あのにますトライバル

君の気持ちは君の中でだけ育てていけ。

スーツケースに詰め込んで ~短編小説の集い宣伝~

 いいよ出ていくよ出て行ってやるよ、とカッコはベッドの上にスーツケースをバンと投げ出した。お前なんて娘じゃない、どこにでも好きなところに行けという父。それを止めもせずただオロオロしているだけの母。どうせこの家はそのうち出ていくつもりだったから、それが少し早くなっただけ。そうカッコは自分に言い聞かせてスーツケースを床に降ろすと留め具をはずして、ジッパーを開いた。スーツケースは両親のクローゼットからこっそり持ってきた海外旅行用の比較的大きなものだ。

 

 家を出ていくためには何が必要だろうか。まずはお気に入りのお泊りセットを入れる。歯ブラシと洗顔フォーム、それからスキンクリーム。この3点セットがないと落ち着かない。それからお腹がすくといけないので隠しておいたお菓子を少し入れる。あとは数枚の着替えと、忘れていけないスマホの充電器。それでもスーツケースはまだまだ容量を残している。

 

 カッコは部屋の中のものをせっかくだからいくつか持っていこうと思った。できれば部屋の部分の目立つところを空っぽにして、親に見せつけてやりたいとも思った。慌てて警察を呼ぶ両親に、手掛かりはないかと部屋を調べる人情味のある刑事があなた方の心ない発言のせいで、娘さんは出て行ったんじゃないですかねとチクリととげを刺すところを想像してカッコはにんまりする。どれだけ私が傷ついたと思っているんだ、育ててもらった恩だろうが何だろうが、娘にひどいことを言って向こうにお咎めなしというのは虫がいい話だ。「娘が家出してしまった問題のある家庭」の話が膨らんでご近所に後ろ指でも刺されればいい。カッコの頭の中はどうすれば両親を貶めることが出来るかでいっぱいだった。

 

 まずは机の上から片づけよう。散らかった参考書も揃えて棚にしまおう。学校にも行かなくて良いから、勉強道具は全部置いていこう。でも、せっかく集めた色ペンとメモ帳は持っていこう。それからアルバムとプリ帳。これは友情の証だから持っていかなくてはいけない。スーツケースの隙間が少し埋まった。

 

 アルバムには中学のときの修学旅行の写真が入っていた。東大寺をバックに仲良し5人組で撮った写真が一番最初に入っていた。その写真に「うちらマジ最強伝説」と書きこんだのは真ん中のザキカナだ。そのセンスマジダサイとみんなで笑い合った。2枚目は鹿せんべいをあげているノンペー。3枚目はクレカとヨシカがアイスを食べている。どの写真にもザキカナのダサイセンスで変な言葉が書いてある。でも、カッコはそれこそが友情だと思っている。

 

 高校に入っても仲良くしようねと3月にみんなで行ったディズニーランド。おソロのパーカーにおソロの被り物でサイコーな一日を過ごした。あの日はカッコにとって忘れられないものになっている。あれから数ヶ月。たまに5人で会ったりもしているが、どうにも話がぎこちない。高校に入ってから成績がひどく落ち込んだ。それぞれ部活や勉強を頑張っている友人たちにどうしても引け目をとってしまう。どうしても友人たちに並ぶカッコイイ青春を送りたいと思っていたのに、気が付いたら学校でも中学の仲良し5人組のような友達はいないし、今日は成績のことで三者面談で散々に言われてしまった。やる気がないわけではない、ただ勉強が難しすぎるのが悪いのである。それなのに「一日何時間勉強をすること」とか「塾に行ってもらう」とか、全然青春じゃない。カッコの心はそんなことをつらつらと思い浮かべていた。

 

 アルバムを少しめくって、カッコはひと段落とばかりにLINEを開いた。
「家出準備中、っと……」
 すぐに返信がぼつぼつ届いたが、そのどれもが「大丈夫、何かあったの?」とか「心配だよ」など当たり障りのないものだった。カッコとしては「よかったら力になるよ」とか「大変だね」などと言ってもらいたいところだったのだが、少し友情の力を侮っていたらしい。如何にカッコがかわいそうな状況にあるのかを説明する必要があるように思えた。

 

「てゆーか親が悪いしうちの子じゃないとか虐待じゃんね」
「勉強しろとかゆーけどうちはうちのしたいことをしたいし邪魔される権利はない」
「うちは束縛とか嫌いだしそーゆう押しつけ吐き気がする」
「ここはうちの居場所じゃない」
「いらないんなら出て行った方がお互いのため」
「マジ病んでるのかな」
「やっぱり消えたほうがいいよね」
「うざくてすみません」
「うちは本気です」

 

 最後にとどめとばかりに準備中のスーツケースの写真を撮って載せたが、友人たちの反応は変わらなかった。

「でも心配だから思いとどまって」
「家出するにしてもちょっとそのスーツケース大きいんじゃない?」

 友人たちはわかってくれない。カッコはLINEの画面を閉じた。新着メッセージが届いた通知の音が何度かなったが、確認する必要なんてなかった。カッコはスマホをベッドに投げ出し、自身もそれに続く。
「つーかスーツケースの大きさとか関係ねぇし!!」
 改めてカッコはスーツケースの隙間を眺める。何を入れたら、このスーツケースはいっぱいになるだろうか。慣れ親しんだ天井がこちらを見下ろしている。もうじきこの天井ともお別れだ。でも全くのお別れは寂しいから、この部屋の痕跡をひとつでも持っていこうとカッコは思いついた。
「クーを連れて行こうか」
 カッコは枕元のクマのぬいぐるみを抱き寄せる。クーと名付けているそのぬいぐるみはカッコの幼いころからの友達で、父はふざけて「クー太郎」などと言うのでそのたびに「クー太郎じゃありませんクーちゃんです!」と言い返さなければいけなかった。クーは何事もなかったかのようにいつもの丸い瞳でカッコを見つめている。クーを入れればスーツケースの隙間は埋まるけれど、家出にクマのぬいぐるみを持っていくなんて聞いたことがない。こうやってクーを抱きしめられるのも最後の機会かもしれない。カッコはクーを力いっぱい抱きしめた。

 

 荷造りのことばかり考えていたけれど、これからどうするかをカッコは全く考えていなかった。友達に「家出する」などと言えば「うちにおいで」などと言ってもらえると思っていたが、そういうことはなかった。急いで「家出 泊める」という言葉で検索をすると、「神待ち掲示板」というサイトが見つかった。中を覗くと「ネカフェにいます、お金がもうないです」「家事頑張るのでおいてください」という言葉が並んでいた。家を出ていくならお金が必要だ。カッコは貯金と財布を確認した。全部で手元に3万5千円あった。多分足りないと思うので親の財布から少し持って行ってもいいと思った。それからネットカフェの料金を調べると、この辺のネットカフェでもカッコの全財産からすればそれなりのお金が出て行って、しかも利用に身分証が必要だと言う。未成年にとって家出は非常にハードルの高いことらしい。だから友達は誰も家出をしないのかもしれない。

 

 カッコはまたスマホを放り投げた。友達は当てにならない。インターネットは怖い。でも、両親には死んでも謝りたくない。もしかしたら、死んだ方がマシなのかもしれない。家出よりも、そっちのほうが両親にダメージを与えることが出来る。
「よし、死のう」
 カッコは投げ出したスマホをもう一度拾い上げ、「自殺 方法」と検索したが一番最初に出てきたのが心の健康相談ダイヤルの電話番号だった。
「どいつもこいつもバカにしている」
 今度こそ役立たずのスマホをカッコは放り投げた。
「クーはうちの気持ちわかってくれるもんねー」
 クーを抱きしめて話しかけるけど、カッコは「何やってるんだろう、バカらしい」と心底思っていた。バカらしい、本当にバカらしい。
「この部屋を最後だからしっかり見ておかないとねー」
 なんでそんなこと言ってるんだろうとカッコは焦り始めた。口から出る言葉と気持ちが一致しない。
「あのクソオヤジとかもう知らないし」
 そんなことない、あんなお父さんでも昔は優しかった。確かにうざったいところはあったけど、そこまでひどい人じゃない。
「はやく出て行かないとねー」
 この部屋から出てどこに行くの? 出て行けばなんとかなるのかな、そうやってテレビでやっていたLINE殺人事件みたいなのに巻き込まれないかな、そうしたらお父さん悲しむかな。

 

 そうしてクーを抱いているうちに、カッコは先ほどまでの言葉にならない気持ちがどこかに行ってしまったことに気が付いた。よく考えれば勉強しろっていうのは当然だし、理不尽なことではない。何であんなに怒っていたのかよくわからない。それよりも、スーツケースを引っ張り出してしまった自分が怖くなった。最初はあれも持っていこうこれも持っていこうと考えていたけれど、その空虚な空間に何を入れても何も変わらないということに気が付いてしまったのだ。カッコは放り出したスマホを拾うと、LINEを開いた。

「ゴメン、マジ病んでたわ。家出しない」 

 たくさんの心配する友人の言葉の最後に、カッコはそう付け加えた。友人たちの返信が照れくさいので、カッコはすぐにLINEを閉じた。そうすると、部屋の真ん中にどんと置いてあるスーツケースがとても邪魔なものに思えた。荷造りをしているときは楽しいのに、荷物を元に戻す時はどうしてこんなにせつないんだろう。中の物を取り出して元の位置に戻すと、カッコはスーツケースを両親のクローゼットにこっそりしまいに行こうとした。しかし、もし両親と顔を合わせたらどんな顔をすればいいのかわからないので次の日以降にしようと思い直した。本当に大きなスーツケースで、人が1人入ってしまいそうだ。カッコはその中に入ってしまいたいと本気でそう思った。

 

  ≪了≫

 

novelcluster.hatenablog.jp

 

 本来ならば最終日ですが、一応宣伝枠です。部屋から一歩も外に出ていないのに「旅」です。正確に言うと「旅支度」です。まぁ、彼女はいろんな意味で出かけて帰ってきたのでしょう。そんな解釈でよろしくお願いします。

 

 旅の話を書こうと思ったとき、昔はそんな話をよく書いていたことを思い出しました。大体が不機嫌な人が不都合な環境から飛び出していくから話そのものが不機嫌になるというパターンで、こんなものばっかりです。短編小説の集い提出作品だとこのあたりです。外に出かけているのにどんどん内向きになっていく心情ですかね。

 

nogreenplace.hateblo.jp

 

 そういうのが好きなんだってことかな。とりあえずよろしくですー。