あのにますトライバル

旧さよならドルバッキー。

プログラミング教育と作文教育とかの雑感

こんな記事を読んで思うことをつらつらと。

 

qiita.com

 

はてブの反応は厳しい。確かに筆者は口が悪いけど、「全くやる気のない奴に何かをイチから教える」という作業をやったことがあったら幾分かは筆者のマイナスな物言いに同情したくなる。


実はこれ、「勉強が出来ない子の傾向」として出しても全く違和感がない。以外筆者の上げた傾向をいくつか「勉強全般」に置き換えてみる。


知的好奇心がない

勉強が出来ない、というより未知の物事に対して興味がなかったり知ることを恐れていたりする。物事の仕組みを理解しようとするのではなく、答えを丸暗記してその場をやり過ごす癖がついている。


そもそも考えることが好きではない

好きとか嫌いという次元ではなく、「思考する」という概念が存在しなかったり考えることに罪悪感を覚えている場合がある。例えば過干渉家庭の子供は親の顔色を伺うことに慣れて自分で考えることが出来なかったり、全て親が先回りするので考える習慣がなかったりする。勉強全般の話にすると、例えば「どうして雨が降るの」「夏と冬で昼の時間が違うのは何故か」という生活に密接した疑問が浮かばない子はいる。これは考える力の他に観察力がないことも原因として挙げられる。視野が異様に狭いため、疑問を疑問と感じない。


検索する癖がない、分からなかったことを分からないままにしていても生きられる

勉強全般の話にすると、わからないことを調べる習慣がない。またはわからないことを質問するという概念が存在しない。そもそも「わかった」が存在しないため「わからない」という概念も存在していない。

 

エラー文や警告文を恐れている・読まない・目に入っていない

丸暗記による0か1かの世界で生きているため、トライアンドエラーを嫌う傾向にある。計算ミスをして「どこで間違ったか確認しよう」という手順を踏まずにただ答えを丸写しする子は意外と多い。


日本語じゃないと諦める(英語を読みたがらない・恐れている)

数学が嫌いな子は「数字がたくさん出てくるのが怖い」と思っている子が多いと思うし、国語が嫌いな子は「文字がたくさん出てくるのが怖い」と思っていると思う。


分かっていないのに分かったフリをする

誰かの回答を丸写しする、家の人に全部宿題をやってもらうなど分かったフリをしてそのままやり過ごすと、中学の真ん中あたりから怪しくなってきて、高校に行く頃にはどうしようもなくなっている。

 

プログラミングができる人やハッカーのことを雲の上の存在だと思い込んでいる

勉強できる人は別の人種だと思っている。故に「できる」というビジョンを描くことが出来ず、勉強に限らず成功体験を得ることが難しくなっている。ここでコンプレックスをこじらせると人間関係のトラブルに発展する可能性もある。


とまぁ読んでいて「プログラミング以前の問題じゃん」という感想を持った次第という話なのですが、どうもこういう話をすると「そんなことない差別だ」という話になりやすい。

 

anond.hatelabo.jp


そんなこと言ったって、出来ないものは出来ないしやろうとしないことは出来ない、もしくはやる気があってもやり方を理解していなかったら永遠にできるものも出来ないわけで。「懇切丁寧に手取り足取り教える」をしても出来ない人は、そこそこいる。もうこれはどうしようもないことで、それを踏まえた社会設計をしていくしかない。


そんなことをつらつら思っているうちにこの前書き損ねたことを書いておこうと思った。「やる気のない人へのアプローチ」のつもりで書いていく。

 

blog.tinect.jp


しんざきさんの勉強アプローチの記事は毎回ためになるけれど、要求する水準が少し高いのでこういうブコメがトップになるのはいたしかたないことなのかもしれない。

 

小学2年生の次女が、サクサク作文の宿題をこなせるようになった「技術」についての話。 | Books&Apps

一番楽しかったことは?「忘れた。」がんばったことは?「がんばってない」じゃあインタビューしてみよう。「えー何を質問すれば良いかわからない」たとえば~「えーめんどくさい」これがうちの子やで。

2019/11/01 10:58

 

しんざきさんのケースの場合は「材料と調理器具はあるけれどどう料理していいかわからない」という場合で、ブコメの場合は「そもそも材料の調達方法すらわからないし調理器具もない」という場合なので話が噛み合わない。ここからは材料の調達と調理器具の適切な使い方を少し考えていく。


予め雛型を作っておく

作文の場合、「はじめに」「つぎに」「それから」「さいごに」の段落構成さえ出来れば大体は見栄えのする作文になる。作文の宿題が出た時、まずは指導者がこの雛型を作成し、そこに意見を入れていくスタイルが重要になる。自由な発想力? そういうのはやりたい人だけやればいいと思います。出来ない人はまず指示通りにすることからです。


質問は「具体的に」「答えが決まっているもの」を

ブコメのやり方の何がまずいかと言えば、「楽しかったことは?」という設問に対する答えがたくさんあるということ。思考する癖のない子供だとこの時点で面倒くさくて後のことはどうでもよくなるので、必ず答えが決まっている質問を設定してください。例えばしんざきさんの場合は運動会の振り返りという題材なのでそこからこんな風に展開できる。


「運動会の日の天気は?」「晴れ」
「最初に出場した競技は?」「徒競走」
「その結果は?」「4位」
「次に何に出場したの?」「玉入れ」
「勝った?負けた?」「負けた」
「その次は?」「騎馬戦」
「結果は?」「帽子を取られたけど勝った」


これなら答えがひとつしかないので答える方もスムーズに質問に答えていけるだろう。しんざきさんの場合はたまたま子供に質問力があったので自分で考えさせることが出来たが、子供がそこまで意欲のない場合には指導する側が質問をするしかない。本来は学校でここまで済ませて置いてもらえればいいのだけれど……。


出てきた事実を元に感想を考える

具体的な出来事がわかったら、それにひとつずつコメントを付ける方式で感想を考えればとても立派な作文になる。「天気が晴れて気持ちよかった」「徒競走が4位で悔しかった」「来年は勝ちたい」など話しているうちに「なんで開会式でラジオ体操をするんだろう」「友達が転んでビリになったけど最後まで走って偉かった」「6年生のダンスがかっこよかった、自分もあんな風に頑張りたい」など質問以外の出来事にも触れることができるかもしれない。


この辺は作文指導以外に普段からの会話力やコメント力が試される。素朴に「よかったね」「かわいそうだね」「それは怒りたくなるよね」「これはそんなに興味ないね」など、子供から引き出したり指導する側の感想を伝えるなどして「こういうときはこういう言葉があるんだ」という学習が出来れば良いと思う。引き出しを増やすのも立派な作文教育。


紙に清書するのは一番最後

実は作文を書くのが嫌いな子にはいくつかパターンがあって、「意見を考えるのが苦手」なパターンや「文字を書くのが苦手」というパターンやその複合型などがある。だから作文に苦手意識があると指導する側が思ったら下書きなどはタブレットの文字入力機能を使ったり、指導する側が代わりにメモを取ったりして文字を書くことを最低限減らすことが重要になる。書くことが決まっていてあとは字を書くだけ、となれば子供の心的負担もかなり減る。


以上、ブコメを見て「こんな指導が出来ないかな」と思ったことでした。もちろんこれもいち指導例で、お子さんの状態によってアプローチを変えなければいけないことはたくさんあるでしょう。常にケースバイケースだから教育とは難しい分野なんですよね。


まとめ

最初の話は「学習出来ない人」というのはどの分野にもいて全体的に学習自体出来ない人であるということで、個人的にプログラミング教育なんかやってる場合じゃないと思う。次の話はそんな場合は相手の出来るところまで降りていってじっくり学習することが大事ということで、そんなこと言っても出来ない子は全く出来ないし、無限にアプローチを変え続けるのも大変なので教育ってやっぱり大変っていう話でした。おわり。