その日も窓の外は青が広がっていた。
「はい、焼けましたよ」
「おお、すまないな」
老人は震える手でフォークを握り、切り分けたシフォンケーキにサワークリームを乗せた。その様子を笑顔で見つめる美しい女性の手を、老人は握った。透き通るような白い肌に、豊かなブロンド。そして澄んだ海のような青い瞳が老人をいたわる視線を投げかけていた。
「相変わらず美しい手だ」
女性はただ黙って笑顔を保っていた。老人は女性の手を離すと、小さくつぶやいた。
「美しいはずだ、私が作ったのだから」
強化ガラスで出来ている窓の向こう側は、二つの衛星が重なる時期のために激しい砂嵐が吹き荒れていた。青い色の砂が窓を叩く音がずっと響いている。
「お前を作って、何年になる?」
「はい。地球の暦で換算して、今日で49年と154日目になります」
女性は澱みのない声で答えた。
「そうか、あれからもう50年近く経つのか」
老人は椅子から身を乗り出し、窓の外を見ようとした。砂嵐で視界は悪いが、目を凝らすと巨大な人工物の残骸が見える。50年前のあの日、あの事故で生きている人間は彼を残して誰もいなかった。激しく壊れてしまった機体を星間飛行ができるまで修復することも不可能であった。
幸いにもこの星は最低限人間が生きていける環境があり、食料の自給システムは壊れていなかったことが彼に生きる希望を与えた。事故で犠牲になった者を懇ろに葬り、家を構えていつ来るかわからない救援を待つことにした。
しかし、人恋しさだけはどうにもならなかった。その末に創りだされたのが、彼女だった。宇宙船の制御システムや作業用のアンドロイドを改造し、話し相手を作ろうとしたのだ。彼は理想を追求し完成した彼女に名前を与えず、そして自らの名前も当の昔に忘れてしまった。
青い辺境の惑星に2人だけの孤独な時間が50年近く流れていた。
「お前を、いつか地球に連れて帰りたかったなぁ」
老人はケーキを食べ終える前に、動かなくなった。彼女は「死」という概念を老人に当てはめた。彼女にとって、実に50年ぶりに対面する事態である。
砂嵐が納まるのを待ち、彼女は老人を事故の犠牲者たちが弔われている墓地へ葬った。生前より彼は「ここに埋葬してくれ」とある一点をよく指さしていた。彼は砂嵐のない、天気の良い日はよくこの地点のそばの墓標の前に座っていた。何故彼がそんなことをするのか、彼は教えてくれないし、彼女の中でも答えは出ないままでいた。
埋葬を終えると彼女はひとりで家へ戻ってきた。0度に近い外気温のために焚いていた暖房も、もういらない。薄暗い部屋の真ん中に、彼が食べ残したケーキとクリームがそのまま残されていた。彼女はレシピ通りに作ったサワークリームというものを食べたことがない。そもそも食物を摂取したことがなかった。
彼女はサワークリームを指ですくうと、それを口に入れた。
彼女には味覚を感じる機能はない。しかし、青い砂と孤独な灰色を混ぜたような、そんな色彩を光センサーが読み取った。食べ物とはこれほどまでに回線を焼き切るような刺激的なものだったのかと、彼女は学習した。彼女の瞳からは水は流れないように設計されていたが、原因不明の発熱を何故か光センサーが感じとった。そして、その得体の知れない刺激が消えないまま、ひとりで過ごさなければいけないことも一緒に認識した。
彼女が活動を停止するまで、あと50年時間が残されていた。
はい、今月の「無要の葉」向け短編小説です。
そして今回はいろいろ書いてみたい題材があったのですが、どれもこれも陳腐というか「今本当に書きたいこと」じゃないなぁと思っていっそ宣伝用をやめようかと思っていたのですが、やっぱり何か挙げといたほうがいいと思って過去の「即興小説」のリメイクを置いておきます。
こちらはもともと随分前に書いたものであるし、15分で書いた即興小説なのでとにかく粗がガンガンあります。一応怪しい部分を削ったり角を丸くしたりしたのが上記の作品です。
いつかリメイクしたいなーとは思っていたのですが、何せどこからどう見ても「青い星」じゃなくて「赤い星」だろうと言うことでうまいこと行かないかなぁと思っていたのですが、いいやこのままやっちゃえーということでこの話はこれで完結です。前後とか奥行とか特にないことにします。
言い訳が長くなったのでこの辺で。
次回は年末を避けて少し早めの日程を組む予定なので告知ブログの方でよろしくお願いします。そして今度はちゃんと新しいの書きます。