さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

桃の気持ちなんてわかるわけないだろJK

 桃太郎が炎上していると聞いて心をときめかせながら早速CMを視聴しました。 

 

桃を拾ったおばあさんに「窃盗だろ」「桃の気持ちを考えたことがあるのか」 SNSの炎上を強烈に風刺したCMが秀逸 - ねとらぼ

「桃の気持ちを考えたことがあるのか」はなかなかクレイジーでいいと思う。全く意味がわからない。

2017/07/04 22:55

 

※動画は以下のページで見ることができます。

2017年度全国キャンペーン:苦情殺到!桃太郎|ACジャパン

 

 初発の感想としては「桃の気持ちを考えろ」とは一体どういうことなんだろうということでした。「桃農家の気持ちを考えろ」ならわかるのですが、冷静に考えなくても桃に感情があるわけないと思うのです。むしろ桃に感情があるなら拾って食べてもらえるなら感謝しなくてはいけないところではないでしょうか。

 

 大体言いたいことは以上です。それ以外にもいろいろ言いたいことはあるのですが「炎上について知ってても面白くとも何ともない」と思う人は読むのをやめたほうがいいです。以下の主旨は「炎上を表現したものがどれだけ実際の炎上に近いか」ということです。似たような記事は前書いたので、そちらも参考にしてもらえるとこの記事で言いたいことがよくわかると思います。

 

nogreenplace.hateblo.jp

 

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何故おばあさんは炎上したの?

 CMではおばあさんが桃を拾うと「窃盗w」という心ない言葉をかけられたことで批判が殺到するということがメインのようです。これについては上の記事でも言及したのですが、2017年の炎上の描かれ方としては大層時代遅れという印象を受けます。

 

 このCMに圧倒的に足りない要素は「おばあさんの擁護」です。2017年現在のネットで話題になる炎上は「批判される事象」と「批判する人たち」と「批判されるものを擁護する人たち」で構成されがちです。批判だけなら一瞬で終わるのですが、批判の批判をすることで論点がややこしいことになり、自称中立が林立して結局当の本人のおばあさんは蚊帳の外なんていうのはよくある話です。

 

 もし現実のネット世界でこのような炎上が起きていたなら、もっと早い段階でおばあさん擁護が現れ「窃盗というが桃の持ち主はいるのか」「おばあさんのしたことなんだからこのくらい許してやれ」「批判する方が心が狭い」など「批判する人たち」を牽制してtogetterあたりで「【賛否】おばあさんの行為は窃盗か?【両論】」などというまとめが作られ、コメント欄でおばあさん批判派とおばあさん擁護派が激しい空中戦を繰り広げ、Buzzfeedあたりがおばあさんかおじいさんに直撃取材したあとに専門家の意見を掲載して「これが読みたかった」「モヤモヤしていたけど言いたいことが全部書いてあった」というブコメがたくさんつくことでしょう。

 

乖離する「炎上」の実態

 CMとはいえフィクションなので「わかりやすさ」を優先していることはわかっています。しかし、わかりやすさを優先した結果実態から離れてしまうということもあります。今回のCMにも「実際はないだろう」という表現がいくつか見られます。4号警備の記事でも全く同じ指摘をしたのが興味深いので興味のある方はそちらも見てください。

 

 ひとつめは「古いネットスラング。「通報!通報!」「炎上案件キタ━━━(゚∀゚)━━━ !!」「謝罪会見マダー?」「不祥事キタ━━━(゚∀゚)━━━ !!」あたりは古の2ちゃんノリで、「通報」あたりギリギリ許容範囲かなぁと思うけれど、「マダー?」「 キタ━━━(゚∀゚)━━━!!」あたりはもう死語と言ってもいいだろう。2017年においてこういった表現は「マジMK5でチョベリバなんですけど」というくらい古臭い表現になる。「あなみぐるし。むげにすさまじきことかな」くらいに見てもいいと思う。それくらい古い言葉遣いだということをこういう表現をする人たちは心得てほしい。

 

 また、「謝罪会見」「不祥事」あたりのワードを使うのは企業の不祥事が相次いだころの名残ではないでしょうか。パッと思い浮かんだのが雪印の「寝てないんだよ!」の謝罪会見*1船場吉兆のささやき女将の謝罪会見*2、最近でも議員やタレントが行う謝罪会見で喧々諤々やるのは多いのですが、これらはあくまでも公的な立場にある人々や人気のある人だから起こることです。今回のおばあさんの事例には全く当てはまらないので違和感の強いワードになったと思います。

 

 ふたつめは「悪意ある言葉」というところ。たくさん出てくる批判の言葉を見たけれど、明らかにおばあさん個人に向けて悪意が込められているのは「この人SNSやってないかな」「背景から住所わかるかも」くらいであとは「俺はこの人のやったことは悪いことだと思っている」ということの表明がほとんどだ。彼らは「おばあさんを苦しめてやろう」とは思っていない。ただ「俺はお前の行動を見て不快に思った」ということしか言っていない。つまり「悪気」があっておばあさんを批判しているわけではない。

 

 2017年の炎上案件も「こいつを苦しめてやろう」という悪意から始まるものは少ない。ほとんどが「私は不快に思う」という表現で批判は構成されている。そういうわけで「悪意ある言葉」では届けたい人に届かない。「あなたの不快感が、人の心を傷つけている」くらいがいいんじゃないかと思う。ブコメでもたくさん見られたけど、「批判」をする人は「善意」や「正義」の立場に立っている。当たり前だけど、自分が悪いことをしていると思ったら大体の人は自重するものだ。

 

 こういうこと書くと大抵「お前もそうだろ」「ブーメランだ」という反応をもらうのですが、大体はその台詞は真っ直ぐ発言者にも返っていくわけです。一種の呪いみたいなものですが、それに気づかないと楽しく過ごせます。気付かないほうがいいことも世の中にはたくさんありますね。

 

 ところで「電話で抗議しよう」ということはおばあさんの自宅が既に特定されているということなんだろうか。さりげなく時間の流れが取り入れられていてちょっと面白い。

 

【「もうちょっと待っててね」とは?】

 おばあさんの最後の台詞「もうちょっと待っててね」は広い意味を含んだ言葉になっている。炎上下では「ちょっと待つ」ということは非常に大事なことである。

 

 まず炎上してしまった当人は、しばらくSNSから遠ざかって気持ちを落ち着かせるのが一番良い。「ちょっと待つ」ことをすれば大体のことは収まる。一番よくないのは「批判するほうが悪い」みたいな燃料を投下して更に燃え続けることだ。2017年において炎上と言うのは3日続けば長いほうだ。大型案件でも1週間喧々諤々していれば「今年のニュース」に残る大騒動だ。その意味では最近あったバニラエアの事件は2017年のネット史に残る騒動になったと思う。

 

 そして「批判をする人」も、ムカっとした気持ちをそのまま書き込むのではなく一度時間を置いてから批判をするのも大事である。時間を置いてもムカついているなら仕方ないだろうけど、大抵は時間が経つとどうでもよくなる。「そのニュースを見た瞬間の感情」で行動するのではなく、「ニュースの全体像と反応」を見てからでも書き込みをすることは遅くない。

 

 2017年になって、炎上の発生と廃れ具合はかなり加速している。例えば1か月前くらいにあった主な炎上騒ぎと言えば「宮崎駿のネタツイートをテレビ局が本人談として放送したこと」*3とか「フィルタリングの論文でpixivのR18小説を晒し上げたこと」*4などあったけど、覚えている人は少ないだろうなぁと思うわけで。あんなに加熱した「PR論争」*5だってここ1か月内の話だ。つまり話題になれば一瞬で話題になるけど、すぐに飽きられるからあんまり気にするなっていうことでもあると思う。それが2017年のインターネットのスピードなんだと思う。

 

【まとめ】

 このCMも啓発用として作られてはいるけれどわかりやすさを優先したために実態と乖離した表現にしなければならなかったのか、それとも制作側の情報更新が遅いのかなというところです。「男の子はみんなキャッチボールが好きだろう」「ネット民(この表現自体がひどいレッテルなんだけど)はみんな悪い奴なんだろう」みたいな感覚で炎上に触れるとこのCMそのものが発火性を持つことだってあるので、本当に物騒な世の中になったと思います。解脱するしかない。

 

【余談】

 CMの内容とは関係ないけれど「おじいさんとおばあさんが幸せに暮らしていました」というのは「幸せかどうかなんて客観的にわかることでもないのにナレーションで語るのは変だな」と思ったのはここだけの話です。「幸せに暮らしましたとさ」ならいいんだけど、冒頭にこの言葉が来るのはしっくりこないなあ、というクソな感想を持ったのですが個人的なものなので気にしないでください。

 

nogreenplace.hateblo.jp

 

 この記事2年前なんだ……。