さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

増田関連の雑感

〇年明けから「お?」と思っていることをメモしておいたら予想外の反響があったのだけれど完全に考察までたどり着いていなかったので(最後雑だし)もう少しグダグダ考える。考えながら書くのでまとまりが全然ない。なお増田の文脈がある程度わかっている人じゃないとついていけない話があるかもしれないので「増田とは」という人は適当にググっておいてください。あと非常に不毛な話なのでギガが減ると思った人はここで帰ってください、マジで。

 

nogreenplace.hateblo.jp

 

〇最初は増田ウォッチャー向けの記事だったのでブクマが集まっても30くらいを想定していました。でも想定よりも増田を定期的に見ている人やこの変容に気が付いていた人が多かったのが意外でした。ブコメに表れてなくてもTwitter上で「増田ってやっぱり変わってるよね」みたいな意見が見れたのもよかったです。もう増田は増田内で完結するような閉鎖的な環境じゃあないです。

 

〇要は「増田が匿名性関係なくテキスト置き場と化している」ということがメインだったのですが、記事の中でも触れたとおり「必ずしも匿名」であることが大事というわけでもなく、過去に名乗り出ている増田とか自分の書いた記事をセルクマしている人もいるのでまぁまぁアリだとは思っている。ただ、今回の事例の「はてな匿名ダイアリー」という呼称を知っていて、それでも最初から名乗り出るつもりでアカウントを作ってTwitterのみひも付けてやりとりするっているのは初めて見た気がするんですよ。

 

〇いろんな捉え方があると思うけど、増田の特徴として「書き捨て」というものがあったと思う。追記芸なんていうのも最近になって出てきたようなもので、基本的に増田は「誰が」よりも「何を」に重きを置く構造になっていたと思う。だからこそバズる奴はバズるし、平凡なものは見向きもされない。そう言えばさっきの例には出さなかったけど、増田でバズってはてなブログはじめてライターの仕事してる人もいたっけ……。

 

〇そうなったとき、増田で追記をして「お読みいただきありがとうございます」ならまだ話はわかるのだけれど、そこをガン無視してTwitterで「お読みいただきありがとうございます」とリプライ飛ばしまくるのはどういう意図なのだろうと思うわけで。ブコメにも出ていた「長文スクショの代替」「個人ブログは面倒くさい」という意見は鋭いと思った。

 

〇「長文スクショの代替」に関して、そもそもの「長文スクショ」がごく最近生まれた文化で「Twitter上で140字以上のことを伝えたいときにスマホのメモ帳に文章を書いてスクリーンショットで画像にする」行為はバズを生みやすい一方「過度な美談やいわゆる嘘松の温床」というイメージがあって忌避されやすい手段と認知されている変な文化だ。実際に長文スクショというものを見てみると確かに「お年寄りに席を譲らなかった奴を懲らしめた」「意地悪な上司をギャフンと言わせた」というような武勇伝めいた話が多い。または「飛行機で黒人が隣に座って気持ち悪いと騒ぐおばちゃんに対して、黒人をファーストクラスに移動させる策をとった」的な良い話ネットロアもあって、この辺のことを語ると「facebookのイイネ拡散」とか「ゲーセンであった女の子」とか、遡ると「一杯のかけそば」にまで話が広がるので一回止めにする。

 

〇もうひとつの「個人ブログは面倒くさい」というものがかなり本質をついていると思う。すごーく煽るような書き方をするならば、「若者にとってブログはおっさんのモノ」なのかもしれない。2000年代初頭まで幅を利かせていたテキストサイト2ちゃんねる的な文化はブログやmixiの出現でかなり変わった。2000年代中盤から「のまネコ騒動」「電車男」などでいわゆる「2ちゃんねる的な文化(AAや独特のスラング、名無しさんなど匿名の書き込み)」も人口に膾炙し、いわゆる「オタク」だけでなく「普通の人」もネット文化に親しむようになったのがこの頃だと思う。そんな普通の人が集まったのが「ブログ」をはじめとした個人の日記サイトや「mixi」「魔法のiらんど」「前略プロフ」などの当時の各種SNS的なものだった。

 

〇で、今が何年かというと2018年ですよ。来年で平成の世も終わるんですよ。あれから10年くらい。ネットの情勢も変わるし、あの頃あんなに持て囃された「ブログ」も意味を変えていくわけです。あの頃「もはや2ちゃんはダサイ」という空気があったように、この2018年の世の中も「ブログはダサイ」という価値観が蔓延していてもおかしくはない。

 

anond.hatelabo.jp

 

〇この増田を見て「ブログはダサイ」論が更に補強されたような気がする。ブログ黎明期の「何でも書いていいんだ!」という空気は残されておらず、今や「ブログ 書き方」で検索すると頭が痛くなるような記事がずらっと列挙されている始末。「初心者でも1000文字書ける方法」って何なんだ……?そもそも「ブログ=ウェブログ(web上の記録)」であって、「記録の初心者」って何なんだとも思うし、そう言った「文章の書き方教えますよ!」的な記事が支離滅裂なことを言っている事例は後を立たない。例えば「サービスを運営していると、最適な文章を書く事も多いです」と謎な書き出しをしていたり、「明るく、ポジティブな気持ちで書くことがポイント」と断言していたり……この辺はさっき話題になっていた「美容液で細胞壁が柔らかくなる」という話に通じているのかなと思う。大体の人は呆れるけれど、そこで「すごいですねー」と思う人だけを引き上げるというか、搾り取ると言うか、なんというか……。

 

〇ブログ黎明期の閲覧者数なんてたかが知れていたけれど、一億総SNS時代になったわけでTwitterでも毎日数万RTが当たり前の世界になった。それが当たり前になると「閲覧者数4」とかのブログはもはや廃墟と言ってもいいのかもしれない。かつてのmixi魔法のiらんど前略プロフ、各種ブログサービスの「自分好みにカスタマイズできるぞ」というのも大した承認欲求にはならず、きせかえ機能やトラックバック、カテゴリ内でのつながりよりも「閲覧数」「反響数」にシフトしたのが現在なんじゃないかと思ってる。はてなブログの特徴として「ブログカテゴリを設けていない」ところがあると思っている。他のサービスでは「主にどんな記事を書く予定ですか」ということを最初に聞かれるけどはてなブログは開設してからグループに所属するという流れになっている。その代わり写真ブログにいいレイアウトとかそういうのを準備していて、他のサービスと差別化を図っているなあと思うのです。ちなみにこの文章書いてる人はなんではてなブログで書いているかと言うと、この編集画面のUIが他のブログサービスより好きだからです。もっさりしてなくていいね、といつも思っています。

 

〇そんなわけで「はてなブログでやってる=SEO対策、マネタイズ!」みたいに捉える層から「読者数もPVも低いのに」と言われることがあるけれど「いや、本質はそこじゃねえだろ」と思うわけで。「読者数900人の人はすごいから問答無用で書いてあること信じるけど、読者数200前後とか増田とかはお金にならないから言及しないよペッ」みたいな人も世の中にはいるのでね……いやマジで*1

 

〇増田の話に戻ってくると、閲覧数こそ出ないものの良いものに対する反応は確実に返ってくる媒体は今のネット社会においてありがたいのではないだろうか。個人のブログは書いても本当に反応が返ってこないし、ぶっちゃけカクヨムも積極的に宣伝をしなければ何の反応も返ってこない場所だった。「良いものだから評価される」とは限らないというのがこの時代のネット社会なのかもしれない。だけど、「はてな匿名ダイアリー」はほぼ全文を定期的にウォッチしている人がいて、興味深いものは取り上げて話題にしているという稀有なサービスなのかもしれない。せっかくだから久しぶりに昔書いたカクヨムの宣伝を久しぶりにしてみる。「左の目玉」名義で書いてみた奴。今読むとなかなかエグイ。

 

水晶体奇譚(左の目玉) - カクヨム

 

〇別に増田がテキスト置き場になることが嫌というわけではない。ただ、増田を「はてブロ」などと呼称して本来のはてなブログの存在意義が揺らいだり匿名性を理解しないで「増田に書きました~バズりました~」なんて堂々とひも付けた記事が量産されると「それは違うだろう」とは思う。それに一番怖いのは増田の構造上成りすまし問題で、パクツイならぬパク増田だって現れるかもしれない。現にもう現れているのかもしれない。怖い怖い。パク増田、今思いついただけなのに我ながら恐ろしい言葉だ。

 

〇なんていうか、全てにおいて一番怖いのは「コンテクストが断絶すること」なんだよね。何故しつこくはてな村はてな村言い続けているのかと言うと、そういう歴史があったことを踏まえていろいろ考えてほしいと思っているからなんだよね。新参だって過去にあった出来事を理解することはできるし、そういう歴史があったから今の状況があるということを大切にしてほしい。「昔あったことなんか知らねーよバカ」と言われても、「そういう文脈でこの言葉は使われている」ということは考えていきたいと思うし、書いていきたい。

 

〇そんなわけで個人的にすごく嫌なことは「言葉は生きている」っていうのを「変容した」という意味ではなく「昔の意味を知らないのは当たり前なんだから誤用と騒ぐのは老害」みたいな意味で使われることかな。単純に「へー昔はそういう意味だったんだ」でいいのに、「間違った使い方されてるみたいに言われて不快だけど、俺は悪くない」みたいな開き直りを感じて居心地が悪いと言うか、なんというか。偏見だけどこういう言説をするのはブログでSEO対策とかマネタイズに熱心な人というイメージがあって、そうじゃない人もたくさんいるのはわかってるけどやっぱり事象に対して誠実じゃない感じがするんだよね。つまり胡散臭い。

 

〇この他に増田が変わったなあと強く思ったのが「京都のゴミ大学」にマジレスブコメが集まっていたときかなぁ。「京都のゴミ大学」はNettouochiさんが定期的に回収しているので真剣に集めてはいないけれど、かなり長期にわたって増田に現れているキャラクターだ。すっごく昔の話だけど、まだ高校3年生で増田連載(?)が始まったばかりのころ彼にマジレストラバを送った思い出があって何だか思い入れがあるキャラなんだよね。定期的に増田をウォッチしていれば彼の存在は暗黙の了解のようなところがあるけれど、何も知らなかったら確かに「うわあ」って思うかも。確かこの時は反応を受けて少し凹んだ彼がいたようないなかったような。

 

b.hatena.ne.jp

 

〇増田には他にも低能先生やパンティーなど「コンテクスト」がわかっていないと意味不明な存在であふれている(過去にはニーターパンおじさんとか増田漁業組合とかいましたね)。多分増田ってそういう空間でトラバを飛ばしあったりブクマしたりのハイコンテクスト空間だったんだと思う。それが文脈を踏まえない層がやってきたとき、一体どうなるかは誰にもわからない。それが2018年に起きる増田の変化だということは間違いないと思う。正直昨年末の「俺的2017増田ランキング」とか「俺の今年書いた増田振り返り」みたいなのも個人的に興ざめなんだけどね。漁業組合の釣果報告くらいブクマ稼いでいればわからないでもないんだけど。

 

〇しかし文脈を踏まえないと増田ウォッチャーは務まらないと思う。まずスパムと低能トラバでくじけると思う。多分「増田を見ています」みたいな人の中には低能先生やスパムの存在を知らない人も多い気がする。実際彼らはノイズでしかないと言えばそうなんだけど、増田を構成する大事なメンバーと言えばそうだと思うし。スパムですら「を書を書」と可愛がってもらえているのすごいと思ってる。

 

〇なんか書こうと思えば無限に書ける気がしてきたからこの辺でやめておこう。何にもまとまっていないので誰かまとめてほしい。事象はバンバン出てくるんだけどいつも「つまりだから何だ」が弱いのが悪いところなのかもしれない。今年は気をつけよう。

 

*1:個人的に衝撃すぎて忘れられない出来事になっている。