『今日は楽しかったです、またお会いしましょう』
画面に浮かぶ文字を見つめる。何故こんなことになってしまったのかと記憶を手繰りながら、スマホを充電器に繋ぐ。
そうだ、あれはTwitterでゆるく繋がっていたソシャゲのオフ会の話が出たのだ。いつも何となくリプライを飛ばしている4~5人で集まろうということになり、飯を食ってきたのだ。ちょうどハロウィンだからと仮装をして来るように言われ、みんな簡単な浮かれた格好をしていた。俺も仮装して俺の無様な顔が晒されないならと了承したのだ。幸い街中も浮かれまくっていて、カボチャのオバケだらけだ。俺はアカウントに因んで量産されている囚人服を着ていった。それで済むならよかったのだが。
隣に座った女がなんか馴れ馴れしかった。違う、好意を持っているという奴なのだろう。俺みたいなのに声をかけるなんてメンヘラなんだろう。面倒くさいと思ったのだが、女から声をかけられるなんて久しぶりのイベントに対処法を見いだせずにいた。
ポカンとしていると、新着のDMが届く。開くと、差出人が自分自身だった。
『結局お前はどうしたいんだ』
差出人を何度も見る。囚人1046号、IDも間違いなく俺から来ている。
『お前こそ誰なんだ』
何らかのSNSのバグか誤送信、変な詐欺かもしれなかったが、無視できないものを感じた俺は反射的に返信してしまった。
『俺はお前だよ』
『いや、このアカウント自身か』
『アカウントが喋っちゃ悪いか』
随分と口の悪いアカウントだ。
『アカウントは普通意志を持って喋らない』
『誰のイタズラなんだよ』
『菓子ならやらねーぞ』
『イタズラじゃねーよ』
『お前はどうしたいんだよ』
『さっきのDM、返信してやろうか』
『随分悩んでたようだし』
『やめろよ』
『ていうか、何で知ってるんだよ』
『俺はお前のアカウントだから何でも知ってるんだよ』
『じゃあ秘密の質問知ってんのかよ』
『エクレア』
ズバリ言い当てられて、俺は何も言えなくなった。本当に俺に俺のアカウントからメッセージが来ているのかもしれない。
『てか何で俺に話しかけてこれるんだよ、どう言う原理だよ』
『ハロウィンの夜には奇跡が起こるんだよ』
『クリスマスじゃねーし』
『それより早くDM返して上げたらどうだ』
そうだった。彼女に早く何か返信しなければいけない。あたかも今スマホを開いて、自然に返信しましたよと言わんばかりに自然なメッセージを書かなければ。
『こちらこそありがとうございました。まさかお誘い頂けるとは思っていなかったので不慣れな点があったらすみません』
『ところで囚人さん、また一緒にご飯でもどうですか』
『気に障ったらすみません』
『モテるじゃねえか、飯くらい行ってやれよ』
同時にやってくるDM。俺のアカウントが俺を煽ってくる。俺もとうとう馬鹿になったらしい。
『ちげーよ、あんなの』
『あんなのって、何だよ』
『いい加減他人から必要以上に距離を取るのをやめろよ』
『俺が何したって言うんだよ』
『俺だって彼女欲しいしデートしてえしキスとかハグとかセックスとかしてえよ』
『でもてめえが全部フラグ潰してるから何も進まねえんだよ』
『黙れよブロックすんぞ』
『いいから聞けよ、いい機会だから言わせてもらうとてめえはいつもウジウジして積極的じゃねえんだよ』
『何が囚人だよ何の罪だよ』
『俺は何か悪い事をしたってのか』
『何もしてねえだろ、いい意味でも悪い意味でも』
『だからお前は』
『俺を悪人にするのをやめろ』
『幸せになろうぜ』
『頼むから』
『はやく彼女に返信しろ』
『決断しろ』
『聞いてんのか井原修治』
『誰だよお前』
『俺はお前だ』
『お前なんて知らない』
俺はスマホの電源を切ると布団に潜り込んだ。ムカついて眠れないので部屋に転がってたワンピースを1巻から読み始めた。アラバスタ編の途中まで読んで俺は寝落ちした。
目が覚めてからスマホの電源を入れた。俺からやってきたDMは全部消えていた。彼女からのDMには返信がされていなかった。俺は彼女をすぐにブロックしてアカウントに鍵をかけた。
彼女も俺もきっと正しいのだと思う。だけど、俺は俺を許せないし罪を重ねている存在だと思っている。罪人が真っ当な人間と一緒になってはいけない。
鏡を覗き込むとたまに俺が睨みつけてくる。青白い、痩せた面構え。男らしいとは程遠い見た目。自分磨きなんてやってられない。努力なんかクソ喰らえ。
「お前は誰だ」
鏡の中の俺がそんなことを言う気がする。気のせいに違いない。鏡の中の分際で生意気なことを言うな。俺の主導権は俺にあるんだから。俺の好きに生きて何が悪い。鏡の中の俺は泣いているようにも見える。当たり前だ、お前はずっと鏡の中にいればいい。それがお前の罪なんだから。
ー終ー