あのにますトライバル

君の気持ちは君の中でだけ育てていけ。

桜並木の続く道 ~短編小説の集い宣伝~

※今回はショッキングな描写がいくつかありますので、怖いの苦手な人は回れ右でよろしくお願いします。 無理して感想を書かなくてもいいです。

 

 暗い道を、ひとりで歩いていた。両脇には満開の桜がひらひらと花びらを散らせて、雪のように地面を白く染めていた。真っ暗な空には白い月がぽっかりと浮かび、白い花びらをきらきらと輝かせている。

 響子はひとり、この道を歩いていた。まだ新しい皮のにおいがする通学かばんに、真新しい教科書。身体になじまないセーラー服。イメチェンということで初めて挑戦したショートの髪型。全てが彼女の新しい生活の一部だ。この町に引っ越してきて、今日が初めての登校日だった。
(新しいクラスに、慣れるといいな)
 初日は何が何だかよくわからず、とりあえず隣の席の女の子と仲良くなれそうという具合だった。部活動の勧誘にひっかかり、遅くまであちこちの部活動を見学させられての帰宅だった。まだ馴染まない帰り道だったが、この美しい桜並木を見上げれば新しい町がなんとなく好きになれる気がした。


「何をしているの」


 急に、どこかから声をかけられた気がした。辺りを見回しても響子以外の姿は見えず、その視界まで暗闇に吸い込まれてしまいそうなほど静まり返っていた。響子の他にここに誰かがいるようには思えない。


「こっちだよ」


 今度ははっきりと、そう聞こえた。響子は道を外れ、声の聞こえた方へ歩み寄った。確かに桜の木陰から声がしたような気がするのだ。誰か隠れて脅かそうとしているのではないかと思い、その木の周りをくるりと回ってみたが何もなかった。
「やっぱり気のせいか」
 響子は歩道へ戻って、息ができなくなるほど驚いた。歩道は先ほどと同じく、両脇に桜並木が続く美しい光景が広がっていた。ただ、広がっているのは桜並木だけだった。遠くに見える家々の灯りや、近くを走っていた車道が全て見えない。月からの光は青白く桜と歩道を照らしていたが、それ以外のものが忽然と姿を消してしまった。歩道の外には、ただ暗闇が広がっているばかりだ。
「え、どうなってるの?」
 どこまでも続く桜並木は幻想的だが、いつ果てるとしれない歩道をずっと見つめていると途端に不安がこみ上げてくる。きっと悪い夢でも見ているんだ、と響子は歩道を歩きだした。肩や髪に雪のように花びらが降り積もり、地面も白く染め上げていく。しかしその他は月が白く浮かんでいるだけで、後は真っ暗な闇が広がるばかりだ。

 

 しばらく歩道に沿って歩いたが、桜並木から外に出ることはできなかった。携帯電話の電源は切れ、使用することができない。おそらくこの道はどこまで行っても桜並木なのだろう。ただでさえまだよく知らない街にやって来たばかりなのに、こんなよくわからない事態に巻き込まれてしまって響子は混乱していた。どうしてこうなったのかと響子は必死で考え、桜の木の陰から声をかけられたことを思い出した。
「そうだ、桜の木の向こうに行ってみれば」
 響子は桜並木の歩道を外れ、闇の広がる方へ足を運んだ。暗くて地面はよく見えないが、舗装されている様子はなく土がむき出しになった土地が続いているようだった。月明かりすら桜並木から外には射し込まず、響子は漆黒の闇の中を手探りで進んでいった。

 

 しばらく進んで、響子は道を外れたことを後悔した。これほどまでに闇が深く、自身が頼りないものだとは思わなかった。手を突き出してそろそろと闇の中を進んでいくと、まるで闇と自分が同化してしまうのではないかとさえ思える。引き返そうとしたけれど、既に後ろも闇に覆われていて、元の桜並木にまで戻ることはできなかった。

(はやく、家に帰りたい)

 ここがどこかということや、どれだけ不可思議なことが起こっているかということは今の響子の頭になかった。ただ家に帰るためにはどこへ行けばいいのかということのみが頭を占めていた。その「帰る家」という希望すらも、真っ暗な闇が響子の心を蝕んで思考の隅に追いやろうとする。歩道を外れてから数十分ほど経っていたが、響子は何時間も暗闇の中を歩き続けたように感じていた。

 

 不意に何か固いものにぶつかった。手で探るとそれは看板のようで、凹凸から何か文字と矢印が描いてあるように感じた。示された方向を見ると、ぼんやりと何か灯りがあるのが見える。
「あっちに行けば何かあるのかな」
 久しぶりの光に喜び、響子は光を目指して走り始めた。光があるということは、誰か別の人がいるということかもしれない。そうすれば、家に帰る方法がわかるかもしれない。響子は息を切らして光の方を目指していく。走っても走ってもなかなか光に追いつくことはできない。

 

「痛っ!」

 

 何かに足をとられて、前のめりに転んだ。痛む身体を起こして顔を上げると、前方に何かの施設が見えた。月明かりのような細い光でぼんやり照らされているが、上空に月は見当たらなかった。
「あの、誰かいませんか!!」
 響子は息を切らせてその施設に近づいて、そして足を止めた。そこは石や木が地面から突き出していて、それらには響子の読めない文字で何かが書き記されていた。書き記された内容はわからないが、そういう場所を響子はよく知っていた。

 

(お墓だ……!)

 

 しかし、墓があるということはそこにやってくる人もいる。響子は思い直して、墓場へ近づいた。墓の壁面には何が書いてあるかわからないが、故人の名前が記されているのだろう。ここまで来て、響子はここが元の世界ではないということにやっと気が付いた。急に心細くなった響子は大声で叫んだ。
「誰かいませんかー!?」
 すると、立てられた石の陰で何か動くものがあった。響子は思わずそちらの方へ体を向け、そして動きを止めた。石の後ろから出てきたものは、響子が見たこともない姿をしたものたちであった。大きさはちょうど人間の子供くらいの大きさで、2本の腕と足があるというところは人間と同じだったけれど、それらには人間の目や口と言った器官がなく真っ白な頭部を晒していた。ただ目や鼻に当たる部分に凹凸が残っていて、薄暗い墓場では影がうっすらと表情があるようにゆらゆらと動いて見える。服は身に着けてなくて、頭と同じように青白い皮膚をむき出しにした全身がぶよぶよと蠢いている。そんな異形の者たちが3、4体ほど響子の周りを取り囲んだ。その数はまだ増えるようだ。
「あ、あの……」
 響子は声をかけようとしたが、おそらく望むような返事は帰って来ないと予想した。そこで墓場の中を異形の者から逃れるように走り出した。
(どこかに隠れないと!)
 彼らが何者かは知らないけれど、捕まってしまってはきっとよくないことが起こるのではないか。立てられた石や木の間を通り抜け、響子は墓場の中を駆け回った。
(ふ、増えてる!)
 ちらりと後ろを振り返ると、白い者たちは10体ほどに増えていた。どれもが一斉に響子を追いかけてきている。響子は疲れ切った身体を恐怖で無理矢理動かして、身を隠す場所を必死に探した。
(お墓があるっていうことは、近くに誰か住んでいないのかな)
 走り回っているうちに、大きな穴が見えた。そのままそこに飛び込むと、思った以上に深い穴で人の背丈ほどの深さがあった。そして横にも広く、通路のように奥に向かって闇が広がっている。
(このままここにいるよりマシかも)
 響子は穴の中を走り出した。直に明るいところに出るだろうと言う微かな思いだけが響子の身体を動かしていた。

 

 しばらく進むと、思った通り明るい場所に出た。どうやら、墓場の中の他の穴の出口に繋がっていたようだ。
「!!」
 響子は思わず叫びそうになって、慌てて口を手の平で塞いだ。目の前にあったのは、白骨化した人間の死体だった。かなり時間が経っているようで、埃が厚く降り積もっている。よく見ると胸のあたりに錆びたナイフが置かれている。この人はここで自害をしたのだろうか。

 

 立ち尽くす響子の目の前に、でろんとした物体が降ってきた。あの白い者たちが、穴の中に入って来たのだ。
「やめて! 来ないで!」
 響子は錆びたナイフを手に取ると、白い生き物に向かって思い切り斬りつけた。白い生き物は声を上げなかったが、斬りつけた部分から真っ白な液体が滲み、痛がるようなそぶりを見せた。
「これ以上近づいたら、刺すわよ!」
 ナイフは錆びていたので大したダメージは与えられないが、牽制として有効だったようだ。白い者たちはおどおどと動き、やがて下りてきた者たちも穴をよじ登って響子の前から姿を消した。

 

(助かった、の……?)

 

 響子はその場にぺたりと座り込んだ。ぶるぶると足が震えて、力が入らない。自分が恐ろしい場所にやってきてしまったことが体中に染みわたって、どうすればいいのかよくわからない。
(とにかく、ここから出ないと)
 目の前のバラバラになった白骨死体を見ているのが嫌で、響子も穴をよじ登り始めた。そういえばこの場所は携帯電話は通じるのだろうか。しかし、携帯電話を入れたカバンをどこかに置いてきてしまったのでそれを探す方が先かもしれない。様々なことが頭の中を過る。確か、墓場に来るときには確実に持っていたはずだ。逃げ出す時に放り出してしまったのだろう。

 

 泥だらけになりながら穴の中から脱出すると、響子は墓場を歩き回った。先ほどの錆びたナイフを腰に構えて、あの白い者たちが出てきたら今度こそ刺し貫くつもりでいた。
「あった」
 カバンはすぐに見つかった。ところが、真新しいはずのカバンはボロボロに崩れ、中にしまっていた教科書も色あせ、文字がよく見えなくなっていた。新しく買ってもらった携帯電話も全く動かない。
「一体どうなっているの」
 一体ここはどこなのか。家にはどうすれば変えることが出来るのか。何故カバンは急に古くなってしまったのか。あの白い者たちは一体何なのか。穴の下で死んでいた人はどうして死んだのか。わからないことだらけで、頭が破裂しそうに痛い。
「もうヤダ帰りたい帰りたい帰りたい!」
 地面に座り込んで響子は頭を抱えた。こんなわけのわからない世界には一秒たりともいたくない。早く、家に帰りたい。帰って、温かい夕飯を食べて自分のベッドで眠りたい。

 

「!!」

 

 泣きだそうな響子の瞳が大きく見開かれた。響子の黒いソックスを、地面から生えた真っ白な手がしっかりと握りしめていたのだ。その手は2本、3本と増えて響子の周りを取り囲む。慌ててナイフを構えたが、その手も白い手に押さえつけられてしまった。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤだイヤだ」
 地面から次々と伸びた手は泣き叫ぶ響子を拘束し、あっと言う間に響子は白い手によって組み伏せられてしまった。そのまま手は顔を覆い、口と鼻も塞がれ響子の意識はそこでぷつりと途切れた。

 

 * * *

 

「ただいま」
「お帰り、遅かったのね」
「部活の勧誘に引っかかっちゃてさあ」
「わかったから、はやく着替えてきなさい」

 桜並木を歩いてきた制服には桜の花びらがたくさんついていた。転校初日、この町でも楽しくやっていけそうだ。詰襟の花びらを真っ白な手で払うと、真新しい真っ黒な生地がまだ手に馴染まないで跳ね返ってきた。

 

≪了≫

 

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 つーわけで「桜の季節」です。 ただ「桜」が出てくるだけの怪奇ものになってしまいました。これはあんけとーの結果です。

 

 

 何というか、今まで書いたものの総集編っぽくなってます。『水晶体奇譚』でいうと「かいだん」や「忍ぶ間にはあらねど」あたりの雰囲気です。というか、そのものです。このお話が気に入った人は、そっちも見てみてください。あと『ハロウィンホラー短編集』で言うと「ちいさな黒猫さん」「ひとりぼっちのトリック・オア・トリート」あたりでしょうか。こっちの短編集は本当に好き放題に詰め込んでいるので本当に趣味の領域に入っています。

 

水晶体奇譚(左の目玉) - カクヨム

ハロウィンホラー短編集 誰にもなれなかった夜 - 霧夢むぅ | ブクログのパブー

 

 そんなわけで、このモチーフもたくさん書いたので、そろそろ超えて先へ行きたいなぁと思いました。新規開拓、していこう。