳走になっていた。それでこの前、甘口のカレーを作って食べたらすごく懐かしい味がして、両親にも食べてもらったら「これはあのばあちゃんの味だね」と言う。うちの母も同じようなカレーを作っていたけど、ルーの種類や隠し味の関係なんかでばあちゃんの味とは少し違っていた。そのことがわかった瞬間、ばあちゃん家で食べたカレーの他に筋子が入った入れ物があって、ばあちゃんは筋子が好きだったなとかたまにラーメンの出前頼んでたなとか、ばあちゃんの手が暖かくて好きだったなとか、そんなことをいろいろ思い出した。もうばあちゃんもばあちゃん家もないけど、確実に幼少期の一場面としてばあちゃん家がある。今でもいろいろあって、あのばあちゃんは「すごい人だったな」と思う。今でもたまに「ばあちゃんならどうしてたかな」と思う。多分実の祖母じゃないから余計思い出が深いのかもしれない。


幼少期の記憶って、無駄にざらざらしているくせに鮮明で匂いや味でぐっと昔に戻れる。どっかに書いたような気がするけど、父に内緒で連れていかれた暗い喫茶店で食べたクリームソーダとか、大人なら歩いてすぐのところにある神社まで冒険のように出かけていたとか、そういうことがぶわっと頭の中を駆け巡るけど、同じ体験はもう二度とできない。大人になるということはそういった喪失体験が必須であるというのも「インサイド・ヘッド」のテーマであったと思う。失くしたものを懐かしむ、それは大人の特権でもある。


「人生は生まれや環境がすべて」というのは、言い換えると「生まれや環境という過去は変えられない」になると思う。そう考えるとTwitter小説は「喪失体験」というより「あったかもしれない体験」の話だと思う。無くなってもいないものをあったかのように語ったり、本当に大事なものを見逃したりしているような人を滑稽に描いているというか、そんな感じがする。人間賛歌とは別のベクトルの、なんか悪趣味な奴。嫌いじゃないけど、個人的に趣味ではないかな。


なんていうか、配られたカードで勝負するしかないというのも寂しいんだけど他人のカードを羨んで悪口を言ったり盗んだりというのも悲しい。とりあえず自分の人生を生きるしか選択肢は無い。エンタメ作品だと異世界転生とかあるけどね。おわり。

現実と創作と再現とどうしようもない現実と

洗濯バサミ問題見た後の女装についての増田を読んで世界の再構築について考えたので誰も得しない話をする。

 

洗濯バサミ問題とは、簡単に言うと洗濯バサミを髪留めにしている女性はいるのかいないのかという話である。女装についての増田は、クオリティの低い女装で街中に出るなという内容だ。両者に共通するのは「現実性に乏しい再現をするな」ということなのだと思う。さてモニャモニャしていく。

 

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クオリティの低い世界の再構築

先に女装増田のほうからやっつけていくとする。元増田の主張は「ちぐはぐな格好をするな」ということなのだが、もしこれを男性ではなく女性へ向けた言葉にしたら炎上は間違いないだろう。「街中で似合わないゴスロリ着てんじゃねえ」みたいに書いたら、まあアカンわな。「他人が何着てようがてめえに迷惑かけている訳でもないんだしいいじゃねえか」となりそうではあるが、元増田は別に女装をするなと言っているわけではない。「やるならちゃんとやれ」というわけである。女装がしたいのであれば、大抵の女性がしているようにムダ毛を剃ったり小物にまで気を使うような神経が必要であり、ただ女物の服を着ただけでは女装とは言えない。そんなツッコミどころだらけのものを強制的に見せられるのは苦痛である、というわけだ。例えるなら「コマンドーオフ会」として山手線の車両にいる人の多くが茶色の短髪で緑のシャツ筋肉ムキムキマッチョマンの格好をして乗車していたら、他の一般乗客は「何が起こってるんです?」と聞きたくなるというものだ。そういう話であると思う。

 

日常生活において疑問を持つというのは意外とストレスである。「あれは何故こうなったのだ」と考えることは脳のリソースを消費する。「性同一性障害に苦しんでいる昔からの友人」と話すことは昔からの仲であり、そこに疑問を挟む余地はないので問題ないが「いきなり告白してきた異動してきたばかりの会社の同性の同僚」に対して「あー自分の友達も性同一性障害だから理解あるんスよねーおっけおっけ」とはならない。意識の高いはてなーには信じ難いだろうが、多くの人にとって既知のものではなく未知のものと遭遇し、それについて知ろうとすることはあまり歓迎されることではない。ちなみに異性の同僚であっても互いをよく知らないうちに告白するのはちょっとどうかと思う。やはり信頼を得るためのコミュニケーションがいろんなところで大事になる。

 

女装増田の話に戻ると、元増田から見て女装しているオッサンの情報が外見だけであり、とても少ない。オッサンはもしかしたら火事で家を焼かれたあとで、着る服もままならなくて仕方なく女物の服を着ているのかもしれないし、罰ゲームで誰かが見張っているので仕方なく着ているのかもしれないし、多重人格でオッサンの外見だけど内面は女性なのかもしれないし、急に妖魔が現れた時オッサンプリズムパワーメイクアップして美少女戦士として戦ってくれるのかもしれないし、とにかくオッサンの事情が何一つわからない。ただこれらの情報があるだけで「あのオッサンはそういうわけで女物着てるんだな」と納得出来るかもしれない。違和感は情報量の少なさにも起因する。

 

ただ、個人的に「くたびれたビジネスカバンからQ-potの板チョコミラー*1」はちょっときついな、と思った。「地元最高!」の最初の方で「自分をお姫様だと思ってる女の子」が出てくるけど、たぶんそれに近いものだと思う。ここで「Q-potの板チョコミラー」について考えようかなと調べてみたらQ-potの板チョコミラーという商品自体が検索にひっかからなくて、もしかしたら100均あたりのチョコレートっぽい鏡をチョコレート柄としてQ-potと見間違えたのではないかと思ってしまった。それなら納得は……いかないか。この辺は話の本質に合わないから省略。例えるなら「腕時計だけゴージャスなのに中学のときの名入ジャージ着て外出してる」みたいな感じだろうか。

 

早い話、「現実世界に寄せる気のない模倣をどうするべきか」というところだと思う。ここで大きな問題があって、オッサンの見ている世界が元増田や我々と大きく違うかもしれないということである。オッサンからすればチョコレートのミラー持ってるだけでテンションあがってるのかもしれないし、初心者なりに一生懸命コーデしているのかもしれない。それを「現実に寄せる気がないから消え失せろ」というのはあまりにもオッサンが可哀想である。オッサンだって好きな服着たっていいじゃない。

 

クオリティの低い世界のインプット

ここで話題は「クオリティの低い世界の再構築は消え失せるべきである」という話になり、洗濯バサミの話になる。個人的には女装オッサンと同じく「いいじゃねえか別にてめえらに迷惑かけてないんだからほっといてやれよ」くらいにしか思わないのだけど、「洗濯バサミで髪をまとめる女性などいない!」というのはそれはそれで世界のインプットが足りない気はする。

 

もうこれに関しては「洗濯バサミっぽいヘアクリップを着用している」「ブラのホックを外したタイミングで冷蔵庫の中身が気になって開けてしまった」くらいしか言いようがない。それでも何故「こんな女性は現実に存在しない!」と言い切れるのか。

 

実はこれは女装増田と話が地続きで、世界の再構築を見た側が「こんなのは現実と違う!」と言い切ることこそが実はナンセンスなのではないかという話である。洗濯バサミで髪を留める女性もいるかもしれないし、変なテロテロした服で出かけている女性もいるかもしれない。テロテロした服で出かけている女性という現実を模倣したテロテロしたオッサンを見て「現実はそんなんじゃない」と言われても、じゃあ現実ってなんなのよとなるわけで。

 

そういえばもうすぐハロウィンの時期なので「地味ハロウィン」の話もする。地味ハロウィン、最初は面白い人が面白いことやってるなと思ったんだけど回を重ねるたびに「面白くない人が面白いことをやってる感」が強くなったなと思う。多分これも今やってる世界の再構築の話と一緒で、「現実の世界にどれだけ寄せて模倣するか」というところなんだと思う。個人的に「特殊なシチュエーションでそうとしか見えない格好」だから面白いのであって、ただの私服着た人がニヤニヤして「〇〇っぽい人」というのは現実の切り取り方が恣意的でその人の内面をバカにしているなあという印象が強くて好きでは無い。例えば「警備員」とか「書店店員」みたいなお仕事系とか「ゲリラ豪雨にあった人(ずぶ濡れ)」「遅刻寸前のOL(すっぴんで上着だけ羽織って中パジャマ)」みたいな見た目で面白いのが地味ハロウィンの醍醐味だと思う。仮装なんだから見た目でガッツガツいこうよ。

 

我々が思っているより現実というのはかなり幅が広い。壊滅的なファッションセンスの人もいるし、衛生観念がない人もいる。またいろんな感覚がぶっ壊れているとしか言いようがない人はその辺にたくさんいる。「子供を狙うなんておかしい人間のすることだ!」というより「子供を狙う感性の個体がランダムで出現する」という感覚が近い。もうマジで人間は個体差、多様性、抑圧からのフリーダム万歳であり、本当に何でもアリなんだと思う。

 

つまり多様性をどんちゃかするなら、女装オッサンだって洗濯バサミだって「そういうこともあるよね~」と受け入れる度量が必要なのかもしれない。その上で「テロテロおっさんマジでテロテロだわ」と思ったり「実際に洗濯バサミで髪の毛はまとめられないのでは」と思うことは自由である。ただし、それを武器に「世界の再構築をやめろ」と言うなら、それは自身の見ている世界を疑う第一歩なのではないかとも思う。同時にオッサンはコーデの上達に務め、洗濯バサミはもっとリアルな表現の追求をしないと行けないと思う。まあ他人が再構築した世界に自分の居場所があると思う方がどうかしている、自分の居場所が欲しかったら自分で世界を再構築してみせろよくらいは思ってる。創作の腕がない?そんなん知らねえよ誰にも迷惑かけてないんだから好きな世界を作ってみせろよ。自分の好きな世界で好きなことをする、最高じゃん。おわり。

 

 

*1:スイーツのアクセサリーなんかのブランド。チョコレート柄の10万円くらいするランドセルが印象的だっった。

気持ち悪いHDD

今朝新しい外付けのHDDを買おうかと考えた。

「とりあえず3TBくらいの奴を」と思い、昔のことを思い出す。

 

スティックメモリが発売されてフロッピーが消え始めて「へーこんなんに文書とか写真とか入んの!?」と人々が思っていた頃。

その頃小型のMP3プレイヤーも流行っていて、東芝gigabeatを持ってる人同士で入れてる曲などを見せあったりしていた。その中で忘れられない言葉がある。

「こいつのgigabeat、4GBもあるよ。4GBも何入れるの、変態なの?」*1

当時はスティックメモリは256MBか512MBが主流で、それを基準に考えると4GBは確かに「そんなに何を持ち歩くのか」という感覚だったかもしれない。会社に出かけるのに毎回登山用のザックを背負ってくるみたいな感覚だったのかもしれない。「何でそんなデカいカバン持ってんの?子供でも誘拐すんの?」というところだろうか。

 

それから数年後、今度は別の人の外付けのHDDを新しく買おうかという話をしていたときのことを思い出す。動画編集が趣味の人で持ち歩く用のHDDをもう1つ欲しいなとかそんな感じの話題で、その中で「そう言えば1TBのHDDがあるんだよ」と言っていた。まだ世間では256MBのスティックメモリも現役だった時代だったので「そんなに何入れるんですかね」と返したのを思い出す。「そんなに入れないよなぁ」と返されたような気がする。その中で「そんだけ持ち歩くのは変態だよなぁ」みたいな感じになったような気もする。

 

そして2022年。当時256MBで足りていた人が「3TBくらいのが欲しいな」とか思っている。このままのスピードで世界が回ったらアポロ100号にはどのくらいの容量のHDDが搭載されるのだろうか。

量販店に行ってもメモリーカードは32GBか64GBが主流で、ちょっとしたものなら4GBのものからしかない。128GBくらいのものなら当たり前にあるし、HDDに至っては1TBはないと話にならない。軽く調べたら20TBくらいのものもあるそうだ。そして20TBのHDDを持っていても誰も「変態、気持ち悪い」などと思わないだろう。何かコメントを求めても「いっぱい入りますね」以上の気持ちになることはないだろう。

 

このことから「技術の革新がすごいな」とか「認識が変化するとはこんな感じか」とかあるんだけど、何となくiPhoneが発売される前の世界のちょっとしたノスタルジックなエピソードとして消化してもらえるといいなと思います。HDDは検討してるだけでその前にデカいテレビとかSwitchとかポメラとか欲しいです。おわり。

*1:この発言を嫌だなぁと思う人もいると思う。これは以前書いた「死ねが口癖の人」が言っているのでこんな酷い発言になっている。今思うとすごく口も根性も悪い人だった。

ゲラゲラと笑う

笑うって、最近少ない。

 

ネットのニュースでも悲惨なニュース、コロナ、そして誰かがなんか怒ってコメントで喧嘩してるだけのコンテンツ。思えば、ネットコンテンツで笑ってたのは何だったのだろう?

 

この前「昔のネットの空気」みたいな話をした。「あなたは、すきですか?とかあったよね」みたいな感じの。ちなみにこのブログ書いてる人は真夜中に「ウォーリーを探さないで」を初めて見て「びぎゃー!」となったあと、「え、ウォーリーいるんでしょ?今の時間切れの演出?え?もっかい探そ」となってあれを4回くらい繰り返し、音がうるさいので消音にしてしばらく繰り返したあとに「ビックリフラッシュ」というものの概念を理解して「なんだウォーリーいねえのかよ!」とムカついた記憶があります。最初から「探さないで」と言っているのに……。

 

なんて言うか、そういう強烈なネットコンテンツの記憶っていうのがここ最近ない。しばらく増田コンテンツに浸っているので増田内でのゲラゲラ笑えるワードなんかを探すのが本当に好きだった。流行る増田もあるけど、個人的に実用的な実録系(退職エントリなど)は笑えるものではないし、喧嘩は全くつまらない。炎上と喧嘩がはてなの華とはいえ、毎度毎度ループしている喧嘩など見るものでない。特にここ数日はなんとなく増田離れをしていた。

 

そんで今朝。寝起きにトイレで増田を見てたらトップに飛び込んできた「孕ませろ!!」のワード。

 

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何だよ孕ませろって。「孕め!」じゃないのか。孕むのは女性で、それでは子種を出す方は「孕む」に含まれるのか?主体と客体?あれ、孕むの意味ってなんか別の意味ある?

 

瞬時に頭の中をはてながグルグル回り始めた。朝っぱらから「孕ませろ!!」というワードだけで訳のわからないはてなの渦に放り込まれた。何なんだよ「孕ませろ!!」って。後で考えると「性行為をしている主体の他にもう1人監視するものがいて、後ろから子種を出す指示をしている」という訳の分からないシチュエーションではないのかしらとか思いついたけど、やはり意味がわからない。後でトラバで「(俺の精子よ)孕ませろ!!」という説を読んで納得したけど、それにしても謎の多い言葉である。

 

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頭の中で復唱しているうちに何だかおかしくなってきた。間違いなく「孕め!!」では全く面白くもなんともなかった。「孕ませろ!!」というだけでお昼ご飯の時間まで笑っていられるくらい面白かった。別に揚げ足をとっているわけではない。この笑いは「インド人を右に」に似ている。ミスなのか天然なのかはわからないが、不適切な表現が予期せぬ表現となったという感じか。

 

なんにせよ「孕ませろ!!」だけでめちゃくちゃ面白かった。こんだけ増田のワードで笑ったのはエレモシ以来かもしれない。だから増田はやめられない。

 

好きなゆっくり解説チャンネル6選

去年の夏終わりくらいからずっと「ゆっくり解説」を聞いてる。最初はたまたま検索に引っかかったのをダラダラ聞いていたけど、そのうち様々なチャンネルで様々な解説があるのがわかって面白くなった。また同じ題材でも取り扱う投稿者が違うことで角度が違って見えることもあり、本当にいろいろ聞き比べた。好きなチャンネルもあったが、春の収益化剥奪祭りあたりから更新が途絶えたところも多い。というわけで「ゆっくり解説で好きなチャンネル6選」をお届けするぜ。

 

まず、好きなゆっくり解説の特徴をざっくり紹介するぜ。

 

  • 取り扱う題材に愛が感じられる
  • 投稿者の意見(主観)がかなり盛り込まれている
  • 霊夢魔理沙に独特のキャラがついている

 

単にフォーマットに乗っ取って原稿を読み上げるような切り貼り動画になってるものも結構あり、そういうのは「ふーん」で終わりなのだが、「この投稿者の他の動画を見たい」とか「この霊夢魔理沙の掛け合いがいい」とか思うようなのが個人的に「好きなチャンネル」です。

 

※注意※絶対読んで※絶対守って※

今回紹介するチャンネルはあくまでも「個人的に動画の題材選びとか脚本とか個人的に演出とか個人的にそういうのが個人的に好き」というだけなので「このチャンネルの内容が100%正しい」とか「この記事読んだら絶対この動画見ないといけない」とか、そういうことでは一切ありません。だから「見たけどつまんなかったぞ!!」とか言うのはやめてください。紹介文読んで興味が出たら見る、くらいでお願いします。ましてや「オススメされたから見たけどつまんなかったぞ!!」と動画にコメントするなど言語道断ですし、「~から来ました」とこのブログをコメント欄で宣伝するのも絶対やめてください。むしろ守れないならネットしないでほしい。

 

 

それではオススメします。

 

ゆっくりドラちゃんねる

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ドラえもんについては愛はあるけど全集持ってないニワカなのでお世話になってるチャンネル。ドラえもんについて「その視点はなかったなぁ」と思うような内容が多く、特に「ドラえもんは何故〇〇か?」について「2112年ドラえもん誕生」で終わらせずに「ドラえもん百科(片倉設定)」「ドラバケ」あたりまでカバーしてちゃんと「ドラミちゃん」の話までしっかりした上で「作者の意図」「アシスタントの話」まで遡るから信頼できる。

 

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多分このタイトルだけで「ネズミに耳をかじられたからだよね!」と思って動画を開くとその情報量に圧倒され、さらに続編の動画では「ドラえもんがネズミに遭遇したときのパターン」まで解説している。ドラえもんだけでこれだけ語ることができるので、有志の「ドラえもん学」はやはりすごい。

 

闇世界のツーリスト【ゆっくり解説】

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オカルト系チャンネルは一時期乱立してたけど、ここが群を抜いて動画の作りがいい。特に「行ってはいけないシリーズ」が面白く、全世界の立ち入り禁止区域の紹介のクオリティが高い。これは似たような題材の動画が乱立してるところで「この動画は闇ツーさんだな」と聞いているだけでわかるので*1

 

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語り口があまり不安を煽るものでもなく、わからないことはわからないとはっきり言い、そして「でも◯◯ということにしておきたい!そのほうがロマンがあるから!」というところに安定感があって好きなのかもしれない。こういう話で全部「うそだよーん」というのも、それはそれで寂しいからね。

 

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ゆっくり昭和の記憶

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取り上げる題材はいわゆる「昭和」のカルチャーだったり、芸能界の話だったりする。このチャンネルが他のゆっくり解説チャンネルと違って目立つところは、魔理沙のキャラがかなり立っているところだと思う。昭和のドラマのビデオを集めていて唐突に昭和の歌を歌い始める。特に全編ほぼ「魔理沙の歌唱」を期待させる題材で本当に魔理沙に歌わせたのはすごいなと思う。解説の内容というより、この語り口がなんか好きでついつい聞いてしまう。

 

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芸能ゴシップや下世話な話が多いのでいろんな人が楽しめるわけではないのだけど、この「歌う魔理沙」のインパクトとキャラクターはかなり強いので興味のある話があれば覗いてみてもいいと思う。

 

オカルトざんまい

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基本は各地の心霊スポット紹介。ただの心霊スポットの紹介で終わらずご当地グルメ情報が挿入されることが多い。更に無責任に「ここには変な噂がある」で終わらずに「変な噂はあるけど実際にはそんなことはない」と噂を否定して「こんなところに行くなら近くにあるうまい食堂でうまいもの食べるべき」と話を持っていくのが上手いと思う。もちろんガチな話はガチガチにやるのでオカルト面でも楽しめる。何かを学ぶと言うよりオカルト与太話を与太話としてと霊夢魔理沙が食べ物の話をするのを楽しむチャンネルだと思ってます。あと日本各地のいろんな場所の話が聞けるのがいいですね。全てを食べ物に変換する霊夢のキャラがかわいい。

 

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ゆっくり災難資料館(裏)

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個人的に今めちゃくちゃ好きなチャンネル。過去の災害や事件事故について取り上げ、「当時の時代背景を踏まえた上で事故の原因は何か」「事故をきっかけに社会に変化はあったか」「再発防止にはどんなことが望まれるか」ということを中心に紹介している。

他にも事件事故解説系のチャンネルはあるけど、このチャンネルは「再発防止」という点が重視されるので悲惨な被害者の状態や加害側のバッシングが極力ないのがとてもいい。「事故が起きた、被害が拡大した原因は〇〇が足りなかったことなのでこれからは〇〇をしなければならない」という感じで前向きなのがいい。

また「当時の時代背景や技術は~~だったのでこれをキッカケに〇〇防止法が制定された」というような話が多く、過去の防災意識の低さから起きた大規模なデパートやホテル火災、飲酒運転や危険運転の罰則強化など「安全の歴史」も見えてくるのが面白い。「杜撰な管理で大事故になり、反省して管理を強化しました」という話がほとんどで、たまに「しっかり管理できていたので大事故を防げました」というのもある。例にあげた動画はドラえもんに出てくる「居眠り運転のトラックがガソリンスタンドに突っ込む(アニメだと積荷はダイナマイト)」くらいの話、いやそれ以上の話で本当に怖い。

 

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このチャンネルをきっかけに、どこかに泊まる時は必ず非常口を確認しようと思った次第です。ホテル火災めっちゃ怖くなった。あとデパート火災と積載量や定員オーバーの乗り物。山には多分近づかない。

 

Ha ku

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レトロゲームやSteamなどのチャンネル。しかしその大部分が「クソゲー」「海賊(パチ)ゲー」という凄まじい精神力の人という印象。クソゲーの代名詞「チーターマン2」のプレイ動画は数あれど、初代の「action52」をちゃんとプレイしている人は少ない印象なので「本当に好きなんだろうな」と愛を感じる。

 

【ゆっくり実況】#20-1 レトロ海賊ゲー発掘隊【Action 52】 - YouTube

【ゆっくり実況】#20-2 レトロ海賊ゲー発掘隊【Action 52】 - YouTube

 

最近は「スチームクソゲー」のリストをずっと見てる。「ゲームとは」「世界は広い」という気分になり、自分がちっぽけな存在であると認識させられる。世界は狭い、世界は同じ?いやSteamの海は広大だわ。なんていうか、自分の世界が拡張される感じがする。

 

youtu.be

 

この動画のせいで「ベネズエラ=CRAZY BUS」というしょうもない偏見を持ってしまった。ベネズエラと聞く度にこの最低なBGMが脳内巡るんだけど。ゲームのゆっくり解説以外にも海賊版ゲームを買いに海外に行ったりデスクリムゾン*2のOPとか四十八(仮)*3聖地巡礼をやってたりとかかなりアクティブな方ですごいなと思う。あとクソゲーの紹介のボキャブラリーが好き。個人的に未来神話ジャーヴァスにつけた「プレイする眠剤」がとても好き。

 

まとめ

ゆっくり解説だけど学びだけでなく、会話劇として楽しいものが好きかもしれない。他にも世界史とか未解決事件、オカルトに生物、自然科学やゲーム史などゆっくりボイスが苦手じゃなければ楽しめるコンテンツは本当に多い。それにゆっくりボイス以外の合成音声で解説動画やってるところも多いし、霊夢魔理沙ではなくオリジナルのキャラで解説しているチャンネルも結構ある。ただ学ぶだけでなく自分の知識の整理という面で聞いていることも多く、なんとなく作業用BGMとして流すのにちょうどいい。今日の話はこのへんで。おしまい。

 

 

*1:適当にホームに出てきた動画を片っぱし再生リストに放り込んでいたときも語りで「おっこれは」となったので。その時は特にオカルト関係ない話題だったのでちょっとびっくりしたよ。

*2:クソゲーの代名詞。詳しくはググって。

*3:クソゲー史を塗り替えた伝説的クソゲー。詳しくはやっぱりググって。

暴力と洗脳

※特段の主張やオチはありません※

 

よく「私たちは暴力についてもっと知るべき」と言うけど、それは「暴力の忌避では暴力を防げない」と思っているからなんだよね。過去に「話せばわかる!」と言ってわからせられなかったこともあるし、一度暴力が始まると話し合いとか本当に無理だと思う。

 

だから暴力が発動する前に暴力に繋がらないことをするのが大切なんだけど、これが本当に難しい。暴力にもいろんな種類がある。こうすれば絶対防げるというものはない。ごめんで済んだら警察はいらない。

 

ただひとつだけ言えるのは「暴力をやめよう」という声掛けは抑止力のクソの役にも立たないよなということ。何だかよくわからないけどイライラして誰かを殴ってる人に「暴力はよくないよ!」と言っても余計イライラさせるだけだ。この場合イライラの原因を取り除くことが根本的解決であり、「暴力はよくないよ!」と声をかけることではない。むしろ逆効果なんじゃないかと思う。何故イライラするのか、何故支配したがるのか、何故他人を痛めつけたいと思うほど恨みを募らせるのか。そこらへんのひとつの表現が「暴力」であるだけ。こう言うと暴力を肯定しているように見えるけど、本来暴力は手段であり肯定も否定もするようなものでは無いと思う。暴力の結果がよくないものであるので私たちは暴力を排除したがる。しかし暴力のみを排除しても暴力の種である根本的原因が残っているのではまるで意味が無い。

 

話は変わるが、昔「死ね」が口癖だった人がいた。しばらくその人の下についていたので自然とその人の考え方で動くようになっていたが、別の人に「お前あんなろくでもないものと一緒になるな」と言われて「そう言われるとそうかも」と一線を引くようにしたところ、「うわ、かなりひどいかもしれない」と思って、完全に離れた現在では「今まで出会ってきた人の中でも最悪の部類のメンタリティだった」と思う。一例を出すのも胸糞過ぎるのでどんなことがあったかは想像してもらうとして、当時の状況としては軽い洗脳のような状態になっていたと思う。仲間内でも「死ね」というのが当たり前になっていたし、外部から「お前らきしょいわ」と言われても仲間内で「そんなこと言うほうがおかしい」と思っていた。今思うと致し方ない部分もあったけど、未熟な自分を仲間に引き入れようと無意識に圧をかけていたような気もする。その後似たような展開に数度遭遇した*1ので、新しい組織に所属するときはまず「自分を取り込もうとするかしないか」で判断するようにしている。これはある程度経験しないと見極めるのが難しい。組織ぐるみでやってくればカルトだし、個人でやってきたならモラハラになる。

 

そして暴力の話に戻るけど、洗脳してくるほうは何も「イッヒッヒ金をむしり取ってやろう」と思って近づいてこない。大体は真面目に「僕たちと一緒になって自分の頭で世界を良くしよう!」と来るわけ。だから親身になればなるほどどんどんハマっていく。

 

人助けに理由はいらないけど、人助けをしない理由もあったりする。「人助けだと思って一緒に来てくれないか」「一緒にいるだけでいいから」「なんだよ冷たい野郎だな」「お前みたいな奴なんか地獄に落ちろ!」となってからでは結構抜け出すのは難しいと思う。そこで激しい叱責に耐えられなければカルトに吸収される道に落ちる。「一度話を聞くと言ったのに無視する私は冷たい奴なんだ」と自分を責めるのか「うえー二度と近づかないでおこうエンガチョエンガチョ」と思えるのか、間違いなくカルトは前者を狙ってくる。というか、多分後者には最初から期待していないし、どこかで「こいつないな」と判断したらそのまま違うカモを探しに行くのかもしれない。つまりこういう奴対策として後者のメンタリティと変な人に関する知識と心構えが大事なんだと思うけど、そればかりは多少の経験というある程度のワクチンみたいなのが必要だと思う。

 

つまり思うことをガーッと書いてきたけど、大筋では「なんか変な奴に対する知識を持とう」くらいの話をしている。その上で変な奴を救うのか、変な奴から逃げるのか、大前提として変な奴をどう見分けるのか、という話になってくると思う。そもそも「変な奴」という呼称もよくないが、各々に名前をつけるとそれはそれで大変なのでとりあえず「変な奴」としておく。

 

「変な奴」は経験上悪気があった試しはない。上で書いた「死ねが口癖の人」をはじめ、何かとマウント取ったり過度に取り込もうとしたりするような人は大抵「自分は被害者」というスタンスであった。そして二言目には「私は可哀想だから私の味方になれ」と言ってくる。そこで「いやぁ可哀想ですねえ」となると際限なく心のスキマに入ってくる。多分正解は「マジっすかー大変っすねーおならプップー」なんだろうなと思う。おならプップーの部分は結構大事で、「私はあなたのことを屁とも思ってませんよ」という態度は重要だと思う。態度で示すのに有効なのは、やはり他者の存在だと思う。「家族や恋人がいるので~」と場を切り上げたり「推しの番組が始まるから~」と「取り入ってくる人」以外の存在を出すと撃退できる気がしている。そう考えると孤独な人に付け入るというのは正しいのかもしれない。推しは世界を救うのである。

 

この手の支配も暴力のひとつだと思うのでここまでつらつら書いてきたけど、最初に書いたとおり「だから何だ」という話ではない。ただここ数日思っていたことを書き出してみた。総合すると「我々はもっと暴力について知るべき」なんだと思う。戦争について知らなきゃ戦争なんかなくならないし。ラブアンドピース。おわり。

 

*1:かなりキツいものもあったし、必ずドン引きする話として鉄板のものもある。絶対レベルで不快になるだけなので聞かないほうが幸せ。

創作ドラマしたい増田について考えてみた

「つまらない」というのは簡単なので、どうすれば面白くなるか考えました。

 

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創作ドラマという観点

まず元増田は「創作ドラマでやりたい」という。現代の表現方法は小説や漫画、映画やYouTubeの動画など様々だ。そこを敢えて「創作ドラマ(おそらくテレビドラマ)」というジャンルに焦点を絞ったのには理由があると思われる。「社会現象になる」とのことから「若い女性にこの内容を見せて罪悪感を植え付けたい」という感じなのだろうけど、実際にテレビドラマとして放映するにはどんなことが必要になるだろうか。

 

まず、実現するかはともかくテレビドラマを作るなら何はともあれスポンサーが必要になる。元増田が企画や脚本をきちんと作り、「こんなドラマを作って放映したい」と売り込む。スポンサーを付けるためにドラマの中でスポンサーの商品をポジティブに宣伝する必要がある。ここで大きな問題が出てくる。「スポンサーがつく」ためには「話の内容がポジティブ」ではないと難しい。元増田の話の内容ではどう頑張ってもスポンサーの商品を売り込むのは難しいだろう。ここで大幅な脚本の変更が求められる。

 

それから取らぬ狸の皮算用をしても仕方ないが、万が一企画が通ったとして今度はキャストが大きな問題になってくる。元増田が「社会現象になる」と思うのでおそらく有名な俳優が演じる前提なのだと思う。しかし、たとえスポンサーがついたとしても既に名前が売れている俳優が挑戦したい役柄とは思えない。それどころか、無名の新人でも「この役を演じてみたい」と思えるような役の魅力を発掘しなければならない。そこの改善も必要になってくる。

 

あらすじを変えずに面白くする

ここからはあらすじを変えずに設定を盛り込むことによって面白くすることができないか考えてみる。便宜上、前述の内容は「指輪話」、後述の内容は「保険話」として進めることにする。

 

例えば「お仕事もの」にしてしまう。「指輪話」であれば過酷な肉体労働に焦点を絞り、「彼女に指輪をプレゼントするという目的でバイトを始めたら騙されてタコ部屋に連れていかれ、過酷な労働と珍奇な同居人に囲まれて何とか脱出してきたら彼女は既に新しい男と仲良くしていた。タコ部屋労働について訴えても誰も信じてくれず、遂に精神病院へ送られそのまま彼の行方は知れない」という方向にすればまあまあ面白くなると思う。ポイントは珍奇な同居人で、例えばアル中のオッサンとか2次元ラブオタクとか潜入してるYouTuberとか謎のおネエとかが一緒にワイワイやると楽しいかもしれない。敵役にザコチンピラとヤクザの兄貴っぽいのと細目のじーさん(強くて怖い)がいたら面白い。こんなところを読んでる人はもうわかってると思うけど、この与太話は名スレ「タコ部屋から逃亡してきました*1」から大体着想しています。

 

「保険話」は、いっそ生命保険の話メインにしてしまい、生命保険の営業マンを主役にして毎回違うバリエーションで「女性はお金のことしか考えてない」という話をしていきます。営業マンの決めゼリフは「まぁ、お金は棺桶に入れられませんから!」で、基本的に残される家族に何が出来るのかを説明していく。ホスピス回や保険金詐欺回があり、社会的に考えさせるドラマになる。営業マンの後輩の女の子が「先輩は冷たいです!」と言い、営業マンの上司は主人公に一目おいている、そんなドラマならちょっと見たいかもしれない。

 

または「怨み屋本舗」みたいに復讐代行業的なエピソードに落とし込んで、女に復讐まで出来たらまあまあ面白くなるのでは。「俺をフッた女に地獄を見せてやれ」みたいな。そんで男はもっと別のイイ女を見つけてハッピーエンド。

 

実写ドラマに拘らないのであれば、いっそのこと舞台を現代日本から異世界にしてしまうのもアリだ。ゴブリンの炭鉱でこき使われた主人公がダイヤモンドの指輪を彼女に送るも「こんなのしか錬成できないザコが私にプロポーズとはどういう神経してるの?」と一瞬で指輪を灰にする超絶天才魔女だった、とか。

 

物語の構造から変える

そもそも、物語を進行するにあたってキャラクターが全く生きてない。「指輪話」であれば「金が第一の女がどうして貧乏な男と恋人になったのか」がポイントになる。

 

そもそも馴れ初めは一体どうなのか。例えば将来を誓い合った幼なじみだったが、彼女の家が一家困窮、ヤクザに身売りされた彼女は贅沢を覚えてそこの若頭と婚約、背中に消えない落書きをして毎日エステにブランド三昧。「あの時の素朴な彼女に戻って欲しい」と必死で夜間警備をして貯めた金で買ったティファニーの指輪を彼女のゴリラ的ボディガードに「姐さんに近づく虫はこうじゃあ!」と粉砕、「兄さんの女に手ぇ出すことがどういうことかわかっとるんかゴルァ」と男も粉砕、水責めにしているところに姐さん登場。「そんなにアタシが欲しかったら、お仕事手伝って欲しいんですけどぉ~❤」と闇の仕事を斡旋する。「アタシは本当はアンタだけ、今はあの人の元で働いて、チャンスを狙うのよ……」とその気にさせて男と女の闇のビジネスの駆け引きが始まる…………!!!みたいな。最後は姐さんがゴリラ的ボディガードとくっつくところを闇の世界に染まった主人公が逆上。ゴリラとの死闘の末姐さんを屠った主人公が亡き若頭の敵討ちにやってきた下っ端諸共ダイナマイトで事務所を吹っ飛ばし幕。

 

「保険話」には致命的な矛盾が存在している。「家族のために体を壊すほど汗水垂らして働く父親」に「子煩悩で子供が懐く」というのは相当無理がある。「子供が懐く」のであればそれなりに家族の時間を大事にしているはず。そもそも、子供がいる女性が金持ちの男をホイホイ捕まえられるはずがない。この辺の違和感をなくすためには、彼らの実家のことまで考えた方がいい。彼女の実家は地元では知らぬものなどいない旧家で、「女は跡継ぎを生むこと」を命題に生きている。彼女に惚れた男は半ば強引に結婚して子宝に恵まれるが、生まれた子供は女。更に彼女の生活水準についていくため多額の金銭が必要になり、男は朝昼晩関係なく働くことになる。さらに「何処の馬の骨ともしれず契りを交わしたので種がよくなかった」「どこそこの息子さん(名家の次男坊)に婿に入ってもらおう」「娘を傷物にした慰謝料を払ってもらう」と病に倒れた男の元に一家総出で弁護士を出してくる。娘は「パパを悪くいうあんたらなんか大っ嫌い!」というけど、「お前にも○○家の血が流れているのだよ、将来遺産の分配で揉めたくなければ今のうちに本家に来なさい」と強引に連れていかれる、みたいな。

 

どちらにも言える話なのだが、視聴者に「女が悪者で男がイイモン」というストーリーを植え付けないといけない。ぶっちゃけこのあらすじを見る限りだと指輪話の男はストーカーかもしれないし、保険話の男はキャバクラ狂いかもしれない。その辺の説明もうまくやらないとまず面白いモンは生まれない。キャストの話に戻ると、「イカれたサイコパスのストーカー役」「妻に逃げられるキャバクラ狂いの弱気パパ」なら少しは面白い演技が期待できる。その辺ももっと考えて、まずはカクヨムあたりにでもいろいろ投げてみたらどうだろうか。

 

全体的に

当たり前なのですが、恋愛ドラマにしたいのであれば恋愛の話をした方がいいと思うのです。お金の話がしたければ金融業の職業もの、婚活の話がしたければ婚活の話をするべきなのです。「恋愛ドラマに見せかけて女とカネのドロドロやりたい!」と言っても視聴者としては「チャーハン頼んだのにオムライス来た!」という感想にしかならない。もちろんオムライスチャーハンを上手く作る料理人もいるだろうけど、どうしても元増田がオムライスチャーハンを作りたいのであればまずはチャーハンとオムライス、それぞれ別に上手に作れるようになってからだと思う。

 

あと蛇足だけど創作ドラマを作ってみたい人は「長文失礼します」という前置きしなくても失礼なく読みやすい文章を書けるような練習したほうがいいと思いました。物語を書きたい動機があるなら、次は「どうすれば面白くなるか」を考えるのがいいんじゃないかなぁと思いました。おわり。

 

*1:最近だと動画とかで紹介してるところもあるから自分でググって探してみてね。