さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

子育てって幸せばかりじゃない

 追記でなんか違うなと思ったので違和感を表明。

 

anond.hatelabo.jp

 

 この問題、たまたま朝テレビをつけたらやってて「うわー久しぶりに醜いものを見たわ」という気分だったので「この増田の言うとおりあの発言は偏見の塊だよなぁ」という気分でブコメしました。元ブコメは確かこんな感じ。

 

テレビでやっていたけど、例えDV親がたむろする結果になったとしても「貧乏人の子供はかわいそう」と発言しちゃってそれを拍手喝采しちゃう人がたくさん住んでる土地のブランドなんて逆に落ちていくよなぁと。

 

 で、増田に追記がありまして「ちょっと説明不足だったかな」と思いましてブコメに追記を載せたけれども増田の追記を見ていて「うーん、何かが違うぞ」と思った次第です。追記後のブコメはこちらです。

 

例え(追記:本人達の偏見通り)DV親がたむろする結果になったとしても「貧乏人の子供はかわいそう」と発言しちゃってそれを拍手喝采しちゃう人がたくさん住んでる土地のブランドなんて逆に落ちていくよなぁと。

 

 気になったのは追記のこちらの文言です。

 

DV親がたむろしません。妊娠した幸せカップルとか、ベビーカー押したパパママがやってきます。

 

 増田の背景を案じても仕方ないけど、もし増田が子育て支援に関した職業についているかもしくはつこうとしているならこういう表現はしないんじゃないかと思いました。DV親という負の表現を打ち消すためにわざとポジティブな表記をしたとも考えられるのですが、それも一所でいう「呪い」のような気がするのです。

 

 そういうわけで元増田の追記に気になるところがいくつかあるのですが、ちょっと先に自分が実際に子育てしていて感じたことなどの話をします。妊娠がわかると母子手帳(親子手帳)をもらいに行くわけです。産婦人科の診断書を該当の窓口に持って行けばすぐにもらえるのですが、発行してもらっている間にアンケートがありましてそこには「妊娠してどう思っていますか」と答える欄があります。最初の項目は「よかった、嬉しい」というもの。その次は「予定外で驚いている」「焦りを感じる」「正直辛い」というもの。一応一番最初に丸をつけて提出したら窓口での面談で「本当?大丈夫ね!!」と念押しをされました。それ自体は別に良かったのですが、この窓口の人は後ろの選択肢に丸をつけた人とも面談をするので大変だなぁと思ったものです。

 

 それ以外にも事あるごとに「一人で抱え込まないで」「辛くなったら気軽に相談」と最寄りの児童相談所の連絡先の入ったチラシをもらいます。なんだか虐待を疑われているようでイヤな気もしなくはないですが、このチラシに救われる人もいるんだろうとは感じています。

 

 何が言いたいかというと妊娠出産とはおめでたいことだけれど、単純に喜べない人もたくさんいるんだなぁと言うことです。なかなか授からなくて待望の子供が生まれて両家じじばば揃っておめでとういやいや嬉しいね祭りをする人がいる一方、堕ろすに堕ろせずに生んでしまって経済的にも心的にも途方に暮れる人もいるわけです。

 

 ここで増田の追記に戻るのですが、子育て支援センタ-に来る人たちを「幸せ」と簡単にくくるのは非常に失礼なんじゃないかなと思うのです。そりゃ妊娠して子供が生まれますってなれば幸せな人は多いだろうけど、そうじゃない人もたくさんいる。妊娠中から母子共に危険な状態の人だっているし、例え子供が生まれてきても重い障害を持っていたり大変な病気をしていて看病が大変だったりするし、子供が健康でも家族が病気していたり家庭がギクシャクしていたりで子供に余計なストレスがかかっていたりするかもしれない。

 

 で、そういう人たちのためにサポートしますよっていうのが児童相談所なわけで。増田の言う検診や講習会だけが子育て支援ではない。そういった幅広いサポートをする施設だから、いろんな人がやってくる。幸せな人もいるし、そうじゃない人もいる。それでもみんながなるべく幸せに近づけるようにって働いているのが支援をしている人の願いなんじゃないだろうか。最初から幸せな人はあまりお世話にならないよ。

 

 ちなみに「DV親がたむろする」って表記したのも考えられる最悪のケースなだけで、そんなことが頻繁に起こっていたらたまったものじゃない。滅多にあることではないけれど、全くないとも言い切れない。明らかに暴力を振るっているのに親が暴力を振るっている自覚がなく、一時保護で連れて行かれたのを「行政に誘拐された!!」と施設の前でチラシを配っていたりとかそういうこともあるかもしれない。ないことを願うばかり。

 

 とにかく施設ができると言うことは不特定多数の人間が出入りするということであり、少数の変な輩が混じっていてもおかしくはない。誰も彼もがキャッキャウフフと子育てをしているわけではないし、子供に辛く当たってしまう家庭もあるし、子供を悪用しようとしている奴だっている。極端なことを言えば、そういう多様性を排除しようというのが「貧乏人はかわいそう」発言だと思うのです。「私たちお金持ちの善人と虐待なんてしちゃう悪い親は別に住むべき」って、うーん。醜いね。

 

 ただ最近子育てなどをしていて思うのが「児童館へ行ったり地域の子育て支援系の催しに参加している家は結構大丈夫で、多分相談に来れている人もまだ大丈夫で、きっとダメなところは有益な情報も入れずに誰にも知られないところで勝手に消耗してるんだろうな」というところです。いくら情報をばらまいてもシャットダウンしちゃう人ほど結構支援が必要だったり。これは子育てに限った話ではなく教育福祉全部に関することですね。

 

 あと地価の話があったけど、やっぱり「いろんな人が出入りするところ」っていうのはそういうわけで下がっても仕方ないと思うよ。特に「貧乏人と触れあいたくないから億単位の金をかけて南青山のブランドで引っ越してきた人」にとってはね。土地の価値っていうのは増田が決めることじゃないからね。理解しかねるような考えかもしれないけど、そういう人だって子供を育てているわけで。つまり子育てって一言じゃ語れないし、道徳とか倫理とか生育環境とかいろいろごっちゃになってるわけで。なんとなく「そして父になる」を見るとその辺のごちゃごちゃした部分が見えてくると思う。

 

 最後にこの件に関して心配していることがあって、あの「児相の子がかわいそう」発言をした三児の母の子供たちがいじめられないか不安になる。いくら顔を隠してあると言ってもテレビであんな差別発言を放映しちゃったら地元なら誰が言ったかわかるだろうし、差別発言する母ちゃんはともかく子どもまで近寄りがたいものにされてしまったらかわいそうだし、ネットでこれだけ叩かれていると精神的に大丈夫なんだろうかと思ってしまう。

 

 あの発言のあとに拍手喝采があったからそういう価値観の人で固まっているのかもしれないと思うのも不安になるし、それに子供がいじめに遭って不登校になったらどこに相談するんだろうか。あーモヤモヤする。

 

 モヤモヤするので息子が最近喃語絶頂期に入って始終だぁだぁ言ってる話する。この前「だっ、だっ、だっ、だー!」ってイノキみたいな発声してたのは笑った。多分偶然だと思う。お相撲みて「はっけょ」と言ったりわーお!を見ながら「あおーあおーあおー」と言ったりしているのも偶然だと思う。おわり。