あのにますトライバル

君の気持ちは君の中でだけ育てていけ。

デマについての雑感

 何故かここ数日デマが蔓延している。災害が起きると不安定な気持ちから早急な情報を求めたがるとでもいうのだろうか。

 

「日テレ24時間テレビで両脚マヒの少年に対する虐待シーンがあった」はデマ - chBBplus’s diary

「台風10号ちゃん日本好き過ぎ」デマ予報図が拡散 TBS「私どもが放送したものではない」

 

 他にもここにリンクは載せないけれど、芸能人の起こした性的暴行事件の被害者と思われる偽物の画像も出回っているようです。また記憶に新しい「貧困JK事件」も扇情的な感想が付いて「NHKが事実を捏造した」という類の情報は尾ひれがついたデマと言ってもいいだろう。

 

 少し考えれば「テレビカメラが回っている前でぶん殴るなんてあり得ない」「海の上を進んでいるならともかく陸に上がって台風がまた戻ってくるのはどうかと思う」とタイトルだけで扇情的なものはまずデマだと思って間違いないと思うのです。流石に大手新聞社やニュースサイトが真偽の定かではない情報をばらまくということはないと思うのでその辺は信用していいと思うのですが、それ以外の特にまとめサイトと呼ばれるものの情報は一度「真偽保留」にしたほうがいいと思うのです。大手からの発表の後に「本当だったんだ」と思えばいい。今すぐに「コイツ悪い奴!」とSNSで拡散させなくてもいい。まずは「信頼できる情報筋」からの話がない限りほとんどの話は嘘だと思った方がいいと思うのです。

 

 以下余談。

 

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 この「真偽不明」な情報を捌く能力と言うのがこれからのネットの世界で必要になってくる。ところがネットの利用が広まれば広まるほど見分ける能力がなくても簡単にネットに接続できて、変な情報を拡散させてしまう。「ネットには真偽不明な変な情報ばかり転がっている」という前提を持たせるのが一番なのだけれど、それは今となっては難しい。

 

 自分が初めてネットで出会った「真偽不明」の情報は、チェーンメールだった。これからする話はケータイ電話のアンテナが光っていて写メを送るのがスゴイとされた時代の話です。

 

 当時は高校に入学して初めてケータイを買ってもらえる子が多く、ウチも例外ではありませんでした。初めて手にする端末に心を躍らせ、メールをやりとりしていたものです。中学を卒業して離れ離れになった友達と再会して、まず行うのがアドレスの交換でした。

 

 そんなあるとき、中学の同級生が泣きながら「変なメールが届いたけれど私は誰も殺したくないどうしよう」と言うのです。詳細を尋ねると以下のメールが届いてパニックになったようでした。

 

ごめん。。。
怖いよぉ。。。こんなの送っちゃってホントごめん・・・。

11/22(土)に兵庫県姫路市港区住吉台で橘あゆみという19才の女性が
何者かに襲われ暴行をされた後、顔がぐちゃぐちゃになるぐらい殴られ下腹部を
めった刺しにされ殺害されました。
それはわたしの友人です。彼女は妊娠3ヶ月でした。
遺体からはそれぞれ違う精液が見つかったということです。
おそらく何人かの男がレイプしおもしろ半分に子供を宿した彼女の中に精液をかけ無残にも
その下腹部をめった刺しにしたのだということでした。
・・・許せない!彼女とおなかの子供、二人を殺した犯人たちを同じように
それ以上痛めつけ殺す・・・・そう決めました。
パソコンのプログラムの処理から犯人と思われるやつの名前をリストにしそれだけでは
なかなか見つけられないのでメールにより検索し怪しいやつはみんな殺す計画をたてたものです。
このメールを見たら必ず24時間以内に●人に回して下さい。
パソコン、携帯、ピッチそれぞれの位置情報からメールをとめたやつの居場所をつきとめ怪しいと判断した場合殺す・・。
探偵事務所の最新パソコンによりメールを回したことを確認できるようになっています。
信じる信じないは自由。
このメールをあざわらいとめたばかな男がとおり魔に下腹部と男性部分を八つ裂きにされ殺されました。
同じ日に若林区河原町で二人の大学生が同じように頭を割られぐちゃぐちゃになるぐらいえぐられ殺されました。
プログラムは止められません。
もしメールを24時間以内に送れば私のプログラムセンターから連絡のメール
または携帯などは非通知でワンコールで知らせます。
その連絡がくればあなたはリストから解除されるわけです。もし送らなかったら
時間の三時間前に二回コールします。
二時間前にワンコールします。たとえ女だとしても同じです・・・
現在標的は680人うち被害にあった標的は14 人・・更新中

http://www.chenme.com/kowai/12.htm(出典)

 

 このメールは今でこそ有名な「橘あゆみのチェーンメール」ですが、当時はそんなことはわからず、ティーンはチェーンメールに踊らされていたのです。しかも丁寧に友達に送られてきたバージョンには画像URLがついていて、開くと青白い顔の女が出てくるものになっていました*1。よく読めば前半のやたらとおどろおどろしい内容と反対に後半は「探偵事務所の最新パソコン」とか「私のプログラムセンター」とか割と頭の悪い単語が並んでいておかしいのです。それにそんな惨殺事件があれば警察が発表するだろうし、「たとえ女でも」って相当意味不明です。それでも「こういうメールには嘘がある」ということを知らないと文面だけ見て「どうしよう殺されちゃう」ってなってしまうわけです。

 

 それからチェーンメールのことを話して「イタズラだから安心してもいい」「どうしても不安だったら自分に転送してくれ」と言ってそのメールをもらいました。その頃自分は「この手のメールはどのくらい種類があるのだろう」と思って「だれかに回して」というチェーンメールが来たら回してくれと友達に頼んでコレクションしていました。当時はメールをPCに転送するなんてこともなかったし、その後ケータイを買い替えたきりそのデータは見れなくなってしまったのですが、結構な数があったのを覚えています。

 

 覚えている限りだと、多かったのは「恐怖系」と「情報を回して系」です。恐怖系は恐怖心を煽って送信させていたのですが、「情報を回して系」は例えば「鉄腕ダッシュ*2の実験です」「〇人に送信すると最新絵文字が使える」など、何らかの利益がありそうだったり情報を拡散させることが目的だったりするものです。良く考えなくても「ウソっぽい」のですがそれを見抜けない人の間で情報が広まるものなのです。

 

 ちなみに「子供だから騙される」ということはないです。実際に数年前に「こんなFAXが届いたからみんな見て!」と職場のおじさんが「当たり屋のナンバー」という古典的なデマ情報を張り出して「これはデマだから」と突っ込まれて恥ずかしそうにしていたのを覚えています。比較的常識的な人だったのですが、そういう嘘情報にあまり触れていなかったのだと思います。

 

 またまたデマが蔓延するようになった時代、どうやって啓発していけばいいんでしょう。ここで余談の余談なのですが、チェーンメール収集を止めてからもたまにチェーンメールが届いていたのですが、それは大抵付き合いのなくなったアドレスだけ知っている知人からばかりだったのが現状です。つまりそういうことなんだろう。信頼性のない情報は信頼している人に回してはダメですね、ハイ。

 

*1:この手の女性の画像などはクレイジーゴーストと称されて本物のお化けというより人為的に怖がらせるために作られたものです。クレイジーゴーストについては次の記事を参照にしてください。【閲覧注意】ビックリフラッシュを解説してトラウマを克服する話 - さよならドルバッキー

*2:他にトリビアの泉やUSOジャパン!など当時を思い出させるような番組のパターンもありました。

夏祭り七首 ~57577~

 祭囃子が聞こえてくる。縁を求めて縁日を行きかうために。

 

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novelcluster.hatenablog.jp

 

 

赤青黄 シロップこぼした夜の海をひとりじめする二百五十円

 

階段の上で待ってる鼻緒から覗く素足に咲く絆創膏

 

手の平の中で踊れ よんよんと上下に回る水の惑星

 

水槽の外の世界や朝日すら知らないぼくらカラーひよこ

 

白い手を何千本もかき分けてやっと見つけた黄色いミサンガ

 

「目印になるからつけて」と渡されたひやりと重い蛍光腕輪

 

帰り道 何かあるような期待して何もなかった百日紅の前

 

 

貧困JKにおける雑感

 最近は真っ当な時間に朝家を出て夜オリンピックが始まるころ家に帰ってきて、そんでオリンピック見ながら寝て起きてまた出かけてを繰り返していたので微妙に体が痛くなってきました。忙しいって奴です。じっと手を見る。

 

 で、今ネットで話題になっている貧困JKの話題なのですがあの番組をちょうど見てやっぱり「これは……」と思ったのですが、それと違うことで炎上しているので自分の思っていることをざざっと書きます。

 

 絶対的貧困や相対的貧困、過剰な演出など争点はたくさんあるのですが一番の疑問は「なぜ彼女の実名と顔出しをしてこれを報道したのか」ということなのです。「子供の貧困の現状を知ってもらいたい」というのはわかるのですが、あまりにもケースが特殊で一般の共感を得られないと思うのです。また、報道内での彼女の主張には幼いところもあり「こどものこえ」としては正しいけれど「主張」には至っていない。

 

 以前あさイチで「子供に計画的にお小遣いを使わせるには」というものをやっていた。例として紹介された家庭の小学生は「友達が持っているから」と与えられた小遣いをもらったらすぐに使ってしまう。「これが欲しいから貯めよう」という意識がない。指導員らしき人と表を作って「これを買うとこれは買えないから我慢しようね」と言うと「やだー」と泣きだす。そんな子供の金銭感覚を責めても仕方ない。

 

 すごく嫌な考え方をすれば、彼女が貧困である原因は彼女の親が貧困であるからであり、責めるべきは子供ではないと思う。何故彼女の母親は女手ひとりで子供を育てなければならなかったのか。アルバイトしか収入がなく、もっと収入の多い職業につけなかったのか。離婚しているのであれば養育費は相手からきちんともらっているのか。単純に「お金」の問題だけで考えればそういったところを解決するしかないし、「お金」の問題において子供に責任はない。だからお金の使い方で未成年の彼女を責めるのはどうかと思う。

 

 ただ、今のご時世「私は貧乏です(だから金持ちは恵んでください)」というようなメッセージを全国に流すと反発があるのが当たり前だ。彼女の身に何があるかわからない。せめて顔モザイクやイニシャルに出来なかったのだろうか。こういった反発を予想できずにこの企画を通したNHKも甘いと思うし、おそらく裏にはこの子の所属する「かながわ子どもの貧困対策会議」のスタッフも絡んでいると思う。NHKが独自に争点の女子高生に取材したと言うより、この対策会議で報道してもよいという子を選んだのではないかと思っている。第一回の議事録を読む限り、平凡な会議だと思うし「当事者のマスコミへの顔出しは慎重に」なんて意見もある。はて、この意見はどこに行ったのだろう。

 

第1回かながわ子どもの貧困対策会議 - 神奈川県ホームページ

 

 「子供の貧困があるんです」という問題はわかった。だけど報道内で「じゃあどういう解決策があるだろう」という方向性が全く示されていなかったことも炎上の原因になっていると思う。「お金がなくて困っています」はわかる。でも、それだけで終わると「お金があればいいのでお金ください」になる。つまり全国メディアを使った乞食行為に見えないこともない。「進学費用が足りないのでもっと使いやすい奨学金制度を」とか「女性のひとり親家庭の収入が低いのはなんとかならないか」とか、そういう方向を見出さない限り例の報道だけでは「だからおかねください」「かねのあるおまえらずるい」にしか見えない。もちろん「まずは知ってもらおう」というところが落としどころなのだろうけれど、それにしては「当たり前のことが当たり前でないんです」なんて強い言葉を切り取るから変なことになっている。

 

 それと気になったのが会議に出席した高校生の意見。「勉強とか大変な人がいたら力になれるのではないか」というのは「自分に出来ることがあれば力になりたい」ということなのだろうけれど、「お金」の問題で「勉強とか」というワードを持ってくるのは話が全然理解できていないという印象だし、「胸に突き刺さる思いだ」という意見は「かねのあるおまえらずるい」を真に受けてしまった印象を受ける。なんとなくイヤだなぁと思うのが、こういった話を聞いて「お友達は進学できないから私も進学はやめよう」と遠慮してしまうことで、「貧困の解決」ではなく「みんなで同じラインに立ちましょう」が優先されては貧困の再生産にしかならないと思う。

 

 でも一番気になったのが、「イラストが趣味でデザイン系の仕事に就きたい」なんて言って描いたイラストを全国放送してしまったらずーっと「黒歴史」が残るんじゃないか……っていうところ。キーボードの話を抜きにしてもこの報道の要約が「私がワンピースの絵が描けないのはどう考えてもおまえらのせい」になってしまったのはやっぱりよくなかったよなぁと思う。

 

 子供の貧困はやはり親世代の貧困であり、貧困を生み出したのは何かということも考えていかないといけないよなぁと思っている。金銭感覚の教育だったり学歴の有無で就ける職が変わるとか、そういう奴のツケが回ってきている感じがするのです。あとアニメ系の専門学校などは「夢」を売っていて夢では腹は膨らまないということがもっと周知されたらいいんじゃないかなぁと思うのです。お金の問題は「俺の方が不幸だ」になるからマスコミであまりしないほうがいいのかもしれない。おわり。

 

【自己責任系はてな村怪談】あるブロガーの末路2

【注意】

※この話は昨年に引き続き強い怨念が憑りついています。そのため、最後まで読んでしまうとこれからネット活動を行う上で何らかの影響を及ぼす可能性があります。それでも読みたい方は、やっぱり自己責任でお願いします。

 

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【昨年のお話(こちらを読んでから今回の話を読んだ方が良い)】

nogreenplace.hateblo.jp

 

 

「いかがだったでしょうか、と」
 僕は一か月分のブログのストックを書き終えた。これで連続更新30日は約束された。ブログを始めてから数ヶ月。最初はネタを探すのも苦労したけれど、今では書きたいことがどんどん浮かんできている。これで月間10万PVはもらったも同然だ。でも、さすがに一か月分のネタを出しきったので次に書くことがない。僕は数日振りに友達のブログなどに遊びに行くことにした。

 

「ここはいつ来ても面白い場所だな」

 僕が向かっているのは新しくできたブログタウンだ。ここには以前寂れた閉鎖的な寒村があったそうだけれど、今では新興住宅地が出来て住人の数も増え、華やいだ街並みが続いている。僕は目当てのブログに来ると、早速来訪の記念にコメントを残した。

 

「いつ見ても面白い記事ばかりで参考になります、僕もはやく一人前のブロガーになりたいなぁ」

 

 このブログにコメント欄はない。その代り、青いBと書いてあるボタンを押すことでコメントを残すことが出来るし、設定をすればTwitterにコメントとURLを送信することもできる。この便利なボタンで僕はたくさんのコメントを残して、そして友達を作ってきた。

「おいしそうなラーメンですね、お腹がすいてきます」
「猫の画像は癒されますね、大好きです」
「難しい問題ですが、考えていかないといけませんね」

 今日も様々なブログで様々なコメントを残した。コメントをしたブログの運営者は僕のコメントを辿って僕のブログにやってきて、コメントを残してくれる。こうやっていろいろ交流を深めることで、僕のブログのネタになってくれる。なんてブログは素晴らしいんだろう。


「なんだろう、見たことないブログだな」

 

 僕は友達のブログを訪問した帰り道、変なブログを見つけた。大抵のブログには画面の一番上にブロガーのプロフィールと顔写真が載っているし、記事も実用的なものばかりで参考になるものが多い。ところがこのブログはプロフィールも見えるところにないし改行も少ない変な記事ばかりだ。

 

「何がお探しですか?」

 

 ブログの管理人と思われる人物に遭遇した。そいつはアロハシャツを着て、メガネをかけた猫背の変な男だった。見た目が非常に胡散臭い。見なかったことにしたかったけれど、声をかけられてしまっては後戻りが出来ない。


「いえ、見てるだけなんで……」
「なるほど、お兄さんにとっておきのネタがありますよ」

 

 男はじろりと僕を見て、僕の腕を掴むとブログの中に引っ張り込んでしまった。

 

「あの、やっぱり帰りたいんですけど……」
「まあまあ遠慮せずに。ささ、そこに座って」

 

 男は僕を置いてあった過去記事の上に座らせた。雑多な記事が多く、見るからにPVの少なそうなブログだ。こんなブログに価値があるのだろうか? 僕は早く帰って今日拾ってきたブログのネタを下書きに残したいと考えていた。


「さてさて、お兄さん見たところこの辺にやってきたのは最近だね」
 急に言い当てられて、僕はドキリとした。


「何でわかるんですか?」
「簡単さ、お兄さんのB!の使い方が明らかにおかしいからね」
「え、何がおかしいんですか!?」


 僕は男の失礼な言い方にムッときた。はっきり言ってコメントの内容について初対面の人に向かって言うことではない。


「お兄さんは『ゴジョカイ』という言葉を聞いたことがあるかな?」
「え、それって悪口ですよね? それが何か?」


 急に悪口の話になって、僕は訳が分からなくなった。『ゴジョカイ』という言葉は聞いたことがあったけれど、それはこのブログタウンが昔の村だった時代からいた貧しい人たちが新しくやって来たきれいでお金持ちの人たちを僻んでそう呼んでいるってくらいだ。何故『ゴジョカイ』と呼ばれるのか意味は分からなかったけれど、僕は嫌な人たちもいるんだなくらいにしか思っていなかった。僕の反応を見た男はやれやれと言う顔をして、ブログの過去記事を持ってきて僕の前に座った。


「ブログ運営をしているくせに、そのくらいの認識だとそのうち潰されるぞ」
「はあ? なんであなたにそんなことを言われなくちゃいけないんですか? 嫉妬ですか?」 
「まあまあ落ち着いて。それより、こんな画面を見たことがあるかい?」


 男はブログのトップではない画面を見せてくれた。しかし、そこには僕がコメントを残してきたブログへのリンクがたくさんあった。


「何ですかこれは?」
「これは、B!を使うことで人気の記事が一目でわかるサービス。知らなかった?」
「だって、聞いたことないですし」
「でも、B!使ってんじゃん」


 男は僕の持っているB!ボタンを指さした。


「これはコメントをつけるのに便利だから使っていたんであって、人気記事を知るためになんて使ってません」
「だーかーら、その認識がヤバいんだってば」


 男は画面を操作すると、僕のよく知っているB!のコメント一覧ページを開いた。


「こうやって何気なくコメントしてるだけで、その記事は人気記事として上がってくるわけよ。その記事が有用かそうじゃないかは関係なしに、人気を捏造できる」


 つまり、男は僕が人気記事をつくるためにコメントをして回ってきたのではないかということが言いたいらしい。失礼にも程がある。


「ふざけないでください! 人をスパム呼ばわりしておいて根拠はあるんですか!?」


 僕は大きな声で叫んだ。これだけ大きな声でdisれば、相手は萎縮していなくなるはずだ。かつて僕にブログを教えてくれた先輩は「根拠のない誹謗中傷は無視か毅然として反論すること」って言っていた。こんなところで役に立つとは。


「根拠、あるぜ」


 僕の精一杯のdisをものともせず、男はニヤリと笑った。


「な、なにで証明しようって言うんですか!?」
「勿論、あんたのB!コメントの履歴さ」


 男は画面を操作すると僕のコメントの一覧画面を出した。


「これのどこが問題だっていうんですか?」

「見てみろよ。あんたがコメントをつけて回っているのはこの『バーガー馬鹿の日々』と『働かない生き方を目指すブログ』と『てんてこまい主婦が書きます』、そして『コロンビア!』『読書が世界を変えるまで』の5つがメインだ。そしてあんたのブログのB!コメント欄にはこのブログ運営者のアカウントが常駐している。これは典型的な内輪狙いのコメントに他ならない……おっと、『痴女好きにはたまらない画像20選』? 趣味悪いね」

「全部それはぼ、僕の勝手でしょう!」


 顔を真っ赤にして叫ぶけれど、構わず男は僕の履歴を辿って行く。


「確かに勝手さ。だけど、小銭と言えどブログ運営で金を稼いでいるのにマッチポンプなんて随分せこい運営じゃないか」
「ぼ、僕は金儲けなんてしてないですよ!?」
「例えばあんたがコメントしたブログの記事、これ読んでみろよ」


 僕の反論を聞かずに、男は『読書が世界を変えるまで』さんの過去記事を表示した。タイトルは「本を読まないで過ごす日々は退屈」というものだった。


「これがどうしたって言うんですか?」
「いいか、本文を読みあげるぞ……『こんにちは。今日は本を読まないで過ごしました。本を読まない日もたまにはいいと思いましたが、やはり本を読まないで過ごすのは退屈です。本を読むのは楽しいです。本を読まない人は損をしています。ぼくは昔は本を読みませんでした。とても勿体ないことです。みなさんもぼくみたいな後悔をしないように本をたくさん読みましょう』……それに対してあんたのB!コメントは『セカドクさんでも本を読まない日があるんですね~マイペースにのんびりいきましょう!』と来たもんだ。他の連中も似たようなコメントをしてこの記事は人気記事になった。」
「それの何が悪いんですか? こんなに面白い記事なんですから人気記事になって当たり前でしょう」


 すると男は目を丸くして僕を見た。まるで変な生き物を見たような蔑んだ顔だ。


「この記事の何が面白いんだ?」
「それは、セカドクさんが書いた記事は全部面白いに決まってるんですよ」
「じゃあ同じ内容でセカドクさんが書いてなかったら?」
「そんなの、どの記事も面白いかどうかわからないじゃないですか」


 何故この人はそんな当たり前のことを言っているんだろう? 頭を抱えるこの男を見ていると哀れに思えてきた。


「仕方ないな……あまり使いたくなかったんだけれど」


 男は眼鏡を外すと、右目を取り出した。あまりのことに声を出せないでいると、目玉はB!ボタンに変わって、淡く光り出した。するとこのブログの外観が消えて、荒れ果てた廃墟のようでいてところどころ武装している要塞のような建物が姿を現した。


「な、なんですかこれは……?」
「これがこのブログのB!を通してみた姿。あちこちに暴徒が傷をつけた跡があって、そのたびにブログ記事で防いだり時にはトラップを仕掛けたり、そうやってこの世知辛いブログ界隈を乗り越えてきたんだ」
「なんて物騒な……」


 僕が言葉を失っていると、男は僕のブログを表示してくれた。


「外見は繕っていても、ブログの評判なんて大概傷がついているのさ」


 そこに映っていた僕のブログは、いつもの素敵な姿が全くなかった。記事の周りには顔のない生物が張り付いていて、直接反映されていないB!コメントが斧のようにブログ全体に刺さっている。そのコメントには『互助会』の文字が並んでいる。


「だから何なんですか互助会って!?」
「そうやって自分で調べないからこんなひどい外見になってんじゃねーの?」


 男は下品に笑った。


「どうやって調べればいいんですか?」
「別にあんたの使ってるPCで検索すれば一発じゃねえか。なんでそれもしないの?」
「それは……」


 何故だろう、頭がとても痛い。答えられない。


「それは?」
「とにかく不快です、誹謗中傷です! 僕は帰ります!」


 僕は強引に男のブログから外に出た。まだ男のB!ボタンの影響なのか、辺りの景色が物騒に見える。はやくこの気持ち悪い幻覚から解き放たれたい。気持ち悪いブログから離れれば離れるほど気味の悪い風景も薄くなっていった。途中足のない女に掴まれそうになったけれど、なんとか走って逃げてきた。

 

「さて、記事を書くぞ」

 何とか自分のブログにたどり着いた僕は、早速次回の更新記事を書こうと思った。タイトルは決まっている、「はてな村民、ブロガーをdisる」だ。これ以上僕の奇妙な体験を表すタイトルは存在しない。早速書いて、みんなに見せるんだ。そして拡散してもらって、もっともっとこのブログを大きくしていくんだ。

 

『何のためにブログを書いているの?』
 どこからか変な声がする。うるさいな、邪魔をしないでくれ。
『そんな誰もためにもならない薄い記事ばかり書いていて楽しい?』
 僕にとっては楽しいんだ、そんなの人それぞれじゃないか。他人のことなんて気にしている場合じゃない。
『それで結局、君は誰のためにブログを書いているの?』
 僕自身のために決まってるじゃないか。PVが増えたら楽しいだろう?
『そうか、それじゃ、君は一体誰なの?』
 僕? 僕は、僕に決まってるじゃないか。ほら、プロフィールもちゃんとある。

 

 僕はいじめられていたから中学校から不登校で、フリースクールに通いながらも大検の資格を取って4大を卒業して、IT企業で働くけれどブラックすぎて辞めてミニマリストを目指しながら世界をバックパックひとつで回ることを目標にしてアフィリエイトで稼ぐことができればなぁと思いつつ自己啓発の本を読むことがやめられない活字中毒で週に2回ジムに通っていて筋肉もそれなりについてきてアイドルや深夜アニメにも興味のあるどこにでもいる至って平凡な人物。それがボクだ。

 

 それがボクだ。それ以上、僕に何を求めるの?

 

 僕は今日も記事を書き続ける。『最新ドラマのひとこと感想』なら一日ひとつ記事が書ける。『怖い生活習慣予防のためのサプリ7選』『人生は変えられる、努力と本気があれば』『実は健康に悪かった? 牛乳を飲んではいけない』なんていう記事はみんなの役に立つんだろうなぁ。水素水みたいな健康によさそうな記事も積極的に取り入れていこう。ボクはみんなの役に立つ記事を書いているんだ。お金なんて関係ない。みんなの役に立てば、それでいいんだ。それで、それで……。

 

 ふと、僕はあの気味の悪い男のように自分のブログの直接B!ボタンを当てた姿を見たくなった。ブログの外見はひどいことになっていたが、記事の中までは気味の悪い怪物がいなかった。それなら、このブログの中にいれば安全だ。ボクは男のようにB!ボタンをいじったけれど、何も変わらなかった。


「やっぱり、僕のブログはきれいなままなんだ」

 

 その時、僕のブログのストックが自動更新されて早速訪問者がやって来た。いつも一番最初にやってくるのは『働かない生き方を目指すブログ』さんだ。ところが、今僕の最新記事を読んでいるのは先ほど見た、顔のない生物だった。

 

「あなた、誰ですか!?」
「やだなあ、働かない生き方を目指すブログですよ」


 顔のない生物は僕を見てコメントをした。いつもの髭を少し伸ばしたおちゃめなアイコンの『働かない生き方を目指すブログ』さんではない。これは一体どういうことなんだろうか。

 

 それから次々にボクのブログを訪問してくるのは、顔のない生物ばかりだった。顔のない生物は身体から気持ちの悪い粘液を出していて、その跡を伝って普通の人間が何人か来たけれど、顔のない生物を見るなり帰ってしまう。

 

『面白いですね』
『流石ですね』

 

 顔のない生物が次々とコメントをして、ボクのブログを粘液まみれにしていく。


「やめろ、あっちに行け! 気持ち悪い!」


 すると、一匹の顔のない生物が何かをこちらに差し出した。それはB!ボタンの飾りがある鏡だった。


「気持ち悪いって、同じ仲間に冷たいなぁ」


 そこに映し出されていたボクは、彼らと同じ顔のないじくじくと粘液を垂れ流す生物だった。鏡に映しだされたボクの姿はひどく醜悪で、ボクを見た人が顔をしかめるのもよくわかる。

 

『気が付いていなかったんだね』
『かわいそうに、自分が本気で面白いと思っていたんだ』
『哀れだね、滑稽だね』

 

 ボクは気持ちの悪い生物ごとブログを叩き壊した。そして、ボク自身も永遠にネットの世界から消えるようアカウントを消去した。これでぼくはいなくなった。気味の悪い、顔のないぼく。かわいそうなぼく。さようなら、さようなら。今度はもっとまともなぼくに生まれ変わって、あの男に復讐をしなければ。

 

 * * *

 

「あーあ、ブログ消しちまった……ちょっと面白くなってきたのに」


 男はB!ボタンを自分の目にはめ直すと、残念そうに肩をすくめた。


「でも、アイツの記事の魚拓残ってるんだよなー。どこの複アカの自演野郎だったんだろう。調べてみるか」


 B!の光を介して見る新興住宅地には、たくさんの人間と一緒にたくさんの気味の悪い生物が住みついていた。そして彼らは自分が人間だと信じて、人間のふりをしながらブログを更新している。彼らの特徴は、あらかじめ決められた行動以外のことは出来ないことと、常に流行を追うことに懸命で己の軸というものが存在しないと言うことだ。

 

「でも面白いんだよなあ、あいつらをいじるとすぐに『誹謗中傷』って言って更に気持ちの悪い怪物に進化するの。やめられないぜ」

 

 既に男の家の周りをたくさんの怨嗟にまみれた怪物が取り囲んでいた。彼らは人間に憧れてたまに人間を襲うことがあっても、顔のない生物に手を出すことはない。それは彼らが同じ人間の出来損ないであるということをよくわきまえているからであった。


「さて、あんたらが仲良くしている画面の向こうのお友達は、本当に存在しているのかな? それとも顔のないお友達相手に気付かずに一人で仲良くいろいろ話しかけたりしていないかな? 顔のない生物はそんな奴が大好物だ。人間だと思っていても、ある日を境にいつの間にか顔のない生物になっているんだ。そうやって奴らは仲間を増やしている。さて、あんたが『人間』だって誰が証明してくれるのかな?」

 

 

 ≪了≫

潮焼きそばの振り返り

 いろいろありましてやっとまとまった時間がとれたので潮焼きそばの振り返りをしていきます。

 

nogreenplace.hateblo.jp

 

〇海と聞いて想起したイメージとしては『悲しみよこんにちは』のようなカラリとしているけれどどこかじっとりとした怨念が立ち込めているような海でした。それと個人的に「海」といえば「焼きそば」というくらい海に行ったら焼きそばを食べたくなるので無理矢理コラボさせた感じです。冒頭の波に揺られているときに「海に入った後は焼きそばだよなぁ」と思ったので焼きそばを出しました。そういえば「桜の季節」の時も焼きそばを出していた。あの野菜を炒める音と香ばしいソースの香りは、食欲をそそるモチーフとしてちょうどいい。この匂いの郷愁度合いは、夕方くたくたに遊んで一番星が出る頃に漂ってくるどこかの家のカレーの匂いと並んで日本人の何かを刺激するものだと思う。食べ物じゃなければ蚊取り線香の匂いか。

 

鉄板の上の花見 -短編小説の集い宣伝- - さよならドルバッキー

 

〇この『潮焼きそば』も読む人によってのリトマス紙のような構造になっている。美幸に感情移入をするかしないかで景色が変わるように設計してある。彼女の視点から見れば一皮むけた成長譚になるのだが、彼女を一人の大人として見れば「ガキじゃねえの」と思うくらい幼い思考に不安になる。さて、この話を何も考えずに読んだあなたはどうだったろうか。川添さんより以下の感想をいただいたけれど、その読後感が作者の思う通りなのでなんともうれしい限りです。

 

結末はちょっと都合が良すぎて、その後夏のシーズンが終わってからが逆に心配になる。こういう我が強いくせに状況に左右されやすい芯のない子に甘い環境を与えても、それがなくなればまたすぐ元に戻ってしまうぞ。(短編小説の集い「のべらっくす」第22回:感想編 - Letter from Kyoto

 

〇字数の都合などカットしたが、美幸は30歳だ。和子の娘と同じくらいの年、というのはミスリードで外見もそのくらい幼く見えるということである。ここを明記するとしないでより読者の受け止め方が分かれると思い、敢えて彼女の年齢の部分を隠した。仕事や恋愛のいざこざというのも全て彼女の独りよがりな妄想によるもので、非常に幼稚な精神の女性を書くことを今回は目指した。年だけは取っていくが、精神年齢は中学生くらいである。そういえば昔、中学生が自殺をしようとするだけの話を書いたことがあった。この話も構造としては似ている。

 

ボクの自殺日記|霧夢むぅ|note

 

〇そんなわけであのラストは「よかったよかった」となりそうなのだけれど、今後のことを考えると非常に不安になる。彼女が年相応に成熟しなかったのは実は彼女の親子関係にあるのだが、そこを書くととりとめがなくなるので疑似的に和子という理想の母親を登場させた。客商売をする中で娘を一人の人間として尊重し、適度な距離感を保っている和子は美幸を客として、また一人の人間として扱っている。その辺の微妙な人間関係があればそれでいいかなと思った。

 

〇実はこの話も書きながら着地点を考えて、そこに向かっていくという行き当たりばったりな書き方で書かれている。ラストから主人公の気持ちを導いていくのではなく、今の気持ちをラストにつなげるという書き方が苦手だったのだけれど、それもやっと悪くないと思えるようになった。冒頭の4行を書いているときは、主人公の年齢も性別も何も決めていなかった。この書き出しにふさわしい主人公を与えたような、そんな書き方だ。

 

〇いつも書くときに「五感」をなるべく大切にしようと思っている。事象を並べるだけでは「お話」の面白さしかない。ではプラスして与えられる面白さはやはり「描写」の面白さだと思っている。目を刺すような太陽の光や肌にまとわりつくような潮風、胃袋を刺激する匂いに足の裏が焼けるような砂の熱さ。そういったものは映像よりもしつこく言葉を尽くすことで体の中に染みわたっていくと思っている。耳がちぎれるような寒さは言葉の中にしか存在しない。今回はそれを海に関連させてしつこいほど使用しているので、少しくどくなっているかもしれない。

 

〇実際目の前に「死にたい」という顔をした人がやってきたらどうするだろうか。とりあえず何も言わずに腹いっぱい何かを食べさせて風呂に入れてやってぐっすり寝かせるのが良いらしい。人間ろくでもない考えを起こす時は大抵腹を空かせているらしい。刹那的でも「死」から目をそらすと言うことが大事なのだそうだ。ちなみにこれを書いている人は一度そんな経験をしている。そんな時に「絶対死んではダメだ」と力説すると反発するらしい。うつ病に頑張れは禁物、みたいなものだそうだ。これは個人の経験なので全てに当てはまるわけではないけれど、何かあった際に参考にしてほしいです。

 

〇前回「ドロドロした話が書きたい」と言っていた割に結局ベタベタしていたのは潮の香りだったので、次回のお話については次回考えることにしようと思います。おわり。

 

夏休みに頑張って書いた読書感想文風な桃太郎

「へえ、不思議なことがあるもんだ」

 ぼくがおどろいて声を上げると、台所からお母さんが出てきた。

「何の本を読んでいるの?」

「もも太ろうだよ、はじめてこんなにすごい本を読んだよ」

 ぼくがもも太ろうという本を見つけたのは学校の図書館でした。その日は夏休みの本を借りるということで普通は1冊しか借りられないのに3冊借りていい日だったので、借りようと思っていたいきものずかんと先生が借りろと言ったかわいそうなぞうと何を借りたらよいかわからなかったので先生に聞いたら

「なんでもいい」

 と言った。ぼくは知っている話ならすぐ読み終わるだろうと思ってもも太ろうを借りたのだった。

 家に帰ってもも太ろうを読んで、ぼくはびっくりした。ぼくはもも太ろうの話を知っていると思っていたけれど全然知らなかった。まさか犬とさるときじが出てきて

「もも太ろうさんもも太ろうさんおこしにつけたきびだんごひとつわたしにくださいな」

 と言うと思わなかった。動物がしゃべるのはおかしい。このまえうちで飼っているねこのハムがしゃべったらいいなとお父さんに言ったら

「ねこがしゃべるわけないだろ、ばか」

 と言った。だからぼくは犬やさるやきじがももたろうとしゃべるのはおかしいと思う。それと犬はほねがだいこうぶつだし、さるはバナナを食べるしきじはくだものを食べると思うのできびだんごをもらってもうれしくないと思った。もしもぼくがおにたいじに行くのにきびだんごをもらっても絶対行かないと思う。

 あとぼくがびっくりしたのは、アンパンマンが出てこないことです。ぼくの思っていたもも太ろうには、アンパンマンが出てきました。チーズと、赤ちゃんマンと、しょくぱんマンが出てきました。ほんとうのもも太ろうにはアンパンマンが出てこなくてびっくりしました。

 この本を読んで、ぼくはもも太ろうがつよくてとてもびっくりしました。またいろんな本を読みたいです。おしまい。

 

(原稿用紙で大体3枚目の数行目くらいの文字量)

 

【先生からのコメント】

 楽しい本が読めてよかったですね。かわいそうなぞうの感想も書きましょう。

 

 

※桃太郎にアンパンマンが登場するのはネタじゃないです。数年前のものですがこんな記事がありまして……。

アンパンマンは昔話でも大活躍!? 小学校古典導入を控えて - きょういくじん会議 - 明治図書オンライン「教育zine」

 

 

被害者の情報を報道すること

 普段から割とムカついているので端的に。

 

 

 そこに飛び込んできた話題のツイート。「匿名発表だと、被害者の人となりや人生を関係者に取材して事件の重さを伝えようという記者の試みが難しくなる」とのことです。

 

渡辺志帆 Shiho Watanabeさんのツイート: "神奈川県警「現場が障害者の入所する施設で、氏名の非公表を求める遺族からの強い要望があった」→匿名発表だと、被害者の人となりや人生を関係

このページ開いたらそのタイミングでウィルスソフトの広告「プライバシーを守りましょう!」って出てきて吹いた。

2016/07/27 23:27

 

渡辺志帆 Shiho Watanabeさんのツイート: "補足です)記者は、報道被害を生まないよう十分気をつけつつ、社会で起きた事件を正確に記録し人々に伝えようと努めています。被害者・遺族の意

“議論が深まればと思います。”この件で一体何の議論をしていたんだ……?

2016/07/28 12:07

 

 今回の事件に関して匿名か実名かが大事なのではない。大事なのは「被害者の情報」をどこまで報道するかということだ。

 

 例えばツイートした通り、実名報道が必要な場合もある。災害や事故などの安否確認のための報道だ。何らかのトラブルで行方が確認できなかったり、列車事故や飛行機事故など多くの方が亡くなるような事件に関しては実名で「だれだれさんが亡くなりました」と知らせるのは当然のことだと思う。外国で事件が起こったときに「日本人の被害は確認されていません」と報道するのは現地の状況を知ろうと大使館などに連絡が殺到するのを防ぐためであると言う理屈と同じだ。

 

 今回の問題は「被害者の実名や背景を報道しないと物事の重さが伝わらない」ということらしいのだが、この文章を書いている人は昨今の「被害者報道」が心底嫌になっているのでこの記者の言い分は理解しかねる。例えばスキーバスの事故で大学生が多数亡くなる事故があった。それは気の毒だし、再発防止を訴える必要はある。

 

 だけど、「劣悪な労働条件のスキーバス運行の問題」を重く受け止めるのに被害者の通夜の様子などを事細かに報道する必要があるのだろうか。個人のSNSの写真を全国ネットのニュースで流して「かわいそうですね」と語り合うことで、労働条件は改善するのだろうか。これは非常によくないと思う。

 

 何故なら、「被害者かわいそう」「いのちはたいせつ」という共感ベースで事件が消費され、改善も反省も何事もなく芸能人のスキャンダルやゴシップと同じ扱いになってしまう可能性があるからだ。

 

 今年の春に広島の中学生が学校の手違いで高校の推薦を受けられなかった問題で、明らかに学校側の怠慢によるミスで厳しく追及をしなくてはいけない場面でも生徒が自殺をしてしまったと言う結末ばかりがクローズアップされて「いのちは大切、自殺をしないようにしましょう」という話になってしまっては問題の本質がそれてしまう。大事なのは学校の体制に問題がなかったのかであって、生徒個人を責めてはいけない。個人的には生徒が自殺していなくても全国レベルの不祥事だと思っているので、変なヒューマニズムのようなもので誤魔化されることが大変腹立たしい。

 

nogreenplace.hateblo.jp

 

 報道で大事なのは事実を事実のままに受け止めて、わかりやすい悲劇だけを切り取らないことだと思う。時に実名やその周辺にあるエピソードは事実をそのまま受け止めるのに邪魔になることがある。まるでSEOに浸食されたグーグル検索のように「被害者は良い人だった」「被害者はこんなに立派な人であった」「被害者の友達は口をそろえて良い人だったと言う」などの情報が引っかかる。特にスキーバスの事故の時はそう言った報道に嫌気がさしてテレビもネットでも意図的に情報を見ないようにしていた。「悲惨な事故で死んだら見世物になる」というように見えるからだ。

 

 見世物になるということに、我々は鈍感になっているのかもしれない。社会的な問題と見世物は、また別の話だ。社会的な問題は広く議論されなくてはいけない。しかし、見世物はただそれが哀れで面白おかしくて「自分と違う世界の奴だ」と思うから安心してみていられる。悲劇を書きたてることは事件の重さを理解させることと反対の作用を生む恐れもある。見世物そのものが悪いのではない。社会的な問題と見世物を混同してしまうことがよくないのだ。悪名高い24時間テレビもこの辺の区分が曖昧になっているから反発を食らっているのだと思っている。

 

 ただ、遺族も「死んでしまった人のことを覚えておいてほしい」という気持ちがあってそのような報道を望むかもしれない。特に理不尽に殺されてしまったりすると犯人を憎んだり精神が参っていたりして、必要以上に故人の情報を流すかもしれない。そんなとき、報道サイドが煽って何か情報をひねり出させるのではなくそっと諌めたり寄り添って慰めるような機関であることが真の意味で「民のため」なのではないだろうか。ゲスな情報を知りたいと思う視聴者側も、いつ「報道される側」になるのかわからないのだから。

 

 今回の相模原の事件そのものについての言及はあまりしたくない。起きてしまったことはどうにもならないし、万人が納得するような完全な動機の解明なんて出来るわけがない。あーだこーだと推論を述べたり自分の政治的思想に絡めて事件の概要を展開するのは非常に滑稽だと思う。それだけです。