あのにますトライバル

旧さよならドルバッキー。

生きるのに真面目な人

生きるのに真面目な人はたくさんいると思う。もちろん真面目なほうがいいこともたくさんある。

 

この文を書いてる人はどちらかと言うと真面目だけど、自分に対してはそうでもないと思ってる。将来の展望もないしスキルアップなんてしないし、ただ増田読んで日々暮らしてるだけ。人から見れば本当に怠けた人に見えるだろうなと思う。

 

日々いろんなブログを見るけど、たまに「この人大丈夫かな」と思うことはたくさんある。その半分以上は「生きるの真面目すぎる」ということ。あれもやってこれもやって、誰にでも笑顔でニコニコきゅーんな関係を築いてそれでいてキラキラした未来を描いて……。あー、そんなん疲れちゃうやろコーヒーでも飲んでリラックスしてゴロゴロしてんしゃいとか思う。もっと適当な記事書けよ適当なー、もうとか思う。

 

見てよこの記事。クソだるいじゃん。「肩の力を抜いて生きなければ!」っておいおい、既に力入ってまっせという記事を読んで不安になる。完璧主義がほどほどを目指すのは非常に難しいのかもしれない。80点で合格パンパカパーンな世界をみんなで作った方がいいと思う。

 

真面目は悪いことじゃない。不真面目よりマシ。不真面目と道徳観がないのは別。真面目が人を滅ぼすのを何度か見てるので不安になる。頑張らないでいいよ。頑張ったってどうにもなんないもん。それより自分が心地よくなることを全力で探そうやと思う。趣味に没頭する、ひたすら寝る、メイクする、漫画読む。ご飯食べる。お風呂入る。まずは心に余裕を。

 

以上、連日の「学校行かなくていいよ」キャンペーンを見ていて思うことでした。不登校経験者が出てくるのはいいと思うけど、みんな真面目すぎるよ。そんな不登校の優等生みたいな不登校キャンペーン息苦しいわ。救われる子もいるけど、余計追い詰められる子もいる。少なくとも鎌倉の図書館のツイート時点から、この手の話題にはあまりいい印象を抱かない。不登校はケースバイケース。ケースバイケースを型に嵌めないでほしいし、あくまでも「一例」であることを強調して欲しい。

 

真面目な報道も難しいのかもなぁ。