みんなもっとダラっと何かを書けばいいのに、と思っていたけど案外こうやって文章を思ったままズダダって出力するのは難しいのかもしれないって思った。
そもそも、自分のこととしてダラっと書くことがない。自分のことを友人や知っている人に報告する分には書くけど、そうじゃない人に知らせたって面白くないので書かない。そうなると、自分じゃないことを書くことになるわけで、面白いネタを拾ってこないといけない。そして頑張って書いたとしても、案外誰も見てくれない。誰も見てくれないなら、じゃあその苦労に見合わないから書かないでもいいか、ってなる。
果たしてこの文章を読んで、何か得るものがあるのだろうか。全然中身がないことを「中身がありませんよ」と記述していくだけで、ただの字数稼ぎでしかない。なんか「書いてるぞお!」感を出してるけど、一切そんなことはない。本当に思いつくまま出力している。これで自分が何も考えていないことがよくわかるだろう。
最近思うのは、生成AIをいかに使いこなすかということ。生み出されてしまったものを憎悪してもその子が可哀想だから、一生懸命愛してあげる。どうやれば彼らを愛せるだろうか。愛で生成AIを包んであげたら、愛情を返してくれるだろうか。それとも、愛なんてものは存在しなくて電気の回路がなんかこううまくバチっとつなぐのを、我々は愛だと認識しているだけなのだろうか。それなら生成AIが学習する「愛」というのは、とても人間らしい「愛」にあふれるものなのだろう。
常に一瞬を生きる人間でありたい。過去なんていらない。未来も見ない。増田はなんか荒れているから嫌い。もっと下世話な人間の情を見たい。書こうよ、みんな。下へ下へ降りていこう。