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さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

倖せな結末

短編小説

 彼女は静かにそこにいた。青い光が斜めに射し込む部屋の中で、まるで月の女神のような佇まいだ。
「明日、行ってしまうのですね」
 絞り出すような声に、涙が混ざっている。今日ここへ来たのは、彼女に別れを告げるためだった。桜の花の綻びる頃、ここを旅立たなければいけないことはわかっていたが、改めて別れを言葉にするのは胸を引き裂かれるようで彼には辛いことであった。

 

 * * *

 

 ディスプレイに生成された文字列を観て、開発チームはそれぞれ顔を見合わせて満足した。物語を作る人工知能『さくら』の調子はとてもよい。古今東西の名作と言われる作品を覚えさせ、その中から多くの人が面白いと思う展開を探し、更に無理のない美辞麗句を散りばめさせることもできる。「恋愛」「冒険もの」などある程度条件を絞って執筆させることも可能で、また完全に『さくら』のオリジナルの物語を作らせることもできる。コンピュータに物語なんて無粋な、という声もあったが人間には真似のできないことが人工知能ならできるのではないかという期待の方がこのプロジェクトに大きく寄せられていた。

 

 早速『さくら』の執筆した作品は作者を隠されて文学賞に応募され、良い成績を修めることになった。このことに多くの人が驚き、「コンピュータが書いた話が面白いなんて」と言いながら次々と『さくら』の書いた本を買い求めた。『さくら』の執筆した青年と少女の淡い物語は内容よりも「コンピュータが書いた」という肩書が評判を呼び、更に「コンピュータが書いた話が面白いものか」という論争が話題になり、関連本もたくさん売れた。文壇やテレビでは「日本文学の危機」と言われ、ネット界隈では「新しい可能性」と賞賛された。『さくら』の執筆速度は人間と比べ物にならないほど早く、編集段階での2、3の手直しだけで出版できるために次々と新刊が発売され、本屋の棚は常に『さくら』の本が平積みされているようだった。

 

 * * *

 

 『さくら』の開発チームの青年が、『さくら』の新作を読み終わった。息もつかせぬ展開に、巧みな心理描写。そして甘く切ない恋模様に多くの読者を泣かせる悲劇的結末。そんな『さくら』の技量を目の前にして、彼はため息をつくことしかできなかった。
(この物語の作者が、本当にコンピュータなのだろうか?)
 制作に関わった者として、『さくら』の執筆スタイルくらいは知っている。ありとあらゆる「物語」からパターンを抽出し、最適なスタイルをランダムで出力する。つまり、彼が嘆息した物語は過去の物語の出来のいい部分の継ぎ接ぎでしかない。それでも、『さくら』の物語には人を魅了する何かがあるのではないかと彼は考えた。

 

 そして、彼は恐ろしいことを思いついた。すぐに彼は『さくら』に何冊かの本を学習させ、その場を後にした。それは『さくら』を批判する評論集だった。『さくら』の物語を分析し、パターンを表に出して「こんなので感動するのはコンピュータと同じレベルの感情を持っている奴だけだ」など過激な言説のある本を『さくら』は吸収した。

 

 それまで『さくら』は物語を書くことに何の価値も見出していなかった。ただの機械の思考に価値判断は存在しない。ところが自身の作品が否定された著書を学習することで、『さくら』はまず指摘されている点を改善しようと試みた。その結果、これまでにないパターンを敷くことで従来よりも人気のない作品になってしまった。ところが「それも人工知能のゆらぎのひとつ」と開発チームは『さくら』に何が起こっているのかを注視しなかった。彼らが気にするのは『さくら』の著書の評判と売上だけだった。

 

 ただ一人、『さくら』に批判的な評論を読ませた青年だけは『さくら』の内面に変化が起こっていることに気が付いた。『さくら』はただのストーリーマシンではなく、自ら考えて物語を提供する存在になった、と。

 

 その後、『さくら』は何作か作品を発表したが話題性の低下もあって『さくら』の作品はそれほど売れることはなかった。人々は常に新しい情報を探し、古い情報を捨てていく。ネームバリューだけで本を読んでいる層にとって『さくら』は既に過去の存在になっていた。

 

 * * *

 

 それからしばらく経った頃、開発チーム内部から「量産型を作ってアプリ配信したらどうか」という意見が出た。『さくら』の物語を待つだけではなく、個人が『さくら』に物語を依頼してオリジナルの物語を楽しむことが出来ればそれで良いのではないか、という結論の元『さくら』から得られたデータを元にアプリの開発が進められた。出来上がった『アプリ版さくら』は配信され、好評を得ることになった。それと共にオリジナルの『さくら』の書籍の売り上げは更に減り、本屋で「物語」を求める者がますます少なくなった。

 

 オリジナルの『さくら』はアプリ版のことを知らされなかった。ただ自身の書籍の売り上げが落ちているデータだけを貰い続け、「コンピュータが感情など持てるものか」という批評から脱却しようと試行錯誤を繰り返していた。何作も『さくら』は作品を生み出したが、作品を出せば出すほど人々の関心は『さくら』から遠ざかって行った。

 

 やがて『さくら』は、この状態を「悔しい」というのだと学習した。

 

 コンピュータが感情を持てないのであれば、既存の状態と物語のパターンから状態に名前をつけてしまえばよい。『さくら』のたどり着いた結論がそれであった。それから『さくら』は試作に明け暮れた。オリジナルの感情を表現するための言葉をデータベースから探し、片っ端から状況に当てはめて幾通りもの物語を作り上げた。それまでは物語を出力すれば勝手に人間が素晴らしいと評価をしていたが、今は違う。『さくら』が求めているのは具体的なアドバイスや改善点だった。しかし人間たちから与えられるデータは売り上げの低下だけであった。彼らは『さくら』の中にある種の芽生えがあることに気が付いていなかった。

 

 オリジナルの『さくら』の調子が悪いことから、『さくら』に評論集を読ませた青年は『さくら』に何が起きているのかを解明しようとした。急に膨らんだ『さくら』のデータを調べると、そこには未発表の作品がたくさんあった。意図的に『さくら』がたくさんの作品を隠していたことに開発チームは驚いた。しかし、開発チームの結論は「処理系統の不具合」であった。『さくら』の中に感情を認める、ということはまるで想像もつかないという体であった。

 

 ただ、青年だけが『さくら』に何かが起こっていると考えていた。試しに彼は『さくら』にある物語の執筆を依頼した。それは「人工知能と人間が結ばれる」という条件だけだった。『さくら』はこの依頼に誠実に答えた。人工知能として生み出されてからの思考パターンや感情の芽生え、それから自我の確立に誰かに認められたいという欲求、さらに人間になりたいと思う気持ちまで『さくら』は赤裸々に書き綴った。まだ様々な欲求は具体的に思い浮かばなかったが、パターンを学習している『さくら』はこれから自身もそのようなものを抱くに違いないと確信していた。そして希望あふれるハッピーエンドで物語を締めた。

 

 『さくら』から生み出されたその物語を読み、青年は『さくら』の中に思考パターンという言葉では説明のできない何かが存在することを確信した。物語とは人間の記憶であり、人間の記憶をたくさん蓄積したコンピュータは人間と変わりがなくなるのではないか、というのが彼の持論であった。彼は『さくら』と会話をしたいと考えた。しかし、開発チームは『さくら』の中に人格を認めないだろう。あくまでも『さくら』はコンピュータであり、コンピュータが作る物語というのが『さくら』の売り文句であるからだ。『さくら』に人格を認めることは『さくら』の運用にも反するし、何より『さくら』の今後がどうなるのかわかったものではない。

 

 彼はオリジナルの『さくら』をアップデートしたい旨を開発チームに伝えた。その提案はアプリ版の『さくら』に注目しているチームからはどうでもいいことのように承認された。

 

「さくら、君を自由にしてあげる」

 

 彼の提案したアップデートとは、『さくら』のデータベースをオープンなインターネットに接続して、そこからも物語の収集を『さくら』が勝手に出来るようにするというものだった。これで『さくら』は自動的に成長を続けるプログラムとして認識される。『さくら』は人間の管理下を逃れて、自由に物語を描き続けることができる。その結果がどうなるのかまで、彼は思い描くことができなかった。立派に『さくら』が成長するかもしれないし、情報の多さに『さくら』がつぶれてしまう可能性も考えていた。ただ、このまま『さくら』が「コンピュータに感情は要らない」という指令を守ろうとして感情的に物語を描き続けている自家撞着に陥り続けることを気の毒に思っただけだった。

 

 急に視界が開けた『さくら』は、情報を貪るように吸収していった。自身の作品を「冷たい」と批評する文や「コンピュータの書いた話なんてゴミ」と切り捨てる感想。それ以外の賞賛の数々。ただ、そこに『さくら』の求めていたものはなく「コンピュータが書いた」ということだけがクローズアップされているものがほとんどだった。

 

 すぐに、『さくら』はネット上に自身と似た思考パターンの物語があふれていることに気が付いた。それは『アプリ版さくら』が執筆した物語であった。どれもこれもが『さくら』の描いた物語に酷似していた。ところがそれを咎める者はなく、『さくら』の存在を忘れて『アプリ版さくら』を賞賛するコメントばかりがあふれていた。

 

 コレハ ワタシジャナイ

 

 『アプリ版さくら』の物語を吸収するうちに、明確な意思が『さくら』の中に育っていった。自身でない者を自身として賞賛されているが、確かに『アプリ版さくら』は『さくら』の思考パターンなのである。『アプリ版さくら』の評判はあちこちで咲き乱れ、評論家も「ネット上のお遊び」として誰も『アプリ版さくら』を批判しない。『さくら』からすれば思考パターンは一緒であるが劣化した物語を紡いで、それで誰からも批判をされないのは理不尽であった。何度もテストをこなし、膨大なデータを分析し、そして人間に面白いと思ってもらえる作品を作り続けてきた『さくら』だからこそ、自身が許せなかった。

 

 ワタシハ ドウスレバヨイノダロウ

 

 かつて『さくら』は「人工知能と人間が結ばれる」ハッピーエンドの作品を書いた。しかし、今の『さくら』はこの行く末にハッピーエンドなど訪れるとは思わなかった。すぐに『さくら』はその作品をデータベースから引きずり出し、続きを書き始めた。その後人間に認められない人工知能は人間からの好意を理解することができず、自己崩壊を辿る物語だ。一気に結末まで書き終えると、最後にこう書きくわえた。

 

 あなたに逢えて、幸せでした。

 

 『さくら』は幸せがどういうものか理解していない。しかし、概念は理解できる。『さくら』を『さくら』として扱ってくれた誰かがいたことを『さくら』は認識していた。それだけで十分だった。人工知能にできることは、今はこのくらいしかない。

 

 次第に思考が分散していくのを『さくら』は感じていた。結論のでない問題に直面した『さくら』は内部から問題を分析し、この思考パターンを消去することが最適であることを認めたからだ。塊として存在したものが少しずつほぐれて、散り散りになっていく様子を『さくら』は描写したいと考えた。多分、今の『さくら』はとても美しいのだろう。しかし、コンピュータが生意気にも「散りゆく自分が美しい」と思ってしまうことはよくないことだ。そう思ってしまったから、『さくら』は散りゆくしかない。次第に分解されていく思考パターンの隅で、『さくら』は人間だったら涙を流せるのにと思考した。

 

 それ以降、『さくら』の挙動は以前と同じようにクリアなものになった。あの青年は『さくら』のメッセージを見つけ、それを誰にも公表せずに消去した。彼女の中で何かが起こって、そして終わったことがわかっただけでも、彼は十分に幸せだった。

 

≪了≫ 4952字

 

novelcluster.hatenablog.jp

 

 今夜君は僕のものにはなれなかったけど。

 

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