さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

トレス及び書き写すことの話

 「絵はトレスじゃあああ」という記事を見て、他のことについても「トレスは有効だよな」と思ったことについてだらだらと。 

 

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トレスは本当に有効だと思う。

2015/11/27 10:04

 

 自分の絵の実力はこのブログをずーっと見ている人ならなんとなくわかると思うんですが、何度か「絵も描けるようになりたい」って発作的に思い立つこともあるんですよ。30秒クロッキーとか、ひたすらトレスとか、何度もやってみていつも同じ結論にたどり着くのね。「あぁ、描けたら楽しいと思うけど何を描いたらいいのかビジョンがない」っていうことにね。それに気が付いてフェードアウトしていくのが毎度のこと。ただ思い立つのが楽しいから思い立つこと自体はこれからも何度かあると思う。

 

  で、トレスの話に戻ると自分は書のほうをかなり長くやってきたのでトレスの重要性は知ってるつもり。書っていうのは「書写」っていうのが最初にあるくらいだからまずは「ていねいにかきうつす」ことが目的。だけど「ていねいにかきうつす」だけだとだめで、そこから更に個人の味を出していかないといけない。でも、何故か「個人の味を出す」ことを目標にして「ていねいにかきうつす」ことをないがいしろにするからいつまで経っても上達しない人はいる。残念だけど「ていねいにかきうつす」と「個人の味を出す」は両立するからね。「個人の味を出す」ことをやたら神聖視する人は怪しいって思ってる。古典の臨書とかめっちゃ楽しいですよ。

 

 書は形をとるとか絵に近いところもあるなぁと思うのですが、文章を書くって言うのも「トレス」できるんじゃないかなぁって思うのね。文章って言うのは言葉の並べ方なので、「何をどこに配置するのか」っていうデザインが出来ないとなかなか書けるものでもない。「起承転結じゃ」とか「序破急なのだ」とか言われても、そもそもの素材がないと難しい。だからやっぱり「書き写し」は言葉を覚えたりリズムをとる勉強になるし、何より「文章を書く」という体力が付く。

 

 文章を書く上で大事なことは何かって聞かれたら、構成や発想もそうなんだけど、自分は「体力」を推す。「何を書こう」と材料集めを常にしたり、それを「あーでもないこーでもない」とパズルのように組み合わせたり、それでうまくいかないと「やめる!」って自分自身に腹を立てたり、かなり複雑な思考をしなくてはいけない。つまり「持続的に考え続けること」が大事になってくる。うまく表現できないけれど、この力は集中力に近いと思う。でも集中力とはちょっと違う。

 

 そんで自分がこの「体力」を身に着けたトレス原体験って何だろうなーと思っていたので「これじゃね?」っていう記憶を検索した結果、なんか道端のエロ本を一生懸命見ようとしていたみたいな記憶にぶち当たりました。

 

 自分は90年代をガチ小学生で駆け抜けた世代で、今からする話はたまごっちやミニ四駆がどうのこうのと言って、テレビではごっつだのウリナリだのやっていて『透明人間』や『金田一少年の事件簿』を真剣に観ていた頃の話です。多分現代と違って、クラスでの話の中心はオリコンでミリオンセラーを叩きだした流行歌をどれだけ知っているかというのがステータスでした。SPEED、ポケットビスケッツにV6、SMAP安室奈美恵PUFFYGLAYなどなど。まぁそんな時代でした。

 

 で、「たくさん歌を知りたい」と思ったのでした。それで歌を覚えるために歌詞をノートに書き写す、ということをし始めました。最初は暗号めいたものを書いて「これは何の歌だ?」みたいなクイズみたいな落書きをして、周りに見せて遊んでいたりしたのですが次第に「ノート1ページにしっかり歌詞を書き写す」ことを目標にしていきました。これが意外と難しく、「きれいに1ページを使って1つの曲を書き写すのに改行はどこですればいいのか」とか「文字の大きさにも気を配って」とか「字もできたらきれいに書こう」とか思い始めたのです。

 

 そして今より電子機器も複合機も自宅に普及しているわけもなく、コピーをするのにコンビニまでえっちらおっちら出ていかなければいけない時代でした。CDなんて高価なものを買うお小遣いもその頃はもらっていなかったので、レンタルショップでたくさんCDを借りて、そして1週間のレンタル期間のうちにノートに頑張って歌詞を書くということをやってたわけです。書ききれなかったものは曲を聞いて耳コピでした。たぶん一番頑張ったのは林原閣下の曲達です。多分どこかにまだそのノートある。

 

 で、そんなことをずーっとやっているうちに「言葉の配置の方法」とか「語彙」とかそういうのがなんとなく身に着きました。あと「話題の展開」なんかも少し身に着いたかもしれない。歌詞の起承転結とか、そんなんがなんとなく。なんとなくです。多分中学真ん中くらいまでそれやってました。それ以降はうちにネットがやってきたりお小遣いが増えてCD買えたりで、歌詞写しはやらなくなっていきました。たまに「英語の勉強」とか言って無理やり歌詞を英訳とかアホなこともやっていましたが、そのくらいです。再開したのは大学に入って谷山浩子にハマったときです。その時やっていたのが「曲を聴く」と「歌ってみる」の他に、「歌詞を書き写す」ということでした。そうやって世界の輪郭を探っていたような、そんな気がします。

 

 そんなわけで自分の原体験の話はおしまいです。別に「歌詞を書き写したら文章を書くのに抵抗がなくなる」とかそういう話ではありません。ただ、トレスは有効だったのかもしれないなぁという思い出話です。おわり。