それはとても寒く、雪のちらつく大晦日のことでした。ひとりの少女がとぼとぼと道を歩いていました。
「マッチを買いませんか? マッチはいりませんか?」
少女はマッチを売って歩いているようでした。ところが道を急ぐ人々は少女のことなど気にも留めないですし、わざわざマッチを買うような物好きもいませんでした。そしてかわいそうに、少女は防寒着を身に着けておらず、靴も履いていませんでした。
「マッチを買いませんか? マッチはいりませんか?」
それでも少女はけなげに笑顔でマッチを売り続けました。昨日から何も食べていない少女は空腹でふらふらで、足の感覚もなくなってきていました。それでも、マッチを売らずに家に帰ると乱暴な父親にぶたれるため、仕方なく路上に立っていました。
その頃、Twitterでは少女を撮影した画像つきで「街中で女の子が裸足でマッチ売ってるんだけど、買うべき?」というツイートが出回っていました。RT数はかなりありましたが、ほとんどが「ネタ乙wwww」「気合の入ったコスプレwww」などマッチ売りの少女が本当に困っていることを知らないものばかりでした。また、「そこを通りかかったけど、30代無職の俺が声をかけたら事案になるから何もしなかった」というツイートに対して「無責任」という声が多数寄せられ炎上しましたが、肝心の少女について誰も心配をしていませんでした。
やがて夜も更け、ケンタッキーのファミリーバレルを下げて帰る家族はいなくなり、年越しそばの匂いや紅白歌合戦や笑ってはいけない24時を見て笑う声などが通りにあふれていました。人通りがなくなり、やがて少女の方に警察がやってきました。警察は市民からの通報を受けて少女を探しに来たのですが、警察に捕まると余計に父親に怒られると思った少女は逃げ出しました。誰もいない路地までくると、少女はそこに座り込みました。寒さと空腹でもう一歩も動けない少女は、少しでも体を暖めようと小さく丸まりましたが、どんどん寒さは増すばかりでした。
「そうだわ、マッチを使ってみましょう」
寒さに耐えかねて、少女は売り物の「マッチ」を使用しました。そのマッチの暖かさはまるで随分と前に製造された石油暖房機のようでした。すると不思議なことが起こりました。何の因果か奇跡なのか、少女の感覚はネット空間の少女の欲しいと思っているものとリンクしました。
恐怖CM ナショナル FF式石油暖房機 回収のお願い - YouTube
「いやだわ、こんな怖い石油暖房機……」
すぐに「マッチ」は燃え尽きました。少女はもう一本「マッチ」を使用しました。すると、今度はおいしそうな食べ物がたくさん見えました。牛丼やカップ焼きそば、お正月に食べるお節まで見えました。
「スカスカをギュウギュウに」グルーポンおせち販売(14/11/13) - YouTube
「本当にスカスカは解消されたのかしら……」
またすぐに「マッチ」は燃え尽きてしまいました。少女は更に「マッチ」を使用しました。いつの頃だったか、母親がまだいた頃の楽しかったクリスマスの思い出がよみがえってきましたが、それと同じくらいのクリスマスが憎いという声が聞こえてきました。
クリスマス?なにそれ?美味しいの?2011Ver. 【ヒャダイン】 - YouTube
「どうして憎しみは消えないのかしら……」
ふと少女は空を見上げました。人々が憎しみ合って罵る怨念の塊の炎が、まさに地上に落ちてくるところでした。それが少女には流れ星に見えました。「マッチ」は燃え尽きていました。
「今夜、誰かが亡くなるのね……」
人は死んだら流れ星になるのよ、と言ったのは少女の祖母でした。少女は祖母が大好きでした。祖母が生きている頃は、お父さんもお酒ばかり飲まずに、お母さんも家に男の人を連れ込んだりしないで少女も楽しく毎日を過ごしていたことを思い出しました。少女が「マッチ」をもう一本使用すると、目の前に大好きだった祖母が現れました。
「おばあちゃん!」
優しかった祖母に抱かれて、はたと少女は「マッチ」のことを思い出しました。この「マッチ」が燃え尽きると、ストーブやごちそうやクリスマスの思い出のように、おばあちゃんも消えてしまうのではないかと。少女は大慌てでありったけの「マッチ」を使用しました。
「さあもう大丈夫、疲れただろう。ゆっくりおやすみ」
少女はおばあさんの腕に抱かれて、天へ昇っていきました。「マッチ」のおかげで、寒さも空腹もない、神様の御許へ少女は向かったのです。
年の明けた翌朝、ひっそりとしたニュースが流れました。
「今朝早く、都内の路上で中学生の遺体が発見されました。遺体の身元は吉田空亜莉須(えありす)さん(12)。警察では死因は急性薬物中毒による凍死とみています。空亜莉須さんの身体から危険薬物が検出されたということで、警察では空亜莉須さんの保護者から詳しい事情を聴いています」
このニュースは「DQNネームの子供がラリって死んだwww」と受け止められ、誰も彼女が「Twitterで噂になっていたマッチ売りの少女」と一緒だとは思いませんでした。やがて彼女の噂話もネット上では絶え、また彼女のような行き場のない子供たちに気まぐれで情けをかける人たちでネットはあふれかえりました。おしまい。

- 作者: ハンス・クリスチャンアンデルセン,スベンオットー,Svend Otto S,乾侑美子
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