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さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

「お手伝い」が評価される世界

 なんかよくわからん。

 

 「手伝いの推進」もその一つだ。義家氏は「家庭を守らずに地域を守れるか。地域を守れずに日本を守れるか。教育の第一義的責任は家庭にあり、応援していく」「国がこんなお手伝いをしなさいという話ではないが、学校が評価することは必要」と説明した。子どもたちが手伝いの内容を記した日記を学校に提出するなどの取り組みを広げる考えという。

お手伝いで政治意識向上? 文科省案に識者ら「唐突」:朝日新聞デジタル

 

 方向性として「所属意識が政治意識を高める」など言いたいことはわかるんだけど、安直すぎやしないかというのが懸念。そもそも教育なんていう分野に特効薬はなくて、「〇〇をしたら子供がすぐお利口になりました!」というのは半分以上が教育ではなく洗脳です。残りの半分は効果的なスーパー教育法を使用したのではなく、単に子供と信頼関係を回復できたのか子供が諦めて復讐の機会を狙っているのかのどちらかです。だから「お手伝いをしたからイイ!」というのは非常に危ない。

 

 仮の話として「お手伝い推進事業」が施行された世界をシミュレーションしてみましょう。小学5年生のクラス、担任の先生は今年採用されたばかりの新人です。先生は新しい生活にワクワクしています。クラスのみんなの顔も覚えてきた頃、文科省から「手伝いを評価してやってくれ」ということでオリジナルの「お手伝いポイントチェックシート」をつくりました。これはお手伝いをしたら親の判子を押してもらい、その内容に応じてポイントが割り振られてクラスで表彰するというものです。チェックシート配布時、子供たちははりきっていました。以下はそれから少し後のお話です。

 

 * * *

 

 先生は後悔していました。ただでさえ連絡帳や音読カード、宿題の丸つけで忙しいのにお手伝いチェックポイントシートなんていうものを導入したせいで先生の負担が大きく増えてしまったのです。しかも「皿洗い5点」や「部屋の掃除3点」など細分化して点数を割り振ってしまったので集計が大変です。

 

 初任研修の書類をまとめながらため息をついていると、指導教官の学年主任が渋い顔をしてやってきました。

「今からでも遅くないから、そのポイントシートはやめなさい」

 しかし、先生はここであきらめたくありません。

「いいえ、私の業務が増えても児童が喜ぶなら喜んでやります」

 目を輝かせて言う先生に、学年主任は悲しそうな顔をしました。

「君だけの問題ではないのだけれど……」

 そして何かを言いかけましたが、先生の真っ直ぐな瞳に押されて自分の席へ戻ってしまいました。

「うん、くじけちゃダメだ!」

 書類の整理が終わった先生は時計を見ました。午後の3時過ぎ。4月も半ばを過ぎて職員室はぽかぽかと温かな陽気に包まれていました。

「それにしても今日は疲れたなあ……」

 先生は椅子に寄りかかりました。今日は初めての野外活動があり、最初から最後まで引率が大変だったのです。でも普段笑わない渡辺さんがにっこり笑ったので先生は嬉しく思っていました。

 

 

 それから数ヶ月が経ちました。先生は忙しさに倒れそうになりましたが、なんとかお手伝いチェックポイントシートは続けていましたが、事件はもうすぐ夏休みという日に起きました。朝、何人かの女子が慌てて職員室にやってきました。

 

「村上くんと田崎くんがケンカしている!」

「田崎くんが村上くんのチェックポイントシート破いちゃったの!」

 

 すぐに教室に向かうと、村上くんと田崎くんが取っ組み合いの大喧嘩をしています。他のクラスの先生の応援もあって二人は引きはがされ、別々に事情が聴かれることになりました。それ以外の児童の証言もあり、原因はやはりお手伝いチェックポイントシートということでした。

 

 村上くんのお家は比較的裕福で、村上くんも毎日学習塾に通っています。中学受験をするようで、今から毎日3時間勉強をしているようです。ところが村上くんのチェックシートを見ると、毎日部屋の掃除、夕食の準備に皿洗い、兄弟の世話にトイレ掃除などたくさんの項目のところにチェックがあります。そういうわけで、ポイントもクラスで一番多く溜まっています。それを見て田崎くんは疑問に思いました。毎日3時間も勉強しているのに、どうして村上くんはそんなにたくさんのお手伝いを毎日続けて出来るんだろう、と。

「村上くんは頭がいいから、そんなにお手伝いができるの?」

 そう田崎くんは聞きました。

「これはね、お母さんが勝手に書いてくれるんだ。田崎くんもお母さんにお願いすれば書いてくれるんじゃないの?」

 村上くんはそう答えました。田崎くんはそれを聞いて、カッとなってしまいました。

「それってズルじゃないか!」

「どうせ先生は新人だからわからないよ」

 田崎くんは考えるより先に村上くんのチェックポイントシートを取り上げて破いてしまいました。それから取っ組み合いに発展するまで、時間はかかりませんでした。

 

 田崎くんのお家はお母さんが赤ちゃんを産むために入院していて、ここしばらくはお父さんと田崎くんで小学2年生の弟の面倒を見ながら過ごしていました。もちろん家のことは田崎くんも進んでやったのですが、弟と遊ぶのは「お手伝い」ではないと思っていたし、お父さんも忙しくてチェックポイントシートに細かく田崎くんのやったことを書ききれていなかったのです。

 

 田崎くんは「ズルで一番になってる村上くんが許せなかったけど、チェックポイントシートを破いたのは悪かった」と反省しました。ところが当の村上くんはずっと別室で泣いていました。「チェックポイントシートが破けたらお母さんに叱られる」と言うばかりです。

 

 もみ合いになっただけで二人とも特に目立った怪我などはありませんでしたが、騒ぎを聞きつけた村上くんのお母さんが学校に飛んでやってきて校長室で怒鳴りました。

「まったく、うちの子が喧嘩をしたなんてどういうことですか!?」

 それからお母さんは20分ほど怒鳴り続けました。どれだけ自分が息子をかわいがっているか、どんなに苦労してここまで息子を育ててきたか、小学校入試に落ちて仕方なくこの公立学校に入学させた無念さや、無能な教員により息子が大けがをしたという話を聞いてどれだけ母親が心を痛めているかと言ったことです。

「しかし、喧嘩の発端はあなたの不正だと聞いているのですが……」

 言いにくそうに校長が口をはさむと、お母さんは更にヒートアップしました。

「そんな手伝いなんてして名門私立中学に落ちたらどうするんですか!」

「落ちたら学校は責任をとってくれるんですか!?」

「私立小学校だったらこんなバカバカしいことはしない!!」

教育委員会に訴えてやる!」

「私の旦那が最近帰って来ないのも学校のせい!」

「義母の介護がもうすぐ始まるがどれだけ辛いのかわかっているのか!」

 最後の方はほぼ私怨でしたが、お母さんがパニックになっているのは明確でした。長年のキャリアでこういう経験が無駄にある校長先生はお母さんの話を反論せずに黙って30分ほど、しっかり聞きました。

「わかりました、とりあえず今日はもう帰りましょう。しかし、ひとつだけ約束をしていただきたいのですが」

「なんですか?」

「今回のことで、息子さんを絶対に叱らないでください。それから、できれば今日は勉強をお休みして一緒に家事をなさってください。」

 それを聞いてお母さんはまた怒鳴り始めました。そこへ学年主任が怯える村上くんを連れてきました。するとお母さんは怒鳴るのをやめて、村上くんを引っ張って急いで学校を出て行ってしまいました。

 

 その後、入れ違いでやっと連絡のとれた田崎くんのお父さんが慌ててやってきました。田崎くんのお父さんは「うちの息子がご迷惑をおかけして」と地面に頭がつくほど謝りました。「双方けがは特にない」ということで安心したようですが、「お手伝いチェックポイントシートにきちんと記入できなかったことが息子を不安定にしてしまった」「長男だからといろいろ甘えてしまった父親の責任でもある」ということを切々と語りました。お父さんは田崎くんと一緒に帰っていきました。今日は久しぶりに田崎くんと二人でゆっくりと過ごすそうです。

 

 二人の児童の指導が一通り終わったところで、先生の「お手伝いチェックポイントシート」の是非が問われました。

「最近の家庭は複雑で、以前のように一律の指導はできない」

「村上くんのように判子だけ貰っている家もあるのではないか」

「田崎くんのようなケースも他にあるはずだ」

 調べてみると、意外な事実がたくさんわかって先生は愕然としました。

 

 青井さんの家は再婚したばかりで、新しい母親と一緒に家事をするのを娘は嫌がっているが、それにかこつけて義母が馴れ馴れしくしてくるので困っていること。

 

 草野くんの家は自営業で息子も店の掃除などをするが、祖父に「そんなものは手伝いとは呼ばない」として判子をもらえていないこと。

 

 平田さんの家はわけありの豪邸で、使用人が何人かいるのでお手伝いをすることなく判子だけもらっていたということ。

 

 安田くんの家は両親とも家事ができず、掃除も洗濯も外注で食事も外食が多くそもそも「手伝い」をする機会がなかったこと。

 

 そして笑顔の少ない渡辺さんは、家で認知症の祖母の介護を祖父とふたりでしていて、食事の世話などを娘が行っているけれど充分ではないと祖母が辛くあたるということ。提出物すらままならない環境で「お手伝いチェックポイントシート」など見てもらえる状況になく、判子は一度も押してもらったことはない。両親は既に他界しているそうだ。

 

 先生はこれを聞いて「信じられない」という顔をした。先生の頭の中には「お手伝いをして、ニコニコと判子を貰う親子」の図しかなかった。親と関わるのが苦痛になっている子、お手伝いをしているのに家の都合で判子を貰えない子、 そもそも「家事」が必要のない子……。特に渡辺さんの家のことは知っているつもりでいたけれど、他の子がポイントカードを見せ合いっこする中、彼女は他の子よりも家事をしていたのに判子をもらえずにいたと考えると涙が止まらない。

 

「ポイント制なんてやめるから……!」

 

 思わず大きな声で叫んだ先生がいるのは、春の陽気が眩しい職員室でした。時刻は3時10分。少しだけうたた寝をしてしまったようでした。

「思い直してくれたようですね」

 学年主任がニッコリ笑いました。

「はい、ポイントカードは4月いっぱいでおしまいにします」

 先ほど見た夢を先生は思い出していた。夢にしてはやけにリアルで、生々しい夢だった。もしポイント制を続けていたら、あのような指導をしていたのだろうか……? 児童の家庭環境を把握することも大事な仕事だと、先生は決意を新たに次の仕事に取り掛かりました。

 

  おわり。

 

  * * *

 

 もちろんこれは作り話なので本当にこんなことは起こらないと思うのですが、様々な家庭があることを前提に対策をしていかないと無理としか思えないのです。既に家庭は解体されてしまったので、家庭に何でも頼るのはやめたほうがいいと思うのです。やるならまず「家庭」がない子に代替品をあげないと。でも、そんなこと言っても難しいでしょう……?

 

 あのニュースからここまでパッと思いついたので、やっぱり底意地は相当悪いかもしれないです。ううむ。

 

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