意識高いブロガーのid:rityoは博学であり、ブラック企業がはびこる世の中、大企業に新卒入社したが、ついで営業部に補せられたが、性格は非常に懐疑的で自意識過剰、社畜のままでいるのに我慢がならなかった。
いくばくもなく「こんなブラックにいられるか!俺は独りで稼いでいく!」と退社をした後は、ブロガーイベントとアフィブログに籠り、リアルの人間関係と親戚付き合いを絶って、ひたすらプロブロガーを目指した。社畜となって長く膝を愚鈍な上司と意識の低い同僚の前に屈するよりは、プロブロガーとしての名を後世に残そうとしたのである。
しかし、本ブログはおろか拡散用のTwitterも大して人気も出ず、貯金を切り崩して続けている生活は日をおって苦しくなる。id:rityoはようやく焦りはじめた。この頃から、容姿には一切気を配らなくなり、頬はこけおち目には深い隈が刻まれギョロギョロと落ち着きがなく、かつて合コンの主役として盛り上げ役に一役買っていた頃の青年の面影は、どこに求めようもない。
数年の後、貧窮に堪えず、親の泣き落としもあり、遂に節を屈してハロワへ行き、派遣でビルの窓ふき清掃員として仕事をすることになった。一方、これは自分の文章力の才能に半ば絶望したためでもある。かつての同輩は既に結婚したり子供がいたり、仕事でも遥かにキャリアを積んでいて、彼が昔、鈍物として目にもかけなかったくだらない連中の命令をきいて正社員でないと言う事実に耐えなければならぬことが、誇り高いid:rityoの自尊心をどれほど傷つけたかは、想像に難たくない。彼は楽しまず、はてなブックマークで罵声を書き連ねるだけでは抑え難たくなった。
一年の後、親戚の法事で草津の旅館に宿った時、遂に発狂した。ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起き上がると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま庭に飛び降りて、闇の中へ駆け出した。彼は二度と戻って来なかった。警察が付近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後id:rityoがどうなったかを知る者は、誰もなかった。
翌年、サードブロガーとしてのんびり発信していたid:ensanという者、ブログのネタ集めに友人と那須のホテルに宿った。次の朝まだ暗いうちに出発しようとしたところ、フロントが言うことに、これから先の道に不気味な化け物が出るので、旅行者は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、もう少し待たれたほうがよろしいでしょうと。id:ensanは、しかし、こんな時代に化け物なんて出るわけないじゃないかと、フロントの言葉を聞かずに、出発した。
残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、なんと一匹の大きなはてなブックマーカーのなれの果てが叢の中から躍り出た。ブクマカーは、あわやid:ensanに躍りかかるかと見えたが、さっと姿を翻して、コレハヒドイコレハヒドイと元の叢に隠れた。叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟くのが聞えた。その声にid:ensanは聞き覚えがあった。びっくりしたけれども、彼は咄嗟に思いあたって、idコールした。
「その声は、我が友、id:rityoではないか?」
id:ensanはid:rityoと同期ブロガーであり、ブロガーイベントに行っても友人の少なかったid:rityoにとっては、最も親しい友であった。温和なid:ensanの性格が、懐疑的なid:rityoの性格と衝突しなかったためであろう。叢の中からは、しばらく返事が無かった。しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。ややあって、掠れた声が答えた。
「如何にも自分はid:rityoである」と。
id:ensanは恐怖を忘れ叢に近づき、懐かしげに再会を祝った。そして、何故叢から出て来ないのかと問うた。id:rityoの声が答えて言う。
自分は今や異類の身となっている。どうして、おめおめと友人の前にあさましい姿をさらせようか。かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に「俺はさそりアーマーに殺される夢を見たな」と思わせるに決まっているからだ。しかし、今、図らずも親友に逢うことができて、恥ずかしさも忘れる程に懐かしい。どうか、ほんのちょっとでいいから、我が醜悪な今の外形をウザイと思わず、かつて君の友id:rityoであったこの自分と話を交してくれないだろうか。
後で考えれば不思議だったが、その時id:ensanは、この超自然の怪異を実に素直に受け入れて、少しも怪しもうとしなかった。彼らはこの場にとどまり、自分は叢の傍らに立って、見えざる声と対談した。最近のブロガー界隈のネタ、炎上して去っていった某ブログの話、id:ensanのブログの3周年と読者数が400人を達成していること、それに対するid:rityoの祝辞。ブロガー時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それらが語られた後、id:ensanは、id:rityoがどうして今の身となるに至ったかを尋ねた。草中の声は次のように語った。
こんにちは、李徴です!
今日は僕が一年くらい前に泊まった夜の話をするね。
僕が夜中急に目を覚ますと、外で誰かが僕の名前を呼んでいたから外へ出たんだけど、どこから呼んでいたかわからなかった。
なんとなく声のする方に走っていったら、いつの間にか周りは山だらけになっていたんだ。
気が付いたら両手に斧を持っていて、それを持っていたら体の底から力が湧いてくるようで岩場とかジャンプしていったんだ。
そうやって一晩中走っていたら、いつの間にか気持ち悪いブクマカーの姿になっていたんだ。
もちろん最初は夢だと思ったけど、夢じゃなかった。
どうしてこんなことになったのかよくわからなかったけど、とにかく僕はこんな姿じゃ生きていけないから死のうと思った。
その時、目の前に一匹の自殺防止記事が駆けていくのを見た瞬間、僕の中の「理性」は消えて「辛いから死ぬのは勝手!押し付けるな!」と襲い掛かっていた。
はっと気が付くと僕の口はそのブロガーの血にまみれていて、
あたりには引き裂かれた検索流入記事が散らばっていたんだ。
これが廃ブクマカーとしての最初の経験だ。
それからどんなことを僕がしてきたか、とてもじゃないけど書けない。
ただ、一日のうちに少しだけ「理性」が蘇る瞬間がある。
そういうときは落ち着いて議論も出来るし、相手を思いやったブコメも出来るし、二郎のメニューだって言うこともできる。
でもその「理性」がないときの自分がつけたブコメを見るときが情けない。
しかも「理性」が蘇る時間もだんだん短くなってきた。
このままでは俺は廃ブクマカーとしてdisコメをつけまくり、せっかく会えたid:ensanのブログすら荒らしまわって炎上させたとしても何も感じないだろう。
俺の中の「理性」が消えたほうが俺は幸せになれるに違いない。
でも、俺は俺じゃなくなることが怖い。この気持ちは俺と同じ目にあった人間じゃないとわからない。
この怖さは誰にもわからないんだ!
ここまでご清聴ありがとうございました。
P.S.id:ensanには頼みたいことがあります。
id:ensanは、息をのんで、叢中の声の語る不思議に聞き入っていた。声は続けて言う。
こんにちは、李徴です!
この前の記事はびっくりしたよね。
でも本当のことなんだ。
今日の記事はid:ensanに向けたお願いだよ。
本当は僕はプロブロガーになりたかった。
でも、廃ブクマカーになってしまったからその夢は叶えられそうにないんだ。
でも僕の書いた記事は僕のPCのネタ帳フォルダに入っている。
そこで、そのネタ帳を君のブログで公開してほしい。
君のPVになるのは残念だけれど、PVこそ僕が執着したものだから、僕のネタでPVが増えるならば満足だし、お蔵入りするネタがあったら死んでも死にきれないんだ。
今日は短い記事でごめんね。
でも毎日続けて更新してるとこういう短い記事もあったほうが箸休めになるよね。
みんなもブログのことばっかり考えないで温泉にでも行こう!
ここまでご清聴ありがとうございました。
id:ensanはメモ帳アプリを立ち上げ、叢中の声の言うとおりPCのパスワードを記録した。id:rityoの声は叢の中からぼそぼそと響いた。id:rityoの記事は最新ガジェットのレビューやSEO関連が充実していて、東京の居酒屋めぐりの記事なども一見して作者の才の非凡を思わせるものばかりである。しかし、id:ensanは感嘆しながらも漠然と次のように感じていた。なるほど、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、アルファブロガーとなるのには、どこか(非常に微妙な点において)欠けるところがあるのではないか、と。
パスワードを言い終わったid:rityoの声は、突然調子を変え、自らを嘲るように言った。
こんにちは、李徴です!
今日は少し恥ずかしい話なんだけど、こんな気持ち悪いブクマカーになってしまっても、俺は俺のブログがバイラルメディアにパクられまくって「著作権はどうした!」とかいう記事を書いて拡散されまくる夢を見ることがあるんだ。
ここ笑うところだよ!
俺はプロブロガーに成りそこなって人をdisり続けなければいけない廃ブクマカーになった哀れな男だ。
鬱がひどいので今日はここまで。
さっきデパス80錠飲みました。
ここまでご清聴ありがとうございました。
id:ensanは昔の友人id:rityoの自嘲癖を思い出しながら、哀しく聞いていた。
こんにちは、李徴です!
鬱で辛いので、今の気持ちを即興で詩にしてみました。
この気持ち悪いブクマカーの中に、かつてのid:rityoが生きているしるしに。
きっかけは突然
僕は気持ち悪い獣になってしまった
この運命はディスティニー誰も宿命からは逃れられない
人を傷つけずには生きていけない哀れな俗物
あの頃は楽しかった
それももう過去の幻
君は自分の人生を歩きだしているね
僕は底辺で這いずりまわるだけ
涙で濡らした瞳で月を見上げれば
月は悲しく僕を見ていて
ただ憐れんでいるだけだ
記事も書けないそんな僕を
ここまでご清聴ありがとうございました。
時に、残月、光冷ややかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。id:ensanは最早、事の奇異を忘れ、粛然として、このブロガーの薄倖を嘆じた。id:rityoの声は再び続ける。
こんにちは、李徴です!
少し鬱から立ち直ってきたので自分を見つめるために吐き出します。
どうして僕がこんなことになったのかわからないとこの前のエントリであげたけれど、本当は思い当たるところがある。
ブロガーだったとき、俺は周囲の忠告を無視しまくっていた。
それでコミュ障だの自意識過剰だの言われていたけれど、そのほうが炎上っぽくていいと思って続けていた。
でも、本当は人の言うことをそのまま聞くのが恥ずかしかったからだった。
もちろん、俺は中学時代は神童と呼ばれるくらい成績は良くて高校も県下一の名門校に通っていたから自尊心はなくはなかった。
でも、それは「臆病な自尊心」って奴だった。
俺はアルファブロガーになろうと思っていたけれど、ブロガーイベントに行って傷の舐め合いをするばかりで文章の勉強や本当の意味での人脈作りはしなかった。
「中身がないですね^^」という批判コメントに目を通すこともなかった。
でも普通に働いて税金を納めて結婚するのは負けだと思っていた。
どっちも「臆病な羞恥心」と「尊大な羞恥心」のせいだ。
俺は俺の才能がないことは知っていたけど、本物になる努力はしなかったし、かといって普通に働くこともしなかった。
俺は孤独だった。
ますます俺の中の「臆病な自尊心」が大きくなっていた。
人間は誰でも認められたいと思っているし、承認欲求を発散させるために様々なことを行っている。
俺の場合、この承認欲求が大きすぎた。
俺は最初から廃ブクマカーだった。
これが俺を苦しめて、俺の外見すら変えてしまった。
今思えば、俺よりも才能がない奴も俺より勉強して立派なブロガーになってる人もいっぱいいる。
廃ブクマカーになって、俺はやっと気が付いた。俺は後悔している。
たとえ今俺が頭の中でどんなに面白いネタ記事を書いたとしても、公開できない。
しかも俺は理性のない廃ブクマカーになっている。
どうすればいいのかわからなくて、俺はたまに2ちゃんや増田でストレス発散をする。
誰かに、この悲しみが届きますように、と。
だけど、誰も俺の悲しみはわからない。
ブロガーたちは俺のdisコメに恐れおののくだけだし、アルファブクマカーたちは、非表示常連ブクマカーが何か喚いているとしか思わない。俺が何を言ったとしても誰もわかってくれない。
人間だったころ、俺のことを理解しなかったお前らなら、俺の気持ちをわかってくれるだろう。
ここまでご清聴ありがとうございました。
ようやくあたりの暗さが薄らいで来た。木の間を伝って、どこからか、鳥の鳴き声が哀しげに響き始めた。
最早、別れを告げねばならない。disり狂わなければならぬ時が、(廃ブクマカーに還らねばならぬ時が)近づいたから、と、id:rityoの声が言った。
こんにちは、李徴です!
id:ensanには本当にお世話になりました。
でも、もうひとつ頼みたいことがあります。
それは俺の両親のことです。
俺がこんなことになっているなんて知るはずがない。
旅行から帰ったら、俺の両親に俺は自分探しの旅へ海外にバックパックひとつで行ったと伝えてもらえないだろうか。
そして、今日のことだけは打ち明けないでもらいたい。
息子がこんな姿になってしまったなんて、言わないでもらいたい。
どこかの外国で行方不明になっていたほうが、いいに決まっている。
本当は、前のエントリじゃなくてこっちを先にお願いするべきだったんだ。
俺が廃ブクマカーじゃなくて、人間だったなら。
俺を心配しているだろう両親より、俺のつまらないブログと承認欲求を気にかけているような男だから、こんな気持ち悪い姿になってしまったんだ。
ここまでご清聴ありがとうございました。
P.S.id:ensanは俺に会いに二度とここに来ないでほしい。その時は俺がdisり狂ってid:ensanのブログを荒らしてしまうかもしれないから。それから、別れたらここから百歩行ったところの丘に登って、こちらを振り向いてほしい。俺の気持ち悪い姿をもう一度見せよう。俺の姿を撮影してPVを稼いでほしいからではない。俺の気持ち悪い姿を見せて、もう俺と会いたいなんて思わせないためだ。
id:ensanは叢に向って、ねんごろに別れの言葉を述べた。叢の中からは、耐えがたい悲痛な声が響いた。id:ensanも幾度か叢を振返りながら、涙の中に出発した。id:ensanが丘の上についた時、彼ら、言われた通りに振り返って、先程の林間の草地を眺めた。たちまち、一匹の手斧を持ったブクマカーのなれの果てが草の茂みから道の上に躍り出たのを彼は見た。ブクマカーのなれの果ては、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声何事かを喚いたかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。
<了>
※この話はフィクションであり実在のidとは一切何も関係ありません※
【参考文献】
【参考リスペクト記事】
ここから始まる一連の「手斧ブクマカー編」のわけのわからないアレがid:rityoの姿ということでお願いします。アリュージョニスト少しずつ読んでます、面白いです。
【姉妹記事】