あのにますトライバル

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学校図書館増田にモヤっている人へ

 思った以上に燃えてしまった増田に「けしからん!」な反応がたくさんあるのでちょっと書く。要旨は「この増田の書き方が非常に悪いために余計なヘイトを生んでいる」というところなのでこの増田を読んで悲しくて悲しくて辛くなってしまった人は読まないほうがいいと思います。多分もっと悲しくなるから。あと思った以上に長くなったのでお時間と心の余裕のあるときにお願いします。

 

anond.hatelabo.jp

 

増田が燃えた原因

 まずなぜこの増田が燃えてしまったのかというと、増田の書き方が非常に悪いために誤解を生んでしまったというのが8割くらいだと思うのです。多分この増田は思ったことをつらつら書いてしまってそのまま投げてしまったのでこんな反応になってしまっているんだと思います。

 

 まず誤解とは何なのかというと、おそらくこの増田を読んで多くの人は「増田をはじめ学校図書館を運営している奴は子供に読ませる本をコントロールしている!思想弾圧だ!許せん!」と読み取ったことと思います。多分このルールは全て増田由来だと思った人もいるんじゃないでしょうか。それにはてなの世界では教育系の話をすると高確率で学校に対する恨み言を述べる場になる傾向があります。最近ではTSUTAYA図書館や図書館カフェなど、図書館に関する話題もネットでは炎上しやすい傾向にあります。何故でしょうね。

 

 まず序文として学校司書と司書教諭の違いについて説明しています。ここは説明なので「まぁそうだよな」というところです。ただ、この説明パートの最後に気になる文があります。

 

ツイート元の方の言う学校の司書がどれに該当するかによって話が少し変わってきそうです

 

 これだけ読むと「ははぁ、立場によって決められる決まりとかそういうのがあるのかな」と読者は身構えます。しかし、その後に続く話はローカルルールの提示で、最後まで学校司書と司書教諭の違いが話に出ることはありません。説明した意味がないし、これ以下のことを訴えたいなら正直違いとかどうでもいいと思う。

 

発端のツイートのように、「この本は借りてはいけない」

または「この本は購入しない」「この本は戸棚の中や倉庫に隠す」というのはウチの学校や他の学校でもあります

フェイクのためどれが自校でどれが他校の話かは伏せさせてもらいます

また、それらのルールについては司書の意思の他に「司書教諭の命で仕方なく実行している」「学校の方針」「前々々々任の司書が決めたルールで、変える機会がなくずっと続いている」などさまざまなケースがあります

 

 その後非難轟々のローカルルールの例示になるのですが、この文が読みにくいために「例示は増田の学校ですべて行われていること」と誤読した人も結構多い気がします。ただよく読んでみると、増田がこの文で言いたいことはこんなところだと思います。

 

訂正例

発端のまとめ記事のように、実際に学校図書館では「本を貸さない、購入しない」「なるべく隠す」ということはあります。その決まりは学校に寄って違っていて、司書教諭が独断で決めるものもあれば学校の方針、更には昔決めたことを意味もなくただ続けているだけというものもあり、内容は「個人的にはちょっと……」と思うくらいのものもあれば「理不尽だな」と思うものもあります。以下、いろんな学校の人から聞いたことのあるルールを思いつく限り書いてみます。

 

 あくまでも「増田の知っているヘンなローカルルールの例示」であって、ここに紹介するものは増田もヘンだと思っているという一文が欲しかったですね。増田が例のtogetterを「おかしい」と思うなら、以下のルールも同様にヘンだと思っていないとつじつまが合わないので。それにこれらのヘンなルールが一校に集中しているわけではなく、様々な学校でひとつずつあったりなかったりというような感じであることも元の文章で強調できているとよかったかもしれません。

 

 あとブコメでも指摘されていましたが、「フェイク」の使い方がヘンですね。「フェイク」とは「特定されないようにニセの情報を入れること」ですので、自校他校をぼかすだけではフェイクとは到底呼べません。それともその後の例示に何かニセの情報が紛れているのでしょうか。それなら不幸な子供は少なくなるのかな。

 

・図鑑、百科事典は貸し出し禁止。これらの本は授業で使う機会が定期的にあり、いざという時図書館にないと困るから。また、飛び出す絵本など貸し出ししたら即ボロボロに破壊されそうな本も貸し出し禁止。禁帯出マークの赤いシールを貼って見分けられるようにしている。

 

 これは妥当ですね。どこの図書館でもそうだと思います。

 

・本は3冊借りることができるが、かいけつゾロリのみ例外で1冊までしか借りられない。子どもたちには「ゾロリはとても人気だから、1人が1冊までなのよ」と説明しているが本当は「字が大きくて漫画じみて幼稚な内容のゾロリはあまり借りて欲しくないから」。ゾロリを一斉に廃棄処分にして0冊にした学校も

・強制ではないが、高学年はあまりゾロリは借りないようにすること。6年生にもなってゾロリばかり読んでいるなんて恥ずかしいから。低学年向けの絵本や○○のひみつシリーズもなるべく借りてほしくない

 

 これ、けしからんと怒るのは簡単だけど何でこんなルールが出来たのか背景を考えると結構辛いものがあります。このあと増田が例示するように「低学年向けの本を高学年が先にごっそり借りてしまう」のは確かに問題だし、「ゾロリでも本の窓口になればいいのに!」というのもわからないわけではないのですが、多分ここで想定している「ゾロリをごっそり借りる子」のイメージの乖離が双方にあると思います。この辺は長くなるので余談で話します。

 

 ただ、「6年生にもなってゾロリばかり読んでいるなんて恥ずかしいから。」は明らかにヘイトを煽る書き方で非常に適切ではない。もっとマイルドな別の表現があっただろうに。ここにガソリン注いでいると思われてもおかしくないだろうし、この一言でこれだけ炎上している気がしないでもない。ただこの増田からすると「私は恥ずかしいと思ったから恥ずかしいと書いた。それで傷ついた人がいたとしてもそれはその人の責任だし私もそう言われて傷ついた」とか言いそうだなぁとか何かを思い出すなど。

 

あさのあつこのNo.6は教科書に紹介されているのだが、だんだんBL描写が激しくなっていくので購入するのは1巻のみ。公共図書館から取り寄せたいという時だけ対応する(自校の図書館にない本を公共図書館にリクエストして配達してもらうというシステムがある)

 

 ちょっと笑った。確かに『No.6』はそういうケのある作品だと思うし、この文章書いてる人もディストピア読みたいって思って『No.6』読み始めたら何だかそういう感じになっていって「ちゃうねん俺が読みたいのとちゃうねん」って思ったからこの辺は個人の感覚が強いと思う。ただ「読みたい」と言って取り寄せてもらえるのであれば別に構わないと思うんだけどなぁ。 

 

公共図書館から取り寄せてほしいとリクエストがあった本でも、漫画のノベライズ版、オカルト本などこれはちょっと……というものは「こういうのは駄目よ」「近場の公共図書館になくて……(嘘)」などと言って諦めてもらう

 

 嘘はよくないけれど、漫画のノベライズは学校図書館としては結構微妙なところだと思う。この辺は図書館ラノベ論争でよくある話なんだけど、個人的には「娯楽」は自分で買って楽しむものだと思うので学校図書館で無理に取り扱わなくてもいいと思う。それに何でもかんでも取り扱い始めると続刊が続々出てキリがないっていうのもラノベを取り扱わない理由にあった気がする。そういった事情含めて厳選したシリーズだけ購入しているなんてところは結構多い気がするけど。

 

・保健体育系の本は、性器などの写真がモロに載っていてそれを見て騒ぐ子がいるので普段は戸棚の中に隠していて、勉強で必要になった時だけ出す。何回注意してもやめない、もし一人が注意を受け入れて騒ぐのをやめても別の子が騒いでまたその子を何回も注意して……と大変疲れるので隠した方が早いし楽

 

 これは致し方ない部分だと思う。「子供の学習の機会が~」という人にはちんこちんこまんこまんこ騒ぐ小学生の群れを誰でも一発で黙らせる秘策があれば是非教えてほしい。あとこういう話が苦手な子に「ホレ」と見せつけて嫌がらせする奴とか絶対いると思うので大人の監視下で閲覧可というのは話としてわかる。

 

・「表紙がキラキラしててかっこいい!」「表紙にドラゴンが載っててかっけー!」などの理由で、漢字どころかカタカナもまともに読めないような小さい子が、挿絵もルビもない重厚なファンタジー小説を借りようとすることがあるが「借りても全然読めないでしょ」と説得して貸し出しをやめさせる

 

 これは完全に増田の書き方が悪い。「貸出をやめさせる」じゃなくて「違う本へ誘導する」でしょう。このルールに対して怒ってる意見が結構あるけれど、「その子の発達段階にあった本を選ぶ」というのも立派な学校司書の仕事だと思う。明らかに読めない本を持って帰らせるより、簡単でも全部読める本を渡す方が読書教育としてあるべき姿だろう。昔実際にあったことだけど、「表紙がかわいいから」という理由で「星の王子様」をそれこそカタカナも読めないレベルの子が読もうとしていたことがあって、「読めるの……?」と尋ねたら「意味が分からないから何度もわかるまで最初のページを読んでる」と返ってきた時は「これは難しい本だから違う本に挑戦してもいいんだよ」と言ってあげたなぁ。つまりケースバイケースです。あとこれを大人がやると「洋書をインテリアとして出品したら売れた」という事例になるなぁと思った。

 

思い出せないだけでもっとあるかもしれませんがこんな感じです

低学年向けに購入した新しい本を高学年が いの一番にごっそり借りていくと、うーん……とは思いますが口には出さないですね

あと、1年生から6年生まで各学年向けの本を並べたコーナーを作っていますが自分の学年じゃない本を借りてもOKです

 

 この辺から完全に増田は当初何を書きたかったのかを忘れてただ思いつくことを思いつくままに書いている感じがします。そして、この文章に足りないのは「私の学校では」という文の主体です。ここでビシッと「変なルールがある学校もあるけれど、ウチの学校はそんなことしないよ!」と書いておけばまだこんなに燃えなかったかなぁとか思います。これだけだとただの増田のぼんやりした感想になってしまう。

  

今回、ツイート主の親戚の子が年齢を理由に貸し出しを禁止された本は

赤毛のアン」「西遊記」など児童書としてはド定番の作品ばかりで

学研が出版している「10歳までに読みたい世界名作名探偵シャーロック・ホームズ」は11歳になったら借りちゃ駄目だけど

講談社が出してる青い鳥文庫の「新装版名探偵ホームズ」はOK!みたいな感じになってるんでしょうか

 

 正直これだけなら「知らねーよ増田の方が専門なんだろ俺たちだって知らねーよ」と読まれてもおかしくないでしょう。おそらく増田は反語(借りちゃダメなのだろうか、いや借りてもよいに決まっている)の意味で疑問の形をとっているのでしょうが、全体的にふわふわしている文体から「ああこの増田もよくわかっていないのかな」と読み手に不安を与えてしまっているので単純な疑問として捉えられてしまうのだと思う。

 

訂正例

今回、ツイート主の親戚の子が年齢を理由に貸し出しを禁止された本は学研が出版している「10歳までに読みたい世界名作」シリーズで、「赤毛のアン」「西遊記」など児童書としてはド定番の作品ばかりです。「10歳までに読みたい世界名作」シリーズの「名探偵シャーロック・ホームズ」を11歳以上は読んではいけなくて、同じような内容の講談社が出してる青い鳥文庫の「新装版名探偵ホームズ」は年齢に関係なく読んでよいのでしょうか。

 

 文をリライトしていて思ったけど、この増田の文をよく読むと主述がとれてないところがかなり多い……多分釣りじゃなくて天然だ。思ったことを思ったままに書いているぞ。これをわざと書けるんだったらすげぇ天才だ。

 

大なり小なりどこもローカルルールがあると思うので「誰でもどんな本を好きなだけ借りられるようにするべき!反対するなら教育委員会に言いつけるぞ!!」という流れになるのはちょっと困りますがさすがに今回は理不尽すぎるので炎上もやむなし

とか書いてる間に追記を読みましたがそんなギチギチにルールのある図書館なのに他の先生が把握してないって色んな意味で問題ですね

私の周りだと司書の立場が弱すぎて先生たちにNOと言えなくて……という悩みは山ほど出てくるんですが司書が独裁国家築いてるパターンとは

 

 ローカルルールがあるのは致し方ないところもあるし、この前の図書館カフェみたいに学校の特色によって様々な考え方があってもいいと思います。それに「何でも自由にさせろ!」というのは学校図書館の場合結構難しいところがあるので……詳しくは余談で。

 

 ただ、ここで増田は「togetterの事例はおかしい!」って明言しているんだよね。それなら例のヘンなルールを紹介する前に「私はおかしいと思います」って一言いれないと誰もここまで真剣に読んでくれないよ。まずは自分のスタンスを明かす。それから例示。これ文章を書くときの鉄則。

 

 あと「パターンとは」って何なんだろう。おそらく後に「珍しい」というような意味の言葉が省略されていると思うのですが、これだけだと何が何だかわからないですね。

 

関係ないですがオオカミ王ロボ小学生の時から大好きなので元ツイの子が無事に借りられることを願っています。ロボはイケメン

 

 全く関係ないし多分書いているうちに当初書きたかったことを忘れているんだろうなと思った。個人的には学校司書と司書教諭の違いで例の件がどうなるのかしっかり書いてほしかったな。

 

まとめ

 増田のシンプルな主張としては「togetterの件はおかしいし、学校図書館って変なところもあるんだよねー」なので全然おかしなところはないのですが、余計な情報と増田のヘンな書き方のせいで余計なヘイトを生み出してしまった哀れな増田です。まぁそういうほうが増田らしいと言えば増田らしいのですが。それにしてもこの増田の計算されつくした天然と思われる煽り……何かに似てるんだよなぁ。何だろう。

 

 最初のtogetterについては理不尽すぎて意味が分からないので真相究明の報告は欲しいところです。邪推するならば例の図書館の係りの先生が何らかの何らかを何らかであるくらいが現実的かなぁとは思うのですが、何らかな話なのでそのまま闇に葬ったほうがいい案件かもしれない。

 

余談

ゾロリ迫害の件ですが、あり得る話としては読書教育に無頓着な教員が「必ず一人一冊借りて読んで感想を書くこと」なんてルールを作った結果、「俺はゾロリでいいや」となって結果読む気はないけど読みやすいゾロリばかり借りられてしまったなんていうことも十分想定できます。

 

〇この件で怒っている人はおそらく読書が大好きな人がほとんどでしょう。しかし、学校図書館は読書に興味のない子や読書と聞くだけで眩暈を起こすほど読書が嫌いな子、あるいは識字障害の子など様々な理由で本に苦手意識がある子にも読書教育をしなければなりません。高学年になってたまたまゾロリを手に取って「面白かった!次も次も!」となる子はごく稀で、大体はそのまま読書をしないまま読書嫌いとして過ごしていくことになります。「きっかけとしてゾロリを」というのは正しいのですが、その正しさすら無力に思えることが多いのが読書教育だと思います。

 

〇この感覚を体育で例えるなら「ラジオ体操から体育全般の楽しさを知ってもらいたい」くらいの感覚だと思います。確かにラジオ体操なら大体誰でも出来るし、球技みたいにバカにされることも少ないと思うのですが毎回体育の時間にラジオ体操やってればいいかというとやはり教員としては発展したものにも取り組んでほしいという想いはあると思う、みたいなところでしょうか。そもそもラジオ体操すら嫌がる子もいるし、出来ない子だっている。そんな子たちでも好き勝手させておけば勝手に体育が出来るようになるかというと、そうでもないよねっていうことで。

 

〇何が言いたいかと言うと「ある程度の集団を教育するためには最低ラインはどこかで設けなければならないし、個別で対応が必要な案件もあるが現状だと後回しにされがち」ってところでしょうか。全部個別対応できればそりゃー楽なんだけど、できないからいろいろ面倒くさいことになっているんだしわざわざヘイトを煽るようなことをするもんでもないと思う。それだけ。

 

〇個人的に「アンパンマンやディズニーには詳しいけれど幼児期にアンパンマンとディズニーにしか触れていないために物語の引き出しが狭い子」が最近観測されているので「好きなものを読ませろ」は大正論だけど「好きなものだけ読んでいればそれでいいのか」は立ち止まって考えてもらいたいなぁとは思っている。

 

〇個人的に山田悠介の初期作品は学校図書館に置いてほしくないと思ってる。話の内容以前に文章の整合が真面目にとれていないので面白がる分にはいいんだけど、教育には本当によくないと考えている。この辺は個人の感覚が強いので致し方ないところがありますね。ちなみに意外と子供って「怖い」「グロい」ものが大好きなんですよ。だから際限なく与えるのはどうなんだろうという視点は大事です。だから「うんこ漢字ドリル」みたいに「怖い絵計算ドリル」を作ったらまぁまぁ売れる気はする。本物のグロ画像は刺激が強いから、恐怖を煽る絵で楽しく勉強、みたいな。企画段階で反対されそう。

 

≪追記≫

学校図書館増田にモヤっている人へ - さよならドルバッキー

初期、と限定してるあたり、最近だと山田悠介氏の本は「文章の出来は大丈夫」ってことなのかな? 気になったのでブクマ。

2018/01/24 22:03

 

 「初期」としたのは最初のアレ自費出版だったせいか本当に話にならないくらい日本語も内容も全てが崩壊していたのですが、それからの作品は「最初のアレ」以降きちんと編集などを通すことになってから最低限の誤字脱字や主述の崩壊などはとりあえず少なくなったので文章「だけ」に関しては「まぁ、まぁいいかな」と言ったところです。最新作も試し読みをしてみましたが冒頭だけなら読めなくはない文章でした。本音を言えば全体的に今はやりのエルサゲート動画みたいな感じなので正直公立図書館に置くならまだしも、教育現場に置いておきたくないなあとは思います。「そんなのでも読書のきっかけになるのであれば……」という人はたぶん真剣にアレを読んでアレにはまる子のことを見てないんだろうなぁ、という感じです。エルサゲートだよエルサゲート。そんな感じです。