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さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

よかったよかった

雑記

 先日の記事が思いのほかバズってビビったのですが、書いてよかったと思います。何故なら元記事の方から返信があったからです。こんな真摯な対応はあまりないのではないかと思います。

 

肩書きについて「主観」で名乗ることを認めるリスク。 | ゆとりな人生ゲーム「年100万円生活」

【続】肩書きについて「主観」で名乗ることを認めるリスク。 | ゆとりな人生ゲーム「年100万円生活」

 

 納得できるところと納得できないところと、元記事筆者なりにきちんと書いてあります。こんなに真摯な対応は初めてなので、ちょっと驚いています。自分の記事に対して反論しかないところがあるとのことですが、論をわかりやすくするために極端な例を出しているところなので、「極端だ」という考えで大丈夫です。

 

 また、「名乗り」の問題についてですがこれは「ミニマリストと言う言葉の意味がよくわからない」ので余計強い問題になっていると思います。「〇〇が好き」というのは何をしたいのかよくわかります。でも何も知らない人に「ミニマリトって何?」と聞かれた時に「名乗ればミニマリストなんだ」というのはやっぱり質問にたいして不誠実だと思うのです。

 

 定義の問題に関して言えば、「言葉の意味は自分で決めたものと相手の考える意味の交わりで形成される」ものだと思うので、定まらない言葉を使う時は「異なる意見も受け入れるある種の覚悟」が必要だと思うのです。前回自分が長々と書いたことを100字以内でまとめてくださった素晴らしいブコメです。

 

ミニマリズム関係なく「ミニマリスト」が胡散臭い理由 - 泡沫サティスファクション

流行語の意味が拡張されつづけて、結局誰も彼もがあてはまり蒸発して意味を無くす。参照先の記事の筆者はその「意味を無くす」という過程を一瞬で成し遂げているわけで、その弁解がいかに不毛か気づけない事が悲しい

2015/07/25 23:17

 

【そもそも何であんな記事を書いたのか】

 旧館からずっと読んでいる人はわかると思うのですが、この問題は昨年からずっと続いている問題です。「便乗してPV稼ぎ目当て」と思われたらちょっと嫌なので言い訳させてください。自分が「こいつはひでぇかもしれんぞ」と思ったのは、下記のやりとりを読んでからです。それまでは「そういう人は好きにやればええねん」くらいだったのが「これ、危ないんじゃないか」と思うまでになりました。

 

ミニマリストっていうのは簡素清貧ってことでいいかな? - ネットの海の渚にて

ミニマリストはファッション感覚で名乗るものだそうです - ネットの海の渚にて

自分は【ミニマリスト】かもしれないなぁって話 - ネットの海の渚にて

 

 まぁ例によって会長が実に素直に問題提起をしたら滅多打ちになったという案件なのですが、Aを持つべき思想集団がQ&Aに関して実体のあるAをよこさないばかりか、実体の見えないものに「Qを唱えることがそもそも間違いでありお前の中の問題」というものすごい自己正当をかましてきている。そんで最終的には「議論は無駄」というバッサリ感。議論以前に話し合いの体を成していない。それってミニマリズム以前にお行儀の問題じゃないか、というのが当初からの疑念です。中にはちゃんと「私にとって~」というきちんとした回答をしている人もいましたが、やっぱり最終的に「定義は人それぞれ」になってしまって残念だなぁと思っていました。

 

 お前は誰の味方なんだ、と言われると多分会長でもはてな村でもなくて、ミニマリスト」っていう言葉の味方なんだと思う。実体も与えられずに、バズの道具として使われて飽きたら捨てられるなんて、あんまりにもかわいそうだ。実際にモノの形をしていないから変に思われるかもしれないけど、ブランドモノのしっかりした服を価値もわからずに「着るとモテるから」買って、価値もわからないのに飽きたら捨てるって言うのが近い感覚かもしれない。モノの大量消費をよくないものとしているのに概念の無駄な消費はしているという見た目の見苦しさも相まって、ファーストインプレッションは最悪でした。「自浄作用が~というのは厳しすぎやしないか」というのも、この問題がある程度継続した問題だったのを見て見ないふりをした結果が現状の苛烈な界隈全体に対するイメージの損傷だと思っているからです。あえて煽動する側が見せないようにしていたのかもしれませんが。

 

 何も縛らない言葉なんて存在しない。「オタク」や「ギャル」に「はてな村民」。みんなある程度の人を縛る言葉で、自称すればそれがよりその人の特定の属性を際立たせて、自己はもちろん他者から特定の視点でみられる。「人それぞれ」なら視点を縛る「ミニマリスト」って言葉もいらないはず。それなのになんでありがたがって使ってるの? っていうのが自分の出発点です。あと、会長の便乗オネェ記事はキモイと思う。あの芸風向いてないからやめたほうがいい。

 

 

【結論】

 何周しても不毛なのは「価値観のすり合わせ」ではなく「価値観をすり合わせることの重要性」に帰結して、そこで「面倒くさいことを言うアイツは悪い奴認定」があるからかなぁと思います。議論以前に話し合いのテーブルに着かない相手にどうやっていいイメージを持てばいいのかっていうところなんだと思う。だから、今回の記事は全くの無駄にならないで済んでよかったと思っている、本当に。

 

 この件ではとりあえず心配なのが自己啓発に入れあげちゃう系の人たちなのですが、もう言葉は届かないのですかね。でもそれはもう誰の責任でもない。残念だ。

 

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