さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

例え時が二人を分かつときも ~短編小説の集い宣伝~

 もしケビンが明日ベスに出会っていれば、ケビンはケチャップまみれのみっともない姿をベスに見せないで済んだはずなんだ。もしケビンが昨日ベスに出会っていれば、ケビンはアイスクリームの代金が足りなくて泣きそうな子供に50セント恵んであげたところをベスに見せることができたかもしれない。でもケビンがベスに出会ったのはついさっきの今日の話で、運悪くケビンは食堂のおばちゃんが片づけ忘れたモップを踏んで転んで、ジョニーのホットドックの皿に腹から着地しちまったところがベスと初めて挨拶できたところだったんだ。まるで情けないったらありゃしない。

 

 そもそもケビンはベスのことがずっと気になっていたんだ。豊かなブロンドでぷりぷりした服を着ているエイプリルと、清楚で控え目なベス。二人はまるで姉妹のようにいつも一緒にいた。山のように男とどもからラブレターを貰うエイプリルと一緒にどの男がいいかという相談に乗っているベス。ケビンは派手なエイプリルより、可憐なベスのほうが大好きなんだ。

 

「まったく、金髪がマスタードでさらに黄色くなるところだったわ」

 ジョニーと一緒に座っていたエイプリルは笑っているが、その隣にいたベスはハンカチでケビンのシャツのシミを落とそうとしてくれている。

「汚れてしまっているわ、簡単に落ちない」

「いいよ、転んだ僕が悪いのさ」

 ケビンはベスに礼を言った。それからケビンはジョニーに代わりのホットドッグを買い、エイプリルにはアイスクリームを買ってやった。エイプリルはジョニーにお熱なのだということをケビンは知っているんだ。

 

 アイスクリームをもらえてご機嫌なエイプリルは、ジョニーと二人きりになりたくてその後すぐにベスと別れた。流石に恋人同士の場所に友達は連れて行けない。ケビンはこれをチャンスとばかりにベスに話しかけた。

「お礼に今夜一緒に食事でもどうだい? 君のハンカチも今すぐクリーニングしないと」

 ベスは何だか困っているようだった。エイプリルに声をかけてくる男は多かったけれど、ベスを誘う男はいなかった。たまにベスにちょっかいをかけてくる男は、みんなエイプリル狙いだった。ベスはなかなか男を信用しない性質なんだ。

「でも、さっき顔を合わせたばかりの関係よ」

「いいや、僕はずっと君に興味があった。嘘じゃない」

 ケビンは両手を広げて「信じてくれよ」というジェスチャーをしてみせる。

「あら、この『エイプリルの妹』を口説いているつもり?」

「まぁね、シャツのケチャップみたいに簡単に落とせそうにないかな」

 ケビンは肩をすくめて見せた。ベスはそんなケビンを見てにっこり笑った。ケビンはそんなベスを見て、とっても不思議な気分になった。

 

 初めてケビンとベスが出会ったのは、実に80年前の今日だった。80年前のその日も、ジョニーのホットドックの皿にケビンが突っ込んで、エイプリルが笑いベスがハンカチを貸してくれて、それから二人で遊びに行くようになったんだ。嘘じゃない、ケビンは80年以上前からベスに恋をしているんだ。

 

 それもこれも、ケビンから数えて18年前の冬の日のことだった。年を取り、死の間際にいたケビンに聴いたことのない厳かな声が語りかけてきたのだ。

『神の御許に近づく者よ。願いはあるか』

 その時、ケビンは強く願うことがあった。

「生きて、ベスとまた会いたい。ベスと共に過ごしたい」

『そなたの妻なら我が庭にいる。それでは不服か』

「できるなら、御前でなくこの腕に抱きたいのです」

『そうか、それでは私の元に来ることを先延ばししてやろう』

 それから頭の中にうっすらモヤがかかり、ケビンはいよいよお迎えが来たのだと思った。でも、気が付くと抱かれていたのは神ではなくとっくの昔に死んだはずの母親だった。死んでしまった母親に会えたことでおいおい泣いていると、母親はまるでケビンが赤ん坊であるかのように必死であやしてくれた。実際、ケビンは赤ん坊に戻っていたのだ。

 

 それからケビンはぼんやりと人生を歩いてきたけれども、どれもこれも経験したことのあるようなことばかりだった。隣の家の猫が白と黒の子供を産んだことや、ホワイト先生の車が事故にあってしょんぼりしていたことなど、覚えのあることばかりだった。

 

(ははぁ、本当に神様は二度目の人生をやり直せと仰せのようだ)

 

 これから起こることをケビンは知っている。三軒隣の家に強盗が入って銃撃戦になることや、父親の会社の経営が傾くことや、テロリストがあの町に爆弾を落とすことなど、身近なことから世界規模の事件まで老人が世間を見てきただけの知識はあった。でも、ケビンはわざと良いことも悪いことも周囲には黙っていた。何故だかわかるかい? 少しでも未来が変わってしまうと、二度とベスに会えない気がしたからだ。

 

 それからベスに再び会える日まで、ケビンは二度目の人生を同じように生きた。久しぶりに若い日のベスを見かけたときは、懐かしさのあまり声をかけてしまいそうになったけれども、涙と一緒に声まで飲み込んだ。ベスに初めて会うには、ケチャップまみれのシャツを着ていないといけない。本当はモップの存在も今度はわかっていたけれど、わざと踏んだ。エイプリルが笑うのもジョニーが呆れるのも知っていた。そして二度目のベスの心配する顔は、80年前に見たあの顔と全く一緒だった。

 

 一度目のときも、ベスに気が合ったのは間違いなかった。あの時は初めてベスと話せる喜びで舞い上がっていた気がする。今回も声が上ずってうまく話せている自信がない。

 

(久しぶりだなぁ、おまえ)

 

 そう言って強くベスを抱きしめたいとケビンは思った。ケビンのお嫁さんはベスなんだ。ベスは理想のお婿さんとしていつもケビンを褒めていた。これから生まれてくる子供たちも立派に育っていくし、かわいい孫にも会うことも出来る。ケビンおじいちゃんとベスおばあちゃんは、とっても仲良しで近所で評判なんだって、孫娘が学校で書いた作文を見て嬉しく思うのはケビンから数えて何年前のことだったのか。ケビンは定かに思い出せない。それが何年後のことかのかもすぐにはわからない。

 

 それから、ケビンはベスのことをたくさん知っている。エイプリルと仲の良いベス。花嫁衣装を着たベス。お母さんになったベス。おばあちゃんになったベス。そして、最期まで頑張ったベス。ベスと別れたのはケビンから数えて22年前のことだ。ベスはケビンの手を握ったまま、神様のところへ旅立った。その手にもう一度触れることが出来るならば命だって差し出したい、とケビンは思いながらベスのいない日々を送ってきたんだ。だから神様はケビンの願いを叶えておあげになったのかもしれないね。

 

「どうしたの? 転んだときどこかぶつけたの?」

 

 ベスが怪訝な顔でケビンを覗きこんだ。知らずに涙が頬を伝っていたらしい。

 

「いいや、マスタードが目に入ったかな」

 

 ケビンはベスを抱きしめることをしなかった。これから、また好きな時にいつでもベスを抱きしめられることがわかっていたからね。

 

                              <了>

 

novelcluster.hatenablog.jp

 

 はい、今月の宣伝作品です。お題を「未来」と設定したけれど、さて自分はどんなアプローチで攻めればいいのかということでしばらく過ごしてきました。ブラックで不条理なディストピア未来形? いやいやハートフルな未来型アイドル? 俺は今モーレツに熱血している! みたいな?

 

 それで「即興小説」で神様の御心のままにネタ出しをした結果、梶尾真治みたいな感じになりました。もっとオリジナルな何かが欲しいなぁ。

 

 

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