「おばあちゃんって何でも知ってるんだね!」
「ほっほっほ、秘密じゃけどな、おばあちゃんはコンピューターなんじゃよ」
「本当!! すごい!!」
何でも知ってる、僕が大好きなおばあちゃん。おばあちゃんが実はコンピューターだったなんて!! 僕はその日お母さんにお婆ちゃんの秘密を喋ってしまった。
「ねえねえ! おばあちゃんってコンピューターなんだよ!」
「何を言っているの。早くご飯食べなさい」
お母さんは全く僕の話を信じない。それどころか、何事かお父さんに告げ口をしていた。お父さんは面倒くさそうに新聞を読みながらお母さんと喧嘩をしていた。そして僕に怖い顔で言った。
「いいか、余所でそんなこと言うんじゃないぞ」
僕はその時、おばあちゃんが「秘密だ」って言ったのを思い出した。秘密を破っちゃいけなかったんだ。それから僕はあまりおばあちゃんの家に連れて行ってもらえなくなった。おばあちゃんに逢えなくなったのは、僕が秘密を破ったからだ。それから僕は、あまり人と話をすることをしなくなった。また秘密を破ってしまうのは嫌だったからだ。
◆ ◆ ◆
時が流れて、僕は中学生になった。僕は中学受験をして、小学校の友達と離れて一人だけ遠くの中学に通うことになった。算数や国語、社会の勉強で小学6年生の思い出は終わり、中学から始まった英語の授業は難しくてついていけなかった。部活動でも嫌なことがあったし、家に帰ってもお母さんが「勉強しなさい」としか言わない。僕は行くところがなくて、気が付くとおばあちゃんの家までやってきていた。
「おばあちゃん……」
小さい時は遠くに住んでいると思っていたけれど、電車通学をするようになってから数駅しか離れていないおばあちゃんの家に行くのは簡単だった。あの日以来おばあちゃんとはあまり話をしていない。お父さんとお母さんの前で、おばあちゃんと話をする勇気が僕にはなかった。
「おや、久しぶりだね。ひとりかい?」
おばあちゃんはあの日と変わらず、にこにこ笑っていた。本当は大好きなおばあちゃん。何も言わない僕にお菓子やジュースを出してくれる。
「どうだい? 中学は楽しいかい?」
おばあちゃんの顔を見ていると、お父さんにもお母さんにも言えないことがいっぱい頭の中を駆け巡った。
本当は勉強なんてしたくないこと。
本当はいい中学やいい高校なんて行きたくないこと。
本当は部活動だってやりたくないこと。
本当はやりたいことがたくさんあること。
でも、言ってはいけないことを言ってしまえば、またおばあちゃんに会えなくなる気がして、何も言えなかった。何も言わないで、ここまで来てしまった。
「言えないことも、おばあちゃんが解決してあげるよ」
ずっと黙っている僕を見て、おばあちゃんが優しく話しかけた。
「おばあちゃんは、何でも知ってるんだからね」
するとおばあちゃんは、昔の話をしてくれた。女だからと言って勉強をさせてくれなかったこと、こっそりお兄さんの本を読んでいろいろなことを勉強したこと。大好きだった英語が戦争で勉強できなくなったこと。そして、大人になって落ち着いてからいろんな本を好きに読めるようになったこと。
「それでね、よく死んだおじいちゃんから怒られたのよ。子育てより本の方が大事なのかって」
お父さんは本を読んでいるおばあちゃんが嫌いだったのだそうだ。他のお母さんはお化粧やきれいな服を着ているのに、どうしてうちのお母さんは本ばかり読んでいるのかって、それが嫌だったとよく言われていたようだ。
「ほら、おばあちゃんの好きな本を見せてあげるよ」
それは『世界の景色』という本だった。ハワイのワイキキビーチの夕暮れや高い山の岩肌、どこまでも広がるモンゴルの高原に飛行機が消えるという謎のバミューダ海域。どれもこれも僕が見たこともない景色に見えた。名前は知っていたけれど、それまではこんなにきれいなものだとは思えなかった。
「世界にはいろんな場所があるね」
「おばあちゃんはどこにでも行けるならどこに行きたい?」
「そうだねえ、宇宙へ行って地球を見てみたいねえ」
おばあちゃんはニコニコしていた。こうやってニコニコしているおばあちゃんを見ていると、僕もおばあちゃんと一緒に勉強がしたくなった。
「ねえねえ、今日の宿題わかる?」
「どれどれ、中学の数学なんておばあちゃんにわかるかねえ」
おばあちゃんは本当に物知りだった。おばあちゃんと勉強をしていると、宿題もあっという間に終わってしまった。それから、僕はおばあちゃんといろんな話をした。おばあちゃんは本当にたくさんのことを知っている。
「今日は遅いから、もう帰りなさい」
「わかった。また来るね」
おばあちゃんはコンピューターじゃない。それは中学生になった今ならわかるけど、何でも解決できるおばあちゃんは本当に万能コンピューターみたいだと思った。それから僕はたびたびおばあちゃんの家で勉強をした。お母さんに見つかったときはひどく怒られたけど、テストの点数が上がっていることから何とかおばあちゃんの家に行くことを許可された。やっぱり、僕はおばあちゃんが大好きだ。
◆ ◆ ◆
それから僕は、高校を出て大学生になった。航空学を専攻して宇宙ロケットの研究をしたいと思っている。世界の広さを教えてくれたおばあちゃんを、いつか宇宙へ連れて行ってあげるために。
クラクションの音が響く。おばあちゃんはコンピューターじゃなかった。おばあちゃんは宇宙よりもっとずっと先へ行ってしまった。だけど、僕は今頃おばあちゃんがあの世に行く途中で火星のオリンポス火山を見物しているところが思い浮かんでしまう。それとも、地球の一番深い海の底へ深海魚を見に行ったのかな。それとも、エベレストから世界を見下ろしているのかな。月へ行ってうさぎと一緒に餅をついているかもしれない。そんなおばあちゃんが、僕は大好きだった。ありがとう、おばあちゃん。
イエーイイエーイ 僕は大好きさ