あのにますトライバル

君の気持ちは君の中でだけ育てていけ。

サンタクロースは突然に ~短編小説の集い~

 雄也のところにサンタクロースが来なくなって、今年で9回目のクリスマスがやってくる。9年前のクリスマスの朝、期待を胸に枕元の靴下に手を伸ばしても、そこには何もなかった。「サンタは子供のところにしか来ない。お前は大人になったんだ」とだけ父が言ったのを雄也はどこか遠くで聞いたような気がした。その頃から、父と母は一緒に暮らしていなかった。次の年、母親は完全に家を出て行った。父親は仕事で滅多に帰らないため、雄也も部活に打ち込むふりをして誰もいない家にあまり帰りたくはないと思っていた。

 

 雄也がバイト先のコンビニに着くと、夕方勤務の若い女の子たちがバックヤードでキャッキャとスマホを片手に騒いでいた。
「あーあ、今年もクリぼっちだわー」
「ホントリア充とか死なないかなー」
 壁のカレンダーは12月になっていて、部屋の真ん中にある折り畳みテーブルの上には彼女たちの飲んでいるホット飲料とクリスマスケーキの予約のチラシが山のように置いてある。
「あ、相田さんお疲れさまー」
 高校3年の四谷が顔を上げる。先月進学先が決まったようで、今年の冬休みはバイトに励むと頼もしいことを言っていた。
「お疲れー」
 雄也はコートを脱ぐとビニール袋から弁当を取り出す。勤務の時間までに雄也は食事を済ませることにしている。
「今日は何ですか?」
「新発売のビーフシチュー丼」
「何それ」
 女の子たちはクスクスと笑っている。
「そう言えば相田さんはクリスマスどうするんですか?」
 雄也と同じ年で大学2年の吉田が尋ねてくる。
「えー? 夜シフトだよ」
「いいんですか、彼女とかいないんですか?」
「いたらシフト入ってねーし」
「たしかにー」 
「それ去年も言ってましたねー、あ、そろそろ行ってくるわ」
 四谷はいそいそと制服を直すと、店の方へ戻っていった。四谷と入れ替わりに、雄也と深夜帯に入る松井がやってきた。吉田がカフェラテを飲み干して尋ねる。
「松井さんはクリスマス予定あるんですか?」
「僕は娘と約束しているかな」
「え、娘さんって高校生ですよね?」
「来年受験です」
 松井は別の小売店で定年まで働いた後、「身体が動くうちは小売の現場にいたい」ということで半年前にこのコンビニへやってきた。雄也にとっては親ほど年齢の離れた新人と一緒になるということで最初は緊張していたが、経験豊富な松井との業務はすぐにスムーズに回るようになり、最近ではかなり松井を頼っているところもある。
「お父さんと一緒にクリスマスなんてすごい!」
 松井はニヤニヤしながら答える。
「いやいや、今まで仕事でクリスマスに家にいたことがないから、それだけです」
「いいじゃないですか、素敵なお嬢さんですね」
 それから他愛のない世間話をいくつかして、吉田も店に戻った。雄也はどろりと残ったビーフシチュー丼を胃に流し込んだ。

 

 親とクリスマスを過ごす、など雄也にはない発想だった。とにかく家にはいたくないというのが雄也のスタンスで、勉強は図書館やファミレスで済ませていたし、部活やアルバイトでそれ以外の時間は家の外で過ごしていた。家に帰るのは寝るためと荷物を取りに行くだけと雄也は決めていた。一応父親と一緒に住んではいるけれど、数ヶ月顔を合わせないということもよくあることだ。今更何を話せばいいのかもよくわからない。
(松井さんの娘は偉いなあ)
 午前0時を回り、客足もほぼなくなったころ雄也はレジの前で品出しをする松井を見つめていた。客が来なくても深夜帯の勤務時間にはやることがたくさんある。在庫の確認に商品の発注、それに店内の清掃だってしなくてはいけない。
「相田君は、クリスマスにシフト入ってるね」
「はい、それが何か?」
 急に話しかけられて、ギクリとした雄也は煙草の在庫を数えているふりをした。あまりぼんやりしているところを見せたくなかった。
「せっかく若いんだから、仕事なんかよりもっと楽しいことないのかい」
「いえ、友達はみんな予定があるし、僕なんて気にされていないと言うか、なんて言うか」
「そんなことないだろう」
「いや、僕みたいなのはきっと一人でいいって思っているだろうし」
「そうか、君くらいの年齢なら家族と過ごすのは照れくさいかな」
「まぁ、そういうわけじゃないんですけど」
 松井はそれ以上突っ込んでこなかった。それからしばらく黙々と作業を進めていたところ、松井が口を開いた。
「ところで相田君はいつまでサンタを信じていたかい?」
「え?」
 男同士の雑談にしては浮かれた内容に、雄也は思わず間抜けな声を出してしまった。
「ああ、ゴメン。実はちょっと相談に乗ってもらいたくて」
 松井の相談は、娘と過ごすクリスマスのことだった。
「ほら、僕はずっとこういう仕事をしてきたからクリスマスイブも当日もずっと仕事だったんだよね。だから娘には随分寂しい思いをさせてしまっていて」
「娘さん思いなんですね」
「そんなことないさ。休暇をとろうとしたこともあったけど、従業員が体調を崩して急遽出てくれないかと電話が来てパーティーの準備をしていた娘をなだめて出勤したこともあったよ。あの時はお年玉をあげるまで口を聞いてもらえなかった」
 松井は笑った。雄也は笑ってよいのかわからなかった。
「だからね、今年はゆっくり家族で過ごすと決めているんだ。娘もいつまで家にいるかわからないし、こうやって家族で過ごすことのできる最後のクリスマスかもしれない」
 松井の言葉に、雄也は他人事なのに寂しいものを感じた。
「それでね、娘に何かプレゼントでもと思って若い人の意見を聞いておこうと思ったんだ」
「そうですね、女の子のことは女の子に聞いたほうがいいんじゃないですか」
「それもそうか」
 松井は笑っていたが、雄也は適当なことを言って自分まで誤魔化したような気になった。

 

 早朝勤務と交代して雄也が家に帰ってきたのは午前6時前だった。普段であれば自分の部屋にすぐ行って2時間ほど仮眠をとって、それから学校へ向かっていたのだがその日は灯りの漏れているリビングを覗いてみる気になった。そこにはテレビをつけて天気予報を見ている父がいた。
「ただいま」
「何だ、珍しいな」
 何も言わないのは気まずいと思い、とにかく声をかけた。
「学校には遅れるなよ」
「わかってる」
 それ以上、父にかける言葉が見つからない。雄也はそのまま急いで部屋に戻るとベッドにもぐりこんだ。
(父さん、また老けたな)
 記憶の中の父と先ほどリビングに座っていた父を比べてしまう。思えばまともに会話をしたのは進路の決定の時ぐらいで、驚くほど父のことを何も知らない。
『だから娘には随分寂しい思いをさせてしまっていて』
 松井の言葉が雄也の頭を過る。世の父親はそれほど子供のことを気にかけているのだろうか。雄也の思考とは裏腹に空はどんどん明るくなっていった。

 

「松井さんは、娘さんのプレゼントを決めたんですか」
 次の松井とのシフトで、雄也は雑誌を整理しながら松井に尋ねた。
「あー、四谷さんたちに聞いたらとっても参考になったよ。君のおかげだね」
 松井もニコニコと返事をした。
「あの、逆に松井さんは娘さんから何を貰ったら嬉しいですか?」
「僕かい? そうだねえ……考えたこともなかったね」
 作業の手を止めて、松井はしばらく視線を宙に泳がせた。
「あ、別に深い意味はないんですけど」
「いやあ、なかなか思い浮かばないものだね。欲しい物ならいくつか思い浮かぶんだけど、娘からもらって、となると全然思い浮かばない。それよりも、娘からもらうって言う考えがなかったね」
 松井は生き生きと話し始めた。
「だって、ほら、僕らモノを売る人自体が一年中サンタクロースみたいなものだと思っているからね。サンタクロースは誰に何を送るのかばっかり考えて、自分のプレゼントなんて考えたことはないんじゃないかな」
 雄也は雑誌に目を落とす。「クリスマスに向けての愛されコーデ」という文字が大きく踊っていた。
「娘からもらったものは目に見えないけどたくさんあるからね。今更プレゼント、なんてもらわなくてもいいかなぁ。もうその気持ちだけで十分。あ、配送が来たよ」
 雑談を中断し、雄也と松井は入口を開けて配送のトラックからの運び出しに備える。もう少し松井の話を聞きたい、と雄也は思っていた。

 

 それからバイトのない日も、雄也は何となく早く家に帰るようになった。思えば雄也は父のことをそれほど憎んではいなかった。「あの人は自分の気持ちを表に出さないから」と出て行った母は父のことを疎ましく思っていたようだったが、雄也は父の気持ちを理解していた。どうせ言っても伝わらないことをわざわざ言うのはみっともない。しかし、何を言えばよいのかわからない。今更良い息子面をするのも嫌だし、それを父も望んでいないような気がする。
「最近忙しいのか」
 リビングで夕飯を食べていると、仕事から帰ってきた父が話しかけてきた。
「うん、まあ。来年就活だし」
「そうか」
 それ以上話を続けることができなかった。こんなとき、松井ならどうするのだろうと雄也は考えた。

 

 結局、雄也は父と大した会話も出来ずにクリスマスイブの日を迎えた。それまで街にあふれる「ご家族でご一緒に」「ファミリーバレル」の文字を恨めしく思ったが、同時にそれを買って帰る勇気のない自分が情けなかった。
「あー負け組は嫌ですねー」
 バックヤードで夕方勤務の四谷が愚痴をこぼす。彼女は急に吉田と今日のシフトを変わったそうだ。
「負けだと思うから負けなんだよ」
 雄也は缶コーヒーを片手に背もたれに寄りかかった。今日の夜はオーナーと二人でいつも通りの深夜勤務をこなすだけだ。何も変わったことなどありはしない。
「あー、大学入ったら彼氏絶対作るんだから! 今日はケーキとチキン買って帰るんだから!」
 四谷が喚いているところに、松井がやってきた。
「あれ、松井さん今日シフト入ってないですよ?……あ、そのマフラー新品ですか?」
「そうなんだよ、娘からのプレゼントなんだー」
「うわー、とってもいいですね! あったかそう!」
 何だかんだと騒いでいた四谷が松井のマフラーを見て嬉しそうにはしゃぐ。
「ところで、今日は家で娘さんとのんびり過ごすんじゃなかったんですか?」
 バックヤードの隅でネットブックをいじっているオーナーが顔をあげた。
「いやー、夕飯は少しだけ豪華に食べたんですけど『友達と約束しているから』なんて言って、このマフラーを渡してさっさと出て行ってしまいましたよ。年頃の娘を舐めてました」
 娘なんてそんなもんですよーとオーナーは相槌を打つ。
「見事に今夜やることがなくなりまして。それで今年もサンタクロースをしようかとやってきたんです」
「え、でも今日は僕とオーナーで入るから、松井さんは」
 松井は抱えていた紙包みを雄也に向けて渡した。
「何ですかこれ」
「いいから。今夜がラストチャンスだぞ」
 中身を改めると、ワインのボトルが入っていた。四谷は松井と雄也の顔を交互に見て何か嬉しそうな顔をしている。
「言いたいことははっきり言わないと伝わらないぞ」
「そうだよ、きっと待っているはずだよ」
 松井と何かを察したような四谷がニコニコと雄也を見ていた。
「そういうわけで、今夜はサンタクロースに任せなさい」
 突然の出来事に雄也はオーナーに視線を送ると、ネットブックから顔をあげたオーナーは松井の方を向いていた。
「じゃあ松井さんよろしくお願いしますね。相田君は急用か、残念だ」
「そういうことだよ、相田君」
 松井の手が雄也の肩に置かれた。その手は先ほどまで外にいたとは思えないほど温かかった。

 

「絶対何か勘違いしていると思うんだけど」
 半ば強引にバックヤードから追い出され、雄也はもらったワインのボトルを下げ家路についた。世間ではイブの夜は恋人たちがたくさん、というイメージがあるようだけれど、別に今日だけが恋人たちの日ではない。街には家族連れも独り身もたくさんいる。ただ、大人になればどの集団に加わるのかはある程度選べるし、素敵な巡り合いだって起こるのかもしれない。
「どうしようかな、これ」
 息子と二人で飲む、なんて父のほうが恥ずかしがって逃げてしまいそうだ。しかしそれもサンタクロースの試練なのだと思い、雄也は灯りのついている自宅の玄関を開けた。

 

≪了(4982字)≫

 

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 実際にコンビニで深夜バイトをしたことはないので多分いくつか微妙な点があると思います。多分真面目にクリスマスの話を書いたのは初めてな気がする。

 

 

「私って、甘えてますか?」を読んで

 先日発売されたid:topisyuさんの単著『私って、甘えてますか?』を読みました。普段からtopisyuさんのブログに親しんでいる方にはおなじみの内容ばかりですが、そこからいろいろ思ったことがあるので少し書きます。なお、こちらの感想も一般向けではありません。参考になるかどうかよくわかりません。

 

私って、甘えてますか?

私って、甘えてますか?

 

 

 今回のtopisyuさんの本を読んだ率直な感想が「もしこの手の人生相談をネット上ではなく、面と向かって友達に行ったら、どうなるだろう」ということです。自分なりに考えてみたのですが、無駄に神格化されて依存されるだろうなと思うのです。「この人に悩みを打ち明けたら解決したわ!今度も頼もう!」となるだけで結局悩みそのものが解決するのではなく、毎回話を聞くだけのこちらの負担が増えるだけじゃないのかと。

 

 悩みを打ち明ける人には2種類いて、一つは本当に困っていてアドバイスが欲しい人と、ただ愚痴を聞いてもらいたいだけの人です。そして後者にも2種類いて、愚痴を言ってすっきりする人と愚痴を聞いてくれた人に執着する人に分かれます。アドバイスが欲しい人やただ愚痴を言ってすっきりする人ならば問題ないのですが、「相談相手に執着する人」は本当に厄介です。「相談」という名目で相手に取り入ろうとする人にNOを突きつけることが出来ないとこういう悩み相談は難しいと思います。

 

 言葉だけで説明するとイメージしにくいので例を出すと、「失恋したから慰めろと月イチで会うことを要求し、話を聞くと失恋どころか一方的な片思いで相手に恋人がいたとか、勝手に理想を押し付けて勝手に幻滅していたりするような話を定期的にしたがるが必ず話の最後に『私たち友達だもんね、友達は助け合おうね』と言う割にはこちらの悩みを打ち明けると共感どころか『私なんかには理解できない悩みだから聞きたくない』と言ったり不機嫌になったり逆に変な感情移入をしてややこしい事態を引き起こすような友人と呼ぶことをやめようかと思っている知人」というところでしょうか。Q29「嫉妬深い友人」の亜種ですね。ちなみにこの知人は完全にフィクションです。


 そういう意味でもtopisyuさんの「なまはげ」というイメージは秀逸だなと思うのです。もし菩薩のような優しいイメージを採用していたら、もっともっと変な「構って構ってタダで私を救いやがれ!」みたいなノイズがたくさんやってきているのでは(実際に結構来ていると思いますが)。そういった「相手の迷惑より自分の現実逃避」という人にとって、自分も怖い思いをするかもしれないなまはげという存在は怖くて近寄りにくいと思うし、逆に「少し怖い思いをしても何とかしてほしい」という切実な人を集める効果もあるのかなぁと感じました。少なくとも「相談」という名のもとに見下されることはないと思うのです。

 

 本の帯に「大丈夫。あなたは幸せになれますよ!」と書いてある通り、質問の回答は相談者の背中をそっと押すような優しいものがほとんどです。見た目が怖い人ほど意外と誠実に対応してくれたり、逆に甘い顔をして「人生相談します!」みたいな募集をしている人ほどろくでもない回答をしていたりするのが面白いです。

 

 topisyuさんの回答が安定しているのは、文章の背景に一本の人となりが見えるからだろうなぁと思うのです。著書にもたびたび出てくるのですが、「あなたはあなた、私は私」「将来のビジョン」がしっかりしている人はあまりモヤモヤしないのではないかと思います。例えばQ6「身の丈にあった優しそうな男性と少し年は離れているけど年収のある男、どちらと結婚すればよいでしょうか」、Q11「親が離婚しているので自分もダメだったら離婚しようと思うのですが、離婚のリスクはどんなものですか」などの質問がそれにあたると思いました。

 

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 こちらは先日単著発売記念に書かれた読者からのモヤモヤスペシャルの中で紹介されていたものですが、私がこの人にアドバイスをすることになってもやっぱり「まずは自分がどうしたいかを決めよう」になると思います。結婚をして子供を育てて平凡な温かい家庭を作りたいのか、男に手玉に取られる女になりたいのか、経済力のある男性の保護の下贅沢がしたいのか。それによって選択肢も変わりますし目指すべき目標ももちろん変わります。男性を選ぶことがゴールになっていて、その結果が見えていないという感じですね。

 

 こういったことはどこにでもある話で、何かモヤモヤしていたらそれは「未来の予測が立てられない」と言うことだと思うのです。行き当たりばったりで平気な人はよくわかりませんが、どんな困難な問題でもある程度道筋が決まるだけで安心したりするものです。topisyuさんは「モヤモヤ」と可愛らしく表現していますが、それって「漠然とした不安」なんでしょう。漠然としていて言葉にならない。だけど、言語化されたものは恐れるものではないのです。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」とはよく言ったもので、見えないものを見えるようにするのはそれだけで安心するのです。

 

 昔はそういった「漠然とした不安」を抱えたときに悩みを聞いて言語化し、解決策を提示していたのは教会や寺でした。そしてその不安に寄り添ったのが神や仏と言う概念でした。さて、神が死んだ世界で私たちはモヤモヤをどう発散すればよいのでしょうか。それはこの紙の本に書いてあります。さあ紙の本を買いましょう。ホワイトボート感想戦の話も一応ありますよ。

 

topisyu.hatenablog.com

 

 2016年中に感想を書くと特典がもらえるそうです。楽しみですね。この記事の4コマ大好きです。

 

満ち足りない ~短編小説の集い~

「お腹すいた」
 私の口癖はそれでした。別に空腹であるわけでもないのに、少しでも満腹感を持続できないと満足できないのです。両親はいくら食べても食べたりないと言う私に困り果てたようでした。当然のことながら私はひどく太っており、昔からよくバカにされました。


「つまんない」
 私のもう一つの口癖はこれでした。両親の買ってくれた玩具に当時流行していたテレビ番組や漫画など、ひとつも面白いと思ったことがないのです。隣で同級生が何かを言っても、私が笑うことはありませんでした。

 

 あれは、私が中学一年生の冬でした。流行していた風邪にかかり、数日寝込んだことがありました。その頃、私は忙しい両親の代わりに日中は祖父母の家に身を寄せていました。小学生の頃は少しでも熱が出ようものなら祖母が飛んできて付きっ切りで看病してくれていました。ところがその祖母が入院することになり、家にいたのは祖父ひとりでした。両親は私を祖父に任せてさっさと仕事へ出かけてしまいました。この頃、両親に期待など何もしていませんでした。私を育ててくれたのは祖母だと思っていたのです。

「お腹すいた」
 熱で食欲などないのに、私は早速祖父に食事を要求しました。食べたい、食べたくないではなく食べ物が近くにないと落ち着かなくなっていました。
「朝飯は食ったのだろう、それで十分だ」
 祖父はそれだけ言うと熱で苦しんでいる私を置いて祖母の世話をしに出かけてしまいました。普段の祖母なら、早速風邪をひいていても食べられるゼリーやアイスなどを持ってきてくれて食べさせてくれるのですが、祖父にそれを期待してはいけなかったようでした。落胆よりも腹が立った私は、台所へ行き戸棚から未開封のクッキーを見つけて半分ほど平らげました。高熱で味覚も麻痺していたのですが、その時は祖父への当てつけに何かをしてやらねば気が済まないと思っていたのです。喉が渇いたので冷蔵庫にあったジュースも勝手に飲み干し、満足した私は布団に戻らず居間のソファに寝転んで教育テレビを見始めました。

 

 その時間頃の教育テレビは非常に退屈で、人形がたくさん出てきて道徳を押し付けるような話を展開していました。他のチャンネルに合わせても大人の見るようなニュースばかりで、仕方なく私は教育テレビを見ていました。大げさな演技で大人が簡単な算数の解説をするのを、当時はひどくバカらしいことと思っていて「大きくなってもこんな風に子供に媚を売るような大人にはなるまい」と真剣に思っていたものです。しばらくして口寂しくなった私はまた台所へ行くと残っていたクッキーを持ってきて、テレビを見ながら貪り食いました。
「こいつ不細工」
「ヘッタクソ」
 テレビに出てくる人に、私は思ったままの感想をぶつけました。それは祖母がテレビを見ているときはよくしていることでした。

 

「何やってるんだ! 寝ているように言ったはずだろ!」
 気が付くと、祖父が鬼のような形相で立っていました。
「だってつまんないし、お腹すいたし」
 私は理不尽に怒鳴られたことに対して不満しかありませんでした。
「こんな不摂生をしていたら治るものも治らんと言うことがわからんのか」
「ふせっせい? 難しい日本語使われてもわかんないんですけど」
 私は祖父の言うことを聞く気などありませんでした。
「何も食べずに大人しく寝ていろと言うことだ」
「じゃあずっとそばにいてよ」
 それまで風邪をひいたときは優しい祖母がそばにいてくれたのです。ずっと冷たいタオルを頭に当てていてくれたし、氷枕だって頻繁に交換してもらえたし、お腹がすいたと言えばゼリーやアイスを出してくれたし、昼食のお粥はひとさじずつ食べさせてくれてもいたのです。
「お前ももう中学生なんだ、少しは自覚をしろ」
 祖父はそれだけ言うとリモコンでテレビを消してしまいました。
「布団に戻れ。そうしないと昼飯はないぞ」
 私は祖父の言うことを聞きたくありませんでした。ただでさえ優しい祖母がいないのが不満で不満で仕方がなかったのに、普段あまり関わろうとしない祖父があれこれ指図してくるのが本当に嫌だったのです。
うるさいうるさいうるさい
 私はその時、祖父が悲しそうな顔をしていることに気付きませんでした。そして本当に祖父は昼食も、夕飯も私にくれなかったのです。お菓子を食べていたためにひもじさはなかった私はそのまま両親に引き渡されました。すっかり両親を何とも思っていない私は家に帰ってきてもお菓子を食べ、布団に入らずテレビの前で寝てしまいました。

 

 その日の夜、熱が急に高くなりました。両親が寝ずに付きっ切りで看病してくれたのですが深夜を過ぎて胸が痛んできたため急患で病院に担ぎ込まれました。そして私の様子を見て、医者が両親に何か言ったようでした。私は胸の痛みと高熱で朦朧としていたため、よくわからなかったのですが数日入院して退院してから、私は祖父母宅に預けられることがありませんでした。その時は祖父が私にひどいことをしたので両親が怒ったのだと思っていました。それよりも祖母の病状が悪化したようで、私以上に皆が祖母の心配をしていたのです。

 

 祖母が病院から戻ってくることはありませんでした。私は悲しくて悲しくて何日も学校を休んで泣き続けました。それからグズグズと学校を休むまま休み続け、気が付けば数ヶ月も学校へ行かずになっていました。慌てて学校へ戻ってもクラスメイトが何を言っているかわからず、恐怖しか感じずにそれ以降ずっと保健室へ逃げ続けました。家に帰っても両親は私のことで喧嘩をしていたので、家にも帰りにくくなりました。何とか中学を卒業した後は通信制の高校へ行き、極力両親の顔を見ないように過ごしました。その頃はまだ祖母の思い出にしがみついているときもあり、外出することもままならない日々でした。

 

 うまく行かないことだらけでしたが、先日やっと成人式を迎えることになりました。式にも晴れ着にも興味がなかった私は、家でささやかなお祝いだけをしてもらいました。月に一回お世話になっている心療科の先生のおかげで何とか無駄な間食の習慣はなくなり、標準に近いところまで体重を落とすことが出来ましたがどうしても人と会うのが怖くて家に引きこもっていることのほうが多かったのです。

 

 両親は「食事に行く」と言って騙して私を車に乗せ、祖父の家へ連れて行きました。私は祖母の葬式以来祖父には会っていませんでした。その時の嫌な気持ちを思い出し、祖父の家に着くなり吐いてしまいました。それでも両親は私を連れて家に戻ってくれず、祖父と私を二人きりにしたのです。
「座りなさい」
 あれからすっかり年をとった祖父が私に命令をしました。私は祖父の言うことなんか聞きたくなかったのですが、足が震えて立つことが出来ませんでした。
「すっかり落ち着いたと聞いていたけれど、まだ早かったか」
 その時の祖父の顔は、私に昼食を抜くと叱ったときと同じ顔でした。それからどうしてよいかわからなくなり、私の頭は真っ白になりました。

 

 気が付くと、過呼吸を起こして倒れた私の手を母が握っていました。
「ごめんなさいごめんなさい」
 母は私以上に顔をぐちゃぐちゃにして泣いていました。父も祖父も必死で涙をこらえているようでした。祖父と父は何事かを相談していました。
「今日は辞めようか」
「今日を逃したら、いつまでも本当のことを話せない」
 やっと私は、これから祖父に関する何らかの秘密を教えてもらえるのだと言うことに気が付きました。それまで私は誰かの話を聞こうと言う習慣がありませんでした。
「大丈夫だから、話して」
 このままではいけない、ということは私自身がよく考えていたのです。しかし、どうしたらよいかわからず私は問題を見ないままにしてきたのです。両親と祖父は顔を見合わせて、私を見つめました。それからしばらく無言の時が過ぎ、祖父がまた悲しそうな顔をしました。
「それでは、どこから話をすればよいのか」
「もうアレを渡しましょう」
 私は母に抱きしめられたまま、祖父から数冊のノートを渡されました。
「ゆっくりでいいから、読んでみなさい」
 それは祖母の日記でした。懐かしい文字を見て私は涙が出そうになりました。急いでページをめくる私を、母は一層抱きしめるのでした。日記にはいくつか付箋が貼ってあり、そこには概ねこのようなことが書かれていました。

 

 祖母は息子である私の父をとてもかわいい息子だと思っており、嫁に当たる私の母に対してよくない思いを抱えていたようでした。今時働きに出ている母は家庭を大事にしない悪い嫁で、そんな女と結婚した父はかわいそうだと言うのです。そして生まれた私も、本当はかわいいなどちっとも思っていなかったようなのです。孫はかわいいはずなのに、私の父をとられたようで非常に憎たらしい存在だと考えていたようです。

 

 しかし、祖母は表だっていじめをするようなことはよくないと考えたようです。どうすれば憎い嫁と孫に対して一矢報いることができるかばかりを考え、日中私の世話を申し出たようです。そして私を徹底的に甘やかして一人では生きていけないダメ人間にする計画を思いついたということが日記に記されていました。その日記の中で私はまだ3歳でした。

 

 私は食い入るように日記を読み続けました。それから祖母は私に対してのべつ構わず菓子を与え続け、ワガママはすぐに言うことを聞く「孫に甘いおばあちゃん」になったそうです。それ以外にチクチクと母の悪口を私に吹き込んで、私が母を嫌うように仕向けていました。当時を思い出すと、確かに祖母は母の悪口を言っていました。「お母さんはこういうことできる? できない、へぇ、こんなこともできないなんて、母親失格だね」「お母さんは自分の贅沢がしたくて子供が寂しい思いをしているのに勝手にお金を稼ぎに行っているんだよ」など、そんなことです。

 

 大好きな祖母が、そんなことを考えていたなんて私はちっとも気が付きませんでした。そして祖父がそんな私を心配していたなど、これほども考えていませんでした。この日記は祖母の死後すぐに祖父が見つけていましたが、あまりにも辛い話だったので私の両親にこのことを打ち明けたのは数年前で、私には精神が落ち着いてきた頃に話をしようと決めていたのだそうです。

 

 私はとても情けなくなりました。祖母に対しての怒りや祖父に対しての申し訳なさもありましたが、そんなに大変なことが周りで起こっていたのに自分が一番不幸だと思って全く他人の話を聞かなくなっていた自分に対して一番怒りがありました。その日、私は母に抱かれたまま泣き続けました。思えば、子供の頃怪我をして泣いていると祖母は「おおかわいそうに、お母さんがいないから怪我をしたんだね」など怖いことを言っていました。母は冷たい人ではありませんでした。父も祖父も私を心配していただけなのです。まんまと祖母の策略に陥っていた自分が情けなくて情けなくて。その日は祖父の家で一晩中泣き続けました。

 

 これから私がどう生きていくかはわかりませんが、まずは両親や祖父と真剣に向き合って行こうと考えています。祖母のことは未だに夢に見るほど好きなのですが、少しずつ忘れていかなければならないことは頭で理解しています。そのためにも、心療科の先生に薦められた支援施設に入所することが決まりました。他人と話すのはまだ怖いのですが、これからは両親と祖父が私を見ていてくれると信じて私も行動しなければと感じています。

 

 私の話はこれでおしまいです。自分と向き合うために、心療内科の先生にこの話をするようにと言われたのでこの話を書きました。この体験談を聞いていろんな人は私をかわいそうだと思うでしょうが、私はかわいそうな人なんかではありません。だけど、私はこれからも失敗をたくさんしてしまうと思います。どうか、こんな私をこれからもよろしくお願いします。

 

≪了≫

 

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 「潮焼きそば」の続きとかいろいろ考えたのですが、結局ド直球なhagex脳患者的な話になっていました。おそろしいおそろしい。

 

曇天彩るみぞれの訪れ~短歌の目二期・11月の巻~

  知らないうちに短歌。

 

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tankanome.hateblo.jp

 

1. 本

 コロンビア夢見る高層ビルの中六本木ヒルズの灯りは眩しい

 

2. 手袋

 落し物入れの中で震えてる真っ赤な手袋 次の日にはない


3. みぞれ*1

 空寒み 花の便りを待ち望む曇天彩るみぞれの訪れ


4. 狐

 親指と人差し指と薬指繋ぎ合わせて「あっキツネさん!」

 

5. メリークリスマス

 トナカイのネジを回して君が言う「メリークリスマスには帰っておいで」

 

テーマ詠「酒」

 冷え切ったままでいいけど温めでも構わないのよ 飲みやすいから

 

 目の前のグラスの色が朱色でも緑色でも中身は同じ

 

 透き通るものしか中に受け付けない切子細工のような愛憎

 

 リキュールを少し凍らせシェイクして 隠し味には涙を少々

 

 いたわさに鶏のから揚げ軟骨とチーズにウィンナー、そして枝豆

 

*1:本歌取り「空寒み花にまがえて降る雪に少し春ある心地こそすれ」

思考の方法

 よく「頭の中で考えるとき、どんなイメージになるか」っていうのがあってそれは人によって文字だったり音楽だったり映像だったり異なるようで、自分は何だろうと考えてみた。それで出た結論が「色と触覚」だ。

 

 実際小説を書くとき何をまず思いつくかと言うと、登場人物の大体の特徴を組み合わせてどんな事件が起こるかを何となーく思い描いたら、次に考えるのが「時間帯」で、そこで場面の色を明確にしないとそれ以降のシーンが思い浮かばない。そしてそこが暑いか寒いかちょうどいいかくらいは想定しないとまるで話が出来ない。

 

 絵を描くのは下手だけど、色を組み合わせるのは好きだ。何度か絵を描こうと思ったこともあったけど、結局自分の表現したい色と言うのは頭の中にしか存在しないっていうことに気が付いて、それを何とか言語化したほうが気持ちいいのではないかということでこういう文章になっている。思考の手順と、文章を書く作業はまた別の頭の回路を使っている。例えるなら、鮮烈なイメージを作るのが色や触覚の役割で、それをアウトプットするために頭の中の引き出しから必要な言葉を拾っていくのが言語化の過程だ。

 

 そういうわけで小説を書くのとは別に短歌を詠むのも好きなのです。明確な言語化を抜きにして例の色彩と触覚のイメージだけでいろいろ表現できるのは楽しいです。自分の場合、短歌を詠むのに言葉のストックってほとんど使ってないわけです。触覚と感情、あと色となんかキラキラしたものを探してきて組み合わせる作業は言語化のリソースを使わないで出来る楽しさと言うか、そんな感じです。

 

 そういうわけで「短歌で詠んだ鮮烈なイメージを何とか言語化できないか」という試みを密かにやっているのですが、これが結構難しい。そのうち形になったらどっかに出そうとは考えています。今のところ言えるのはこんなところです。

 

強く生きると言われること

 よく「あの人は強い人だったから~」みたいな書かれ方をしているのを見るのですが、意地悪な思考回路をしているので「その強いと言われた人は本当に強かったのかな」と思ってしまうのです。

 

 こういう文脈で出てくる強い人っていうのは、単に逆境でも折れないだけだと思うのです。本当は「もうイヤだ!」と思っていても言わなかったり、単に鈍感なだけだったり、本人の強さというものが観測されなくても「強い」なんて言われてしまう。本人からすれば当然のことでも「あなたは強い人だから乗り越えられたのね」なんて言われると嫌味にしか聞こえない。そういう人は事実をきちんと並べて「~~が出来たのは偉かったね」と言ってもらいたいんじゃないかなぁ。抽象的な表現は便利だけど、裏を返せば「その人のことをよく表す言葉を知らないから何でも当てはまる言葉を使う」ような事態にならないのだろうかと思ってしまう。「その程度で私の何がわかるんだ」と思いながら、そういう人はニコニコ聞いている。何故なら、その不快感を表明しても良いことはひとつもないからだ。

 

 それに、他人のメンタルを「強い」と評価すると相対的に自分のメンタルを「弱い」と認めることになってしまう。自分の欠点を認めたうえでの「弱い」ならわかるのだが、この文脈では「どうせあの人は強いから、自分は弱いから」と分断処理になりがちである。分断されてしまえば「弱い人は何を言っても強い人が勝手に耐えてくれる」と勘違いしてしまう。簡単に言えば、「自称弱い人」の中で「他称強い人」が勝手に神格化されてしまうことはたくさんあるということだ。勝手に神様扱いして、そして理想と違うと「自称弱い人」は「弱い」ことを理由に「他称強い人」を攻撃する。それでも「他称強い人」は何も言わない。何かを言っても他人を変えることはできないから。

 

 だからなるべく「あなたは強い」ということは言わないようにしている。褒めるときは「あなたは〇〇が出来るからスゴイ」「〇〇でも諦めないのはエライ」などと具体的に褒める。お互いを認めるのに装飾された言葉はいらない。相手のメンタルを丸ごと引き受けるのは言葉ではなく、信頼関係だ。

 

 とりあえず、「強い」と言われている人は全然強くなんかない。ただそう見えるだけで心の仕組みは「弱い」と思っている人と何も変わらない。そこを思いやれるかどうかが「強い」と「弱い」の違いだと思っているけど、「まぁ難しいよね~大井っちぃ」という感じです、ハイ。

 

「嫌い」と抑圧

 最近の一連の何だかんだを見ていて、結局すれ違っているのは「嫌いを表明すること」と「嫌いという感情を持たないこと」をごちゃごちゃにしているからだなぁということを思うのです。

 

 正直、嫌いなものを好きになれというのはかなり難しい。いくら正しいことであっても、嫌いなものはどうしようもない。風呂に入るのが嫌いな人に「不潔だから入れ!」と言っても根本的に入浴が好きになる訳ではない。しかし風呂に入らないままでは社会的に問題がある。そこで「妥協できる範囲で風呂に入ってくれ」とお願いするしかない。

 

 ここで大事なのは「風呂嫌いなんていうのがおかしい、気持ち悪い」と風呂嫌いであることを認めないことなんだと思う。「こいつは風呂が嫌いなのは頭がおかしいから、無知だからであり私たちが風呂の素晴らしさを説いてやるのだ」とか「風呂が好きな私たちは風呂嫌いより上の存在なのだ」とか、そういうことを背景にしてはいけない。風呂嫌いには淡々と「風呂が嫌いなのはわかった。だけど風呂に入らないと周囲が迷惑するので迷惑をかけない範囲で入ってくれないか」と言うしかない。そこで「周囲に迷惑をかけたいから風呂に入らない」なんてこじらせている場合は大変なことだと思うけれど、「お願い」をされたら大体は妥協点を見つけてくれると思う。

 

 これはいじめ問題でも当てはまって、「悪いことだからいじめをしてはいけない」とだけ言っていてもいじめはなくならない。まずはいじめ加害者の言葉にならない不快感をどうにかしないかぎり再発したりターゲットが変わるだけだったりと根本的な解決につなげることができない。嫉妬や傲慢といった負の感情を抱えた加害者サイドの感情を探して、その感情をしかりつけて消すのではなく「その感情と向かい合いなさい」と諭すのが理想的ないじめの解決策だと思う。誰にでも多かれ少なかれ嫌な奴を消したいと思う気持ちはある。それに気づかないで行動に移してしまうといじめに発展する。まずは「嫌な奴だ」と思うのは悪いことではないというところから始めたほうがいいのだと思う。

 

 全てのパターンに当てはまる訳ではないが、「嫌い」という感情を抑圧されればされるほど、行動で「嫌い」を表現しようとする気がする。嫌いなものはどうしようもない。それを無理に好きになれと言ったり嫌う人がおかしいと言ったことになると、自己肯定感が低くなって関係ない人に八つ当たりをしたり卑屈な態度をとって人を不快にさせたりする。今問題になっているモラハラの加害者サイドの行動はこういった抑圧の末の行動という感じがする。「~しなければならない」を自分だけでなく他人に拡大して、周囲の人に「私は悪くありません」と繕う。いじめやモラハラの加害者を庇うわけではないが、彼らを罰するだけでなくどうにかして救うことが根本的に被害者の救済にもつながると考えている。

 

 政治的に正しくても抑圧は抑圧であり、汚い本音をなかったことにしてしまえばその歪みはいずれどこかで爆発する。問題のない優等生だった良い子がいきなりキレて加害行動に出ることはよくある話だ。ありのままの姿を見せたら「そんな汚いありのままを見せないで頂戴」と叱られる、なんて笑えない話だよなぁ、ほんと。