さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

7月17日の話

〇海の日だ。海には行かない。

 

〇夢を諦めさせるどうこうって話を見て、この話の根底には懐かしの貧困JK問題も絡んでるよなあと思っている。確かにセルフまとめの言葉遣いはとっても乱暴だし、あんな風に頭からガンガンやることが望ましいとは思えない。特に「ぼくおおききなったらゆーちゅーばーになりたい!」っていう年頃の子供に対してはただのモラハラになりかねない。ただ、それまで何の兆候もなしにいきなり高校生や大学生になって「父さんラップで食って行こうと思うんだ」的なことを言い出したら、これはまとめの通りでいいと思う。「夢を追いかける」ことは望ましい。しかし、現実逃避のために夢を見ているフリをしている奴もゴマンといる。漫画家、小説家、ゲームクリエイターなんかはその傾向が強い。そういう「夢追い搾取=ワナビ」的な専門学校がたくさんあるところから考えても用心するに越したことはないと思う。

 

〇今の自分はとりあえず取得した資格で何とかしばらくは食べていける業界で仕事をしている。しかし、その資格が「夢を追って強く希望したもの」ではなくて「向いているだろうから取得しておくか」くらいのもので、実際今の仕事も「望んで」就いたのかと言われたらはっきりNOと言える。本当は違う仕事をやりたかった。だけど、「向いている」職業で不満は全くないし、以前の「やりたいこと」を無理してやっていた頃に比べれば精神的に安定している。そうやって職業を選択した人がいるということも若い世代には伝えていきたい。

 

エスカレーターの片側を空けるかとか車椅子が乗って事故とかエスカレーターの話題が多いけれど、駅でエスカレーターに乗るのに無駄な行列が出来ているのを見ていつも思い出すのが「アンネ・フランクの伝記」だ。収容所に入れられたアンネ姉妹たちが移送されるときに「歩けない奴はトラックに乗れ」と指示が下ったところ、大勢の人がトラックに殺到したそうだ。それを見てアンネ姉妹たちは「私たちはまだ歩けるから歩きましょう」とトラックに乗らない選択をした。その後トラックに乗った人たちの姿を見ることはなかったというそれだけのエピソードなんだけれど、単にユダヤ人の虐殺が恐ろしい以上のインパクトがあった。だから駅でエスカレーターの渋滞が出来ていると心の中のアンネが「私たちはまだ歩けるから歩きましょう」と囁く。人ごみをかき分けて階段を使う。私たちはまだ歩けるから。

 

〇昨日カレーに出来なかったから今日カレーを食べる。マサオー??のCMを見て、当時の子供たちにとってラモスは本当にヒーローだったなぁと思い出す。カズ、ゴン、アルシンドシジマール。オーレオーレと日本中がサッカーの渦にあったあの時代。今の時代のヒーローは誰でしょうか。

 

 

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