例の岡山の事件で「理想のお嫁さんにしたかった」という供述が出たとか出ないとか。
そういうと必ず「源氏物語」の話になる。「光源氏が幼少の紫の上をさらって、自分の理想の嫁にしようとした」という話が一番有名で、そして「光源氏はロリコン」という誤解をしている人をたまに見る。断言できるのは、光源氏はロリコンではない。60くらいのヤリ手ババァから手ほどきを受けたり、女を口説き落とすために年下の少年を先にカラダで落とす戦法を取ったりと、光源氏の恋愛遍歴は「ムチャクチャ」である。簡単に言えるのは、愛がめちゃくちゃ歪んでいるということだ。
これからする話は、『源氏物語』をちゃんと読んだ人なら「そのくらい知っているわ!」という話です。イメージだけで「光源氏=誘拐犯」と思っている人対象です。そんなこんなで何故、彼が紫の上を誘拐したのかをゆるーく書いていきます。
母親の死と義母への愛情
光源氏の両親は「桐壷帝」と「桐壷更衣」です。お母さんは帝の奥さんだったのですが、身分は低い方でした。ところが桐壷帝がやたらと桐壷更衣を愛しました。他の位の高い奥さんそっちのけで毎日桐壷更衣と遊んでいます。これには他の身分の高い奥さんはじめいろんな女性が面白くありません。特に玉のようなかわいらしい男の子が生まれては更に面白くありません。激しいいじめの末に光源氏が3歳の時、ついに桐壷更衣は心労で死んでしまいます。つまり、光源氏は「母親からの愛情」を受けたことがないので「おかあさんってどんなかんじなんだろう」という状態で子供時代を過ごします。
更衣が亡くなり悲しみにくれる桐壷帝ですが、人の勧めで後妻をもらいます。今度の奥さんは「藤壺女御」といい、桐壷更衣に瓜二つでした。しかも身分は結構高かったので今度はいじめられることはありません。桐壷帝は藤壺と、更衣の遺児の源氏に夢中です。やがて光源氏は「もしお母さんがいたら、藤壺のような人なのだろう」と思い始めます。知らない母の愛情と、義母とはいえ兄弟ほどの年の近い女性への思慕がごっちゃになり、源氏の中で「理想の女性=藤壺(死んだ母)」という結論が出てしまいます。
満たされぬ愛情と女性遍歴
なんと恋焦がれてしまった相手は「義理の母」です。どうしても手が出る相手ではありません。悶々と悩める青春時代、臣籍降下*1させられたとはいえ帝の子である超エリート街道をひた走る光源氏様である。左大臣家という超良家のお嬢様と結婚させられるけれど、ひとつも面白くない。「俺たち上流階級の男は、たまに中流以下の女とヤると燃えるんだぜ」などという話を猥談で仕入れ、早速何人かの中流階級の女性にアタックします。ちなみに光源氏のスペックはすべてが最高設定です。顔、知能、身分、芸術、身のこなし、すべてがMAX設定で始まっているチートキャラだと思ってください。
ところが一人は人妻であるので光源氏を完全拒否。妹義理の娘を身代わりに逃げてしまいます。もう一人は素性はよくわからないけれど謎めいた魅力があって、一時期入れ込んだけれど怨霊に憑りつかれ死んでしまいます。この辺は当時同時進行で付き合っていた年上のインテリ未亡人が呪い殺したのではないか、など言われていますが真相は闇の中です。とにかく、上流階級で何不自由なく育ってきた光源氏にとって拒絶や死別など、ショッキングな出来事が連続で起こります。
もともと「理想の女性」を絶対手に入らない女性に掲げている源氏です。その辺のショッキングな出来事やなんやかんやで、光源氏の今後の方向性が完全に決まってしまいました。それは「手に入らない女ほど燃える」という大変な性癖です。これが光源氏の一生涯のテーマになります。義理の母、身分の釣り合わない女性、気持ちがなびかない女性、政敵の娘、親友の娘などなどわざわざハードモードの女に突っ込んでいくことになります。いろいろあって最初の奥さんを亡くすのですが、死体になった後で「やっぱりかわいい人だった」など後悔するのです。
失われた母を求めて
その前置きがあって、やっと例の紫の上のシーンになります。病気療養のため田舎にいましたが、山道を「いい女いねーかー」と歩いていると、女性がくつろいでいる家を発見。覗き見します。すると、「捕まえた雀を犬君ちゃんが逃がしちゃった」とびぃびぃ泣いている童女を発見。源氏はびっくりします。童女にはっきり藤壺の面影を感じたからです。それもそのはず、この童女は藤壺の姪なのです。「今は雀を捕まえて無邪気に遊んでいるけれど、この子が大人になったら一体どのような素敵な女性になるのだろう」と思うわけです。童女の身寄りが年老いた尼だけどいうことを聞いて、ぜひ娘を自分にくれと源氏はアタックします。ところが「さすがに幼すぎる」と断られてしまいます。
もう源氏は「理想の女性」を手に入れたくてたまりません。ところが結局のところ、彼の理想はあくまでも死んだ母親の面影なのです。結局強引に藤壺と関係を持ち、子供まで設けます。しかもその子供は父である桐壷帝の子として育てられ、次期帝になることが決まってしまいました。桐壷帝は「さすがに桐壷更衣と瓜二つの女性から生まれた男の子は、光源氏にそっくりだ」と嬉しそうにしているのですが、これがどういう意図で出た言葉かどうかは最後までわかりません。
そして尼が亡くなり、いよいよ身寄りのなくなった童女(紫上)は遠くの親戚のところへ預けられそうになります。そこで誘拐まがいのことをして、光源氏は紫上をゲットします。紫上はいきなり超上流階級の生活をすることになり、戸惑いますがそこは源氏のマイフェアレディが成功して美しい女性に成長します。そして紫上は生涯の伴侶として、源氏を支えていくことになります。
ここで大事なことを思い出しましょう。源氏が紫上が好きなのは藤壺に似ていたから、藤壺が好きなのは死んだ母に似ていると言われたから、です。つまり、源氏の根底にはどうしたところで「死んだ母」が眠っているのです。いくら藤壺や紫上と恋愛を成就させたとしても、彼が満たされることはありません。所詮死んだ母の代理に過ぎないのです。「手に入らない女性ほど燃える男」の理想は、実は死んだ母親だったのです。ものすごくぶっちゃけると源氏は「究極のマザコン野郎」です。ロリコンなんか目じゃない変態です。この「手に入らない女性の代理を愛する」というモチーフは何回も源氏物語に登場し、後半の「宇治十帖」などはほぼ主題です。
というわけで、源氏物語のクソややこしい話はまだまだ続きますし、この後源氏は政敵の娘に手を出して総スカンをくらい、都を追い出されるのですがそれはまた別の話。ここまででやっと大体物語の5分の1くらいです。それでも説明しきれていないエピソードがたんまりあるので、どれだけ源氏物語が複雑で長い話かわかったと思います。というか、千年前にこれだけの長編を書きあげた紫式部の才能が半端ないです*2。
つまり、「理想のお嫁さんにするために誘拐」というとすぐ「光源氏」のイメージになっちゃうのですが、どっちかというと「どんなにチート人生でもむなしくて、手に入らない死んだ母ちゃんのぬくもりを手に入れたい男」なんですよ。でも時代と共に価値観も変わるので、江戸時代は勧善懲悪が美徳とされていたので、源氏物語は後半の源氏のとある悲劇を「義理の母とちぎって子供を作った報いだ」と解釈されていたそうです。現代も、もしかしたら「ロリコンオタクを断罪する話」として採用されていくのかもしれないですね。いや、でもまずロリコンオタクがチートキャラにならないといけないからこれは難しいかな……。
ちなみにそんな源氏物語の大ファンだった菅原孝標女さんは「二次元にのめり込んで青春時代に勉強も婚活もしないでいたら、人生後半めっちゃ空しい」と『更級日記』で語っております。現実は、見ておきましょうという千年前からのありがたいお言葉です。
以下源氏物語入門書です。いきなり現代語訳とか行かないほうがいいと思います。大体くじけます。
源氏物語 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)
- 作者: 角川書店
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川学芸出版
- 発売日: 2012/11/05
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もうあらすじ追うだけで大変なのが源氏物語です。まずはあらすじと登場人物の関係を知るだけでよいです。これ一冊で大体わかるので、とにかくオススメです。
「ブッダとシッタカブッダ」の人の著書。これは4コマ漫画で飽きずに読めるかも。源氏物語に欠かせない「厭世観」がわかりやすいのがいい。
この人の現代語訳がとっつきやすいんじゃないかと思います。解説本も結構楽しいです。
光源氏はダメな奴という視点で書かれた一冊。ある程度あらすじを抑えてから読むと、現代も千年前も大して変わらないんだなと思える。
≪追記≫
ブコメ等で「マザコンとロリコンは両立するのでは?」とありますが、ここでいう「ロリコン」は「世間一般でいう幼女趣味」という意味で使っています。記事でも触れたように、光源氏は紫上を「幼女だから」好きになったのではありません。その証拠に成人しても紫上をこよなく愛していますし、性的に手を出したのは彼女が成人してからです。しかも彼はどちらかというと年上の女性を好みましたし、晩年に親子ほど年の離れた嫁をもらいますが気持ちは離れています。「幼女誘拐のロリコン」というレッテルだけでも剥がれればと思い、この記事を描いた次第です。ロリコンやマザコンを糾弾する記事ではありません。