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ホラーと小説は相性が悪い騒動の背景

 先日、突如としてホラー小説家の大御所たちが「けしからん(ニヤニヤ)」というポストを次々と投稿して賑わっていた「ホラーと小説は相性が悪い」の騒動なのですが、この炎上に関して背景を理解すると更に違う景色が見えるかと思いますので、ちょっと解説します。

 

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【概要】

 発端のコピーライター氏が「ホラーと小説は相性が悪い、何故なら絵や音がないからだ」という主旨の投稿をする。これに「じゃあスティーブン・キングは何なんだ」「想像で補完するから怖いんだろ」というような反論が殺到。そこにホラー小説家の大御所たちが「そんなことないと思いますよ~(基本激おこ」というコメントを続々発表。ついにカクヨム公式が「最近ホラージャンル賑わってます!」というポストをする事態に。

 

 これに対し発端の氏は「ホラー小説の否定ではなく、初心者が小説を書くにはホラーは難しいジャンルだということが言いたかった」「相性が悪いとは難易度が高いという意味である」と弁明。更に長文で弁明を書くとコメント。発端のポストは削除。更に「重い創作を持て囃す老人が軽い娯楽小説を好む若者を攻撃する」との発言が波紋を呼ぶ(現在ここ)。

 

【背景1:小説とは何か】

 これは発端の人の元のポストだけでは追えない文脈なのだけど、ここで言う小説というのは「主に小説家になろうなどの投稿サイトですぐに読者数を増やしてランキングに載って人気になり、それから出版社に声をかけられて書籍化する小説」のみを指すという事情を読み解けないと「じゃあ小野不由美は何だったんだ」になります。この人は小野不由美の話をしていないんです。

 

 それで、この人の理屈で言えば「ホラーはのめり込ませないといけないので、毎日片手間にささっと読めるようなものを求められてる場所にはふさわしくない」とのこと。つまり「隙間時間に手軽に怖がらせるには音や絵が必須。だから映像やゲームはいいけど小説は不向き」ということが言いたかったのです。この理屈自体は真っ当ではないでしょうか。

 

 つまりこの人は「小説」というものを「隙間時間に流し読みできるもの」と認識して、そこを軸に「なろうで売れたければこんなことをしろ」という話をしているわけです。ちなみにこういう「ランキング主義的創作論」を語る人は界隈にまあまあいて、毎度毎度喧嘩しています。トムとジェリーみたいなものです。

 

 そういうわけで、この「流し読みできないものは相性悪い」という理屈は一冊の本とじっくり向き合う読書体験の否定として、作家のみならず一般の読書家からかなり反発を食らったわけです。まあ、せやろなというのがこのブログ書いてる人の感想です。言葉選びが悪いと言うより、喧嘩を売ってるとしか思えない。


【背景2:テンプレとランキング主義】

 しかし、この人はおそらくインプレ稼ぎではなく本気でそう言ってるわけです。そこにも背景があって、特になろうにおいては「テンプレとランキング主義」が横行しています。その中でもホラーやミステリー、SFなどと言ったジャンルは過疎ジャンルとされています。

 

 その要因のひとつは氏の指摘の通り、ホラーというジャンルが連載小説に向かず、投稿サイトとして盛り上げが難しいというところに「ホラー要素があればホラーを名乗っていいんだ!」という別ジャンルの作品が紛れ込んでくるため訳がわからなくなっているというものがあります。カテゴリーエラー、いわゆるカテエラと呼ばれるもので、意図的にやっているものもあれば初心者がよくわからずにジャンルを選択するものもあります。つまり「幽霊がいるならホラーやな!」と『ゴースト~ニューヨークの幻~』や『ステキな金縛り』がホラーとして提示されている状態です。

 

 ランキング攻略を目的とする人たちは「とにかく奇抜な設定で読者を釣れ」「読者は馬鹿だから異世界転生最強設定とか脳死で読めるのにしろ」「設定さえ思いつけば後は書きながら考えろ」「思いつかなくなったらエタって(未完のこと)次の設定を考えろ」「当たり設定が引けなかったら次々エタればいい、読者はエタ率なぞ気にしない」「要は勝てば何をしてもいいのだ勝てば」ということをまことしやかに語るわけです。ここはだいぶ誇張してあります。

 

 そこで要因のふたつめが「読者層」です。一部で蛇蝎のように嫌われているなろうテンプレですが、これは「素人でもそれなりのストーリーが作れる」という非常に優れた面もあります。ちなみにこのブログ書いている人の見立てだと、なろうテンプレ小説を書いてる人は「面白そうだからやってみるか」という暇つぶしか「これなら出来そうだ!」という物書き志望の学生か「まずはなろうテンプレで売れてから書きたいの書いてやる」という人の3種類くらいに分けられる気がします。レビューや講評などでも「頭空っぽにして読めば楽しい」という文言を多く見かけます。つまり、安易なテンプレを用いる書き手も「頭空っぽ」状態である可能性は高いです。

 

 つまり、頭空っぽで書いたものは頭空っぽで読むことに特化しているのでランキング上位に来るのは頭空っぽ作品になります。ここで言う「頭空っぽ」とは深く考えないで書いたり読んだりするということです。だから極端な話、密室殺人事件の謎を読者が主人公と一緒にうんうん考えるのではなく「てれれてってれータイムマシン! 犯人はなんとボクでしたあ!」みたいな方がウケるわけです。そういうわけで頭を使うミステリーやSFはそうでないのに比べて圧倒的に読まれません。マジで。

 

 ちなみになろうの現状ですが、この「テンプレで深く考えない物語がウケる!」が浸透した結果、ランキングに異世界恋愛で婚約破棄からのざまぁしか見当たらないという現象が発生しました。「せっかく書くなら読まれたい」→「読まれるのは流行のジャンルだ」→「流行のテンプレ小説大氾濫」→「テンプレじゃないとランキングに載らないから仕方ないけどテンプレで書くよ」→「大氾濫」の状態が今なんじゃないかなあと思います。違ったらごめんね。

 

 もちろん真面目に異世界恋愛を歴史や様々な知識を踏まえて書いてる人もいるけど、貴族の婚約破棄を恋人を振る行為くらいの文脈で使ってる*1ものまであるので正直ピンキリです。なんでこんなことになるのかと言えば、「作中世界を創造する」のではなく「読者の気持ち(敵を倒したい、ざまぁしたい)」を優先しているので作中世界のほうが読者のニーズに沿う形になるわけです。

 

 下品な言葉を使うなら「いかに読者を気持ちよくさせるか」が勝負どころなのです。そうでないと「主人公がピンチだ! もうこの作品読まない!」と評価を下げられてしまいます。これは各所で聞く話で「見せ場のために主人公側を劣勢にしただけで読者数が減った」というのはあながち嘘ではないと思います。


【背景3:読者は作者を応援したい】

 つまり、ここで言う「小説」っていうジャンル自体が従来の文芸小説から分離し始めているのがこの世界です。現に様々な投稿サイトで「異世界ファンタジー」と「文芸」を切り離しているところはあります。このムーブメントは「ケータイ小説」の時代にもありました。特に考えず物語を消費して主人公になりきり、一緒に恋愛した気分になるタイプの小説です。主人公の苦悩に共感したり、作品の仕掛けにびっくりするような大がかりな感情の動きは少なく、ただ「ぼくらの物語」が存在すればいい。だから主人公の葛藤表現なんか書いた日には「うだうだ悩んでつまんない」「面白くないから駄作」となるわけです。

 

 そうなると読者も「親しみやすい書き手」を求めます。だから大作家先生みたいな権威よりも「自分と等身大の人間」が書いた物語に人気が出ます。ついでに言えば「こいつ頑張ってるな」という視点も入り、どちらかと言えば流麗で華麗な物語展開よりもたどたどしい文体ながらテンプレに沿ったもののほうがウケはよくなります。

 

 極論を言えば「千年に及ぶ人間と魔女の戦いの歴史を壮大なスケールで描く」とかいうよりも「奴隷の身分に落とされた魔女っ子を手懐けて俺と相思相愛の夜は魔法でトゥギャザー」みたいなほうが喜ばれるわけです。前者は「話がデカくて覚えることが多くて大変そう、戦争とか鬱展開ありそう」となり後者は「夜は魔法でトゥギャザーって何するんだろうワクワク!」となるわけです。

 

 余談ですが、そうなると「異世界ファンタジーで文芸小説を書きたい場合はどないなるんや!!」と主張する勢力が現れます。そう、本格的に書きたいわけでおっと誰か来たようだ*2

 

 で、「ホラーと小説の相性が悪い」に話を戻すと、ランキング至上主義の理屈として「千年戦争の歴史」は×で「トゥギャザー」は○です。そういうわけで作者が本当は「人間と魔女の戦いを書きたいんだ!」となっても「それだけだと読者は来ないから夜のトゥギャザーを書くしかない」とそういうタイトルになります。要はいい意味での釣りタイトルです。

 

   そのジャンルの軽い小説が存在するのはいいと思うのですが、それ以外の文芸小説を「老人の好む重い小説」と評するのはプロとして創作論を語るなら個人的にはちょっとどうかなとは思います。

 

【この件のおとしどころ】

 つまり「ランキング至上主義小説(決してなろう小説ではない)」と「文芸小説」の違いが見えないとこの問題は「なんかアホなこと言ってらぁ」となります。

 

 しかし、この「ランキング至上主義小説」と同じような構文で人気になったホラー小説がありましてね……みなさん『リアル鬼ごっこ』を覚えているでしょうか? 奇抜な設定、過激なシーン、そして人称も視点も日本語もごちゃごちゃとしてるのに愛された怪作。実際、このホラー小説騒動において「じゃあ山田悠介はどうなんだよ」と反証されている方もいました。

 

 以上を踏まえて騒動の結論を言えば、発端の人のホラーというジャンルの理解度が非常に足りないことが問題だと強く思います。ちなみに「ツリーを全部読めば妥当なことも言っている」のは間違いでないですが、最初に掲げた命題の「ホラーと小説は相性が悪い、何故なら絵や音がないからだ」が明確に間違いであるため、その後なんか読んでもらえるはずがありません。これは創作とかホラーとか読者層とかリーチ範囲以前に、文章の書き方とリテラシーの問題です。

 

   そういうわけで一度ホラーに言及しまったのだからこの際「怖いの無理」とか言わないで、ホラー小説とホラー映画、更にお化け屋敷や怖い民間伝承に絶叫マシンや怖いフラッシュなどで「ホラー」というジャンルの知識と教養を深めるのが一番の信頼回復になるのではないでしょうか。

 

 とりあえずホラー小説を数冊読んで、小説で恐怖させるポイントを抜き出して解説すりゃいいんじゃないかなと思うんだよね。それが角川ホラー文庫のアカウントも「ホラー面白いですよ!」と動かしてしまった一番の禊ぎになると思うんだ。

 

 つまり、わけのわからないものに安易に近づくと怖い目に合うってっこった。おおこわいこわい。


【創作論の是非】

 以上が「ホラーと小説の相性が悪い」の背景です。つまるところ、ロック音楽批評家(自称)が「お行儀良く黙って座って聞くなんて音楽として間違ってるぜ!」と公言したところ「何だと!」とクラシックファンが反応、それを機にクラシックガチ勢がどんどん反論したという形です。それでぶち切れたガチ勢が「これだから批評家って奴にろくなものはいないんだ!」という流れです。

 

 確かに件の批評家はろくでもないことを言ったかもしれないけれど、そのせいでロック音楽の批評全部が間違っていることにはならない。批評家全体にヘイトが向かってしまうのは残念なことだと思う。界隈では「創作論を語るのは間違いではないのか」と言ったナーバスな意見まで飛び出しているけれど、創作論自体が悪いのではなく「プロとして間違ったことを浅学で語る行為」が悪いことだと思うので創作論自体は盛んに交わされるべきだと思う。

 

 しかし、上記したランキング主義に基づく創作論を「小説の書き方」として語るのはやっぱり乱暴だと思うのでせめて「Web小説の書き方」くらいにしたほうがいいと思う。そのくらい文芸的な「小説の書き方」と乖離したものになっている。その乖離に気がつかないのであれば、そこは無学とされても仕方ないのでは、と思う。

 

小説家になろう

 

 こういう流れを踏まえてか、小説家になろうのランキング形式が先日変更になりました。ランキングの変更自体は事前に告知があり、この騒動のせいではありません。変更の是非はともかく、こういう現状を打破したいのではないかという印象を受けました。今後どのように文芸、Web小説が発展していくのかを見守っていきたいです。

 


【余談】

 このブログ書いてる人はこの「ランキング至上主義小説を推進する界隈で起こること」を見てると思い出すことがあります。以下たまに見かける文言の例です。

 

「ランキング上位でPVさえ稼げれば何を言ってもいいのだ」
「アンチでも作品見てくれればそれでOK」
「作品批判しかしないあいつらは頭が悪い」
「俺たちは理想の作品を書いているからそれでいいのだ、批判は受け付けない」
「アンチはみんな童貞キモ男だから何を言ってもOK」
「むしろアンチが養分w」

 

 ……おお! 古に存在したミニマリストミニマリスト*3じゃないか! お前らみんなweb小説書いてたんか!!

 

 そういうわけで、歴史は繰り返すみたいなことを思っています。おしまい。

*1:政略結婚の白紙化なんて下手すればお家断絶とか国家滅亡レベルだと思うのだけど、そこは異世界なんでなんでもありです。

*2:この辺の事情に関しては『本格ファンタジー』で検索してください。わしゃ知らん。

*3:物を持たないことで生活を豊かにする暮らしを実践している人、ではなく流行のワードに乗っかって他人を煽り散らすことでヘイトを生みブログのPVを稼いだ民族。