さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

『愛犬とごちそう』でモヤモヤしてしまった人へ

 どうしても『ベイマックス』の影に隠れてしまっているんだけど、今回同時上映の『愛犬とごちそう』を見てモヤモヤが噴出しているだろうと検索したら案の定問題になっていました。モヤモヤ解釈なので映画感想じゃなくてこっちに書きます。短編という性質ゆえ鑑賞前提で書いていきますが、見ていなくてもわかるようにしようと思います。つまりネタバレ注意。

 


『ベイマックス』同時上映短編「愛犬とごちそう」本編クリップ - YouTube

 


ベイマックス同時上映の短編映画「愛犬とごちそう」がペット虐待作品らしい? - Togetterまとめ

 

【この記事の趣旨】

 まず、この記事は『愛犬とごちそう』について「ごちそう」の意味の解釈を書いていきますが、ひとりの犬を愛する者として断じて犬に人間と同じ食べ物を多量に与えることを推奨するものではありませんし、そんなことをしたらダメだということをわかって書いています。こんな断り書きが必要な日本は一体どうなってしまうんだ。

 

【『愛犬とごちそう』の内容】

 犬がひたすらジャンクフードを食うだけの短編アニメーションです。

 

【「ジャンクフード」の意味】

 まず、この短編アニメーションにとっての「ごちそう」はジャンクフードでないと意味がありません。この話をまとめると「ジャンクフードを一緒に食べる=飼い主との楽しい時間」という場面と「芽キャベツとハーブの健康的な生活=飼い主が恋人に取られてしまった時間」という場面から「再びジャンクフードを食べる=ちっともおいしくない」「再びハーブを食べる生活へ」→「子供とジャンクフードを食べる生活へ」と変化している。その間の物語は「犬の食べているときの表情」から読み取るしかない。ほぼ台詞がないのに話がわかるというのはアニメーションが卓越している証拠です。

 

 作品で何か小道具が出てきたときは、ただ意味もなくやっているわけではなく何か意図があるのです。今回の「ジャンクフード」というのはおそらく「甘え」の象徴だと思うのです。飼い主が愛犬にジャンクフードを与えていたのは「甘やかし」であり、愛犬も「甘やかし」が素晴らしいものだと思っていたと言うのが前半の描写だと思うのです。これは子供の欲しがるままにおもちゃを与える親で置き換えも可能かと思われます。

 

【「ハーブ」以降の物語の展開】

 さて、飼い主に恋人が出来て愛犬の食生活も変わってしまう。恋人と言う「責任」が出来た飼い主はそれまでのように「甘やかし」ができなくなる。芽キャベツやハーブを食べて嫌そうな顔をしたりドッグフードだけの生活になった犬が構ってもらえずに拗ねている様子はまさに「甘やかし」がなくなってふてくされている状態だ。愛犬は飼い主を恋人に取られてしまったと思っていて、同時に「甘やかし」がなくなった現状に不満を持っていた。

 

 その後、恋人が出て行ってまたジャンクフードの生活に戻るんだけど今度は前のようにおいしくない。「責任」を知ってしまったことで愛犬も飼い主も「甘やかし」に気が付いてしまったからだ。出て行ってしまった「責任」を追いかけない「甘え」の残っている飼い主。「責任」の象徴のハーブをくわえて走っていく愛犬。ここで厨房を横切るんだけど、おそらく以前の「甘やかし」状態であれば愛犬は厨房のおいしそうな料理にかぶりついていたと思う。でもそんなそぶりはなく、恋人の元へハーブを届ける。後を追いかけてきた飼い主は愛犬に「リード」を付ける。そして再会した2人はやがて結婚。愛犬も以前のような「甘やかし生活」は望んでいないけど、新たな「こども」という「甘え」を必要とする人物が登場したことで再びジャンクフードが転がり落ちてくる、というのがこの作品のオチなのだと思います。

 

 この「子供に何でも与える親」という主題は『TED』にも出てきました。おそらくアメリカではそう認識された社会問題があるのだと思われます。

 

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【愛犬は非実在の存在か?】

 そんなわけでこの作品で犬が喰らっているのは「ジャンクフード」でないと意味がなくなるのですよ。もっと言うと、この構図を作るために犬の視点でずっと物語は進むのですが、最悪「この愛犬は最初からいなかった」と考えてもいいと思います。これは飼い主の「甘え」の象徴で、何でもバリバリ好きなだけ食べてしまう躾のなっていない飼い主の自意識と捉えることも可能かと思われます。芽キャベツのシーンで「自省する」ということを学び、ハーブを届けることで自分から行動を起こすことができたと考えるとこの犬はいてもいなくても物語は成立するのです。「全て飼い主の妄想」と言ってしまうと身も蓋もないですが、そのくらいこの「愛犬」と「飼い主」の行動はリンクしています。

 

【犬が人間の食事をするというタブー】

 それでも「犬が人間の食事をするなんて行儀が悪い、犬の健康に悪い」と思う方がいるのは仕方のないことです。上のまとめでも指摘されている通りディズニーには肉団子入りパスタを食らう犬がメインの映画が存在している。

 

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 このパスタのシーンが『わんわん物語』のメインです。ちなみにこのシーンも「育ちのいい娘が悪い男に連れ出されてジャンクフードを食べてる」的なシーンです。「こんな食事はジャンク」という概念がないとこのシーンのロマンティックさは半減します。

 


ベラ・ノッテ (わんわん物語) - YouTube

 

 つまり「犬が人間の食事をしている!?」と驚くけれど結局これは犬の擬人的表現なわけで、犬の世界で上品な食事と下品な食事を書き分けるのが難しいからだと思う。感覚的に「うっ」って思わせたいならばやっぱり人間の食事を与えるのが一番だ。「そういう表現」を通して何を伝えたいのかまで考えたほうがいいと思うのです。

 

【まとめ】

 つまりいつも通り批判は野暮だということが言いたいのですが、さすがにやりすぎた感じはします。だけどクレヨンしんちゃんなどと一緒で「真似したらどうする!」というのにはこんこんと「実はやっちゃいけないことなんだ」と言いきかせるしかないのだと思います。個人的には「名探偵コナンを見て殺人がしたいと思ったらどうする!」って思っているけど、それは社会問題にならないのは何故なんでしょうね。

 

 「犬に人間の食事を与えてはいけない」というようにこれはいけない、タブーだからやってはいけないということは周知されるべきだと思うのです。しかし、だからと言ってそれだけを理由に作品を貶めるようなことはあってはならないとボカァ常々思うのです。おわり。

 

【おまけ】

シリーズ 90億人の食 米国に広がる新たな飢餓 | ナショナル ジオグラフィック(NATIONAL GEOGRAPHIC) 日本版公式サイト

 

 向こうの作品を見ていると、アメリカの深刻な食問題を置いておいて何だかんだ言ってはいけない気がする。郊外に住んでいるため新鮮な野菜が手に入らず、ビタミンはサプリメントに頼っているとか、安価な食材しか手に入らないために肥満が進んでいたり、そういった背景を元に『愛犬とごちそう』を見てみると違った見方ができると思います。

 

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