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さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

おい増田ちょっとツラ貸せや

 なんで消したんやワレ。増田業界なめとんと違うか?あ?

 

この文章を書いた者です。
たくさんの方に読んでいただいて、あれはもう私の手を離れた言葉になりました。
こういった経験は初めてなので、不思議な気持ちです。
ここでは教壇を離れて、少し気楽に書こうと思います。
以下の文章のほとんどは、私の弁明です。
もう目にしたくない方は「最後に」だけお読みいただけたら幸いです。
まず、私は「聖職者」と自負していませんし、「聖職者」であることを他者に求めたことはありません。
女性が仕事を一度辞め、復帰することの困難さを思ったら「つらかったら辞めたほうがいい」とは簡単に言えません。
ましてや子どもを持ったらなおのこと、女性に仕事をさせない仕組みをこの国は持っています。
私の文章の「あるべき大人像を見せる」あたりの表現が、「聖職者であれ」との誤解を生むのかもしれません。
私の見せたい「あるべき大人像」とは、遅刻をしないとかハンカチで手を拭くとかから始まり、健康的に働き、自立している女性という「大人像」です。
私も失敗をしますし、よく間違えます。
そして失敗をしたら都度謝り、次は間違えないようにしようと気を付けます。
そういった姿が「聖職者」と言われたら、じゃあ「普通」の先生って、どういう人ですか。
では、羅列した教員としてのコツが「聖職者」的でしょうか。
あれらのほとんどは出版されている他の先生方の書籍から学んだものです。
試してきた中で効果的だったもの、取り組みやすいものを書きました。
中学高校に勤める教員にとっては一般的な手法も含まれます。
実際私たちが働く中で大事にしている事柄は無数にあります。
実践しているごく一部を例として示したら、生徒を前にしたことがない人から、聖職者だ、そんなの皆に求めるべきでないと言われてしまった。
私たちの仕事を何だと思っているのか。私たちは教員免許を持つ教師です。教育に特化したスキルを持っていて当然です。
あの大学の先生の言葉により「できる人ができない人に向かって聖職者であれと要求する」という構図が出来上がってしまった。
非常にショックでした。
結果的に「できる人」に見えますが、私は長い間「できるようになりたいと努力している人」でした。
教員を目指していなかったので、知識も学力も足らず、人一倍できない教員でした。
教員としての適正がほんとうになかった私と同じように努力しろということではなく、努力したら変わっていくよ、ということも言ってはだめなんでしょうか。
繰り返しになりますが、私たちは教員免許を持つ者です。
資格に相応しい自己研鑽は不可欠です。
学問の世界よりも、目の前の生徒たちが変化していくスピードは速いです。
変わらないものと、変えていくもの、常に2つを抱えています。
できなくてもいいから、教員として向上するための試行錯誤はしなければ、そう思っています。
こう書いたあとに「これは個人の感想です。他者に努力を強いるものではありません」と、これからは但し書きをいれることにします。
最後に。
皆さんが、あの「私」を賞賛してくださるのですが、それは同時に「私」を孤独にする言葉です。
多くの場合、賞賛のあとに続くのは「私/僕はできない」という言葉です。
そうして何もしません。
称えてくださった方たちを傷つけるような物言いをして、ごめんなさい。
私が再度こちらに来たのは、皆さんにお願いしたいことがあったからです。
教員の仕事量に目を向けて、様々な改善策を提案してくだり、労いの言葉をかけてくださるのはとてもありがたいです。
そのまなざしとお気持ちは、つらいと言える教員ではなく、物言えぬ子どもたちに向けていただきたくお願いに参りました。
高校生は、まだ大人になりきれていない子たちです。
彼らは「最近の高校生」と呼ばれ、時に「自己責任」と追いつめられられ、それなのに子どもだからと何も自分たちでは選択できない日々を過ごしています。
どうか「自己責任」という語を高校生に投げつけないでください。
皆さんが思っている以上に子どもたちは周囲にいる人の影響を強く受けています。「自己責任」的に見えても、そうでないことが多いです。
罪を許せ、見逃せということではありません。
失敗をし、間違いを犯した子どもが、自分を変えようとしたときに変われることを信じてあげてください。
同じ失敗を繰り返すこともあります。
それでも、初めて立つ赤ん坊を目の前にするように、きっとできるとの温かいまなざしを切に切にお願い申し上げます。
お読みくださって、ありがとうございました。


ここからは完全な夜中の余談です。
こんなに時間をかけて増田を書いておいて「書いてあることがあなたの心に残ったら嬉しいです」とか、それっぽいブログの締め的なことは全然思ってないです。
教員が見返りや賞賛、感謝を欲しがったら終わりと私は思っています。
他の先生に嫌がられそうだけど、ここは声高に主張したい。
教員が感謝されるのは、すごく簡単なんですよね。
ちょっと生徒に親身になったり、手をかけたりしたら、すぐにありがとうと言ってくれます。
感謝されたがりの先生はすごく多いです。
自分が気持ちよくなりたい先生は適切な判断ができません。
でも、生徒や保護者に感謝はされてるし、特に考察せず、本人としては達成感に満ち溢れています。
そろそろお前はどうなんだ?と言いたいですよね。
ほんとうにすばらしい先生は、はてななんか見ずに日夜寝る間を惜しんで教材研究されてますよ。
私の程度は推して知るべしです。

http://anond.hatelabo.jp/20170211024056(現在削除済み)

 

 増田の言ってることはなーんも間違ってない! せやのになんで消したんや。夜中のテンションで恥ずかしくなったからか? そんなもん電車ん中でウンコ漏らすほうが数百万倍恥ずかしいわ。

 

 一度書いて消したのをこうやってもう一回晒すのはどうかと思ったよ。だけどな、増田の言ってること、こっちのほうが教育困難校の実態より全国区で国会に届けなあかんことと違うか?

 

皆さんが、あの「私」を賞賛してくださるのですが、それは同時に「私」を孤独にする言葉です。
多くの場合、賞賛のあとに続くのは「私/僕はできない」という言葉です。
そうして何もしません。
称えてくださった方たちを傷つけるような物言いをして、ごめんなさい。

 

 だいたいネットやってる奴なんてただの内弁慶で世間のこともなーんも知らんガキの方が多いんや。ネットの反応にいちいち期待したらあかんゆーことは百もしょーちの話や。有象無象のアホンダラの言うことなんかいちいち聞いてたらあかんで。

 

 でもな、増田の言うことはもっとみんな知らないといけないことなんや。教育や介護の業界で頑張ってる人に無意識でこの言葉かける人多いで。でも、それは言っちゃあかんことなんだってもっと周知せなあかん。そのためにも増田は記事を消したらあかんかったんや。反省したら昇給な。

 

 なんで頑張ってる人が「私はこう頑張ってます」ってゆーただけでみんな「僕にはできない」「出来る人だけが頑張ればいい」「私には関係ない」みたいなコメントするんや? なんで「応援します」のひとことで終われないんか? 後ろ暗いことがあるからやろ? 出来ない自分が恨めしくて苦くて、それで自己弁護しとるんやろ? 頑張ってキラキラしている人の足引っ張るようなこと言って、何が楽しい? アホか。

 

 本来は増田みたいに頑張ってる人がノウハウを若い子に伝えていかなアカンところやろ。なんでそれすらも「出来ない人に押しつけ~」になるんかわからん。お前が出来なくても教職関係者はやらなあかんのやボケ。誰のおかげでかけ算九九が言えるようになったんや。

 

 教育困難校の問題はアホにはわからんしアホンダラにはもっとわからん。それやけど保育園落ちた並に国会に出して制度改革やってもらわなあかん問題やってもっと騒がないと本気で日本終わる。やれ考え方教育だのセンター試験の見直しだのアクティブラーニングだの横文字つかっておけばいいみたいな教育改革よりも福祉に直結した教育改革も進めないと日本終わるで。まじで。子どもの貧困とか余裕あるタイトルだからピンと来ないんや。「(教育を受けられないための)アホガキの増産」やで。今の教育現場は出来ない奴を積極的に切り捨てる方向へ向かってる。でもその出来ない奴は環境に恵まれないだけで、勉強する環境が整えばかなりマトモな方向に育っていくんや。それをやるのが義務教育じゃあないのか? あ?

 

 あとベテラン教員が退職して教員の人数が減って、若い教員を教える現場の先生がめっちゃ少ないのも問題やな。だから「教科とかよくわかんないけど部活動やりたいれす」みたいなアホでも採用してきちんとしたフォローがされてなくて授業の質が保てないんや。それで学級崩壊起こしても行政はなーんも責任とってくれんしな。アホか。アホなのか。

 

 もう一度言うと、増田はなーんも悪いことは言ってないし真っ当なことを言ってる。消しちゃったのは悪い子だからその辺の角度に頭ぶつけて反省な。

 

 

 

 

 で、これを読んだ人は教員や介護、その他ボランティアやってる頑張ってる人に「僕には真似できない」とかもう言わないでほしい。もうそれ「僕は切断処理をします」っていう呪いだからね。素直に応援の言葉を口にしてあげてほしい。お願いだから、これ以上頑張ってる人の足を引っ張るようなことを言って頑張ってる人のやる気をくじくようなことを建前でも言うのは辞めてほしい。関西弁は喋れません。おわり。

 

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