あのにますトライバル

君の気持ちは君の中でだけ育てていけ。

おう、夏だぜ

 熱いですね。死んじゃいます。暑いですね。

 7月も真ん中でもう世間では夏休みの気配です。夏休みだ!夏休み!

 

nogreenplace.hateblo.jp

 

 さてこちらの企画ですが、いかがだったでしょうか。参加された作品はどれも「書きたいこと」がよく伝わってきて素敵でした。一番大事なことは「書きたいこと」があるかどうかだと個人的に思っています。

 

 で、夏休みなんですがこう暑いと人生において特別感?みたいなのが沸いてくると思うんです。そんで「俺も何かできないかな」って人は蕎麦をうち始めたりするわけです。この「何かできそう」って感覚は何かを書く時において結構大事で、いろんなところにアンテナを張って「あ、あれ表現できそう」みたいなストックをドカドカ放り込んでいくのがカギなんだよなーと思っております。何かを書くにおいてストックなんていくらあってもええもんですからね。過去にボツになった感情が生きてくるときがあればそれはそれでもうけもん。

 

 ああ、でもこんな文章に価値はなくなってきているのかなと思う。人は気持ちじゃなくて情勢を読むようになった。将来の展望がどれだけよくなるかなんてわからないけど、あいつが悪いとかこいつを懲らしめようとか、そんなんばっかりが幅を利かすようになった。自分は全然偉くないのでああなるとかこうなるとか展望は思い描けないけど、都合のいい展望を掲げる人たちは基本的に信用しない。

 

 すごく嫌な思想だけど、明日30万円くれる人と今すぐ千円くれる人なら今すぐ千円くれる人がいい。明日30万円くれる人は、その保証がないから。千円くれる人より、そこで壊れている橋を直そうとしてくれる人がいい。今壊れているものを何とかしてくれる人がいい。迷惑メールばっかり来ると、明日30万円くれる人なんて迷惑メールみたいなもんだなって思ってしまう。警察だって信用できない。嫌な世の中になった。

 

 でもそれが未来に進むってことなのかもしれない。展望を語るより、明日の生活を語ってほしい。生活を語る人は綺麗じゃないから人気は出ない。難しいところだよね。どう転んでも世界はあんまりよくなっていかないから、その中でしっかり足掻いていこうと思う。