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さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

もし異世界人と遭遇したら

 異世界人がやってきて「ここは何ていう世界か」と尋ねられたら、という増田があったのでくだらないことを少し考えてみる。特に面白いことはないと思います。

 

「ファンタジーの異世界に名前がついているのはおかしい」っていうけどさ

異世界人「ここはどこだ?」自分「道に迷ったんですか?交番まで送りますね(と言いつつ警察に引き渡す」

2016/02/07 13:14

 

 まず、自分の答えは「何故か異世界人が日本語または英語などコミュニケーションが容易にとれる言語を使用していて、地球に住む人類とあまり変わらない姿をしている場合」を想定している。そりゃ一昔前のタコみたいな火星人とか目がデカくて銀色タイプの宇宙人だったら見た目でビビるし、誰かに声をかけるより先に警察や学者が来てもおかしくない。声をかけられるということは、ほぼ人間と同じような姿でしかも意思疎通ができる場合だ。何を言っているのかわからない場合、やはり「迷子の外国人がいます」と警察に連れて行くかもしれない。

 

 それから可能性として、何らかの理由で急激な健忘症になった人を仮定するかもしれない。例えば10分前の記憶がない人とか、そういう人が急にどこにいるのかわからなくなってしまったのではないかと考えたほうが異世界人と考えるより自然である。その場合も、やはり警察だろう。

 

 もし「私は異世界から来ました」という存在で話を聞くとすれば、それは地球人の考え出したような異世界の知性生命体や人間そっくりの姿をしている生命体ではなく、オバケのQ太郎など人間とかけ離れた姿をしていても害は与えないだろうと思われるような生命体かもしれない。そういうのは警察に届けるより、なんとなく家で保護してしまうかもしれない。そのうち「僕と契約して(ry」とか言い始めるかもしれないけれど。

 

 このテーマを考えると行き着く先は『ヒョンヒョロ』かもしれないなぁと思いました。未知の文明や独自の思考を持った別の生命体と人類はコンタクトをとれるのか、という話になると思うのです。

 

ミノタウロスの皿 (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)

ミノタウロスの皿 (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)

 

 

 『ヒョンヒョロ』はこの『藤子・F・不二雄異色短編集』の1巻に収録されている短編です。ある日、まだ字の読めないマーちゃんがもらった手紙には「ヒョンヒョロをくれないとゆうかいする」という内容が。いたずらだと思っていた両親の前にその手紙を書いたウサギ型異星人が現れて、警察も巻き込み奇妙な「誘拐ごっこ」を行う。「ヒョンヒョロ」とは何だったのか、そして「誘拐」の意味するものは何だったのかということでオチが秀逸な短編のひとつとしてよくあげられる。未読の方は表題作の『ミノタウロスの皿』も含めて是非読んでほしい。

 

 「通常の地球人としての両親や警察」と「ウサギ型異星人」のやりとりが非常に面白いのがこの作品だけれど、コミュニケーションが出来なかったという点では発端の「マーちゃん」も異界の住人と見てもいいかもしれない。もし両親がきちんとマーちゃんに手紙を読んであげていたら、この結末はなかった可能性が高いのだ。ウサギ型異星人との擦れ違いが焦点になりがちな作品だけれど、「どうせ理解できないから」と言ってマーちゃんに向き合わなかったことで生まれた悲劇と捉えることもできるかもしれない。

 

 そう考えると「どうせ理解できないから、向き合わない」というのは異世界の住人にとって非常に失礼なことなのかもしれない。しかし、現段階でもコミュニケーションのとれる人類の間でさえ「どうせ理解できないから、向き合わない」は平常行われてる処世術になっている。ましてや異星人、異世界人とどのようにコンタクトをとればいいのか。かと言って「全ての者を理解しようとする」のも驕りの極みである。「私は全てを受け入れることが出来るのよ」と言う奴に限って何かを崇拝させたがるのが世の常である。

 

 つまり、人類に異世界人はまだ早すぎる。まだまだ人類は種族として幼年期にあたるのかもしれない。おわり。

 

 

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