あのにますトライバル

君の気持ちは君の中でだけ育てていけ。

後から来る男 ~短編小説の集い宣伝~

「ニノマエ先生、直木賞受賞おめでとうございます!」

 その知らせを受けてやってきた報道陣が一斉にカメラを向ける。フラッシュがまぶしい。急遽片付けた居間に大勢の記者が詰め込まれ、真ん中にテーブルを置いて私の記者会見が始まった。家内も娘も大慌てで対応に追われている。その日が来たらあれを喋ろう、この話はしたいと常々思っていたのだが、いざその時になると頭が真っ白になって何を話していいのかわからなくなる。

 

 直木賞を受賞した私、ニノマエハジメはこの日が来たことが夢のように思われてならなかった。たくさんのフラッシュを浴びながら、おそるおそる真っ白な頭の中からコメントを探していく。


「正直そろそろかな、と思っていたんですが、やはり嬉しいですね」

 

 また一斉に報道陣がフラッシュを焚いた。非常に平凡なコメントだ。これは、直木賞作家のコメントではない。カメラの前で、しきりの私の目玉が泳ぐ。

 

「受賞の知らせを聞いた瞬間、どう思いましたか?」

「その時ボクは新作のプロットを作っていたところだったんです。電話が鳴りまして、ええ。『おめでとうございます』の声をはっきり覚えています。その声でせっかく作っていたプロットの大事な部分をメモする前に忘れてしまいました。名誉ある賞を受賞しましたが、ボクの新作が遅れてしまうかも知れなくて申し訳ないです」

 

 必死にユーモアを交えた答えを返した。


「受賞作『俺はパイロット』についてご自身のお考えを」

「運命と言うモノの不思議ですね。主人公の運命に翻弄される様を楽しんでいただければと思います」

 

 本当のところは、受賞作は自信作と言うより大衆に迎合したトリックとお涙ちょうだいの混ざった「売るための」作品だった。だから思い入れもそれほど高いものではない。そんなものが直木賞というのであるから、日本の文壇も随分と安いものになったものだ。

 

「受賞に至るまで苦労されたことなどは」
「ボクもまず出版社に入社して、編集の仕事をしながらいろいろな作家先生の作品を読み、たくさん勉強させていただいて、その結果が今のボクだと思っています」

 

 この辺についてはいろいろと話したいことがあった。最初は小説家になんてなろうとは思っていなかった。ただ入社した出版社で様々な作品に触れ、編集として作品作りに関わるようになってから本格的に小説を書くようになった。それは「俺の方がうまいぞ」という変な自意識からであったが、その自意識もまんざらではなかったようだ。


「今、この喜びをどなたに伝えたいですか」
「ボクを支えてくれた家族、そして編集に携わった全ての方々、そしてボクの本を読んでくれた読者の皆さんですね」

 

 ありきたりな取材であった。ただ、明日の新聞の見出しではボクのことを「気鋭の小説家」ではなく、「かつての芥川賞作家の編集者」として取り上げるだろう。その肩書を利用して本の帯に紹介文を書いたこともあった。だけどそれと、この受賞は関係ない。あくまでもボク個人の功績だ。

 

 次の日のニュースでも、この記者会見の様子が流れた。新作のプロットの打ち合わせをしていたボクの担当編集者の継野(ツギノ)は嬉しそうに画面を見てはしゃいだ。


「先生緊張していらっしゃいますね。ホラホラ」
「照れるじゃないか」

 

 画面の中では私が目を泳がせている様子がしっかりと映っている。画面の端で報道陣の対応をしている継野もちらりと映っている。


「しかし先生もこれで立派に時の人ですね。僕も傍らで執筆の真似事なんかしていますけど、まだまだ全然で」

 

 継野は私の編集担当になってから、まだ数ヶ月しか経っていない。様々な作家の担当をこなしてきたようで、急に異動になった前任者の代わりによく働いた。彼も小説を書いているようで、いくつかの賞に応募しているらしい。前に一度彼の作品を読んで、批評をしてやったこともあった。


「君はまだ若いじゃないか。これからだよ、人生は」
「はい、先生の後を追いかけられるよう精進します」

 

 ボクはふと首をかしげた。ずっと前にも、こんな会話をしたことがあったような気がする。それがどこかは思い出せない。きっとどこかの夢の世界の話だろう。それよりも、今は昨日逃してしまった新作のアイディアを掘り起こさなければならない。

 

 そんな忙しい日々も落ち着き、やがてその新作も無事に書店に並んだ。継野もボクと同じように編集者ではなく、作家側に落ち着いた。大衆的なボクの作風とは正反対の、正統派な純文学を目指していた彼の作品は特に人気の出るものではなかった。ボクは相変わらず大衆に迎合した作品を執筆し、何度かテレビドラマの原作に選ばれたりもした。小説家と言うよりスターのような扱いを受けるボクとは違い、継野はどちらかと言うと海外向けの作品を書くようになっていった。

 

 それからかなり経って、新聞で連載しているエッセイを執筆していた時、こんなニュースが流れてきた。

 

「今年のノーベル文学賞は、ツギノ。日本人です」

 

  ボクは目を疑った。大文豪ともいえない一介の小説家が、そんな名誉ある賞をもらえるのかと。その日の夜、テレビの画面を独占していたのは紛れもなく、ボクを担当していた継野だった。現在はストックホルムに住んでいて、テレビ電話での取材の様子が放送されていた。

 

「受賞の知らせを聞いた瞬間、どう思いましたか?」

「もしやという気持ちがないと言えば嘘になりますが、正直僕なんかの作品が、という気持ちでいっぱいでした。それ以外の感想はありません」

 

「日本ではあまり評価がよくなかったようですが」

「ただ僕は書きたいものを書いただけです。それが最初にフランスで売れたのは驚きで、それ以降彼らに向けた小説を書こうと思っただけです」

 

「これまでの作家人生で印象に残っていることはありますか」
「僕もまず出版社に入社して、編集の仕事をしながらいろいろな作家先生の作品を読み、たくさん勉強させていただいて、その結果が今のボクだと思っています。特に日本で活躍されていらっしゃるニノマエ先生の編集をしていた時のことは今でもよく覚えています」

 

 その時、ボクは直木賞を受賞した時の不思議な感覚を思い出した。それは僕が担当したかつての芥川賞作家に、まだ小説を書き始めたばかりのボクの作品を見てもらったときのことだった。その日の夕焼けはきれいで、銀色の灰皿に反射して虹色に光っていたのを覚えている。

 

「君はまだ若いじゃないか。これからだよ、人生は」
「はい、先生の後を追いかけられるよう精進します」

 

 そうだ、この会話はかつてボクが継野と交わした会話であり、僕が大先輩と交わした会話であった。僕は必至で先輩に追いつき、そして継野も私を追いかけていた。もっとも、彼は私を追いかけるどころか、私の手の届かない所へ行ってしまったけれど。

 

 書店に行くと、早速それまで大衆は見向きもしなかった継野の本が平積みにされていた。申し訳程度に私の本もそばに置かれ「ノーベル賞作家継野も担当したニノマエハジメ」というポップが飾られていた。継野の本を手に取りながら、私は彼のインタビューの最後の言葉を思い出していた。

 

「今、この喜びをどなたに伝えたいですか」
「ボクを支えてくれた家族、そして編集に携わった全ての方々、そしてボクの本を読んでくれた読者の皆さんですね」

 

≪了≫

 

novelcluster.hatenablog.jp

 

 今回の宣伝ですが、過去のストックから引っ張り出してきたもののリメイクと言うことでお納めください。初めての即興小説で設定を作るのがいっぱいいっぱいで全ての登場人物の関係性が表現できなかったのが残念で、今回その輪郭が少しでもわかればいいなぁという感じです。

 

「後から来る男」 - 即興小説トレーニング

 

 

 また、この作品は「世にも奇妙な物語」で放映された『5分後の女』の翻案でもあります。追いかける方は未来でも、追われる方は過去と言う視点変更のような面白さがあります。

 

世にも奇妙な物語データベース YONIKIMO.COM