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さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

冗談を冗談と書くことができないとネガコメ認定するのは難しい

作品解釈 雑記

 久々の炎上鑑賞記事です。あくまでも鑑賞記事ですので解説になっているかどうかわかりません。

 

 最初にこのブログの書き手のスタンスを述べていきます。基本的に理解し合うことができない人たちが存在する中で、相手の価値観の成り立ちについて知ることが出来ればある程度譲歩の仕方と言うのが学べると思うのです。「どうしてこの人は悪口ばかり言うんだろう」と言う人は親から悪口を言われて育った可能性が高いです。暑いところで暮らしている人は開放的になるし、厳しい環境で暮らしている人は厳格な掟で生活を守っている場合が多い。そういうのを世界規模で眺めるのが比較文化学であり、身近な伝承などを元に解き明かすのが民俗学だと思うのです。

 

 そんなわけでお盆明けにどーしてもどーしても気になったのがこの記事のこの部分。

 

zuboco.hatenablog.com

 

 要は「コンビニでキリが悪い小銭の貸し借りは気持ち悪い」というひたすら個人の雑感でしかないものなのですが、炎上要素は下記の考察にあります。

 

狭い村社会に生まれ 外の土地を見ずに 死んでゆく 土着のヤンキー族には

戦後 みながまだ 貧しかった時代の

隣家に お醤油を借りにいく感覚が まだ 残っているのだろうか

 

この土地では 個で生きることができないので 

彼らは 常に 群れている

気軽にものを貸し借りする精神 というものは 

意外と 民俗学的なテーマかもしらん

 

 民俗学的というか学問的に考察するのであれば「田舎のヤンキーは貸し借りをするが都会のサラリーマンはしない。なぜならば~」と考えなければいけない。ところがこの記事だと「都会のレストランでバイトしたときは気にならなかった」とある通り、「都会のサラリーマンにこのような行動はほぼ認められない」とまで言及はされていない。もし観測範囲の中でも「都会ではこのような行為はなかった! 田舎特有だ!」まで主張するのであればまぁブログの書き手にとってはそういうものなのかもしれない。ただひとつだけ言えるのは、学問的にどうのこうの以前にこれは個人の雑感でしかないと言うこと。「私はそういうの苦手だなー」で終わっていればなんということもないのに、いきなり「田舎のヤンキー」と勝手に主語を広げ、一般論にしようとしている。まだ原田曜平のほうが丁寧な観察をしている。

 

 更にこの部分だけ句読点なしのポエム状態なのも表記としてはあまりよくない。ポエムは感情をダイレクトに伝えるという点では優れているけれど、その代わりダイレクトに伝えすぎて伝えなくていいことまで伝えてしまう。「土着の」「みなが貧しかった時代」「常に群れている」など、ネガティブなワードを多用して小銭の貸し借りが主ではなく、「田舎のヤンキーって戦後の貧乏くさい価値観を引きずっていて見苦しいわよね」という無意識の筆者の心の声をダイレクトに表現してしまっている。本人にその気はなくても、そう読めるように書いてしまったと言うことは筆者はそう考えていると捉えられても仕方がない。

 

 ちなみにあまり意識されていないと思うけれど、その後にぽそっと書かれている「言語性にくらべて動作性が低い人間はコンビニ店員に向きません」というワードも着火させる力はかなりある。難しい言葉で誤魔化していますが「頭のいい人間に比べて体を動かせない人間*1はコンビニ店員に向きません=コンビニ店員なんて頭のいい人間はやりません」ということにもなる。ここは「言語性にくらべて」を削除すれば全く問題ないのに、ひとこと多いんだね。

 

zuboco.hatenablog.com

 

 その後追記エントリで「私がおかしいのか」という振り返りをなさっているのですが、それにしても不安がぬぐいきれない。「いじめやたかりにつながるのではないか」と心配しているけれど、既に指摘のある通り「1円単位で割り勘をするのか」という状況なんだと思う。自分がお金に厳しいのをモヤモヤするのは構わない。だけどそれの何が「民俗学的テーマ」なんだと最初のところに戻ってくるわけで。

 

 

 で、ご本人はネガコメが嫌いだそうです。うーん、「土着のヤンキー族」とかいうかなり強いネガティブワードを使う人が「ネガコメは嫌い」というのは一体どういうことなんだろう……? 果たしてネガコメとは一体何なのでしょうか……?

 

 で、何で今更この記事が炎上しているのかと言うと下記の記事が非常に香ばしかったからですね。以下雑にやっていきます。

 

zuboco.hatenablog.com

 

・寄せ鍋にピーマン

 何をどう考えたらそうなるのかわからない。ピーマンは炒めよう。

 

・「焼肉」「カレー」というリクエスト

 焼肉のたれとカレーのルーの味でいいということだなぁ。

 

筑前煮に大根

 大根の煮物は個人的に好きだけど、大根の煮物は大根の煮物だね。甘くなる。

 

・「名前のないメニューは作らんでね」

 創作でも「玉ねぎ揚げ」とか「鶏肉とチーズ焼き」とか説明できると思うんだけど、自分で論理的に説明できない料理は作らないほうがいい。

 

・「家庭料理に独創性っているかな。安定して同じ味を再現することが大事だよな」

 家庭料理に限らず日常生活で独創性はいりません。

 

 

 うーん、どう擁護していいのかよくわからないくらい要素が詰まっている。

 

だいたい、うちの夫と子どもは、食に関してストライクゾーンが狭すぎると思うんです。
偏食と言っていいぐらい。

 

 あ、これ進研ゼミでやった奴だ! 「たにんをおとしめてじこをせいとうかする」っていうロジックだ! 言い換えると「私は悪くない」だ!!!


実は私、家事の中で、料理がいちばん楽しいんですよ!!!
料理本やクックパッド見るの大好きだし、わくわくする。
だからちょっと冒険したくなるんですよね。

 

 散々冒険するなって家族から言われているのに一体どういうことなんだってばよ。

 

余ってる野菜とか入れたくなりませんか?
傷む前に食べなきゃって、おでんにキャベツとカボチャいれたりしません?
カラシそえたら美味しそうじゃんって思うんだけど。

 

 おでんにカボチャはない。甘くなる。カボチャの味噌汁ならわかるんだけど。しかし、師範学校の厳格な教師の祖母を持つ人がどうしてこんなに味覚に対して鈍感なのだろうか。

 

ダメかな?

 

 個人的に一番ポイント高いのがこの締め。経験的に「ダメかな?」とまとめる人が良かったためしはない。何故ならこの「ダメかな?」というのは「自分は悪いところをわかってやっているから自覚しているだけでいいでしょ」ってことで改善の見込みが絶対ないから。「ダメかな?」の後ろには暗黙的に「ダメじゃないよ」って言葉を期待している。だからはっきり言う。ダメです。絶対ダメ。メシマズは仕方ない。だけどそういう甘えは文章を書いて発表する態度として非常によくないと思う。

 

 料理に独創性云々ってよく見るけど、それってつまり「日常生活に独創性は必要か」って話なんだよね。「俺は独創性を求めている」と言って毎日毎日夫が一発ギャグを披露しないと気が済まない家庭を想像してほしい。で、面白がらないと怒る。普通に挨拶すればいいのに「おはヨーグルト!!」とか「こんばんワイン!」とか毎日毎日やられたら、普通の感覚の人はイヤなんじゃないのかね。「いや、普通におはようでいいよ」って言っても「独創的なものを好む俺にケチをつける気か!」って怒るよね。だから何も言わなくなる。「こいつに話は通じない」と思われたら、それはもう健全な関係じゃないよね。

 

 そんで、擁護記事があがっていました。

 

peticonbu.hatenablog.com

 

 それでこの人、前も「ネタでやっていることでもネガコメするネット民は怖い」*2っていう記事書いてたなぁと思いだしたのです*3。ただ、今回の記事に関して言うならばはっきりって「ネタ」に見えないと思う。ネタならネタでもっとわかりやすくネタ要素を入れないと。

 

結構ネガコメ(批判コメント)が多くて驚いた。
私も昨日読んだんだけど、燃えるポイントなんて全く思いつかなかったんだけど。

 

 

 メシマズ告白なんてよく燃える題材を前にして「燃えるポイントが思いつかない」っていうのはある意味すごいよ。なんでメシマズが燃えるかって言うと、事実であれ架空であれ、その向こうに苦しんでいる被害者(夫・子供)がいるからなんだけどね。

 

 擁護のつもりでエントリを書いていると思うんだけど、全く擁護になっていない。本当に擁護がしたいなら「ずぼ子さんはわざと書いているんであって、そんな人じゃないですよ~」でいいのに、そこに「それを見抜けないネット民はバカ~マジレスカコワルイ~」なんてばかでかい主語で「ネット民」なるものを貶めるのは何故だろうなぜかしら。ずぼ子さんの上記の記事のように貶める必要の無いものを貶めていたらそりゃ反感を買われるのは当たり前。書いた人の心理とか背景とか以前の問題。

 

ちなみに批判の中に、「夫に料理させてみたら?」みたいなのがなくて残念。
時々、メシマズ嫁の話題を聞くことがあるけど、いつも思うのは、「妻を批判している夫はそもそも料理できるのか?」ってこと。
まさか、自分できないくせに人を批判しないよねえ? できるならできるで、奥さんに教えてあげたらいい、それで万事解決するじゃないか、って。まあ、そんだけです。

 

 メシマズを非難する人の中には女性も大いに含まれると思うのですが、何故急に「夫VS妻」の二元論になるんでしょうか? あっこの人単に炎上記事に言及してPV貰おうとしているだ(ry

 

 ひとのわるぐちをいうのはよくないですね!

 ネガコメハスルー!

 ネガコメハスルー!

 

【まとめ】

 なんていうか、全体的に「私はおばちゃんだから」で逃げている感じがした。ネットにおばちゃんもおじいちゃんも関係ない。15の小僧も炎上すれば80のじーさんだって炎上する。根拠がないことを言えば根拠を要求される。ネタにマジレスがどうのこうのとか、それ以前の問題。「何故お前はそういう思想に至ったのか」をそれなりに説明できないと存在価値を認められないヴァーチャル空間。雑な言及をかませば雑なコメントが沸く。今回はそれだけの単純明快な案件。

 

 これは個人的な雑感ですが、オタクではなかった30代後半~40代の女性はどうやってネット空間と向き合ってきたのかっていうのが気になるのです。最近「ブログ始めました!主婦です!お金儲けします!」というブログがそこそこ見受けられるようになってきて、それまで「のほほん育児日記」とか「今日の創作レシピ☆」みたいなブログはたくさんあったけれど、「お金稼ぎ」という名目で創られた主婦ブログって存在自体の可燃性が高い気がする。しかも「TwitterFacebookを始めました!使い方わかりません!」とかセットでついている場合が多い。

 

 ここですごく疑問なのが、ブログを開設したけど今回の炎上のようにネットでのやりとりが非常にぎこちない人たちって、今までどこで何を見てきたんだろうっていうこと。多分世代でいうとコギャルでポケベルとかピッチとか言っていた世代の人たちかな。2ちゃんねるには触れず、mixiも経験したかどうか怪しい世代。そういう世代のネットリテラシーってどこで発生しているのか気になった。なんか、似たような案件が多いのに情報が全く共有されていない。何故炎上したかを分析せずにただ「炎上って怖いよねー」っていうだけ。交通事故に合わないように気を付けるのでなく、車怖いよねーって言いながら車道の真ん中を歩いてる感じ。誰か詳しい人や「私はこうだった」という人がいたら教えてください。

 

 

【おまけ】

 しかしね、しかし。この人の他の記事を見ていると言及が雑と言うよりわざとやってるんじゃないかって心配になる。そうでないとこんなタイトルの記事はなかなか書けない。もし本当に天然でやっているのであれば、村奇譚のおねーさんの画像を挿入するしかないと思う、うん。

 

田舎の男尊女卑とアイドルの地位 - ずぼ子の日常

ブス論 美人論 - ずぼ子の日常

紫式部は美人たりえない。美人はあんな物語は書かない。 - ずぼ子の日常

 

 

 

*1:誤字を修正しました

*2:記事の実情に合わせて文言を変えました

*3:現在は削除されてるけど。

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