さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

物事は多角的に見たいけど見るの難しいし多角的に見ること自体いけない場合もあるかもしれない。

 なんかヒットしてた増田について少し。釣り判定とかすると面倒なんでここでは創作でないことを前提に話していきます。

 

anond.hatelabo.jp

 

 とにかく物事とは一面から見ることが難しい。一方の言い分だけだと真実というか客観的な出来事は見えてこない。関係者の話を聞いていく中で主観的なものを取り除いて解決策を導いていくことが必須になっていくと思う。以下は増田の投稿からかなり邪推して幅を広げた想定です。そんなことがあるわけないだろうと思うのですが、それと同じくらいこの出来事も起こりうると思うのです。

 

パターンA

 増田の職業は実は被災地のインフラ屋さん。豪雨で壊れたインフラや被災者支援のために、そして被災を免れた増田が被災した職員の倍対応に追われていた。しかし増田嫁は増田の仕事を理解せずに「こんな危ないところに住むのはやめて引越ししよう」と増田を責める。そもそも311のときに「東日本は危ないから」とわざわざ西日本に引越ししたのにまた引越しするのはウンザリな増田。転職をして苦労するのも増田。日々「子供のために引っ越そう」「あれは体に悪いのに幼稚園で摂取させようとする」などという愚痴に付き合うのが怖かった。そんな母親にいろいろ吹き込まれた子供も増田を避けるようになる。そして増田自身も疲弊してしまった。


パターンB 

 増田の子供は実は「育てにくい子」だった。言葉も遅く、癇癪を起こしてすぐ大きな声を出した。そして人とコミュニケーションをとるのが苦手で普段家にいない増田とどう接していいのかわからなかった(怖い目の正体)。増田の転勤(栄転)に仕事を辞めて着いてきた増田嫁は近所に相談できる人もなく、地域で孤立した。幼稚園、小学校と年齢があがるにつれて対人トラブルも増えた。増田に相談したくてもろくに聞いてくれないし、「躾の問題」と取り合ってもくれない。それに子供のいる家は休まらないので増田はますます仕事に逃げ、増田嫁は疲弊してしまった。

 

 こんな感じで、出来事というのはどんな風にでも印象を変えることができると思うのです。パターンAを見ると増田嫁が悪いように見えるし、パターンBを見ると増田が悪いように見える。でも実際はどちらかに非があることもあれば、是である部分もある。難しい。人間関係、特に家庭に関することは難しい。ヒトに関わるというのはかくも消耗するものなのか。


余談

 「児相に金と人を」とブコメでよく見るけど、児相の仕事は上記のように拗れた家庭の問題点を見つけて解決に導くということもある。そのとき、「親の言い分」と「子供の言い分」に食い違いがあることがある。親あるいは子供が嘘をついている、もしくは認知の歪みがあると客観的な事実に到達するまで時間がかかる。この辺は簡単に「カネとヒト」で片付くものじゃないと思う。弁護士くらいの給料があれば、あるいは……無理か。

 

 あと、増田などに人生相談を書く時に露悪的な表現は避けるべきだと思った。「どうせ俺が悪いんだろ」というと、本当に増田が悪いことになってしまう。そもそもこういうところで人生相談って向いてないよなぁ。おしまい。