さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

『ビッグ・アイズ』への多角的視点

 先週『ベイマックス』と一緒に『ビッグ・アイズ』も見てきました。そこで感想にならない程度に少し書いておこうと思います。ちゃんとした映画本体の感想は鋭意製作中です。

 


映画『ビッグ・アイズ』日本版予告 - YouTube

 

ポスター アクリルフォトスタンド入り A4 ビッグ・アイズ 光沢プリント

 

 この映画は『ゴーストライター』がもちろん主題なのですが、そこから派生していろんなテーマが複雑に絡み合っていました。そこが面白かったです。とりあえず自分が見つけただけでもこれだけの「アート」に関する話がありました。

 

  • ゴーストライターの存在
  • 「アートをお金で売る」ということ
  • 「女の絵は売れない」ということ
  • 他人の創作物を騙ることで承認欲求を得ようとすること
  • 「お涙ちょうだい作品」が受けるということ
  • 「ポップ・アート」を学術的に批評する難しさ

 

 他にもモラハラや男女の扱いの違いなど見どころはたくさんあるのですが、自分がここで取り上げようと思うのが一番下の「低俗なものを批評する難しさ」です。作中で「ビッグ・アイズ」が新聞で「下品」「低俗の極み」と酷評されるシーンがあるのですが、ここが非常に興味深いです。

 

 映画の中では「ビッグ・アイズ」は大きな眼の少女の絵というだけではとどまらず、様々な意味を含んだものになっています。それまでの画壇とは別の「ポップ・アート」の象徴だったり、ポストカード等で安価に絵画を入手できるようになったものだったり、ウォルターの嘘話によって「かわいそうな子供たち」という物語に感動しましたーみたいな「お涙ちょうだい商法」だったり、そういった「芸術」というより「大衆受け、承認欲求の権化」という形でしばしば語られます。

 

 新聞社が「ビッグ・アイズ」を低俗と論じたのはまさしくウォルターが「ウケ狙い」を意図して作品を製作した(させた)ことを正確についているのです。「ポップ・アート」であるので「かわいいね」という評価を得ているうちは専門家も苦笑いだったのでしょう。それが大きな顔をして「これが芸術です」と万博で展示される代物化っていうと、それは専門家も反発するでしょう。それに対してウォルターは怒り狂うのですが、「専門家」は「低俗なものを低俗と言って何が悪い」とばかりに「反論は新聞社に手紙を書いたらどうか」と冷静に言うのです。

 

 ウォルターが怒るのもわかるのですが、ここは「専門家」の圧力がとても印象的でした。要は「オレが認めないものを認めないと言って何が悪い」ということです。 今更過ぎて画像を出すのもアレなくらい『エスパー魔美』の理論です。「あいつはけなした! 僕は怒った! それでこの一件はおしまい!!」です。その後のウォルターのアレっぷりがアレなので気になる方は劇場へ足をお運びください。

 

 こうやってみると「批評家」っていうのは理解を得られない仕事なんだなぁと思うのです。みんなが面白いと思うものを「この部分が面白くてここが面白くない」と言う仕事なのですから。ここで作者が怒るなら仕方のないことですが、最近は「信者」や「アンチ」というその作品と自己を同一視することがカジュアルに浸透しているので「あいつはけなした! 僕は侮辱された! 許せない! あいつを呪ってやる!」まで行くので容易に「けなす」ことが出来ないのだと思います。

 

 ここまで書くと「それならけなさなければいいじゃない」って思う人もいると思うのですが、批判を許さない、悪いものを悪いと言えない雰囲気がどれだけ社会や業界を腐ったみかん状態にしていくかということです。全ての創作物には批判する権利があるし、それを受け入れない権利もある。ラッセンの絵はどう評価されてきたかみたいな観方もこの映画には含まれています。

 

 個人的にこの映画の一番の見どころはこういう「低俗と断罪されがちな題材をティム・バートンが取り上げた」っていうところです。「オレが嫌いだから嫌い」の反対は「俺は誰が何と言おうと好きだから好き」であって、そこがティム・バートン監督の根底に横たわっていると思うのです。「いつものティム節が少ない」という評価もありますが、「ビック・アイズ」はそのまま「ティム・バートン作品」に置き換えてもこの話が成立する気がするのです。「ティム・バートン? どうせ女子供がきゃーきゃーいうだけの奴だろ」みたいな、そういう評価が下されることに対して創作者やその周辺はどのように対応していかなくちゃいけないのかっていうことなんだと思います。だからこの映画はティム・バートンでなくてはいけなかったと思っています。

 

 最後に、この映画はやっぱりウォルター・キーン役のクリストフ・ヴァルツがいい味出しています。彼の主張は「パクツイ厨」や「バイラルメディア」を論じるときに聞いたことのあるようなものばかりです。こっち方面でも見ていくとこの映画、本当に闇が深いです。ずいぶんと昔の話なのに現代のネットメディアでの問題点を多角的に切り込んでいると言うかなんというか、そんな感じです。

 

 

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