さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

「私が何で怒ってるかわかる?」のジレンマ

 急にトレンドになった「私が何で怒ってるかわかる?」というワードだけど、これを見て「わかるわけないだろ」「ちゃんと言ってくれないと」「これを連発する人はモラハラ」などいろんな意見が噴出している。「ふーん」と思いながらも「何だか違うなぁ」と思うことを書いてみる。

 

『私がなんで怒ってるかわかる?』はモラハラ(精神的DV)? - Togetterまとめ

こういうの見ると「不機嫌になったときの政治的に正しい処理法」みたいなのを正しい人が早く開発して広めないといけないんじゃないのって思う。

2017/06/21 22:37

 

【必ずしも発語者がギルティではない】

 この記事のスタンスは「私が何で怒ってるかわかる?」という人が必ずしも悪いわけではないという方向で統一する。別に逆張りしたいわけでもなく、そう尋ねたくなるシチュエーションに無頓着な人が「言われなければわからない」と主張している可能性もあるからだ。

 

 先のtogetterにまとめられている発端の出来事は、その擦れ違いを見事に表現している。以前夕食を作っている途中で眠ってしまい喧嘩をしたので「今日は寝てもいいか」と打診をしたところ「私が何で怒ってるかわかる?」と尋ねられて困惑したという内容だ。個人的にこれは不機嫌になっても仕方ないと思うし、そう尋ねたくなるのもわかる。

 

 視点を女性側に移して考える。以前「私が夕食を作っている間に寝てしまうのは不愉快だ」ということを喧嘩を通して伝えた。ところがその後の反応は「夕食を作っている間は寝ない」ではなく「夕食を作っているけれど寝ていいか」という打診だ。「今から君が敢えて不愉快になる行動をとってもいいか」と聞いているわけだ。詳細はわからないが、相手が不愉快になることよりも優先しなければならない事情があるなら相手も納得するだろう。例えば昨夜は一睡もしていないとか、これから夜勤だとか。それで相手が怒るなら理不尽と言っていい。ただしそうでない場合、「相手の不快<自分の快」とみなされてしまえば誰だって機嫌が悪くなっても仕方ない。

 

【「私が何で怒ってるかわかる?」=「私の気持ちをもっと考えて」】

 簡単に置き換えるとこのようになる。この発問をする当事者からすると一番の怒りのポイントは怒りの引き金ではなく、「私が怒ることを知らないはずはないのにその予防を怠った」ということになる。つまり「いや知らない」と返答することそのものが発問者の怒りの根源だ。

 

 そこで、この発問に対して一番やってはいけないことは「その場凌ぎの謝罪」である。相手に対する謝罪はもちろん必要で、その上で再発防止策を当人なりに考えて言うことが発問者の怒りを和らげると思う。「また君を怒らせてすまなかった、このようなことで怒っているなら今度はこのようなことがないようにする」と言うのが適度にベターなのではないかと思う。もちろんケースバイケースなので完全に理不尽な怒りには謝罪する必要はないし、再発防止は理不尽を起こした側の仕事だ。

 

【発問者は何度も同じ説明をしている説】

 それでも「ちゃんと言われないと何が悪いかわからない」という人はいる。実際教育現場ではこのやりとりはしばしば行われる。教員もプロであるためあまり理不尽な説教はしない(はずだ。この辺は自信がない)

 

 時に子供と言うのは善悪の区別もなく悪いことをしてしまう。そこで「これは悪いことだ」と説教をして以降しないのであればよい。しかし、中には「これは悪いことだ」ということを理解しないで何度も同じ過ちを繰り返す子がいる。その子にとって説教とは「一瞬不快な時間だけど終わればチャラになる」と考えている節がある。そういう子には何度話をしてもその場の反省のみになってしまうので、本人の口から再発防止を言わせなければならない。その引き金になるのが「君は何で怒られているかわかるか?」である。まず自分の状況とやってしまったこと、そしてそのようなことを二度と起こさないことを彼の口から言わせることが一種の再発防止になる。

 

 人間は案外自分が何をしているのかを把握していない。特に良くないことをしていても頭で「これはよくないこと」と認識しなければ平気で悪いことも行ってしまう。そんなわけで「自らの行為の過ちを認めて自分が行ったことを口にする」ということは非常なストレスになる。「忘れ物をするな!」と怒鳴ってもヘラヘラしている奴に「何と何を忘れたの?何故?」と具体的に尋ねると顔を青くしてしどろもどろになることがある。「罪状を自分の口で言う」ことはひとつの罰なのである。

 

【まとめ】

 つまり、「私が何で怒ってるかわかる?」には取りざたされている理不尽な問いかけの他に「何度言っても理解しないことへの罰」という面があるということだ。「言われなきゃわからないよ」という人は、本当に相手のことを理解しようとしているのかというところから始めたほうがいいし、逆にこの問いを発する方も理解してもらう努力をするしかない。ただ、この問いが発生したということは「相手を尊重したり理解しようという態度が見られない」ということが根幹にあることだけは押さえておいたほうがいいと思う。実際、最初のtogetterの模範回答もそれに近い。

 

 あとはブコメに書いた通り、各個人が「理不尽な怒りを抱えた時にどうするべきか」を考えてしっかり対処するしかない。理不尽な怒りは誰にだってある。ちなみに我が家では何らかの怒りがあると判断した時に「10段階でどのくらい?」と怒りを数値化することで「それはひどい!」とか「ちょっとむかつくよね」などと相手の共感を得やすくして怒りを共有することで和らげる方向に持っていく。あと関係ないけれど進捗状況を表す時にFF10を引き合いに出すことがある。「今ブリッツボールが終わったあたり(序盤の終わり)」とか「ザナルカンドについた(終盤もう少し)」とか。そしてそのあと「ガガゼドのシーモア強すぎるよね」と言うのが決まり。目の前の仕事の理不尽さを全部ガガゼドシーモアに被せることでそこそこ楽しく生きていける気がするのです、おわり。