さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

BUGと短歌の振り返り

 とりあえずの振り返り記事です。

 

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〇まず今回も最初数行を何となく書いて、それから想起できることをたらたらと書いていった。カマキリの死体については、実際にあった話だ。犯人はうちの犬だったのだが、腹から下は本当にどこに行ったのかわからない。食べてしまったのだろうか。それにしてもカマキリは確実に一部が欠落しているのがわかるありふれた昆虫で一番ぎょっとする部類に入るだろう。大きさもそこそこあって、形も割とインパクトがある。

 

〇カマキリの死体→自分の父の葬儀→死とは何かということで今回の死ぬに死ねない世界を想起。BUGも無理矢理当て字のように作成。「全地球のバックアップ」って非常に厳しい。ここに意味はないから別にかまわないけれど、無理矢理感が否めない。

 

〇実際にこういう話は5億年ボタンのようで、また「空間移動や若返りなどで身体と精神の連続性はあるのか」という話にもなってくる。前にアンパンマンの顔は頻繁に交換されているが、記憶はどう継承されているのかという漫画が話題になったことがあったが、今回の話はそれらとは逆の視点で書かれている。つまり「オリジナル」の存在に邪魔な「旧オリジナル」を抹消するのではなく、「旧オリジナル」がいつまでも生き続ける話です。しかも「旧オリジナル」は更新されるたびに増殖するが減ることはないので、永久にひとりぼっちがシステムの中に何十億と溢れていく感じですね。このゾワゾワする感じがたまらない。

 

〇なんていうか、「書きたいことをそのまま書いてもいいんだ」みたいな感じでやっと書けるようになってきた気がします。今までは優等生なお話を書かなくちゃ、みたいな感じでとにかく「見栄え」に気を使った話を書いてきたのですが、そろそろ自分の書きたい話を書いてもいいかなぁと思い始めて書いています。「気を使った話」と「そうでない話」を比べると「気を使った話」は書いたことすら覚えていないことがあった。あまりにも失敗作だと思い過ぎて覚えていたものもあったけれど、そのくらいの思い入れしかないんだなぁと改めて感じた。さて「失敗作すぎて覚えている話」や「そうでない話」はどれでしょう? 答えはそのうち。

 

 

 ついでに短歌のほうも書いておきます。完全におまけのうえ短歌の内容について何も書いていないのでメインコンテンツではありません。

 

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〇今回の題詠をなんとなく詠んでいるうちに「流」という漢字がいくつかあることに気が付き、じゃあ全部統一するかと無理矢理「流」を組み込んだ次第です。

 

〇短歌を詠むのは好きだけれど、想いをこめて短歌を詠むのは苦手かもしれない。正直何のために短歌を詠んでいるのかさっぱりわからない。歌を詠むのに目的はいらないけれど、歌を詠んでも自分の中に蓄積されていくものが見当たらない。後から後からすくいあげた砂のようにボロボロと言葉が無意識の海に沈んでいく。おそらく文芸と言うのはみなそのような性質があるのだろう。何かを残したいから言葉にするのではない。言葉として心の中から消してしまいたいから言葉にするのだ。そんなことを考えた。

 

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