さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

JR新宿南口 ~短編小説の集い宣伝~

 別にクリスマスじゃなくても、恋人たちは街を歩いている。年の瀬だって、正月だっていつでも恋人は一緒にいるだけで幸せだ。特別な日だからという理由で幸せを感じるのは恋愛ゲームをしている男女だけで、本来の恋人は何でもない日でも充分幸せなのだ。

 

「ここ、新宿南口ではたくさんの人がプレゼントを抱えて家路を急いでいます」

 いつものように人で溢れかえっている新宿の南口では、テレビのリポーターが賑わっている様子を伝えている。撮影機材を抱える人たちが人の流れを邪魔して、余計混雑を招いていた。既に空は暗くなっているというのに、東京の空は明るすぎて星がよく見えない。かろうじて大きな星が数個、見えるくらいだ。それ以外の星は大きな看板の照明とネオンに負けてしまっている。冷たい風が止み、外は冴えた冷たい空気で満たされていたが、駅の構内は人の熱気で暑いくらいだろう。

 

バッカヤロー、何がクリスマスだー!!」

「そーだそーだ!!」

 サンタの帽子をかぶった若者たちが徒党を組んで騒いでいた。言葉とは裏腹に、皆で集まっている様子からは悲壮な様子はうかがえない。「独り身で集まって騒ぐ」ということは、恋人がいては出来ない楽しみ方だ。それはそれで、ひどく楽しいものだと言うことを彼らも知っているのだろう。遅れてやってきたトナカイの角をつけたメンバーを仲間に加えて、彼らは東口の方へ人ごみに消えて行った。

 

「じんぐるべーるじんぐるべーる」

 まだ10歳にならないだろう子供が大声で歌っている。子供の手を引いて、着飾った母親と思わしき女性がきょろきょろと辺りを見回している。誰かと待ち合わせをしているようだ。子供は黒いコートを着た大人の中で窮屈そうに身を縮めている。やがて、母親の顔が明るくなって、手を大きく振り上げた。そこにやってきた男性は、子供の父親なのだろうか。母親は男性に抱きつき、子供の手を引いてサザンテラスの方へ消えて行った。男性がやってきたのに表情を変えなかった子供が気になったが、様々な事情があるのだろう。きっと年に一度、クリスマスにしか会うことのできない父親だから子供も戸惑っているのだ。そういうことにしておいた。

 

「クリスマスの夜、みなさんお急ぎですか? リア充ですか?」

 ギターを抱えた男性とメイド服に身を包んだ女性がマイクを持って立っていた。

リア充なんてぶっとばしませんか?」

 男性がギターを演奏し始めた。女性がお世辞にも上手とは言い難い歌声で呪いのような歌を歌い始めた。何でも、クリスマスなんてやっている若者は燃やしてしまえと言うことらしい。女性は激しく動き回っていたが、ごてごてなメイド服と言う服装が似合っていない。ひとしきり動き終わると、曲もちょうど終わった。

「それでは次は、今日の夜にふさわしい曲を歌います」

 ギターの伴奏は『Last Christmas』のものになった。女性はタンバリンを取り出し、曲に合わせて振りながら歌い始めた。先ほどのわざと下手に歌っているのではないかと言う声ではなく、真面目な歌声はそれなりに心に響いた。先ほどまで見向きもされなかった彼らだったが、今度は数人立ち止る人が現れた。次に『All I Want For Christmas Is You』を歌い、彼らは路上ライブを終えた。

 

 サザンテラスの方から帰ってきたカップルが何組も通りかかった。一様に寒さから身を守るように二人はぴったりとくっついているのだが、何組かは手もつながず遠慮がちに離れていた。まだそこまでの仲ではないのか、それともサザンテラスで何かあったのか。彼らの中でクリスマスが幸せなものでなくなったのではないだろうか。余計なことを考えてしまうが、人の事情を詮索しても仕方がない。

 

 それ以上の幸せな雰囲気とは無縁の、黒いコートを着た男性が改札に消えて行った。これからどこに行くのだろうか。帰る温かい家庭があるのだろうか。それとも寒い家に帰って、ひとりで熱燗でも飲むのだろうか。ひとりひとりにドラマがあってもいいと思うのに、彼らの顔は型で作られたように同じに見えた。その中に一人、着飾った若い女性を見かけた。着飾った、と言っても派手な化粧をしているだけで年齢や恰好は子供のそれだった。彼女は帰る家があるのだろうか。彼女は改札へ入ることなく、東口の方へ流れて行った。

 

「ごめん、待った?」
 南口の人通りも少なくなってきたころ、やっと彼女はやってきた。仕事が長くなるから、待っていてほしいという連絡を信じて、ずっとここに立っていた。どこか別の場所で待っていても良かったのだけれど、今日と言う特別な日に待っている幸せをこの人がたくさんいる場所で感じていたかった。誰のところにもきっと誰か待っている人がいて、それは人は一人じゃないんだって思いたかった。


「じゃあ、行こうか」
 誰のところにもクリスマスはやってくる。そう信じていたかっただけだった。

 

≪了≫

 

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 今月は視点固定の群像劇です。よくよく考えなくてもこの主人公気持ち悪いです。安心してください。それでは、誰の心にもメリークリスマス。