さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

10月19日の話

〇寒い。寒すぎる。

 

煽り運転のニュースがたくさん流れてくる。東名の事故がひどいのは百も承知で、でもやっぱり「あんな感じの人には関わってはいけないな」という気分になってしまう。高速道路を走行していると毎回必ず「そういう感じの人」には遭遇するし、近づきたくないと思う。幸い変な絡まれ方をされたことはないが、「あっやばい」みたいなのを感じることは結構ある。ちなみに「そういう感じの人」に遭遇するのは車を運転しているときに限らない。電車でもバスでもスーパーでも遭遇するときは遭遇する。

 

〇「そういう感じの人」も怖いけれど、認知症系のドライバーもかなり怖い。以前交差点を左折しようとしたときのこと。前方の車線を確認すると右折レーンに車が並んでいて、前方からの直進車両はなかった。そのまま交差点に進入して左折しようとしたとき、急に前方の右折レーンから紅葉マークの軽トラが飛び出してきた。長い右折待ちに耐えられなくなったか道を間違えたのか、とにかく急に直進に進路を変えてこちらに向かってきた。幸いこちらは左折しようとしてたので十分に減速していたため、直前で急ブレーキをかけることができた。もし直進しようとしてたら……と考えると怖い話である。その頃は「あぶねーな」くらいの認識だったけれど、後で考えると紅葉マークをつけていたことから「もしかしたら……」という気がしないでもない。

 

〇例の件が再炎上しているけど、尊師が擁護しているのが面白い。で、擁護しているというかそんな感じの意見は「他人の離婚や不倫なんてどうだっていいじゃない」ってことなんだけど、それはまた別の話だよなぁと思う。例の人が燃えているのは、「いわゆるポジティブで着飾ったキラキラした内容のブログなのによく読むと不誠実な内容が浮かび上がってくる」というところ一点で、実は不倫や離婚は関係ない。まぁ疑惑が事実なら「このクズ」と言われても仕方のないところだし……。

 

〇で、そんなんでも「元気をもらいました!」とか「参考になります!」「批判は無視です!」みたいなのが沸くのがこの世界の怖いところだなぁと思うわけで。よく読めば控え目に言っても「自分の幸せのために家族を捨てて再婚しました」っていう内容の記事に臆面もなく肯定的な意見を寄せる人たちって何なんだろう。この件でそこが一番怖いところだと思うのね。この人たち、ちゃんと本文読めているのかな? 中身を読んでないでただ上っ面の「元気」「やる気」「ポジティブ」みたいなワードだけ把握して「イイネ!」って言ってるんじゃないかな。そこが「違和感を感じる人」と「そうでない人」の境目なのかもしれない。今の世の中そんなんばっかりだ。だから変な健康食品販売所みたいなのもなくならない。ああ嫌な世の中だ。

 

〇もうすぐ選挙。信号待ちで止まっていたらそばで自民党はお蕎麦問題をなんとかしろみたいな演説をしている候補者がいた。ビラ配ってる人に「何しているの?」と片言で尋ねている人がいて、「選挙です。権力者をやっつける」「アベ嫌い。アベはバカ。アベのせいで私たち貧乏」「そうです。やっつけましょう」みたいな会話してて、なんかいたたまれなくて早く信号青にならないかなとか思ってしまった。

 

〇最近増田ブコメでも増田でも「初心者ですウェーイ」的なものを見る。以前すいすいすいようびに「つまんねえよ」ってマジレスしてるの見て「新規が流入してるんだな」とは思っていたけど、時代は変わったのかねえ。ちなみに京都のゴミ大学は高校生時代から増田にいて、大学に進学してゼミの女の子に劣等感を持ったり運転免許とりに行ったりそろそろ就活だったりで、彼の成長を見守っている気がして楽しい。でもそっとしておきたい気持ちの方が強くてあまりブクマはしない。このままそっとしておきたい人望のある増田だと思う。

 

〇諸事情によりダイエットをしている。ほぼ間食抜き、食事は三分の二くらい、あとは運動と筋トレで何とかする予定。運動はウォーキングとかジョギングとかが一番手っ取り早いのにこの長雨で計画が台無し。台風来るな。

 

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コンピューターおばあちゃんを嫌っていたのは誰か。

「おばあちゃんって何でも知ってるんだね!」

「ほっほっほ、秘密じゃけどな、おばあちゃんはコンピューターなんじゃよ」

「本当!! すごい!!」

 

 何でも知ってる、僕が大好きなおばあちゃん。おばあちゃんが実はコンピューターだったなんて!! 僕はその日お母さんにお婆ちゃんの秘密を喋ってしまった。

「ねえねえ! おばあちゃんってコンピューターなんだよ!」

「何を言っているの。早くご飯食べなさい」

 お母さんは全く僕の話を信じない。それどころか、何事かお父さんに告げ口をしていた。お父さんは面倒くさそうに新聞を読みながらお母さんと喧嘩をしていた。そして僕に怖い顔で言った。

「いいか、余所でそんなこと言うんじゃないぞ」

 僕はその時、おばあちゃんが「秘密だ」って言ったのを思い出した。秘密を破っちゃいけなかったんだ。それから僕はあまりおばあちゃんの家に連れて行ってもらえなくなった。おばあちゃんに逢えなくなったのは、僕が秘密を破ったからだ。それから僕は、あまり人と話をすることをしなくなった。また秘密を破ってしまうのは嫌だったからだ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 時が流れて、僕は中学生になった。僕は中学受験をして、小学校の友達と離れて一人だけ遠くの中学に通うことになった。算数や国語、社会の勉強で小学6年生の思い出は終わり、中学から始まった英語の授業は難しくてついていけなかった。部活動でも嫌なことがあったし、家に帰ってもお母さんが「勉強しなさい」としか言わない。僕は行くところがなくて、気が付くとおばあちゃんの家までやってきていた。

 

「おばあちゃん……」

 

 小さい時は遠くに住んでいると思っていたけれど、電車通学をするようになってから数駅しか離れていないおばあちゃんの家に行くのは簡単だった。あの日以来おばあちゃんとはあまり話をしていない。お父さんとお母さんの前で、おばあちゃんと話をする勇気が僕にはなかった。

 

「おや、久しぶりだね。ひとりかい?」

 

 おばあちゃんはあの日と変わらず、にこにこ笑っていた。本当は大好きなおばあちゃん。何も言わない僕にお菓子やジュースを出してくれる。

 

「どうだい? 中学は楽しいかい?」

 

 おばあちゃんの顔を見ていると、お父さんにもお母さんにも言えないことがいっぱい頭の中を駆け巡った。

 

 本当は勉強なんてしたくないこと。

 本当はいい中学やいい高校なんて行きたくないこと。

 本当は部活動だってやりたくないこと。

 本当はやりたいことがたくさんあること。

 

 でも、言ってはいけないことを言ってしまえば、またおばあちゃんに会えなくなる気がして、何も言えなかった。何も言わないで、ここまで来てしまった。

 

「言えないことも、おばあちゃんが解決してあげるよ」

 

 ずっと黙っている僕を見て、おばあちゃんが優しく話しかけた。

 

「おばあちゃんは、何でも知ってるんだからね」

 

 するとおばあちゃんは、昔の話をしてくれた。女だからと言って勉強をさせてくれなかったこと、こっそりお兄さんの本を読んでいろいろなことを勉強したこと。大好きだった英語が戦争で勉強できなくなったこと。そして、大人になって落ち着いてからいろんな本を好きに読めるようになったこと。

 

「それでね、よく死んだおじいちゃんから怒られたのよ。子育てより本の方が大事なのかって」

 

 お父さんは本を読んでいるおばあちゃんが嫌いだったのだそうだ。他のお母さんはお化粧やきれいな服を着ているのに、どうしてうちのお母さんは本ばかり読んでいるのかって、それが嫌だったとよく言われていたようだ。

 

「ほら、おばあちゃんの好きな本を見せてあげるよ」

 

 それは『世界の景色』という本だった。ハワイのワイキキビーチの夕暮れや高い山の岩肌、どこまでも広がるモンゴルの高原に飛行機が消えるという謎のバミューダ海域。どれもこれも僕が見たこともない景色に見えた。名前は知っていたけれど、それまではこんなにきれいなものだとは思えなかった。

 

「世界にはいろんな場所があるね」

「おばあちゃんはどこにでも行けるならどこに行きたい?」

「そうだねえ、宇宙へ行って地球を見てみたいねえ」

 

 おばあちゃんはニコニコしていた。こうやってニコニコしているおばあちゃんを見ていると、僕もおばあちゃんと一緒に勉強がしたくなった。

 

「ねえねえ、今日の宿題わかる?」

「どれどれ、中学の数学なんておばあちゃんにわかるかねえ」

 

 おばあちゃんは本当に物知りだった。おばあちゃんと勉強をしていると、宿題もあっという間に終わってしまった。それから、僕はおばあちゃんといろんな話をした。おばあちゃんは本当にたくさんのことを知っている。

 

「今日は遅いから、もう帰りなさい」

「わかった。また来るね」

 

 おばあちゃんはコンピューターじゃない。それは中学生になった今ならわかるけど、何でも解決できるおばあちゃんは本当に万能コンピューターみたいだと思った。それから僕はたびたびおばあちゃんの家で勉強をした。お母さんに見つかったときはひどく怒られたけど、テストの点数が上がっていることから何とかおばあちゃんの家に行くことを許可された。やっぱり、僕はおばあちゃんが大好きだ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 それから僕は、高校を出て大学生になった。航空学を専攻して宇宙ロケットの研究をしたいと思っている。世界の広さを教えてくれたおばあちゃんを、いつか宇宙へ連れて行ってあげるために。

 

 クラクションの音が響く。おばあちゃんはコンピューターじゃなかった。おばあちゃんは宇宙よりもっとずっと先へ行ってしまった。だけど、僕は今頃おばあちゃんがあの世に行く途中で火星のオリンポス火山を見物しているところが思い浮かんでしまう。それとも、地球の一番深い海の底へ深海魚を見に行ったのかな。それとも、エベレストから世界を見下ろしているのかな。月へ行ってうさぎと一緒に餅をついているかもしれない。そんなおばあちゃんが、僕は大好きだった。ありがとう、おばあちゃん。

 

 コンピューターおばあちゃん

 コンピューターおばあちゃん

 イエーイイエーイ 僕は大好きさ

 

コンピューターおばあちゃんを嫌っていたのは誰か?

 

10月5日の話

〇10月になってしまった。寒くなってきて温かいものが恋しくなってきたネー。

 

〇授業中に教員に生徒が暴力をふるって逮捕された事件、いろいろ言われてるけど暴力は絶対悪い。だけど、あの教室をあんな風にしてしまったオトナ全てに責任があると思う。制御しきれなかった講師、そいつを管理できなかった管理職、そして生徒の保護者たち。そんな風に考えないとこれ系のトラブルは防げないのでは……。

 

おそ松さんの2期が始まった。また1話がアホみたいにぶっとんでたけど、1期の第1話のレジェンドがレジェンドすぎて(今見ても笑える)想定内の面白さだったと思った。基本的に「人気を出すためにいろいろ迷走する」という筋は踏襲しているのがいいなぁと。「ちゃんとした合体のテーマ」はちゃんとしすぎてて笑えた。「松女子をバカにした」という意見もあったみたいだけど、1期の1話のほうも「BL制」のあたり、そんな感じのバカにしてる感じがしてるけどなぁと思うのです。というか、「F6」という存在そのものがバカにしている総本山だけどな。面白いからいいけど。ていうか、イヤミのイヤミ系の話をもっと出してあげて欲しい……。

 

〇増田で最近京都のゴミ大学に真面目にブコメしてるのが増えてきて彼が増田から離れていかないか心配。

 

〇最近生活が流動的になってきて増田を見れたり見られなかったり。でも秋アニメは見たいのがたくさんあって辛いのです……。

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読解力についての雑感

 読みまして少し。相変わらずまとまっていない。

 

mubou.seesaa.net

 

 要は「輸出が伸び悩む中でも、和牛が人気の牛肉や、和食ブームを反映した緑茶や日本酒などは好調だ」という文と「輸出が伸び悩む中でも、和食ブームを反映した日本酒や緑茶、和牛が人気の牛肉などは好調だ」という文の内容が同じなのはおかしいというのはおかしいという話だと捉えました。結論から言えば、「同じ」で構わないと思います。

 

文の「意味が同じ」とは

 シンプルに考えよう。修飾部を排除して残るのは「牛肉、緑茶や日本酒は好調だ」と「日本酒や緑茶、牛肉は好調だ」のみである。「A、BやCは好調だ」と「CやB、Aは好調だ」となり、順番による細かなニュアンスの違いはあっても「異なる」とは言い切れない。ここで大事なのは「細部まで同じかどうか」ではなく「異なると言い切れるのか」というところである。どちらにしたところで「牛肉と緑茶と日本酒の輸出は好調だ」の論旨が崩れるわけではないので、「同じ」とは言い切れなくても「異なる」は絶対に選ぶことは出来ない。よって「同じ」を選ぶことが大事になってくる。

 

語順で意味は変わるのか

 語順が変わるというと、英語の受動態の用法が思い浮かぶ。「トムがこの窓を壊した(Tom broke this window.)」と「この窓はトムによって壊された(This window was broken by Tom)」のように、主語と目的語を逆転させて表現するのが基本である。確かに前者のニュアンスは「やーい、トムが窓を壊したいーけないんだーいけないんだー」とトムが壊したことが主となり、後者は「壊された窓がある」という窓の存在がクローズアップされる。これによって細かいニュアンスの違いを出すことが出来るが、結局「トムが窓を壊した」という事実は変わらない。つまりこの2つの文は同じである。大事なことは「ニュアンスが違う」と「文で伝えたいことが違う」ということが全然違うと言うことである。

 

何をもって「違う」と言い切れるのか

 この文は悪文で違う意味である、という論調をいくつか見てきたけれど、明確に「牛肉と緑茶と日本酒の輸出は低調である(横這いである)」とするものは見て取れなかった。明らかに否定できる要素がなければ、文意は「同じ」とするしかないと思う。「マサキくんのもらった風船は真っ赤でした」と「マサキ君に与えられた風船は緋色に輝いていた」も、文体と言葉は違ってもほぼ同じ意味をあらわしている。この文の違いを誰が見ても明確に説明できない限り、「違う」と言い切ることはできないだろう。あと自分が理解しにくい文を「悪文」と断定するのはあんまりよろしくない風潮だと思う。

 

この結果の考察のしどころ

 

 悪文かそうでないかより、中学生の平均が約65%なのに対して高校生の平均が約85%であるところに注目すると、結構嫌なことが見えてくる。約20%という少なくない数字の開きはどこから生まれているかと言えば、学力以前の根本的な力から生まれているのではないかと推察される。高校生の誤答が15%前後というのは誤差の範囲と考えて良いと思う。たまたまこのテストの日に体調が悪くて全部適当に埋めたとか、かったるくて全部適当に埋めたとか、そういうものも含めれば10%前後のミスが出るのはおかしなことではないと思う。問題は中学生の誤答率が「約30%→約40%→約25%」となるところで、何故2年生で極端に下がっているのかについては考察の余地があると思う。

 

 読解力テストとは「集中して字を読み続けるテスト」であり、読解力そのものより集中力が実は問われるテストになる。高校入試をクリアした高校生ならばある程度集中力も身についているため各学年で違いはほぼ見られない。ここから考えられる仮説は、この問題をパスできない層は高校へ進学できていないのではないか(または調査対象となった進学校へは進んでいない)ということになる。ここまでは新聞記事でも考察が行われていたが、「中学1年生と2年生では1年生の方が結果が良い」が解決していない。

 

 これは「勉強嫌い」が生まれる時期や集中力が乱れる心身の揺れなどを表しているのではないだろうか。不登校というと世間的には「いじめ」という印象が強いと思われるが、小学生では主に家庭環境の問題、中学生になると学力面の不安も目立った要因になってくる*1。特に中学2年生という時期は心身ともに不安定で、学習に集中できない時期なのかもしれない。中学3年で正答率が上がっているのは不安定な時期が終わったからと言うのと、不安定なままの生徒はそもそも学校そのものへ行かなくなるのかのどちらかではないだろうか。

 

 読解力のない人と向き合うということ

 読解力がないということは、集中力がないということと何らかの相関があると思っている。「初雪の日のことです」と「今年初めて雪が降った日のことです」がイコールにならない世界もあって、そうなると読解力以前に「はつゆき」という単語を知らない故に読めていないということも考えられる。そこまで行くと読解力とかそういう次元の話ではない。日常会話ができるか出来ないかになってくる。

 

リーディングスキルテストの実例と結果 http://www.nii.ac.jp/userimg/press_20160726-2.pdf..

読解力ない層は、ただ目にしたものを書いてるだけ/否定が楽とかではなく、思考を一切せずに反射的に解答する層にどんなアプローチができるか想定しないと。悲しいけどそういう現実を直視するしかない。

2017/09/25 14:59

 

 というわけで、厳密にいえば「何も考えていない」ではなく「思考する」ところに至っていないというのが正しい。この辺の理解が教育行政を司る人たちに進まない限り、現在生まれている教育格差とか教育の詰め込みとか発達障害の療育とかそういった諸問題は解決しないと思う。「10個を2人で分けたら何個ずつになるでしょう」はわかっても「10cmを半分にしたら何cmでしょう」ができない。ここまでくると向き合う側に根気と忍耐が絶対必要になってくるし、その前に周囲の理解が得られないのが一番悲しいことだと思う。

 

 つまり、「読解力がない=バカ」ではなく「読解力がない=現実的にサポートしなきゃ」にならなきゃいけないわけですよ。自分は読めたからよかったとか問題文が悪いとか読めない奴は切り捨てとか、そういうのじゃなくてね。もっとこう、全体でサポートしてほしいわけでそのためにも理解が欲しいわけですよ。「読解力がない」という彼らの視点に立ってほしい。この件に関してはそんなところです。

 

おまけ

 例の文をエキサイト翻訳にかけてみた結果、やはり修飾部が微妙だが「違う」とは言い切れない結果になったと思われる。大事なのは主語と述語。おわり。

輸出が伸び悩む中でも、和牛が人気の牛肉や、和食ブームを反映した緑茶や日本酒などは好調だ。

Even while export is stagnating, the green tea and the sake by which Japanese Cattle reflected popular beef and a Japanese food boom are favorable. 

輸出が伸び悩む中でも、和食ブームを反映した日本酒や緑茶、和牛が人気の牛肉などは好調だ。

Even while export is stagnating, the sake which reflected a Japanese food boom, the green tea and the beef by which Japanese Cattle are popularity are favorable.

 

科学批判批判の雑感

〇「科学万能主義を批判する!」みたいな奴があったので思ったことを箇条書きで。例によってまとまってない。

 

〇まずEM菌や水素水がどうたらというのはアホの極みだと思っている。エビデンスもないものを有難がっているのはやっぱりよくないし、何より「そういう金儲けで潤う輩」が減らない一因でもある。検索すると「酵素でお腹健康!」「何とかを食べて毒素を出し切る!」みたいなページがたくさんあって、「これ以上詳しく知りたければ金を出せ」というページへ誘導されている。あ、コレダメな奴だと直感が働く。

 

〇じゃあそれと宗教はどう違うんだ、と言われたらそれも一種の宗教なんだろうと思う。しかも結構厄介な偶像崇拝に近いと思う。要は「私はこの神様に救われたからみんなもこの神様を信じるように」というところが恐ろしいんだと思う。「私の生きる参考書」としての宗教と言うより、「私の生きる理由そのもの」としての宗教は別の厄介さを抱えている。参考書はあくまでも参考書なので例え宗教の定義が多少変わったとしても人格が崩れることはあまりないだろうが生きる理由そのものがなくなったら……。この危うさは過激派としてテロを行う輩に通じるところもある気がする。自分を肯定するのではなく、他者を否定することで自分の価値を上げようとするスタイルはやがて破綻する。

 

〇で、これと似ているなぁと思うのは「批判は悪!」とする一部のブログ飯界隈で、彼らの求めているのは本当はお金じゃなくて「何者にも傷つけられない自己」なんだと思う。彼らの精神は面の皮が厚いように見えるけれど、実は自己と向き合うだけの強さが一切ない。勿論他者と向き合う強さもないので常に自己を庇うように他者を貶し、それを褒めることを繰り返す。そういった悲しい人が生まれてしまう土壌はどこからやってきているのだろう。

 

〇「自分のことを認めてもらいたい」という思いから「みんなの信じているものを否定することで自分の価値をあげよう」という心理が生まれる。この辺の末路が「カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生」で生々しく描かれている。表題作は本編よりその後を描いた1ページが強烈すぎる。「何でもいいから有名になりたい」という気持ちが真っ当な感覚を失わせていく恐ろしい作品だ。

 

 

〇要は全般的に「ココロのスキマお埋めします」なんだと思う。ドーンとされてから後悔してもいろいろ遅いんだよね。踊れや歌えや後の祭り。

 

 

9月20日の話

〇いよいよ秋っぽくなってきた。秋は食べ物がうまくてよい。

 

〇牛乳は有害だの何だのいっぱいあるけど、ああいう手合いは構っちゃいけないし、お友達連中をざっと見たらロクでもないのとつるんでるっぽいので本当に近づいちゃいけないんだと思う。要ははてブのシステムが悪い。

 

〇ところで北朝鮮は最終的に何がしたいのかがよくわからない。自国の安全や利益のためというのはわかるけれど、今のような振る舞いをしていたらその後の後処理が大変面倒であることは誰でなくても自明だと思う。最終的に何が目的なのか、要は金が欲しいのか。

 

〇増田文学のブクマ数が最近すごいことになってるんだけど、何となくゲーセンの女の子とか一杯のかけそば的な匂いを感じる。このままこういう投稿が続くようになったら、増田もまた違った空間になるんだろうなと思う。

 

はてなブログの新着エントリが廃止されたらしいので、試しにブクマボタンとスターボタンを復活させてみる。おそらく新着からやってきていたスパム的な奴が本当にうっとおしかったので表示させていなかったんだけど、これで対策になっているならそれもまあ仕方ないかと思う。つーかスパムを一掃するほうが先だと思うし、ブクマのほうも怪しげな美容健康食品的なページがうようよ上がってきてるし、そういうのに「すごいですね!」みたいなブコメをつけて回っているアカウントも結構あるのが地獄っぽくて怖い。地獄は頭の中ではなく現世に存在している。

 

〇そうだ、水を飲もう。デトックスデトックス。関係ないけど、すいすいすいようびに「意味わかんねえよ」とマジトラバしてるところを見かけてしまったので「ネタをネタとわからない世代」が存在してきているのだなあと時の流れに無常を感じる今日この頃。

 

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9月14日の話

〇なんかまだ暑いと思ってたけどまた台風が来るのか。最近は地震も多いなあ。

 

これくらい常識だろうの増田を見て思ったのが、増田は常識の問題だと思ったのが最大の擦れ違いの原因だと言うこと。例えばブースの設置の方法などだったら「常識」でいいと思うけど、挨拶の問題は常識と言うより礼儀の観点で考えるべきだったと思う。増田の見たツイートも「礼儀のない親に育てられたんですね」と書くべきだったというか、根本的にシツレイな人に対して能動的に絡むことが根本的に頭良くないと感じる。イベントでなくても何かで隣になった人に「ドーモ。よろしくお願いします」と挨拶をすることは常識というより躾とか礼儀の範疇の話で、若いから常識が通用しないのではないかという考え方は非常によくないと思う。

 

追記らしきものも来ていたけど、その例示だけ見るとそれは文化の断絶と言うより、ただの言葉知らずだと思う。もっと極端な例にしてしまえば「めくらという言葉にはかつて差別的なニュアンスが込められていたが、現在は単に盲目の人を指すので使ってよい」みたいなことになりかねない。「時代小説などで差別的ニュアンスを出したいときにも使えないのか」みたいな問題はさておき、現代で差別用語を使えるかと言えばそれはあり得ないわけで。増田の例に戻ると、適切に自分の心境を言語化できなかったために負のニュアンスの言葉を使ってしまっているだけだと思う。「知らないのは仕方ない」という反面「知らないでは済まされない」ということもあるのでこれは常識で片づけるべき問題ではないと思う。

 

〇この辺の話で思い出すことがいくつかある。小学生のまだ小さいころ、近所に電動三輪車で出歩いていたおじさんがいた。公園で友達と遊んでいると何度か声をかけられていて、ある日「君たちにはお世話になっているから名前と住所を教えてほしい。校長先生にお礼を言うから」とノートを取り出して名前を尋ね始めた。個人情報がどうのこうのという報道なんてほとんどなかった時代だったから、その場にいた全員が言われるままに名前を教えてしまった。後日事態が発覚したのか何なのか、学校を中心に「知らない人に住所を教えてはいけない」とキツく注意をされた。それ以来そのおじさんを見ることはなかった。漏れた住所などがどうなったのかはわからなかったけど、その場の大人がうまく立ち回ってくれたのだろう。

 

過保護のカホコが最終回を迎えた。途中から黒木瞳の態度が明らかに普通の人になってしまって物足りなさを感じた。途中までの毒親というより病気に近い雰囲気がかなり好きだったけど、さすがにテレビ的にNGが出てしまったんだろうか。話自体はわりとハッピーエンドで伏線を全部丸く収めた感じで面白くはあったけど、やっぱり発狂する黒木瞳とか見たかった気持ちもある。次はそういう感じのドラマを見たい。「母がしんどい」とか「ゆがみちゃん」とかドラマ化したら……おお怖い怖い。

 

〇ハードディスクの整理を頑張っている。昔録画してディスクに移していない映画とかアニメを一生懸命CMカットして移している。結構量が膨大で「何事もコツコツ」が大事だと思った。

 

〇夏イベで艦これの資材にかなりダメージがあったので久しぶりにオリョクルを頑張っている。特に油は総合で5万~6万くらい使ったのでせめてそのくらいは戻しておきたい。海上輸送と北方鼠輸送、そして東京急行2を今月いっぱいは回し続けたい。ついでにしばらくEO海域サボってたから攻略しておきたい。勲章の数が少し足りなくなってきてな……。

 

〇上野のパンダの赤ちゃんが大きくなってパンダらしくなってきた。素晴らしい。一般公開されたら見に行きたい……アドベンチャーワールドは遠いんだよなあ……。

 

〇いろいろあって書けなかったけど、半年ぶりくらいに小説書いてる。ハロウィン短編、今年はどうしようかな……。

 

 

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