さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

「半分、青い。」雑感

〇とりあえず全部見たぞ。1回か2回見逃した気がするけど、とりあえず全部見たぞ。結論は「雑」以外にはない。クソ雑な巨大生物映画見てる気分だった。サメとかワニじゃなくてアリとかイグアナとかそういう奴。

 

〇朝ドラは続けてみていると「朝ドラの文法」みたいのがあって、それを踏まえて視聴するのが望まれるのかなぁと思う。例えばあさイチの受けでも言われてたけど「大体木曜日で事態が急転する」「金曜で解決が見えてきて、土曜に着地する」とか。そういうところもこの『半分、青い。』はすげー雑だったと思う。とにかくクソ雑としか言えない。

 

〇多分なんだけど、「半分、青い。」全体を通して全ての落とし所が明瞭でないところが敗因の30%くらいだと思う。要は一貫したテーマがないから見ていてイライラする。漫画家になりたい話かと思えば漫画家はやめるし、田舎に帰ってシングルの話かと思えば発明家になるし、発明家になったところで自己実現が達成されたかと言うとそうでもない。結局お前は何がしたかったんだ、というところで終わり。そして各パートでもテーマを掘り下げずに出来事の羅列だけで終わり。そりゃ視聴者おいてけぼりだわ。

 

〇例えば今再放送してる「カーネーション」なら服飾についての話だし、「ごちそうさん」は食べ物についての話だし、「マッサン」はウィスキーの話。そういう軸がしっかりしていると物語が多少フラフラしていても視聴者は迷子にならない。「あまちゃん」がよかったのはその辺のテーマを現代劇ならではの人間関係にしっかり落とせたからだと思う。出ていく人と残される人の対比がすごく良かったと思う。あまちゃんは後半しかみてないけど。

 

〇ただし「半分、青い。」貴様はダメだ。結局このドラマ通して何が言いたかったんだ?鈴愛という人物はどんな奴だったんだ?律とは一体なんだったんだ?それがストーリーからひとつも浮かび上がって来ない。ちゃんと「律はマグマ大使や」と何回も台詞にしちゃってる時点でダメなんだよそういうのは。そう言う大事なのは要所にどーんと持ってこないと。つまり軽薄なんですよ、ケーハク。

 

〇漫画家の話だったら漫画の部分をもっと掘り下げる時間はあったと思うし、それは涼次の映画も律のロボットもそう。カケアミの特訓とか結構無駄なシーンだと思った。その辺はサラッとやればいいのに……あれ、これ脚本家だけじゃなくて構成とかプロデューサーの問題?いや、脚本のアラを直してああいう事だったのかも……………?

 

〇なんつーか、題材はしっかりしてるのにひとつも題材を掘り下げないで進行してたのがまぁ気持ち悪かった。カンちゃんのスケートもなんだったん?口実?

 

〇個人的にすげームカついたのが「神様のメモ」の使い捨て感。絶対最終回で律といい感じになってリフレインすると思ったのに、結局ボクテがきちんと描きたいとかで終わり。いや、最終回まで我慢して見たのは「紆余曲折ありましたがやっぱり神様のメモだったね」オチを見届けようと思ったからなんだけど、「それやらないんかい!」と。序盤であの原稿見たらみんなそういうオチだと思うじゃん?まーそうなんだけどそこはもっと丁寧にやるところでしょー。

 

〇あとキャラクターも使い捨ての当て馬みたいなのが多くて何か嫌だった。1番は涼次のイベントを進めるために出てきた小説の原作者。ただのワガママなオバサンでしかなかった(もしかして脚本家本人の投影)。あとコバやんもケントも津曲も鈴愛に深く関わっているようだけど彼らの内面がほぼ描かれていないのでただの通りすがりのストーリー進行要員になってしまった。3オバも3人いる必要あったのかな?

 

〇ストーリー進行上の捨てキャラというと1番雑で不快だったのはより子周辺。半分白目の民は鈴愛憎しでより子の擁護が随分多かったけど、ドラマを見るだけならより子も十分クレイジーではある。口を開けば翼の受験、婦人会の役職、夫の実家は気づまりだ……「そうさせたのが律だ」というのが大手を振っていたけど、あれはそんなより子に律が愛想を尽かしたように見えた。というか、わかりやすい悪役でキャラが非常に薄っぺらい。「世間と体裁のことしか考えてません」みたいないかにもな台詞が痛々しい。というか、思っても義実家で「ここは気づまりする」なんて言わない。「そんな風に律が追い込んだ」みたいな感じだったけど、個人的には律の見えない愛情表現をスルーしてお金と地位にしか興味のない人と見た。それは育ちの問題で、そうさせたのは律じゃない。

 

〇育ちといえばユーコの毒親設定も気がつけばなかったことにされているのは呆れた。出した設定を「ヤッパなし」と引っ込めるってすごいなぁと思う。「銃があったら撃たなければならない」をスルーしやがった。

 

〇設定といえばボクテのゲイ設定も特に生きてくるところがなかった。無駄なゲイ設定。あと「ボクテ」という存在もぶっちゃけ調整役でしかなかったなぁ。実家の手紙も出すだけ出して後はノータッチ。やるならちゃんとやればいいのに。

 

〇今回の朝ドラでババを引いたのはヒロインの永野芽郁じゃなくてお茶の間の前の方々を圧倒的に不快にさせてしまった間宮祥太朗だと思う。あの展開は本人が悪いわけじゃないのに間宮祥太朗そのものが嫌になった。せっかく兎丸映画から朝ドラに出てきたというのに……帝一の國永野芽郁は兎丸女子高生やっててかわいいのに。

 

〇余談だけど帝一の國のキャストがほぼ朝ドラ出演したみたいなので盛り上がってたの面白かった。そう言えば吉田鋼太郎も「こげなもん!」でお茶の間の伝説になってたなぁ。

 

〇とりとめなく書いてきたけどこの朝ドラで最高に不快だったのは「ふぎょぎょ」だね。「じぇじぇじぇ」の二匹目の何とかを狙いすぎだって。あまちゃん以降のヒロインのあざとい決まり文句みたいなのはあったけど、ふぎょぎょはないなー。花子とアンの「てっ!」とかべっぴんさんの「なんかな、なんかな」とか。ふぎょぎょはないわ。

 

〇あと脚本家が放映前に「神回です!」と言ってはいけないという教訓は大きい。脚本家は神であって、視聴者と一緒にはしゃいじゃダメなんだよ。せいぜい「お楽しみに」くらいにしておけばよかったのになぁ。「神回」って言葉使いたかったんだろうな。脚本家なのに言葉選びが何だかなぁと思った出来事でした。

 

〇敗因の30%が五里霧中なテーマだとすれば不快なキャラクター配置が30%、脚本家が20%、カーネーションと同時に放映されたが20%かな。せめて脚本家がもっと誠実になっていれば……。

 

〇ここまでこきおろしたけど、正直「半分白目」のタグで毎日ダメだししてるのもなんかなぁと思った。思うに、朝ドラの視聴者層はストーリーを楽しむというよりキャラクターに共感(共鳴?)するタイプの人が多いみたい。鈴愛に対して私怨をこじらせてるだけのツイートもそこそこ見られたので、朝ドラというコンテンツの特異性が見られたかなぁと思う。

 

〇長く書いたけど『まんぷく』はめちゃくちゃ楽しみにしてるので明日から楽しみだ。安藤サクラも楽しみだし安藤百福も好きだし、面白いといいんだけど。