さよならドルバッキー

この世の裏を知ったドルバッキーは世を儚んだ。

7月17日の話

〇海の日だ。海には行かない。

 

〇夢を諦めさせるどうこうって話を見て、この話の根底には懐かしの貧困JK問題も絡んでるよなあと思っている。確かにセルフまとめの言葉遣いはとっても乱暴だし、あんな風に頭からガンガンやることが望ましいとは思えない。特に「ぼくおおききなったらゆーちゅーばーになりたい!」っていう年頃の子供に対してはただのモラハラになりかねない。ただ、それまで何の兆候もなしにいきなり高校生や大学生になって「父さんラップで食って行こうと思うんだ」的なことを言い出したら、これはまとめの通りでいいと思う。「夢を追いかける」ことは望ましい。しかし、現実逃避のために夢を見ているフリをしている奴もゴマンといる。漫画家、小説家、ゲームクリエイターなんかはその傾向が強い。そういう「夢追い搾取=ワナビ」的な専門学校がたくさんあるところから考えても用心するに越したことはないと思う。

 

〇今の自分はとりあえず取得した資格で何とかしばらくは食べていける業界で仕事をしている。しかし、その資格が「夢を追って強く希望したもの」ではなくて「向いているだろうから取得しておくか」くらいのもので、実際今の仕事も「望んで」就いたのかと言われたらはっきりNOと言える。本当は違う仕事をやりたかった。だけど、「向いている」職業で不満は全くないし、以前の「やりたいこと」を無理してやっていた頃に比べれば精神的に安定している。そうやって職業を選択した人がいるということも若い世代には伝えていきたい。

 

エスカレーターの片側を空けるかとか車椅子が乗って事故とかエスカレーターの話題が多いけれど、駅でエスカレーターに乗るのに無駄な行列が出来ているのを見ていつも思い出すのが「アンネ・フランクの伝記」だ。収容所に入れられたアンネ姉妹たちが移送されるときに「歩けない奴はトラックに乗れ」と指示が下ったところ、大勢の人がトラックに殺到したそうだ。それを見てアンネ姉妹たちは「私たちはまだ歩けるから歩きましょう」とトラックに乗らない選択をした。その後トラックに乗った人たちの姿を見ることはなかったというそれだけのエピソードなんだけれど、単にユダヤ人の虐殺が恐ろしい以上のインパクトがあった。だから駅でエスカレーターの渋滞が出来ていると心の中のアンネが「私たちはまだ歩けるから歩きましょう」と囁く。人ごみをかき分けて階段を使う。私たちはまだ歩けるから。

 

〇昨日カレーに出来なかったから今日カレーを食べる。マサオー??のCMを見て、当時の子供たちにとってラモスは本当にヒーローだったなぁと思い出す。カズ、ゴン、アルシンドシジマール。オーレオーレと日本中がサッカーの渦にあったあの時代。今の時代のヒーローは誰でしょうか。

 

 

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7月14日の話

〇教員の待遇が不遇だと言う話がふつふつと沸いてきているけれど、多分これ以上のムーブメントにはならないと思う。何故なら、教育の上に立っている人たちがこれらのことに対してまるで関心を持っていないとしか思えないからだ。保育園の問題は無関心というより対応が後手後手という感じで、「何とかしなくちゃならないけれどどうしようもない」っていう状態だったのに対して、教員の待遇については何年も前から声は上がっていたのに何も変わっていないどころか事態がより悪化している気がする。何がセンター試験改革だ何がアクティブラーニングだ何かプログラミング教育だ。そんなことしている暇があるなら教育事務員を増やすとか免許更新制を廃止するとかいろいろやることがあるだろうに。まずは天下りなんかやってる今の文科省を徹底的に潰すところからだと思う。

 

〇自分が閉鎖的な田舎出身だからよく思うけれど、好きなことをしてそれを咎められないということはとても幸せなことなんだと思う。しかしそれが当たり前だと幸せを感じることはできない。幸せになるには不幸である時間が必要である。幸せのジレンマ。

 

〇最近頭がポンコツになってるので難しいことを考えると数秒で思考回路がシャットダウンするという傾向がある。ゆえに長い文章を書くことが難しくなっている。うーむ。

 

〇この前ハイクで呟いた映画の感想の件だけど、映画ブログは定期的に観に行っている人が何人かいて、その人たちのレビューは基本的にとても面白い。「この人が勧めているから見てみようかな」と思う作品も多い。そんな中とある有名作品の感想を述べた記事をたまたま見つけたので読んでみたところ、誰もが面白い!と絶賛するような作品に対して「登場人物と状況説明」だけが延々と続くおそろしく空しいレビューになっていて「おあー」と勝手にダメージを受けてしまったわけ。他には「役者の紹介で半分を使うレビュー」とか「あきらかにあらすじをコピペだけしている記事」とかヤバいのも結構ある。「ああ、この人たちは映画が面白かったということじゃなくて検索流入とかしか考えて記事を書いていないな」と思うわけで。そーいうの、やっぱりつまんないと思う。

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7月7日の話

〇ここ数ヶ月で生活環境が大幅に変わって以前と同じように動けなくなった。増田を覗ける時間も機会も減ったし、何より長文を書くのが非常に億劫になった。前回の記事はそのリハビリみたいに書いたけれど、やっぱりひとつの内容をひとつの記事にするのは大変だ。しばらく落ち着くまで定期的に箇条書き日記にしていこうと思う。

 

〇九州の豪雨災害の全容が明らかになっていないのが怖い。一晩明けても被害が明らかになっていないっていうのは今までにあまりなかったことだと思う。孤立している集落の方が一刻も安心できるようにと願っている。川の氾濫情報とか見ていると、身内がそういう対策本部的な仕事をしていたのでドキドキする。「道路屋」というと何だか低い地位のような感じもしてしまうけれど、個人的に道路など交通や物流に関するお仕事をしている人は尊敬しているので頑張ってほしい。

 

〇バニラエアの件はひとまず落ち着いてきたらしい。この件は銀座レストラン事件を思い起こさせるけれど、双方にそこまでの理不尽がなくて起きてしまったのかなとは思う。設備がないのも悪いけれど、強引にことを進めるのも何だかなあという感じ。それよりも「友人4人で奄美に行くこと」が気になってしまって。みんなあまり触れないようにしていたけれど、この騒動の根幹ってそこにあるんじゃないかと思うんだよなあ。FBで旅行に行った友達に嫉妬するみたいな、そんな感じ。

 

〇今はジャンプの巻頭カラーは教育に悪いか議論がトレンドみたいだけど、個人的にあのカラーは好きではないと言うか、不快に感じた。理由は女性がいじめられているからとか教育に悪いとかではなく、あれを「巻頭カラー」にしてしまう神経がなんとなくイヤだと思ったからだ。エロっていうのは「嫌だ」って言う人もいるってことを理解しないといけないと思う。だから「この作品はこういう作品だからね(嫌な人は読まなくていいよ)」っていうゾーニングが必要だと思うし、それを察しないで文句を言うのはお門違いだと思うけど、巻頭カラーはまた違う話になってくるわけで。巻頭カラーででろでろの真っ赤でリアルな臓物と首ちょんぱ死体がゴロゴロしているものを出したらクレーム殺到は間違いないと思うし、今回のカラーもそれと同程度のことをやっていると思う。「俺が平気だからこのくらいで文句言うな!」というのはみちか問題からみんな進歩してないなあと思う。みちかは少々やりすぎだったと思うけど。

 

〇七夕である。地元では旧暦で笹飾りを飾っていたのでこの時期の七夕感が薄いのであるが、スーパーに置いてある短冊を見ると七夕なんだなあと思う。子供の願い事は非常にかわいい。かわいいけれど、たまに不安になる。以前に比べて「仮面ライダーになりたい」とか「プリキュアになりたい」というヒーローになりたい系の願い事が増えた気がする。これが何を意味するのかはよくわからないけれど、子供にとって「大人になる」ということが一段と難しくなっているのではないかと勝手に思っている。もはや大人とは一体どういう存在なのかよくわからない。個人的には働いて税金払ってひとりで生活するくらいの能力があれば大人だと思うのだけれど、今の世の中では難しいのかもしれない。世の中の深刻な大人不足。

 

〇ヒアリが怖い。以前たまたまヒアリのドキュメントを見てしまったので余計怖い。毒があるとか農作物の被害とか天敵がいないこととか、唯一の天敵がヒアリに寄生してしまうハエだとかなんかもうその生態そのものが怖くて「まだ日本に来てなくてよかったー」と番組を見た当初は思っていたのに……思っていたのに……。

 

〇番組を予約しようとしたら「世界食堂 ビーフシチュー、モーニング」という文字が目に入ってきて「世界のいろんな食事を紹介するまったりドキュメントかな」と思って予約したら『異世界食堂』というアニメでいろいろ期待を裏切られたのが最近の落ち込みポイント。悪いアニメではないんだけど、求めていたものが違ったんだよ……本場のママンのビーフシチューとか、各国のモーニングの違いとか、そういうのかと思ったんだよ……。

 

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桃の気持ちなんてわかるわけないだろJK

 桃太郎が炎上していると聞いて心をときめかせながら早速CMを視聴しました。 

 

桃を拾ったおばあさんに「窃盗だろ」「桃の気持ちを考えたことがあるのか」 SNSの炎上を強烈に風刺したCMが秀逸 - ねとらぼ

「桃の気持ちを考えたことがあるのか」はなかなかクレイジーでいいと思う。全く意味がわからない。

2017/07/04 22:55

 

※動画は以下のページで見ることができます。

2017年度全国キャンペーン:苦情殺到!桃太郎|ACジャパン

 

 初発の感想としては「桃の気持ちを考えろ」とは一体どういうことなんだろうということでした。「桃農家の気持ちを考えろ」ならわかるのですが、冷静に考えなくても桃に感情があるわけないと思うのです。むしろ桃に感情があるなら拾って食べてもらえるなら感謝しなくてはいけないところではないでしょうか。

 

 大体言いたいことは以上です。それ以外にもいろいろ言いたいことはあるのですが「炎上について知ってても面白くとも何ともない」と思う人は読むのをやめたほうがいいです。以下の主旨は「炎上を表現したものがどれだけ実際の炎上に近いか」ということです。似たような記事は前書いたので、そちらも参考にしてもらえるとこの記事で言いたいことがよくわかると思います。

 

nogreenplace.hateblo.jp

 

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何故おばあさんは炎上したの?

 CMではおばあさんが桃を拾うと「窃盗w」という心ない言葉をかけられたことで批判が殺到するということがメインのようです。これについては上の記事でも言及したのですが、2017年の炎上の描かれ方としては大層時代遅れという印象を受けます。

 

 このCMに圧倒的に足りない要素は「おばあさんの擁護」です。2017年現在のネットで話題になる炎上は「批判される事象」と「批判する人たち」と「批判されるものを擁護する人たち」で構成されがちです。批判だけなら一瞬で終わるのですが、批判の批判をすることで論点がややこしいことになり、自称中立が林立して結局当の本人のおばあさんは蚊帳の外なんていうのはよくある話です。

 

 もし現実のネット世界でこのような炎上が起きていたなら、もっと早い段階でおばあさん擁護が現れ「窃盗というが桃の持ち主はいるのか」「おばあさんのしたことなんだからこのくらい許してやれ」「批判する方が心が狭い」など「批判する人たち」を牽制してtogetterあたりで「【賛否】おばあさんの行為は窃盗か?【両論】」などというまとめが作られ、コメント欄でおばあさん批判派とおばあさん擁護派が激しい空中戦を繰り広げ、Buzzfeedあたりがおばあさんかおじいさんに直撃取材したあとに専門家の意見を掲載して「これが読みたかった」「モヤモヤしていたけど言いたいことが全部書いてあった」というブコメがたくさんつくことでしょう。

 

乖離する「炎上」の実態

 CMとはいえフィクションなので「わかりやすさ」を優先していることはわかっています。しかし、わかりやすさを優先した結果実態から離れてしまうということもあります。今回のCMにも「実際はないだろう」という表現がいくつか見られます。4号警備の記事でも全く同じ指摘をしたのが興味深いので興味のある方はそちらも見てください。

 

 ひとつめは「古いネットスラング。「通報!通報!」「炎上案件キタ━━━(゚∀゚)━━━ !!」「謝罪会見マダー?」「不祥事キタ━━━(゚∀゚)━━━ !!」あたりは古の2ちゃんノリで、「通報」あたりギリギリ許容範囲かなぁと思うけれど、「マダー?」「 キタ━━━(゚∀゚)━━━!!」あたりはもう死語と言ってもいいだろう。2017年においてこういった表現は「マジMK5でチョベリバなんですけど」というくらい古臭い表現になる。「あなみぐるし。むげにすさまじきことかな」くらいに見てもいいと思う。それくらい古い言葉遣いだということをこういう表現をする人たちは心得てほしい。

 

 また、「謝罪会見」「不祥事」あたりのワードを使うのは企業の不祥事が相次いだころの名残ではないでしょうか。パッと思い浮かんだのが雪印の「寝てないんだよ!」の謝罪会見*1船場吉兆のささやき女将の謝罪会見*2、最近でも議員やタレントが行う謝罪会見で喧々諤々やるのは多いのですが、これらはあくまでも公的な立場にある人々や人気のある人だから起こることです。今回のおばあさんの事例には全く当てはまらないので違和感の強いワードになったと思います。

 

 ふたつめは「悪意ある言葉」というところ。たくさん出てくる批判の言葉を見たけれど、明らかにおばあさん個人に向けて悪意が込められているのは「この人SNSやってないかな」「背景から住所わかるかも」くらいであとは「俺はこの人のやったことは悪いことだと思っている」ということの表明がほとんどだ。彼らは「おばあさんを苦しめてやろう」とは思っていない。ただ「俺はお前の行動を見て不快に思った」ということしか言っていない。つまり「悪気」があっておばあさんを批判しているわけではない。

 

 2017年の炎上案件も「こいつを苦しめてやろう」という悪意から始まるものは少ない。ほとんどが「私は不快に思う」という表現で批判は構成されている。そういうわけで「悪意ある言葉」では届けたい人に届かない。「あなたの不快感が、人の心を傷つけている」くらいがいいんじゃないかと思う。ブコメでもたくさん見られたけど、「批判」をする人は「善意」や「正義」の立場に立っている。当たり前だけど、自分が悪いことをしていると思ったら大体の人は自重するものだ。

 

 こういうこと書くと大抵「お前もそうだろ」「ブーメランだ」という反応をもらうのですが、大体はその台詞は真っ直ぐ発言者にも返っていくわけです。一種の呪いみたいなものですが、それに気づかないと楽しく過ごせます。気付かないほうがいいことも世の中にはたくさんありますね。

 

 ところで「電話で抗議しよう」ということはおばあさんの自宅が既に特定されているということなんだろうか。さりげなく時間の流れが取り入れられていてちょっと面白い。

 

【「もうちょっと待っててね」とは?】

 おばあさんの最後の台詞「もうちょっと待っててね」は広い意味を含んだ言葉になっている。炎上下では「ちょっと待つ」ということは非常に大事なことである。

 

 まず炎上してしまった当人は、しばらくSNSから遠ざかって気持ちを落ち着かせるのが一番良い。「ちょっと待つ」ことをすれば大体のことは収まる。一番よくないのは「批判するほうが悪い」みたいな燃料を投下して更に燃え続けることだ。2017年において炎上と言うのは3日続けば長いほうだ。大型案件でも1週間喧々諤々していれば「今年のニュース」に残る大騒動だ。その意味では最近あったバニラエアの事件は2017年のネット史に残る騒動になったと思う。

 

 そして「批判をする人」も、ムカっとした気持ちをそのまま書き込むのではなく一度時間を置いてから批判をするのも大事である。時間を置いてもムカついているなら仕方ないだろうけど、大抵は時間が経つとどうでもよくなる。「そのニュースを見た瞬間の感情」で行動するのではなく、「ニュースの全体像と反応」を見てからでも書き込みをすることは遅くない。

 

 2017年になって、炎上の発生と廃れ具合はかなり加速している。例えば1か月前くらいにあった主な炎上騒ぎと言えば「宮崎駿のネタツイートをテレビ局が本人談として放送したこと」*3とか「フィルタリングの論文でpixivのR18小説を晒し上げたこと」*4などあったけど、覚えている人は少ないだろうなぁと思うわけで。あんなに加熱した「PR論争」*5だってここ1か月内の話だ。つまり話題になれば一瞬で話題になるけど、すぐに飽きられるからあんまり気にするなっていうことでもあると思う。それが2017年のインターネットのスピードなんだと思う。

 

【まとめ】

 このCMも啓発用として作られてはいるけれどわかりやすさを優先したために実態と乖離した表現にしなければならなかったのか、それとも制作側の情報更新が遅いのかなというところです。「男の子はみんなキャッチボールが好きだろう」「ネット民(この表現自体がひどいレッテルなんだけど)はみんな悪い奴なんだろう」みたいな感覚で炎上に触れるとこのCMそのものが発火性を持つことだってあるので、本当に物騒な世の中になったと思います。解脱するしかない。

 

【余談】

 CMの内容とは関係ないけれど「おじいさんとおばあさんが幸せに暮らしていました」というのは「幸せかどうかなんて客観的にわかることでもないのにナレーションで語るのは変だな」と思ったのはここだけの話です。「幸せに暮らしましたとさ」ならいいんだけど、冒頭にこの言葉が来るのはしっくりこないなあ、というクソな感想を持ったのですが個人的なものなので気にしないでください。

 

nogreenplace.hateblo.jp

 

 この記事2年前なんだ……。

見えないところに沈めてください ~短歌の目二期・6月の巻~

 天の頂から短歌。

 

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tankanome.hateblo.jp

 

1. クリーム

 誰からも愛されているあんみつとクリームソーダに私はなれない

 

2. 溝

 亡骸は海溝深く誰からも見えないところに沈めてください

 

3. 万緑

 らんらんと降り注いでる木漏れ日と滴り落ちる万緑の雫

 

4. 雨

 土曜日に降った雨の残骸を片づけている朝の球場

 

5. きみ

 「寄り添って」「囁いてみて」「愛してる」「きみが好きだよ」「私なんかを?」

 

テーマ詠「衣服」

 虹色の羽根を纏って宙を舞う私はきっと生きてはいない

 

 無造作に打ち上げられた虹色の足は砂にまみれて遠くへ行けない

 

 地に足をつけて初めてわかった 虹でない私の中身の熱い血潮 

 

 人間に生まれなければ服を着る必要なんかなかっただろうに

 

 虹色の涙を纏って空を切る私はやはり生きてなかった

 

 

「私が何で怒ってるかわかる?」のジレンマ

 急にトレンドになった「私が何で怒ってるかわかる?」というワードだけど、これを見て「わかるわけないだろ」「ちゃんと言ってくれないと」「これを連発する人はモラハラ」などいろんな意見が噴出している。「ふーん」と思いながらも「何だか違うなぁ」と思うことを書いてみる。

 

『私がなんで怒ってるかわかる?』はモラハラ(精神的DV)? - Togetterまとめ

こういうの見ると「不機嫌になったときの政治的に正しい処理法」みたいなのを正しい人が早く開発して広めないといけないんじゃないのって思う。

2017/06/21 22:37

 

【必ずしも発語者がギルティではない】

 この記事のスタンスは「私が何で怒ってるかわかる?」という人が必ずしも悪いわけではないという方向で統一する。別に逆張りしたいわけでもなく、そう尋ねたくなるシチュエーションに無頓着な人が「言われなければわからない」と主張している可能性もあるからだ。

 

 先のtogetterにまとめられている発端の出来事は、その擦れ違いを見事に表現している。以前夕食を作っている途中で眠ってしまい喧嘩をしたので「今日は寝てもいいか」と打診をしたところ「私が何で怒ってるかわかる?」と尋ねられて困惑したという内容だ。個人的にこれは不機嫌になっても仕方ないと思うし、そう尋ねたくなるのもわかる。

 

 視点を女性側に移して考える。以前「私が夕食を作っている間に寝てしまうのは不愉快だ」ということを喧嘩を通して伝えた。ところがその後の反応は「夕食を作っている間は寝ない」ではなく「夕食を作っているけれど寝ていいか」という打診だ。「今から君が敢えて不愉快になる行動をとってもいいか」と聞いているわけだ。詳細はわからないが、相手が不愉快になることよりも優先しなければならない事情があるなら相手も納得するだろう。例えば昨夜は一睡もしていないとか、これから夜勤だとか。それで相手が怒るなら理不尽と言っていい。ただしそうでない場合、「相手の不快<自分の快」とみなされてしまえば誰だって機嫌が悪くなっても仕方ない。

 

【「私が何で怒ってるかわかる?」=「私の気持ちをもっと考えて」】

 簡単に置き換えるとこのようになる。この発問をする当事者からすると一番の怒りのポイントは怒りの引き金ではなく、「私が怒ることを知らないはずはないのにその予防を怠った」ということになる。つまり「いや知らない」と返答することそのものが発問者の怒りの根源だ。

 

 そこで、この発問に対して一番やってはいけないことは「その場凌ぎの謝罪」である。相手に対する謝罪はもちろん必要で、その上で再発防止策を当人なりに考えて言うことが発問者の怒りを和らげると思う。「また君を怒らせてすまなかった、このようなことで怒っているなら今度はこのようなことがないようにする」と言うのが適度にベターなのではないかと思う。もちろんケースバイケースなので完全に理不尽な怒りには謝罪する必要はないし、再発防止は理不尽を起こした側の仕事だ。

 

【発問者は何度も同じ説明をしている説】

 それでも「ちゃんと言われないと何が悪いかわからない」という人はいる。実際教育現場ではこのやりとりはしばしば行われる。教員もプロであるためあまり理不尽な説教はしない(はずだ。この辺は自信がない)

 

 時に子供と言うのは善悪の区別もなく悪いことをしてしまう。そこで「これは悪いことだ」と説教をして以降しないのであればよい。しかし、中には「これは悪いことだ」ということを理解しないで何度も同じ過ちを繰り返す子がいる。その子にとって説教とは「一瞬不快な時間だけど終わればチャラになる」と考えている節がある。そういう子には何度話をしてもその場の反省のみになってしまうので、本人の口から再発防止を言わせなければならない。その引き金になるのが「君は何で怒られているかわかるか?」である。まず自分の状況とやってしまったこと、そしてそのようなことを二度と起こさないことを彼の口から言わせることが一種の再発防止になる。

 

 人間は案外自分が何をしているのかを把握していない。特に良くないことをしていても頭で「これはよくないこと」と認識しなければ平気で悪いことも行ってしまう。そんなわけで「自らの行為の過ちを認めて自分が行ったことを口にする」ということは非常なストレスになる。「忘れ物をするな!」と怒鳴ってもヘラヘラしている奴に「何と何を忘れたの?何故?」と具体的に尋ねると顔を青くしてしどろもどろになることがある。「罪状を自分の口で言う」ことはひとつの罰なのである。

 

【まとめ】

 つまり、「私が何で怒ってるかわかる?」には取りざたされている理不尽な問いかけの他に「何度言っても理解しないことへの罰」という面があるということだ。「言われなきゃわからないよ」という人は、本当に相手のことを理解しようとしているのかというところから始めたほうがいいし、逆にこの問いを発する方も理解してもらう努力をするしかない。ただ、この問いが発生したということは「相手を尊重したり理解しようという態度が見られない」ということが根幹にあることだけは押さえておいたほうがいいと思う。実際、最初のtogetterの模範回答もそれに近い。

 

 あとはブコメに書いた通り、各個人が「理不尽な怒りを抱えた時にどうするべきか」を考えてしっかり対処するしかない。理不尽な怒りは誰にだってある。ちなみに我が家では何らかの怒りがあると判断した時に「10段階でどのくらい?」と怒りを数値化することで「それはひどい!」とか「ちょっとむかつくよね」などと相手の共感を得やすくして怒りを共有することで和らげる方向に持っていく。あと関係ないけれど進捗状況を表す時にFF10を引き合いに出すことがある。「今ブリッツボールが終わったあたり(序盤の終わり)」とか「ザナルカンドについた(終盤もう少し)」とか。そしてそのあと「ガガゼドのシーモア強すぎるよね」と言うのが決まり。目の前の仕事の理不尽さを全部ガガゼドシーモアに被せることでそこそこ楽しく生きていける気がするのです、おわり。

 

 

スプライトの音空に溶けてく ~短歌の目二期・5月の巻~

 言葉がうまく出てこない時こそ短歌。

 

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tankanome.hateblo.jp

 

1. 青葉

風薫る青葉の下で蓋あけるスプライトの音空に溶けてく

 

2. くつ(靴、屈、窟など他の読みかたも可)

歩くのが下手な私に合う靴を求めてずっと裸足で旅する

 

3. カーネーション

店先に並んだ並んだカーネーション奥へ運んで終わる日曜

 

4. 衣

天ぷらの衣がシャクっとしないから明日の朝はおそらく大荒れ

 

5. 夕なぎ

舞い上がるほどの夕なぎ恋焦がれ私の羽根はイカロスになる

 

テーマ「運動会」

ぽんぽんと花火が上がるその前に布団の中から這い出る早朝

 

体操をするのに広がるそれだけで何時間も練習させるな

 

借り物と言って奪った鉢巻の一等賞は未だに返せず

 

赤白帽被っていても肌は焼け石灰交じりの風が吹いてる

 

銃声が殺したのは人でなく後ろを走る奴の人権

 

※うたよみんやってます。 霧夢の短歌|うたよみん