あのにますトライバル

旧さよならドルバッキー。

自分のことを自分事として書ける人はすごい

このブログは何となく書いてるけど、ほとんど自分の話がない。前の記事で辛うじて実家の話を少ししたくらいで、多分このブログを書いてる人の詳細な背景がわかる人はそんなにいないのではないかと思う。

 

もちろんわざとそう書いているからそうなっているのであって、意識しないで書いているわけではない。理由は主にふたつあって、ひとつは「読んだ人が自分事として読めるような文章にしたい」と目指した結果私事を極力配慮した文章になったということ。もうひとつは、単純に筆者の属性を晒すことでその属性に縛られた読み方をして欲しくないということ。やれケーケーオーだボンボンだ婚活こじらせ女子だ同人お気持ち腐女子だリベラルだ保守だオタクだフェミだのなんだの、まぁブログ読む時なんてそういう属性がめちゃくちゃ大事なんだけど、逆にそういうのが足枷になることもある。

 

なんて言うか、完全に「内容」だけでいろいろ勝負したいというところはある。それでも属性に勝つのはやはり難しい。「早めの避難を」と言うだけなら誰でも出来る。しかしこれを家を流された人が言うと途端に説得力が増す。「家を流された人のブログ」なんか展開されたらそれだけで説得力がヤバい。

 

とはいえ、自分の話を自分のこととして日記風に綴るブログもいいなぁとは思う。そこにあるのは虚構でも何でもなくて、紛れもなく純度の高い「自分」なんだもんなぁと思うと、そんなものをネットに上げられる精神力がすごいなぁと思う。

 

ひっくり返せば、自分のことを書かないのは自分のことを公表する度胸がないからとも言える。どんだけ叩かれても「これが俺だ!」と胸を張れる要素がないと自分のことを書き続けるのは難しいと思う。だからそれができている時点で精神力のレベルが高いと思う。毎日とはいかないけどコツコツ日記を書いている人は尊敬に値する。すごい。ぼくにはまねできない。

 

なんでこんなことを急に書き始めたかと言うと、増田がコロナとマスクだらけで何ともなんない感じになっているからだ。コロナ騒ぎでいろいろ退屈というのもある。あー水族館にでも行きたいけど、無理だなぁ。おしまい。