あのにますトライバル

君の気持ちは君の中でだけ育てていけ。

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 すごくどうでもいい話。

 

 最近何を読んでも何を見てもこのタイトルの文言がついてまわる。いや、わかるのよ。この言葉がないと誰も評価してくれないから機械的に入れているってことくらいは。そして評価がないと人間先に進めないことも知っている。

 

 さて、ネットはともかく私たちってみんなのことちゃんと「高評価」しているんだろうか。リアルだって高評価がないと動かなくなっていく。おいしいお店には定期的に通って「いいね!」を送らないといけないし友人関係も適切な評価の結果がなければ離れていく一方だ。

 

 その一方で、「自分なんかが評価をしてはいけない」と思い込んでいる人もいる。そういう人は他人から遠ざかり、他人を評価する行為を「くだらない」と冷めた目で見る。評価とは世間話などの精神的グルーミングだったり、飲み会などのレクリエーションだったりする。そういうものを遠ざけるとき、多分性に合わないという他に「自分なんかに価値はない」という諦めも付属されている気がする。意外と他人はそこまで気にしていたりなんかしないけど、なんか怖いんだ。他人から低評価を受けるかもしれないと思うだけで、評価の場に入っていくのが息苦しい。

 

 そもそも適切に他人から評価をされてこなかった人は他人に評価をつけるのが難しくなっている。なんでも低評価、もちろん自分が最低の点数。自分よりマシでしょうと相手を低く見積もって人間関係のトラブルに発展。ろくなことがない。

 

 さて、結論はないし絶対的な評価基準なんかないけど、ひとつだけ間違いなく言えることがあって、この記事を高評価・ブックマークしてください! と自分で言ったらいろんなところから怒られるということだ。うーん、ネット難しい! おしまい!