あのにますトライバル

君の気持ちは君の中でだけ育てていけ。

マスダンド・アローン・コンプレックス

 男の名は増田一人(ますだかずんど)。かつてはてなブログ創世期にあふれるサードブロガーとその地位を競って身内ブクマ問題を「はてな匿名ダイアリー」の中から盛り上げていた男であるが、匿名のため表舞台に姿を現すことはない。彼の活動場所は「はてな匿名ダイアリー」に限られていた。

 

 ある日増田は、自身の書きこんだ覚えのない「はてな匿名ダイアリー」を発見した。増田が書いたような文章ではあるが、書いたのは増田ではない。それから頻繁に増田は「はてな匿名ダイアリー」で自身の生き写しではないかと言う記事を発見した。まるでそれは増田がネットの中に存在して、増田の意志が「はてな匿名ダイアリー」として生きているかのように記事は増殖していた。

 

「消えろゴミ野郎www」

「本日の埼玉のおっさん」

「またニーターパンおじさんか」

 

 低俗なトラバまで増田が全て書いているかのように、それは増田の意図していることを自動的に浮き上がらせていた。増田は戦慄した。いくら科学が進んだ時代とはいえ、ネットのごみ溜め掲示板まで人工知能が書き込んでいるとは考えにくい。増田と同じ思考の人間が「はてな匿名ダイアリー」という場所で書きこんでいることはほぼ間違いない。しかしここまで増田の考えと同じような考えの人間が存在するのだろうか。

 

 そこで増田はある一つの仮説を立てた。増田の意志によって「はてな匿名ダイアリー」に書き込んでいるのではなく、「はてな匿名ダイアリー」が増田たちユーザーの思考を均一なものにしているのではないかと。増田は戦慄して漏らした。ネット上のコミュニケーションの場所が、個である人間の思考に影響を及ぼすなんてことがあるのだろうか? 増田はこれを確かめるために、ネット上ではなく実際に「はてな匿名ダイアリー」のユーザーに会う企画を考えた。

 

「増田オフ会やろうぜ!」

はてなでオフ会なんてとんでもない!」

 

 オフ会の実現は困難であった。企画段階でオフパコが発覚して彼女を寝取られたアカウントや裁判沙汰になって裁かれるアカウントがいくつか発生したが、個にして全、全にして個の増田の意志を何としても確認し、同志の顔を増田は見たかった。増田による増田のための増田の理想郷。それが「はてな匿名ダイアリー」の中にあった。

 

 ようやくオフ会が実現し、集まった仲間はみんなただのオッサンだった。増田の想像していた秘密めいた会合ではなく、ただ集まって居酒屋の禁煙席でウーロン茶を飲んで有名idネタで盛り上がっただけだった。誰一人「はてな匿名ダイアリー」の書き込みのような話で盛り上がらなかった。ひとり喫煙者がいたがどこに嫌煙厨がいるからわからないからなるべく人前で吸わないようにしている、という話だけが普段の「はてな匿名ダイアリー」のやりとりのようだった。同様の理由で誰も酒を飲まなかった。

 

 解散間際に、増田は「はてな匿名ダイアリー」の意志を確認したいと思った。今回顔を合わせただけで、互いに名乗りもしなかった連中。増田も入れて全部で11人だった。おそらく彼らとはこれからも「はてな匿名ダイアリー」の中で意志を共有し続ける。しかし、増田と彼らをつなげた因子は何だったのだろうと考える。

 

「ところでみなさん、実際は家族とかいるんですか」

 

 増田は質問をぶっこんだ。11人の増田たちは一斉に顔を下に向け、気まずそうな表情をした。それはまさに「はてな匿名ダイアリー」の中に存在した、卑屈な増田の意志だった。

 

「まさか、みなさん」

 

 互いが互いを見ながら、個にして全、全にして個の増田たちは察していた。ここは増田だ。増田の意志は、全て増田のモノだ。彼らは次に紡ぐべき言葉を既に知っていた。

 

「かく言う私も、童貞でね」

 

 

<了>

 

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※あとがき

 「童貞を殺す服」という文字列を見続けていたら出たネタです。何故増田に投稿しなかったのかというとここまで書いたらどうせ特定されるだろうと思ったからです。ただ最後がやりたかっただけなので広がりがないですが、もしできるなら難民問題のところに互助会案件とかぶっこんだら面白いかなと思いました。おわり。