あのにますトライバル

君の気持ちは君の中でだけ育てていけ。

鉄板の上の花見 -短編小説の集い宣伝-

 北の玄関口と呼ばれる公園の春はそれまで通り、青い空と桜の木が主役だった。

「はいよ、おまちどう」

 花見客で賑わう沿道には露店が立ち並び、ソースや醤油の焦げる匂いが行きかう人々の食欲をそそっていた。

「しっかし、こんなご時世でも花見なんて呑気だなァ」

「内地のお偉いさんのお偉い風習は簡単になくならねェんだよ」

 隣り合った焼きそば屋の店主と唐揚げ屋の店主が客の切れ間にボヤいた。

「だよなァ。俺ァこれなもんで」

 焼きそば屋の店主が膝を叩いた。その左足は膝から下が義足になっていた。

「この辺の奴ァみんなそうさ。中東ですか?」

「いいや、アフリカだ」

「随分と遠い所へ」

「おかげで日本に戻ってこれたけれどよゥ」

 焼きそば屋の前に硬貨を握りしめた子供がやってきた。店主が代金を受け取ると、屋台に据え付けられた人型のマシンが鉄板から焼きそばをすくい、トレイに入れて子供に手渡した。焼きそばとマシンから手渡しされたことで子供は嬉しそうに両親の元へ戻っていった。

「ところでアンタのところのソレ、随分いいモン使ってるんじゃない?」

「こいつか? こいつは軍の払い下げだ。タダ同然のポンコツさ」

 そう言ってやきそば屋の店主はマシンを小突いた。マシンは音声出力機能を停止させられているので、カンと響いただけだった。

「元々は医療用のロボットだったって話だが、うちの親分がどこかから見つけてきてな。俺は金勘定のためにいるってもんだ」

「へェ、この業界もサイセンタンって奴になったンだねェ」

「まァな。叩けばカンと鳴るから名付けて焼きそばロボット『カン助』だ。これは俺がつけたんじゃねーけど」

 唐揚げ屋の店主は笑った。ひらひらと舞い落ちる桜の花びらが鉄板に落ちるたびに、カン助はウィンウィンと動きながら花びらを拾って捨てていた。

「しかもよォ、オレの名前がゲンキでこいつがカン助だからゲンキにカンで厳寒じゃぁせっかくのいい陽気が台無しだって言われるしよォ」

 また唐揚げ屋の店主は笑った。春の日は暖かく、柔らかな光が花見客を包んでいた。シートの上で昼間から酒を酌み交わし、馳走を食べることこそがこの国の伝統であることを花見客は誇りに思っていた。

 

 日本も巻き込まれるほど幾度の世界大戦を経たこの時代になると、伝統を守るということがひとつのモラルであり、伝統を軽視するような言動はひどく不謹慎なものとされた。正月には神社へ初詣に行き、桜の季節には花見、十五夜には月見を行うのが正しい日本人と言われていた。もっとも、それは季節の祝い事ができるほど余裕があるということのアピールであって、日本を離れたことの無い者には宗教心や郷土愛というものでもなかった。

 

 この公園の「花見」もそういったアピールの場であり、ここに軒を構える露店は皆「文化保存協会」が用意した伝統的な露店であり、この協会では障害者や傷痍軍人等を積極的に雇用し、こういった「伝統的な露店」のスタイルを維持していた。

 

「結局、誰も花なんて見てねェんだよナ。見てるのはコレだけさ」

 唐揚げ屋の店主はヒラヒラと紙幣を振った。

「いいや、金の他に世間体も見ている」

「なるほどねェ」

 焼きそば屋の元へ新たな客がやってきた。その客は他の生き生きとした花見客とは違い、ひどくやつれて見えた。

「このロボットは、最初から焼きそばを焼いていたのかい?」

「いや、払い下げでさ」

「やはり、jic-1154型か。懐かしいな」

「アンタ、コイツを知っているのかい?」

「当時の設計チームにいたからね。全部大陸に渡って壊れたと思っていたよ」

 焼きそば屋の店主と唐揚げ屋の店主は同時にため息をついた。生きていれば不思議なこともあるものだ、という思いがそれぞれの心をよぎった。

「元々は手術をサポートするロボットを設計していたのだけれど、気が付いたら最前線で医療をサポートするロボットを作ることになっていてね。結局この型は全て前線に出て行ってひとつも国内に残っていないと思ったよ」

 そう言うと客はカン助を愛おしそうに撫でた。カン助は何の音も立てなかった。

「せっかくだからひとつ貰おうか。良いものを見せてくれてありがとう」

 客は焼きそば屋の店主に金を渡すと、カン助から焼きそばを受け取ってキラキラと華やぐ雑踏へ消えて行った。

 

 やがて日が落ち、花見客もいなくなった頃屋台の片づけが始まった。焼きそば屋は屋台をたたむと、鉄板と一緒にカン助にもシートをかぶせた。日中の暖かな陽気とは異なり、今夜は冷たい雨が降るらしい。

「カン助、今日はお前のトーチャンが来てくれてよかったな」

 そう言うと店主は電源の入っていないカン助を小突いた。カン助はただカン、と返すばかりだった。

 

 

 ≪了≫

 

 

終末週末に流行性感冒に罹患したために今回は断念しようと思いましたが、やはり書けるうちに書くべきなのではとか皆さんの応募をみていて勇気づけられ、途中まで作っていた話をなんとかまとめました。もしかしたらのずっと未来の話です。何百年経っても庶民感覚での「歴史」と「文化」は変わらないんじゃないでしょうかね。一応このお話の中で「花見」をしている人は相当裕福な家庭の人ばかりということにはしてあります。

 

〇桜と何が関係あるんだって話ですが「形骸化」には無常な部分を見て見ぬふりをするところがあるのではないかという感じです。あとお腹が減る話が書きたかっただけです。個人的に純粋に花を愛でない、いわゆる「花見」にはそんなイメージがあるのです。花より団子、団子より世間体、みたいな。