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さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

ミニマリズム関係なく「ミニマリスト」が胡散臭い理由

雑記

 ブコメで「優しい」と言われましたが優しいだけじゃ世の中やっていけないのでちょっと優しくない虚無透ですこんにちはこんばんは。久々の形式でちょっと書いていきます。何度も言いますがミニマリズム」の否定ではありませんあしからず。単なるお行儀の問題です。

 

6months.wpblog.jp

 

 オーケーオーケー、わかったわかった、言いたいことはわかったよ。「何で批判されているのか」が全然わかってないってことがよーくわかったよ。前回は具体例で説明しちゃったからわかりにくかったかもしれないから、もう一回きちんと書いていくよ。

 

「名乗り」の時点で定義が決まる

ミニマリスト』という言葉も、同じような価値観を持つ人たちの総称ということでいいんじゃないかな。だめ?

別にそれがファッション感覚でも、節約の延長でもいいと思うんだ。それでも共通の価値観として『自分にとって本当に必要なものを大切にしたい』という思いがあるんじゃないかなぁ。無駄なものを減らすことがかっこいいと思っててもいいだろうし、モノを減らすことが節約に繋がると考えたっていいんじゃないかな。

 

 同じような価値観を持つ人たちの総称、という点はそれで全く問題ないと思う。問題はその後の「ファッション感覚でもいい」ってところなの。「ファッション」っていうと言葉のカッコ良さが全面に出るからすっごくダサイ言い回しをすると、「流行ってるからよくわかんないけどミニマリスト名乗る」ってことなんだよ。

 

 この「名乗る」っていう言葉をきっと「目標」みたいな形で捉えているから認知が歪んでいるんだと思う。「名乗る」っていうのは「個人を定義する」っていうことと変わりがない。「ミニマリストのゆとり隊長です」って言ったら、そのブログを読んでいる人は「ゆとり隊長という個人の意見」よりも「ミニマリストの意見」として捉えるんだよ。「これはボク個人の考えなんだけどさぁ」とか言ってもだめ。だってミニマリストって名乗っているんだもの。自分で自分を定義しているわけね。

 

 例えば「なつみの日記」と「女子高生なつみの日記」だったら、絶対後者のほうが人気が出る。それは「女子高生」という言葉のブランドが「なつみ」という個人を越えて存在しているからで、主な読者層は「なつみさんの思ったことを読みたいな」というより「女子高生の心の中みたいみたいハァハァ」となるはず。

 

 逆の例を出すと、「映画好きなおっさんの日記」というタイトルのブログがあったとして、競馬と株の記事のほうが多かったら「いつ映画の話をするんだ!?」ってイライラしないですかね。このおっさんが実際に映画が好きでも、記事に表れていなかったらそれは映画好きとは言えないわけで、このおっさんは「名乗り」に失敗しているわけよ。

 

 インターネットの世界では原則的に相手の顔が見えないから「名乗り」が大事になってくる。「僕はこういう人間で、こういう記事を書くからよろしくね」っていうところを「昨日はダイエッター、今日はアフィリエイタ―、明日はミニマリスト」なんて「流行っているから、PV稼げるから」を理由にころころ変える人がいますね。その人にとって「肩書=名乗り」はファッション感覚で着飾っているだけなのでしょうが、それってつまり「私は自分で自分を定義できない節操なし」という名乗りをしていることと一緒ですよね。まぁ気分のいいものではないなぁ。

 

主観で決まるなら、何をやっても許されるよね

車や家を持っていたら、ミニマリストではないのか。そんなことはないと思う。その人にとって、絶対に必要なのであれば、所有すればいい。

そもそもミニマリズムは主観的なものであり、客観的なものではないと僕は考えている。これが巷でよく『ミニマリストと名乗れば、あなたはもうミニマリストだ』なんていわれる由来だ。

大事なのは、自分の置かれた環境に応じて、自分にとって本当に必要なのかを見極めること。そして不要なものは、極力排除していこうという意志だと思うんだ。

 

 別に主観で「俺はミニマリスト」って思っていればミニマリストでもいいんじゃないですかね。でも上記の「映画好きおっさん」と一緒で「俺は映画好きだ!」って名乗っているくせにちっとも映画の記事を書かないおっさんみたいなミニマリストがいてもいいんですかね。ミニマリストを名乗るだけ名乗ってミニマリストっぽい記事を書かない。それでいて「俺はミニマリストだ、不要なものは極力排除するぜ。試しにはてなの気持ち悪い連中はこの世に不要だから運営に通報してブログを消してやろうガハハ」とか言い始めても、それはそれで個人の主観だからミニマリストとして認めるべきですよね。「主観」で名乗りが決まるなら、そういうリスクを考えないといけない。

 

ミニマリストなのでデパ地下で試食しまくったら店員に白い目で見られました!」

ミニマリストなので友人関係を全部断捨離しました、ぼっちで孤独死確定です!」

ミニマリストなので友人のご飯を一口ずつもらうライフハック実施しています!」

ミニマリストなので社会と関わるとか無意味なので部屋から出ません!」

ミニマリストなので自分に本当に必要なアニメのDVD-BOXは全巻そろえます!」

ミニマリストなので電気代を浮かせるために隣の家の外電源からケータイ充電しています!」

ミニマリストなので万引きしたらコスパ最高!」

ミニマリストなので親とかいらないから殺害します」

ミニマリストなので自分とか不要だから死にます」

ミニマリストなので…」

ミニマリストなので…」

ミニマリストなので…」

 

 これ、ぜーんぶ主観の「ミニマリスト」ね。もし主観でミニマリストが決まるなら、こういう人たちもぜーんぶ認めて行かないと。

 

「ぼくミニマリストだから定住先がなくて、公園で寝袋で寝てるんだけどブログで友達になったらご飯を奢ってもらえるって聞いてやってきたんだけど、ご飯食べさせてくれるよね? あ、ボクミニマリストだから働かないよ。ついでに君の家のスペースシェアさせてくれないかな? 共同生活のライフハックね!」

 

 なんていう人も認めないとだめだよ。この人も主観で「ミニマリスト」名乗っているからね。ちゃんとシェアして「素敵なライフハックですね」って言わないとだめだよ。批判とかネガコメなんてしたらダメだよ。だって「主観」で名乗っているんだから、その人のミニマリズムを否定するなんて人格否定にも等しいからね。軽犯罪で警察につかまったら「ミニマリストだからやりました」とか言っても、ミニマリストは許容しないとだめだよ。その結果「ミニマリストって犯罪集団なんだ」ってイメージがついても、それはその人の「主観」なんだから否定しちゃダメだよ。

 

野球とか興味ないけど儲かるんで野球ファン名乗ります

たとえば誰かが「野球が好きだ」といったとする。野球が好きな人にも、いくつかの種類があるでしょ。

野球をするのが好きな人。見るのが好きな人。プロ野球の特定のチームを応援している人。高校野球がとにかく好きな人。部活動でがっつりやっていた人。大人になってからはじめた人。

 

いろんなタイプがいるよね。

「野球が好き」といってる人について『そんな似非知識で野球を語るな!』とか『野球はファッションじゃねーぞ!』とか、そんなこと言う? 言わないでしょ。言わないよね(´・ω・`)?

 

 だから、程度の問題なの。「野球が好き」な人で実際に野球をやっていたり観戦していたり野球に関する話題が好きな人は問題ないの。「野球が好き」を利用して野球関係ないのに野球を変な風にに引っ張り出してくる人が一定数存在するのが問題なの。

 

 例えば「WBCで優勝したら渋谷の交差点で騒ぎたいので野球ファンです!」とか「彼氏が野球部だから野球好きです。でもルール知りません(笑)」とか、「野球の勝敗で賭けをしているから試合内容とかどうでもいいけど儲かるから野球ファンです」とか、そういうのも「名乗ってるから野球好き」でいいのかな? 一般的にただ騒ぎたいだけの人は「にわか」として存在しているし、自覚している人は「野球ファンのブログ」とか作らないし自己宣伝しない。野球ファンはにわかを否定しない。だけど、ニワカが「俺たち野球ファン! 野球ファンで繋がろうぜ! ルール覚えるとか押し付けだから面倒だよね(笑)」って言って野球と関係ないことやっていたら野球ファンじゃなくてもいい気分はしないよね。今「ミニマリスト」がやっているのはそういうこと。

 

全ての原因は「界隈の自浄作用」がないこと

 前々から言ってるんだけど、何で「定義定義」ってうるさいかっていうと、全体像が定まっていないせいでこういう問題を抱えているのに傍から見ればよくないことでも「イイネ!」って言ってまわっているからなんだよ。記事が面白い、考えが斬新、一貫した主張である、そういうのは褒められていい。だけど「誰さんの考えを実践しました」とか「こういう本を読んだのであらすじです」とか「他人を見下す私カッコいい!」とか、そういう主体性のない記事にも無差別に「イイネ」をつけて回っているから余計胡散臭くなる。

 

ミニマルライフは属性の1つであって、主観的なものでいいと思う。柔軟な解釈ができることが魅力の1つであって、少なくとも今、言葉の意味が自然と広がりつつあるものを、無理やり狭める必要はないはずだ。タイプ分けで十分対応できるだろう。僕は節約系ミニマリストの最前線を走り抜けてやる! なんてね(`・ω・´)キラーン

 

 属性のひとつであることや柔軟な解釈ができることと、主観的なものであることは同一線上にない。「ミニマリストはこれこれこういう属性で、こんな人が名乗っています」で終わっていれば何の問題もない。その後にどうして「名乗ってしまえば誰でもミニマリスト」とか余計なことをつけるのかっていう話。この文言があるせいですっごく胡散臭くなっている。こいつを取っ払えばいいだけなのに、どうして広がりとかを過度に求めるんだろう。自分の道の追求より、誰かと繋がりたいという欲求のほうが大きいからなんじゃないかな?

 

 何度も書いているけれど、現状のミニマリスト叩きを何とかしたかったら、ミニマリストを名乗っているけれど道義的に微妙なことや倫理的に認められにくいこと、誰かの反感を不必要に買うような記事にはきちんと「NO」をミニマリスト自身が突き付けて行かないといけない。「電気を盗むのは犯罪だからダメだよ」とか「無闇に他人のことをバカにするのはちょっと……」とか、そんなコメントでいい。だけど現状では「電気盗むとかwww斬w新w」とか「そうですよね、アイツらバカですよね話を聞く価値ないので参考になりました」とか、そういうコメントが並ぶ。だから「信用できない、おかしい」って言われる。ミニマリズム関係ない。完全にお行儀の話。

 

自分に自信がないなら情報は発信しないほうがいい

 そんで、どうして賛同コメントがこんなに集まるのかちょっと考えたんだけど「単に自分の意見がない」からじゃないかなぁと思うのね。安心して読めるブログは基本的に書いている人のキャラクターがあって、こういう考えの元に書かれているからこれは好きそう、これは嫌いかなとかそういうのがわかりやすい。だけど賛同コメであふれかえる人のブログを見ても、何がしたいのかよくわからない。ただひとつ見えてくるのは「誰かと繋がって私を見てもらいたい」っていう欲求だけなんだよ。だから自意識がよりでかく見える。

 

 以前見かけたブログに「ブロガーになりたいからブログ始めました!」って宣言したあとの記事が「有名ブロガーさんに会ってきました!」「ブログ飯の本を読みました」「今月のPVは何とかです!」「ブログ友達募集です!」とかそんなのばっかりで、「ブロガーになりたいボクの考え」が本当に存在していなかったっていうのがあるのね。別に稼ぐのを目的にブログをするのがダメって言っているわけじゃないんだけど、「お前ブログ向いてねーわ」って心底思うわけよ。昨日言っていたことと今日言っていたことが違っている。それは読んだ本のトレースだったり会った人の言葉だったりで「ボクの考え」じゃないから。

 

 「ボクの考え」がないから何がよくて何が悪いかわからない。だから嫌われないように賛同コメントしかできないし、気の利いたコメントなんて出来ない。ただ与えられた情報を鵜呑みにして丸ごと消化して、自分の栄養になっていない。だから機械的にブクマをつけて回るbotにも「いつもありがとうございます」とかコメントしちゃう。少し考えればその向こうに人がいないのがわかるのに、経験も知識もないからとりあえず「イイネ」をするしかない。つまり善悪の判断や状況の把握ができていないし、それを自覚することもできない。だから「ネガコメ=悪」という極端な煽動に釣られてしまう。魔女狩り記事を本気で信じているっぽいコメントが記事本体より恐ろしい恐ろしい。

 

 繋がることは悪いことではないので、やりたかったらやればいい。だけどそれだけが目的だったらこんなところでブログなんてしないほうがいい。ここは修羅の国はてなブログ。いいことはとても褒められるけど、ダメなことはダメと言われる世界。いいことも悪いことも区別がついていないのに「ネガコメ怖い」とか言っているのが愚の骨頂。少なくとも己の中で何が正しくて何が間違っているのかきちんとジャッジできるようになってからでないと情報を発信するのは難しいと思う。

 

 「ミニマリストは人それぞれ」というのは「僕は言いたいことは言うけど、君には君の考え方があるだろうから僕は君を否定しないし君は僕を否定しないでね、その辺曖昧にして仲良くやっていこうや、僕は敵じゃないから僕を受け入れてほしい」っていう宣言にしか見えない。そんで誰かが危ないことやっていてもさえぎって止めてあげない。これって友達じゃなくて単に自分の承認欲求を高めるための飾りにしか見えないんですよ。まるで中学生女子の友情ごっこのような世界を立派な大人がやっているんだから「うへぇ」って思われちゃうんですよ。

 

まとめ

 長く書きましたが、3行でまとめるとこんな感じです。

 

  • 定義を曖昧にするなら、名乗った瞬間都合の悪いことも受け入れないとね。
  • どう見ても良くないものに賛同コメをつけるから信用がない。
  • そもそもちゃんと自分の意志でブログ書いているの?

 

 で、こういうことは前のブログ含め何回か書いてきたんだけど、一向に知らんふりをされまくるのでミニマリストって全体的に「都合の悪いことは見なかったことにする人種」なんだろうなぁと思うのです。だから批判されているの。わかる? わかんないかぁ。わかんないよね。だから「不毛」って言われるんだよね。ミニマリズム関係ないよ、お行儀の話だからね?

 

 最近ミニマリストからちゃんと批判の声を上げる人が出始めているのを感じるので、そういう人は肩身の狭い思いなんてしなくていいと思う。むしろどんどんやってほしい。自己批判をなくした界隈は、最終的に甘えた都合のいい意見しか通らなくなって腐って自滅していくなんて昔から言われていたことだから。言いたいことはそんだけです、ハイ。

 

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