さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

8月23日の話

〇甲子園が終わった。花咲徳栄おめでとう。広陵も一回戦の中京大中京の試合を見てしまったからずっと応援していたのでここまで残ってくれたのが嬉しい。甲子園と箱根駅伝は帰省先での会話の糸口になるので積極的に観る。こういったイベントに関わったことがあるのでスタッフの気持ちになって見ている。

 

〇なんかホッテントリにあった離婚記事を「どうせお花畑な感じなんだろうな」って開いてみたら予想以上のアレだったのでモヤモヤがぬぐえない。離婚に前向きも何もない。結局は婚姻関係の失敗なのだから、そこで開き直ってポジティブになっちゃダメなところだと思う。失敗して落ち込んでいる人に「元気だしな」と言うのは普通だけど、「私は元気に離婚します!」って宣言するのはどう考えても違うと思う。それに元夫の証言と思われる文章が明らかに一人称がおかしい。「稼いだらやる気がなくなる」のは夫なのか妻なのか。またはてな村に喧嘩売った時みたいに記事を消してさようならかいつの間にか都合の悪い個所は消しているかのどっちかだと思う。うーむ。

 

〇それ以上に空恐ろしいのはこの記事を「前向きな離婚おめでとう!」とする輩のことで、自分が互助会と呼ばれるものに異を唱えている所以である。ちょっと考えればおかしいこともお友達だから、知っているからという感じで何でもイイネイイネするのは非常によくない。この症状が進むと「ブログ読者が1000人近い人から否定的な言及をもらったけど1000人も読者がいるのだからこの人の言うことが正しいのだろう」というわけわからん理屈を書き始める。この話はノンフィクションです。

 

ブコメページのUIが変わったことでまた「はてな終わった」という話になっているけれど、ブコメのUIが変わって「はてな終わった」が何だか風物詩でもある気がするのでそんなに気にしてはいない。だけどタグのサジェストがなくなったのはかなり不便。あとブログ更新でハイクにURLを飛ばすことが出来なくなったのが地味に痛い。個人的にブコメでキャッキャウフフやるだけの人たちはハイクでやればいいと思ってるんだけど、そっち方面に整備する気もなさそうだし、参ったねこりゃ。それともハイクをなかったことにしてニューハイクでも作るのだろうか。それはそれでいいかも。

 

〇食欲が出てきた。そろそろ夏も終わりか。

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牛乳石鹸について再考

〇再度考えるほどのものでもないと思うけど、話がヘンな方に転がっているのでちょっと。

 

〇「男性は弱音を吐いてはいけないのか」という論点というかそこの議論に至るまでが非常にナンセンスだと思う。もともと「女性だから」「男性だから」ではなく辛い人がいたら「辛いね」で処理しなくてはいけないところを性別を理由に処理されているのが問題と言うわけで、牛乳石鹸のCMからはおそらくそのようなことも言いたかったのかもしれないけれど説明不足すぎて言いたいことがボケてしまっている。だからこの辺をあーだこーだやるのは藁人形にごっすんごっすん5寸釘レベルの場外乱闘だと思う。知らないわそんな論点。あなたとは違うんです

 

〇あと、この作品が映像作品として優れていようが何だろうが「大まかなテーマ」がボケている時点で演出が良かろうが役者の演技がよかろうが全てが失敗していると言ってもいいと思う。この作品だけでは「親子の絆」は読み取れない。ただの「男の葛藤」でしかない。理由は前回も言った通り、肝心の子供の姿がほとんど映っていないから。これは親子の問題ではなく、男が自分自身を慰めているだけだ。個人的に「ケーキ買ってきて」「プレゼント買って」「何で遅くなったの?」を直接子供に言わせれば少しはテーマ性が出たと思うんだけど、対峙するのが子どもでなくて妻の時点で「父親」ではなく「夫」としてしか描かれていない。そして「夫」と「父親」はまた別の役割なわけで、そこで著しくテーマがぼやけてしまった。なにより牛乳石鹸のアピールにはなりにくい。そういうわけでこの視点を欠いて評価することは避けておきたい所存である。

 

〇つーかあのブログ発祥の時点でアウトだと思う。以前も書いたけど、あのブログの人はひどく恣意的な読み方をしてアクセスを稼ぐ人なので見ない触れない近寄らないを徹底しないといけないと思う。極論を言って耳目を集める人を盲目的に信じて救われた気になって苦しんでいる人の心に耳を傾けない人がいるということを忘れずに生きていきたい。

 

〇漠然とした救いの話になるんだけど、救われたい人っていうのは「救われたい」と思う時点で結構救われているんじゃないかと思う。結構世の中には客観的に「この人は救ってあげないとダメな奴だ」っていう人がいるけど、彼らは一切救いを求めていない。救いというものが何だかわからないし、例え救いがあったとしても現状維持を変えることのほうが彼らにとって脅威でしかない。信じられないかもしれないけれど、世の中には過保護のカホコみたいに毎朝お母さんに洋服を選んでもらわないと生活できないような人が結構いて、それが母親だったり配偶者だったり親や子供だったりするわけ。「旦那が言うので何とかかんとか」「でも子供(既に高校生くらい)のことを考えるとうんたらどうたら」と言って自分で意思決定ができない人にとってこういった「救い」は非常に恐ろしい物なんだと思う。

 

〇自分自身の体験だけど、とある人に優しくしたことで「神様」になったことがある。すると一挙手一投足を真似して、「神様のすることだから正しい」と何でも賞賛されるわけ。最終的に「これは相手のためにもならないし、自分の精神衛生上よくない」と距離を置くようになったわけですが、これに近いことというかもっとひどいことをやっている人は意外と多いんだなということを最近感じている。思うに、神様と支配は紙一重で神様呼ばわりしているうちに調子に乗って相手を支配していたり支配されることに生きがいを見出すようになっていないか、ということに我々はもっと敏感になってもいいんじゃないかと思う。牛乳石鹸のCMの主人公は自分自身のことではなく、在りし日の父に「救い」を求めたんじゃないか。だけど、他人から与えられる救いなんていうものは一瞬しか続かない。最終的に救われなくちゃいけないのは、自分自身の力で救われたいと行動したときだけだと思う。

 

〇神様は心の中にいるって小学生の時プロテスタントの人から聞いたことがある。基本的に日本的宗教観を持っている自分にもこの考え方はスーッと心に響いた。神様は自分の心の中にいるから、心の中にいる神様を大切にしなくてはいけない、みたいな。つまりそういう自尊心を「神様」って呼んでいるんだろうなと今では解釈している。結局、自尊心が一番大事ってことだと思う。自分自身を大切にできないで他人を守るなんてできないから。

 

性教育もそうだけど、ジェンダーについて考える前にまずは自尊心を適切に養うことができる環境を作る方が大事だと思っている。優しくされたことがないと他人に優しくすることもできなくなるから、みんな優しくできればいいのになぁ、と思う。痛みを知らない子供が嫌い。心をなくした大人が嫌い。優しい漫画が好き。バイバイ。

 

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8月19日の話

〇せっかくなのでスマホから日記。スマホでブログ書くの好きじゃない。何故かはよくわからない。

 

横浜駅SFのコミックが横浜駅で特設会場が設置されて大々的に売られていた。「おー横浜駅SFだw」と横を通り過ぎて南口まで来たら以前と景色がガラリと変わっていてリアル横浜駅SFを体験してしまった。横浜駅ではよくある話だけど。

 

〇最近楽曲のダウンロード販売の便利さに気がついた。昔好きだったカップリングの曲だけをダウンロードすることができるのがいい。カセットテープやMDで聞きまくった曲をまた聴けるのは嬉しい。

 

〇いろいろ落ち着いてきたので「ヘーイ!提督」らしくオール丙で夏イベスタート。E1を問題なくクリアしたので、とりあえず完走を目指そうと思う。母校の余裕がいちばんの心配。

 

〇何故かバナナの自由研究記事がTwitterに流れていたので再度流してみた。我ながらアホだと思う。

 

〇桃がうまい。

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牛乳石鹸のCMに関する箇条書き

〇なんか炎上しているけど、もう企業はこういうジェンダーロールがどうのこうのっていうCMを作るべきでないんだと思う。時代遅れとかそういうのではなく、こういう表現をすることでリスクしかなくリターンがほぼない。そういうのはやめたほうがいい。

 

〇あのCMを見て言いたいことが割とたくさんあったけど大体言いたいことは増田が書いてくれてたのでこの家庭が「機能不全家庭」であることに異論はない。それ以外に気になった点をいくつか書いていく。

 

anond.hatelabo.jp

 

〇やっぱり気になるのは、「ゴミ出し」と「バスの中」のシーン。正直、この話だけならこのシーンはいらない。ゴミ出しからバスの中の連続をはじめと終わりで繰り返すことで主人公の心情の変化を微妙に描いている気がしないでもないけれど、非常にわかりにくい。微妙な心情の変化を描きたかったらCMじゃなくて映画を撮ったほうがいい。あとこのシーンをメインとするならば、主人公の居場所のなさがよく表れていていいと思う。

 

〇上記の増田でも指摘されているけれど、このCMの一番おかしなところは「子供の誕生日なのに当日ケーキやプレゼントを準備するのか」というところ。カレンダーにぐるぐると印がしてあるのに当日まで何も考えていなかったのだろうか。あまりにも不自然すぎる。おそらく、朝の様子から妻の方も働いているのだろう。「だったら別に主人公にケーキとプレゼントを買わせる必要もないだろう!」とは思う。そのあたりにこの一家の不自然さが凝縮されている。

 

〇個人的に気になったところは、やけに片付いた食卓と「HAPPYBIRTHDAY」の文字。CMの記号だと言えば記号なんだけど、この家の奥さんはこういう細かいところは張り切っていろいろやるのに、肝心のプレゼントやケーキを当日発注するような抜けた人物、と読むことも出来る。「誕生日はね、あーしてねこーしてね」と普段から言っているのに当日の朝になって「ケーキお願い」という台詞で主人公がポカンとしているなら説明がつく。しかも「ちょっと待って」というついでのような形でお願いしている。誕生日のケーキと普段の夕飯の材料は違うんだぞ。

 

〇このCMで一番気になったところは「父親としてどうなんだろう」って内容のはずなのに当の子供がほとんど登場しないところが気味悪いと思わせるところなんだと思う。「俺は父親になれたんだろうか」とばかりに過去の自分の回想があったりするんだけど、結局子供のことを考えていない。すごくこのあたりがモヤモヤする。目の前の子どもと対峙せず、登場する子供は「あの頃の俺」であって自分の息子ではない。やっぱりそれって不自然だし、何が「親子の絆だ」と思うわけで。誕生日の主役は息子で、パパが遅くなって文句を言うのは息子でなくてはならないはずなのに、何故か画面にいるのは妻だけで、息子も息子で「どうしてパパ遅かったの!」と怒ってもいいのに、無邪気に走って登場するだけである。

 

〇部下をフォローするくだりは最初妄想かと思った。「理想のカッコイイ上司」みたいな。実は反抗的に一人で飲んで帰っていたらちょっと面白いとか思ってしまった。

 

〇いろいろ考えられる点はあるけれど、結局どれも「描写が不自然なために外野が深読みするしかない」ということに過ぎないし、制作者の意図も「親子の絆」であるなら的外れにも程があるし、おそらくこれらの読み取りも何も考えていないところの産物であると思うし、何より牛乳石鹸のCMとして最悪であることには変わりがないのでもう失敗というか責任者を吊し上げたほうがいいと思う。

 

牛乳石鹸と言えばちびまる子ちゃんで石鹸が盗まれた話があったけど、あれがとてもよかったなぁと思う。

 

〇心に残るCMとしてはこっちのが優秀だと思う。これはシンプルでいいなぁ。

 

〇そうは言っても牛乳石鹸は好きなので今夜も使います。

 

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『過保護のカホコ』は多分過保護じゃない

 最近面白い『過保護のカホコ』だけど、「麦野くんキュンキュン」という感想が目立っており読みたい感想までたどり着きにくいので自分で書きます。

 

www.ntv.co.jp

 

 多分脚本の遊川さんは相当取材を重ねてこの親子像を作り出したと思う。とにかくドラマらしい誇張も多いけど、細部が妙にリアルなところが面白い。特に黒木瞳演じる母親「泉」の作りこみはなかなか深い。現在5話まで見ているけれど、過保護というより過干渉という印象が強く、甘やかしというよりモラハラだよなぁと思う。高畑充希演じる「加穂子」は発達障害ではないのかという 以下箇条書き的な感想です。

 

〇「王国」というモチーフ

 このドラマは時任三郎演じる父親「正高」が「私の妻の王国の中で育ったお姫様のような娘」というナレーションをするところから始まり、そしてその王国とは比喩でもなんでもなく画面上に航空写真が出てハートマークで囲われた部分が彼女の「王国」だと言うのだ。実際にこの部分の中では強気でちゃきちゃきと仕切りたがる女性を演じ、一歩外へ出ると自分では何も出来ない内気な女性へと変身する。この辺は如何にもドラマらしい誇張だけれど、「泉が絶対的な権力を持った支配者である」という暗示に他ならないと思う。

 

〇登場人物が動物になる

 このドラマは基本的に正高の視点で話が進む。親族の困った属性を正高がモノローグで動物に例え、それに合わせて人物に動物の耳やヒゲなどが合成される。たまたま第一話を見たときこの演出に面食らったのだが、つまり正高を含めてカホコの親戚一同は互いを人間として認めていない。自分に都合の良いいいことをわめきたてて相手の人格を実は尊重していないことがだんだんとわかってくる。特に相手の人格を一切認めないで自分の都合のいいようにどんどん物事を運んでいく泉の行動はある意味動物っぽくて怖い。

 

〇幸せな家庭という幻想

 第5話にしてカホコが竹内涼真演じる「麦野初」が施設育ちで家庭とは無縁の環境で育ったことが語られました。彼はカホコに対して「自立した人間」代表として登場します。このドラマだけ見ていれば、彼が苦労していることはわかるのですが「人間らしい」暮らしを一番しているのです。「家族がいることが幸せ」ということは一般的に普遍的なことでしょうが、このドラマで描かれる家庭像は全てハリボテのようで辛い。強いて言うなら環ちゃん夫婦が一番人間らしいけれど、やはりドラマ特有の誇張がある。このドラマのおそらく目指すところは「家族に依存しない人間」であって、「家族は素晴らしいけど依存はダメだ」になるんだと思う。

 

〇「過保護」ではなく「過干渉」

 そして泉の行動は最初こそ微笑ましいところがあったが、第五話の時点で彼女は「過保護」の領域を超えてしまったと思う。過干渉とは、ただ甘やかしているだけとは違い支配して思考能力を奪おうとすることだ。第一話の時点で、カホコは泉の愛情ではなく支配によって思考能力を奪われていた。それを「発達障害では?」という声が上がっていたけれど、発達障害というより「常に正しい答えを言わないといけないプレッシャーによって思考が委縮していたのでは」と話が進むにつれて思うようになった。麦野くんとの付き合いを続けることでカホコも「自分で考える」ことができるようになってきている。もともとカホコは自分で考える能力は持っていたけれど、泉によってそれが奪われていたと考えるとこの急成長に納得がいく。

 

〇家族を「支配する」とは?

 泉の大きな特徴は「人の話をさえぎって話し始める」ということだ。誰かが話しているのを最後まで聞かず、自分に都合のいいように解釈して勝手に行動を始める。それに水を差すとふてくされて面倒くさい。だから周りは合わせてあげることが多くなる。知らず知らずのうちにカホコは「ママの言うとおりにしなければ」という思いこみを持ち、そのせいで「自分で判断する」ということが出来なくなったのだと思う。

 

 また彼女の行動で不可解なのはやたらとホームビデオを見ることである。テレビのニュースやバラエティ、映画と言った類はあの家では流されている感じがしない。これは泉が外部からの情報を嫌って内面に篭っている象徴なのではないかと思う。実際に過干渉の最高峰クラスの家庭を扱った『籠の中の乙女』という映画でもこの「テレビはホームビデオしか見ない」が出てきて、非常に気持ちの悪い家庭を描いている。「過保護のカホコ面白い!」という人は見てもいいかもしれないけど、黒木瞳の演技の何十倍もエグイことになっているのでおススメはできない。

 

 

 また彼女は実家でも同じように振る舞い、長女としての威厳を保つと言うより「長女」という位置にしがみついているような気がする。ぶっちゃけイトコの糸ちゃんが入院したときの彼女の生き生きとした姿は空恐ろしいものがあった。この辺から見ると過干渉のモラハラ加害者というより、カホコという弱者を生み出し続ける代理ミュンヒハウゼン症候群*1なのかもしれない。

 

 実際第五話では、自立すると宣言したカホコに対して何も言わずに家を出て行ってしまった。「私の居場所がなくなった」と言わんばかりに。このあと、実家で「私がグレた糸の面倒を見る」とか言ってまた社会的弱者に仕上げてお世話することで「強者」としての王国を築こうとするんじゃないかとか心配になる。

 

 そんなわけで次週以降も目が離せなくて楽しみです。麦野君も作中で言っているように大変「心温まる」ドラマです。ほっこりエピソードが大好きな人にはオススメです。黒木瞳の狂気を見るだけでも十分お釣りが来ますし、もちろんきゅんきゅんも適度にあるので楽しいです。あ、主役はきゅんきゅんでしたね。特殊な楽しみ方しかできなくてすみません。来週が楽しみです。続きはいずれまた。

 

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8月11日の話

〇世間様はお盆休み期間に突入です。いっぱしの世間様なので世間様らしく過ごす予定です。

 

〇山の日らしい。別に山の日を作らなくても日本人はもともと山岳信仰なところがあるから普段から山を神様だと思ってるんじゃないのとか思うなど。海もそうだなぁと思う。個人的に元日や季節の行事以外で「〇〇の日だから〇〇をする」というのは非常にナンセンスだと思っているので何事も普段から気にかけて取り組むのがいいと思う。

 

〇昔「人気者でいこう!」で「クイズ・ガッツガッツ」という企画があった。ガッツ石松ガッツ石松によるガッツ石松のクイズというコンセプトで、ガッツ石松ワールドが繰り広げられた。その中で「ガッツは何の曲を聞いてるでしょうか?」という問題があって、ガッツ石松がヘッドホンをかけて聞いている曲をガッツ石松のリアクションだけで当てるというものがあった。そのリアクションが未だに忘れられなくて「何だこりゃ随分速い曲だな……ええ?翼なんてない?なんて言ってるの?あ?え?」という感じで、答えがSPEEDの『ALL MY TURE LOVE』。当時ガッツのリアクションに大笑いした記憶が離れなくて、不倫だの議員だので彼女たちを見るたびにガッツ石松も一緒に記憶の底から引っ張り出されてくる。人気者でいこう!は面白かったなあ。

 

テイルズオブシンフォニアGC版)を久しぶりにやりたくなって経験値10倍で始めたら、20時間かからず終わりそうだ。ボルトマン術書ルートがやりたかっただけなので戦闘とかいろいろ雑にして、現在トレントの森直前というところだ。あと数時間内で終わるだろう。ただ経験値10倍だととにかくレベルがガンガン上がって、イセリアの森で戦うソードダンサー相手にロイドが「これなら楽勝だな」とか言っちゃったりするので興ざめと言えば興ざめである。魔武器を早く使いたかったので全てそろった時点で速攻でアビシニオンを倒しに行ったら前回のプレイで相当育てたみたいで、ネビリムの一振りが基本ダメージ2000前後。救いの塔のプロネーマ様もユグドラシルも比喩ではなく秒で瞬殺してしまった。禁書の記憶でもやるか……。

 

キュウソネコカミの『NO MORE 劣化実写化』のMVが妙に癖になる。キャッチーな曲もいいけど、クソみたいなコスプレ具合とか主人公らしきキャラクターのヴィジュアルが80年代後半から90年代前半の雰囲気で懐かしいような気もするけど基本クソ実写っぽいのがとってもいい。発売したらダウンロードしてもいい。

 


キュウソネコカミ - 「NO MORE 劣化実写化」MUSIC VIDEO

 

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8月10日の話

〇暑い。溶ける。おんもに出られない。今朝は涼しくて良い。

 

〇ゼリア製薬の新人研修が話題だけど、あんな新人研修を昔やったことがある。そろそろ時効だろうと思うので書ける範囲で思い出してみる。まず入社式の直後に2週間山の中に閉じ込められる。これは脱走の防止の他に接客業であったため大声を出す練習があったからだと思う。流行りの軍隊式の社訓暗唱とかキビキビ体操みたいなのを意地でこなす。正直頭より身体を酷使するもので、山から解放されたときは身体がボロボロであった。

 

〇社歌を歌えというテストがあり、上手に歌うのではなく「心を込めて歌え(怒鳴れ)」という課題であり、精一杯怒鳴り声を上げて歌った。だけど試験官曰く「歌はよかったが最後でほっとして素に戻ったのがダメ」という理由で不合格。喉に悪い歌の練習が続いた。正直これは心を折りに来ているとしか思えない。

 

〇最終日は「自分のダメだったところを大声で発表し、その後研修に来て生まれ変わったことを発表する」というものだった。何が辛いかと言えば「自分のダメなところ」を大声で言わなければいけないというところで、その前のミーティングで徹底的にダメ出しを受ける。そういう過程の中で例の自殺してしまった人は折れてしまったんだろうと思う。個人的には後述する理由で「早く帰りたい」という思いから何かひどいことを言われた気がするけれど全てを受け入れてしまった。それから「自分は今まで他人に頼らず生きてきましたが、本当は人間は弱くて一人では生きていけない。これからはチームワークを大切にします!」みたいなことを大声で怒鳴ることで試験官が「君も立派なわが社の一員だ!」みたいに涙ぐみながら握手をしてくる。ここまで来ると脳が考えることを拒否して、言われたことをそのまま鵜呑みにしてしまう。

 

〇そして支店に配属されたのだが、ぶっちゃけ研修で習ったことは一般論ばかりなのでひとつも役に立たず、バイトからは「長い期間研修したってのに使えねえ」と思われる。当時は理不尽だなぁと思ったけれど、今なら研修の方がおかしいと胸を張って言える。それから「これはヤバいぞ」と思い転職が出来たけれど、1年ほど洗脳状態は続いた。今だからこそ言えるけれど、あれはヤバい。逃げ場がないから溺れる者はアホ理論にすがるみたいなものになる。というか、わざと溺れさせたり泳げるものは叩いて海の中に沈めてから「助けてほしいか」と聞くようなものだ。それは本当にやめてほしい。

 

〇それから個人的に研修がきつかった話。班ごとに寝起きをするのだけれど、7~8人の班の中に明らかに高卒メンヘラが数人。何故か自分に「年長(大卒)なのだからそいつらをまとめなさい」という指示が。今ならはっきりと「何で精神病んでるあいつらの世話を同期だからと言う理由で見ないといけないんですか」と言えるけど、当時は研修の洗脳空気もあったので「わかりました」と言うしかなかった。

 

〇自分だけでも精一杯なのに「連帯責任」ということでメンヘラの面倒も見なければいけない。「怒鳴られるのが怖い」「過呼吸を起こす」というメンヘラを引きずって食堂に連れて行ったり寝込んだメンヘラのために部屋に食事を運んだり。それに加えて座学の時間もあり、算数の問題が出来なかった高卒メンヘラに「連帯責任」と言うことで割引とか分数の計算のやり方とかを教えると「頭いいんですね(嫌味)」と言われる。後にこいつから「大学生なんて遊んでいるだけなのに高卒と大卒の給料が違うのはズルい!」と言われた。また寝込んでいるメンヘラが夜中に許可を貰って電話をしているのが聞こえてきた。父親が過失で交通事故を起こしたらしいこと、それに伴う借金をどうするのかという内容だった。これらの話は「格差とは何か」を考える上で生涯忘れることはないだろう。

 

〇そいつら以外にも過呼吸や体調不良を訴える人がかなり多く、ホテルのその辺で人がごろごろ倒れてて紙袋でふーふーやってるようなところに2週間いたら、まぁ少しおかしくなっても仕方ない。限界が来たので最後3日くらい「せめて夜だけでも別室でひとりになりたい」と申し出ると「お前はそういう部下を持ったら見捨てるのか」というような理屈で却下された。今思えばそれとこれとは話が別だったと思う。というか、元々メンタルヘルスがガタガタの人に対して更にメンタルを崩すような真似をしておいて何も知らない人に「面倒見ろ」って、なかなかすごい状況だと思う。

 

〇そんな感じでメンタルが弱っているところに「お前の親はお前を愛していない、お前の友達も結局助けてくれない。目の前にいる私たちだけが頼りだぞ」と吹き込んだ人事のことは生涯恨もうと思う。実家に帰ってメンがヘラヘラしているときに親に人事から言われたことをそのまま言ったらビンタされて滅茶苦茶怒られた。そこで「よからぬ洗脳を受けた」ことを実感することが出来て、何とか軌道修正をすることが出来た。

 

〇全国の親御さん、大事な娘息子が就職してから様子がおかしいと思ったら洗脳研修を受けていないか確認をしてください。そんで洗脳されていたら全力で怒ってください。洗脳なので言葉は通じません。怒鳴られて脳が委縮しているので更に強い力を加えることが良いかと思います。

 

〇思い出していたらお腹が痛くなったのであまり思い出さないほうがいいことなのかもしれない。一刻も早くこういうタイプの研修は国で指導して規制してほしい。

 

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